第六話だ! 言っておくが、授業は全て聞いているぞ!
「そんなわけで大問題が発生した! 早急に対策を話し合わねばならん!」
「真剣な顔で連れ出されたと思えば、あいつが女子にモテてムカつくと聞かされた件について」
午前の授業を終えて、昼休憩に入ったところで俺はボッシュを教室から引っ張り出していた。階段の踊り場に連れ出されたボッシュは、俺の話に首をひねるばかりだ。
こいつには大事なことがわかっていない。情けない奴だ。
「呆れた顔のところ悪いがな、呆れたのはむしろ俺の方だぞ! 将来の俺の右腕を名乗るつもりがあるなら、俺の言葉であれば1を聞いて10を知るぐらいに俺に精通している必要があるだろう! もっと日頃から俺のことを見て、俺のことを考えろ!」
「なんかすごい人聞き悪い話をしてるみたいだから言葉選んでくれよ!?」
悲鳴を上げて懇願してくる。なんだこいつ、わけがわからん。
俺が鼻息荒く勢いを収めると、ボッシュは癖のある赤毛を乱暴に掻いた。
「そりゃオレだって、クラウスの言葉がちゃんと1から10まで順番を守ってくれるんなら予測も立てられるさ。けど、1からBやらⅢやらに飛ばれると追いかけようがないんだ。まだお前に未熟なオレにもわかるよう、順序立てて話してくれないかな」
「大いなる俺とお前たちでは、互いの歩幅が合わないということか。なかなか見所のあるお前でもそれだと、他の奴に俺の言葉を届けるのはもっと難しいということになるな。仕方ない。能力の劣ったものの視点に合わせるのも持てるものの義務だ」
理解力の足りないボッシュにもわかるよう、俺は順番通りに今朝のことを話す。
運動場で三バカを連れてマラソンをしていたこと。俺の真似をして早朝マラソンをしていたアルタイルとデッドヒートを繰り広げたが、卑劣な罠にかかって惜しくも遅れを取ったこと。それでも今後も俺は諦めずに戦い続けることだ。
「なんか普通に決意を新たにするだけのいい話で終わったけど!?」
「ぬ、しまった。待て、まだ先がある」
気の早い奴だ。俺が忘れるわけがないだろうが。ちょっと抜けただけだ。
そう、問題はその後、アルタイルが寮の前で引き起こした大事変――女子からプレゼントを渡されてしまい、その現場を俺が目撃してしまったことだ。
マラソンも大事だが、この最後の状況には至急対策が求められる。
「そもそも、お前が朝からどっかに出ているから話し合うのが遅れたんだぞ! 早朝トレーニングに誘っても出てこないし、どこにいるんだ!」
「オレにはオレのプライベートがあるんだって……今日は少し長引いたから、朝食に間に合わなかったのは申し訳なかったけどさ」
「はん! お前がいなくても別になんともない。あの三バカに正しい食事マナーを懇切丁寧に叩き込んでいる間に時間は潰れたからな」
見せかけのマナー、お遊びの作法ばかりで実に見てられなかった。
そのマナーが何のためにあるのか、根本的な部分を理解していないからああいう作法を勘違いした馬鹿が生まれる。とにかく嘆かわしいな!
「まぁ、三バカのことはいい。それよりわかっているな、ボッシュ。この難局を俺たちは見事に乗り切る必要があるぞ」
「イマイチ、話の要点が見えてこないな。女子からプレゼントを渡されるぐらい、アルタイルぐらい美形なら十分にありえることじゃないか。それにそもそも、そのぐらいのことならクラウス、お前の方がよっぽどたくさんもらってるはずだろ?」
「そんなことは当然だ! 俺を誰だと思っている。クラウス・ラズベリーだぞ! 学院の女子人気は一番だし、贈り物への礼と手紙も欠かさん! 愛想のない奴と一緒にされては困るな、まったく!」
容姿・家柄・能力の三つに恵まれてしまった俺だ。
そんな俺にメロメロになる学院女子は無数にいて、寮だろうと学舎だろうと俺目当てで押し寄せる女子、贈り物をする女子、待ち伏せする女子と後を絶たない。
無論! いずれの女子にも誠実に対応し、等しくお断りしているがな。その神対応がさらなる女子旋風を巻き起こし、学院に収まり切らないのが俺の罪だ。
「その自覚があるんなら、何人かアルタイルに浮気してても構わないだろ。女子人気の数なら完全に圧勝だ。勝ち星が欲しいお前の望み通りじゃないか」
「馬鹿が! 俺の方に女子が何人いるかとか、数で奴に勝っているとかそういう小さい次元の話をしているわけじゃない! 奴に女子の取り巻きがいるのが問題なんだ!」
「……それって、アルタイルにキャーキャー言ってる女子をゼロにしたいって意味なのか? さすがにそれはちょっと難しいと思うぞ?」
ボッシュが険しい顔をしているが、苦難のでかさに負けている場合ではない。
これは俺が俺であるために、絶対に乗り越えなくてはならない大問題なのだ。
考えてもみろ!
