第3章 第64話 いつも通り
パチン
乾いた音が空間に響き渡る。
「……え?」
「そんな顔……しないでよ」
心は俯いたまま、莉音の近くで止まった。身長差があるせいか、下から見えた心の顔は、苦しそうだった。
「そんな……顔?」
「やっぱり自覚無いんだね。莉音、今すごい顔してたよ……この世の終わりみたいな」
「でも……私、もう……」
パチン
もう一度音が響く。
「『でも』なんて……言っちゃダメ」
目を見開き、左の頬を抑えながら莉音は心を見ていた。ずっと、何も言えないまま。
「確かに莉音は、たくさんの人を殺した。その事実を無くすなんてことは出来ない。でも、莉音に命を救われた人だってたくさんいる。戦争という苦しみから助けられた人だって数え切れないほどいる」
心は俯いたまま言葉を繋げる。
「確かに、戦場では莉音は1人だったかもしれない……でも、戦場に居なくても莉音を応援していた人はたくさんいる。莉音のことをずっと覚えている人だって」
心が莉音と顔を合わせる。現実が見えなくなっているような莉音を見て、心はそっと抱きしめた。
「だから、自分を見失う必要は無いんだよ。莉音は莉音なんだから」
「……心……」
「ん?どうしたの」
「やっぱり心は……あの木みたい」
「ふふっ、なにそれ」
莉音の髪の毛が、少しずつ元の色に戻っていく。心の腕の中で、落ち着きを取り戻すにつれて。
「ありがとう……心」
「お礼は必要ないよ。いつでも頼ってくれていいからね」
「さすがに……いつもは申し訳ないよ。でも、ありがとう」
「ふふっ。私には、いつも通りの莉音が1番だよ」
莉音は心の腕の中で少しの間泣いて、すぐにまたいつもの莉音に戻っていた。目には、少し泣いた跡が残っていた。
「えっと……みんなごめんね?」
「謝るなよ。仲間だろ」
「あはは。ありがとう、龍護」
「莉音……もう、大丈夫?」
「ありがとうね苺ちゃん。なんか、心に気づかされたって感じ。大丈夫、もう心配しなくてもいいよ」
龍護、心、苺、シェリーが莉音のもとに駆け寄った。それを見ながら、3名は別の表情をしていた。
「なぁ莉音」
「ん?どうしたのカール」
「もう一度、同じ質問をするぞ。莉音は、どこまで未来を見てるんだ?」
「私は……この戦いに全員勝って、全員で一緒にちゃんこ鍋つつく未来を見てる。あとは描くだけ」
「そうか……なら、問題なさそうだな。唯一問題があるとすれば……」
カールはなにか違和感を感じているのか、少し首をかしげながら莉音に聞いた。
「なぜちゃんこ鍋?」
「えっと……なんとなく!」
「つまり適当ってことかよ?!」
「まぁそう硬いこと言いなさんなって〜」
「ほんと、さっきまでとは別人だな」
「切り替えの早さだけは自信あるので」
莉音は、握りこぶしの中から親指を伸ばし、そして上を向けた。そこには本当の意味でさっきまでの莉音はいなかった。
「ねぇ将……」
「どうした玲奈」
その裏で、2人の男女が話していた。
「私が昔……莉音の殺害依頼を受けてたのって知ってる?」