第2章 第76話 大事な記憶
シェリーはずっと1人だった。生まれた時から、ずっと。気づいた時には既に孤児院の中にいて、隅っこの方で大人しく座っているような生活をしていた。
「ねぇ、君の名前を教えて」
「え?」
そんな日々を送っていたある時、1人の幼い少女がシェリーに話しかけた。シェリーは差し出されている手から目を背けると、それ以上話しかけられないように立てている膝の中に顔をうずめた。
「ねぇ、聞こえてる?私、君の名前が知りたいの」
「…………ぃ」
「え?なんて言ったの?もう少し大きな声で言ってくれない?」
「……ない…って言った…………私、名前無いの」
シェリーは少しだけ顔を上げると、ズキズキと痛む心を少し抑えながらそう言った。
「そうなんだ。私と同じだね」
「え?」
明るい顔のまま、少女は「同じ」だと言った。その意味がその時のシェリーには理解出来なくて、思わず顔を上げてしまっていた。
「でも、私は命の恩人に大事な名前を貰った。けど、君はまだ貰ってない。なら、私が君に名前をあげるよ」
「え?…………えぇ?」
「う〜ん、何がいいかな〜。ありふれたのよりも……あ、あれとか。いやでもな〜───」
シェリーが戸惑っているうちに、本人の意思を全く鑑みない形で少女が名前を考え始めた。
「シェリー……うん!シェリーがいい」
「え?それ……って?」
「そう。あなたの名前。あなたはこれからシェリー。どう?素敵だと思わない?」
シェリーは、名前も知らない少女から貰った名前を心で噛みしめた。そうすると不思議と暖かくなり、違和感よりも高揚感の方が勝り始めた。
「うん……ありがとう。大事に、する」
「うん!あ、私は莉音。これからよろしく。シェリー」
そう言うと、再び目の前に手が差し伸べられた。今度は逃げることなく、真っ直ぐに受け止め、その手を取った。
それが、シェリーと莉音の出逢い。クロノア団結成より5年も前の話。ここから、2人の歯車は噛み合い、自然と動き始めた。