アルタイルに女子が付きまとい、その正体がばれてしまったらどうする!
アルタイルがアルテミスで、女子だとばれれば間違いなく学籍処分されて放校は避けられない。そんなことになれば俺の主席奪還計画は水の泡だ!
敗北感を抱えたまま生きていくことなど考えられん! いや、まだ負けてないが!
「とにかく! 権力でも噂でもなんでも使って奴の女子人気をゼロにする! あいつの周りをうろつき、視界に入るような女子を根絶やしにするんだ! プレゼント攻撃はもちろん、話しかけるような奴にも容赦はいらん! 奴の周りには男だけで……いや、俺だけがいればいい!」
「――ぇ」
「どうした。ぽかんと口なんて開けて」
俺の壮大な『アルタイルぼっち作戦』を聞いて、ボッシュが間抜け面をする。
それなりに見れる顔をしたこいつも、こんな顔をすると笑えるものだ。今は笑ってやっている余裕はないが、今度、落ち着いたときにでも改めて品評するとしよう。
だが、今はそれどころではない。
「真剣に聞いているのか! 呆けている暇はないぞ。これは早急に解決しなくてはならない大問題だ! 俺の今後の進退に大いに関わる!」
「え、待った待った! 確認させてくれ! ええと……アルタイルに女の子がつきまとうのをなんとかしたいんだよな? できれば一人残らず」
「そうだ! 女は一度、好意的な興味を持ってしまうと、際限なくそれを求めてしまう傾向が多い。俺も女生徒に穿いている下着の色と種類と素材を手紙で当てられたとき、さすがに心中穏やかではなかったぞ」
そういう粘着質な行動力を持つ女子がアルタイルに執着した場合、アルタイル一人の対応力ではあっさりと秘密が露見しかねない。
アルテミス時代を混ぜっ返すのもどうかと思うが、アレで意外と抜けているところがあるのだ。
たぶん、すぐにコロッとボロを出すぞ。それはマズイ!
「かといって、男が寄り付くのも避けたい。女子とは違った意味で危険がある。男は親しくなると色々と気安いからな。四六時中べたべたしたがる女とは違うが、男は要所要所でクリティカルな事態を引き起こしかねない。これもやはり排除要因だ」
「女も遠ざけて、男も遠ざけて……それで最後に、クラウスだけが残ると」
「そうだ! 奴に好意的な目を向ける奴は男女問わず……いや、できれば興味を持つものを根こそぎ排除するのがベストだ。これはラズベリー家の、ひいてはアルセール王国の未来を左右しかねない案件だ。慎重かつ大胆に事を運ぶ必要があるぞ」
アルタイル=アルテミスから主席を奪還し、華々しい達成感を得て学院を卒業する。
それが俺の今の最大のモチベーションであり、今後、アルセール王国の要職としてバリバリ働くためにも欠かせない実績だ。
もしもそれが叶わず、アルタイル=アルテミスへの勝利なしに学院卒業まで辿り着いてみろ。そんな俺を直視することはとても俺にはできない!
ボッシュもやっと事の重大性を理解したのか、青い顔でカクカク首を縦に振っている。
奴はカタカタと歯を鳴らしながら、ごくりと息を呑んだ。
「そ、そうだな……その通りだ。そうかもしれない。ラズベリー家の、うん、世継ぎの問題は王国の未来にも大いに関係ある……」
「世継ぎ? 何の話だ?」
ぶつぶつと、遠い目をしたボッシュが何やら呟いているが意味がわからん。
世継ぎもなにも、家を継ぐのは長子である俺の役目だ。そんな当たり前の未来のことなど心配している場合ではない。今はとにかく、アルタイルのことだ。
「呆けている場合じゃないぞ! まず、最初は情報収集からだ。アルタイルに心を奪われている女子をピックアップしろ。できれば好感度をグラフ化して、よりアルタイルと積極的に親密になりそうな女子から排除する」
「愛に性別はないし、恋は戦争とは言うけど……ラズベリーの場合は恋敵に対する態度もシビアさがすごいな……オレ、ちゃんと覚悟しなきゃ」
意気込む俺の後ろで、ボッシュはまだ何やらぶつぶつと言っている。
だが、俺の方は方針が定まったのでひとまず安泰だ。
問題を抽出し、対策を考え、実行に移す――物事はこう、シンプルでいい。
「お前の顔の広さに期待しているぞ。放課後までにある程度の成果を出せ」
「それは頑張らせてもらうけど……その、クラウスの方も道は険しいと思うけど、色々と頑張ってくれ。障害は多いと思うが、オレは応援させてもらうつもりだ」
「うん? まぁいい! 期待し、応援していろ。お前の望む以上の成果をドカンと出してやるのが俺という男だ!」
ふつふつとやる気が出てきた。いい傾向だ。
見ているがいい、アルタイル。お前の傍にまとわりつくような女は、俺がこの手で全て綺麗に排除してやる。
お前は何にも惑わされず、せいぜい学生の本分に一生懸命打ち込むがいい。
その上で俺がお前を下し! 主席の座を奪って裸にひん剥いてやるのだ!
