第2章 第71話 さよなら英雄
「第2陣『雷』」
戦場に雷鳴が轟く。そんな中、男はただ佇んでいた。動こうともせず、そのまま。
「あの日の夜も、こんな感じだったか……」
男は目を閉じ、今となってははるか昔の光景と重ね合わせていた。それは、男が持っている唯一の後悔の記憶。何度忘れようとしても忘れられなかったもの。
「まさか、こんな所にあるとはな」
それ以来、男はその景色を探していた。心を蝕んでいく後悔の念に身を委ね、あるはずのない濃霧を孕んだ嵐を探していた。そこを死地とするために。
「なぁ、魔神剣様よぉ」
『急にどうした?』
「俺が今から命を賭けるって言ったら、お前はどうする?」
『どうもこうも無い。お前の意志だ。全力で援助する』
「ありがとうな。相棒」
その時、男は笑っていた。それは死を覚悟したと言うより、「死んでもいい」という状況を楽しんでいるかのようであった。
「第3陣『大雨』」
雷鳴の中でもはっきりと聞こえる声で、苺が第3陣を発動させた。方舟を完全に解放されるということは、つまり男の敗北を意味する。
「よし、行くか!」
だから男は駆け出した。自分の足元すら見えないほどの濃霧と、自分が発した声ですらかき消されるほどの雷鳴の中を。頼りになるのは、自分の体と魔神剣のみ。だが、苺の位置を捉えるにはそれだけで充分だった。
「風よ凪げ!漆黒の第2章『滅尽』!!」
「え?」
ついに男が苺を捉えた。剣と剣がぶつかる金属音が雷鳴とともに鳴り響く。
「よぉ。捕まえたぜ」
「早かったね。でも、手遅れだよ」
「まだ手遅れじゃねぇ。俺は諦めてねぇからよ」
「そうじゃないよ」
そして苺は大きく後ろに飛び退いた。
「あなたが私のところに来たこと。それがあなたの敗因」
刹那、男の足元に半径3mほどの魔法陣が出現した。複雑な文様のそれは、一瞬で男を炎の中に閉じ込めた。
「な、なんなんだこれは!?」
「設置型結界魔法 魔法陣……さよなら………私の英雄」
その言葉と共に男に無数の炎の槍が降り注いだ。
「また会おうな、苺。今度はゆっくりと酒でも呑み交わそう」
その男の声が苺に届いたかはわからない。でもきっと届いている。なぜなら苺が流している涙は、それが形となって溢れたものであるはずだから。