「ふふっ! ふはーっはっはっはー!」
△▼△▼△▼△
「どうも女子の一部がまとまって、アルタイルのファンクラブを作る動きがあるらしい」
「ファンクラブだと!?」
放課後、教室に残った俺はボッシュからの報告に衝撃を受けていた。
ちなみに三バカは放課後の補習として運動場へ蹴り出したので、相変わらず夕日の差し込む教室には俺とボッシュしか残っていない。
俺が言うのもなんだが、このクラスの連中は放課後、学院に残って勉学に打ち込むような努力家は一人もいないのか。
もちろん、学院も王侯貴族の子女を落第させるわけにいかないためか、教養や実技のテストは実に低レベルであっても進級できるシステムではあるが。
それがかえって生徒のやる気を損なう結果になっている気がしてならない。そのあたりはいずれ是正するとして、今はとにかくアルタイルのことだ。
「ファンクラブというと……少なくとも一人二人の集まりじゃないな?」
「ま、ものすごい楽天的に考えれば部長と副部長の二人なんて寂しいクラブの可能性はあるけど、残念ながらもっといるよ。時間がなかったから詳しくは調べられなかったけど、どうも十人前後はいるみたいだ」
「十人か……それは多いのか? 少ないのか?」
「クラウスのファンクラブは学外も含めると百人規模だし、まだ生まれたてだな」
「俺の魅力の1割か……それは脅威だな……!」
アルタイルの場合、貧乏男爵ファリオン家の家格と、周囲への無関心と不愛想な態度があってこれなのだ。
主席の実績と、奴のまあまあ人目を引く外見が支持の理由だろう。
「男は顔だけではない。そんな当たり前のことがよくわかっていない女子共だな」
「中身まで重視し始めると、クラウスのファンクラブがどう増減するのか読めないあたりは、オレにとっても女子は未知数だよ」
なんにせよ、ファンクラブとは穏やかではない話だ。
そんな集団の台頭など、とうてい見過ごせるものではない。『アルタイルぼっち化計画』の成就のためにも、速やかに解散させなければ。
「首謀者が誰なのかはわかっているのか?」
「首謀者って、まるで犯罪者みたいな言い方……いや、お前にとっては泥棒猫みたいなもんだもんな。わかるよ、その気持ち」
「猫泥棒までしているのか! どうやらとんでもない悪党が相手らしい……」
札付きの悪が相手となれば、俺の方も本気でかからねばなるまい。
いざとなればラズベリーの権力を結集し、根こそぎ学院から浄化してくれよう。
「猫に危害を加えるような奴に慈悲はいらんからな。猫、ふふん、もこもこ。実家のイザベラの丸々太った腹が懐かしい。顔を埋めたい……!」
「おーい、聞いてるか? クラウス、正気に戻ってくれって。アルタイルのファンクラブの首謀者、イザベラ・ホプキンス嬢の話がしたい」
「なに! イザベラだと!?」
なぜここでイザベラの名前が出るのか。
まさか、猫泥棒に入られたのは我が家だとでもいうのか。だとしたら、泣く子ももっと泣くと評判のラズベリー公爵家に盗みに入ったのか。とんでもないな!
「どのイザベラと勘違いしてるのか知らないけど、そのイザベラとは別のイザベラだよ。ファンクラブの首魁はイザベラ・ホプキンス。オレたちと同じ前修生で、ホプキンス子爵家のご令嬢だ。礼儀作法の授業なんかで何度か見かけたことがある」
「なんだ、俺のイザベラではないのか。む、ホプキンス子爵の令嬢だと?」
聞き覚えのある響きだ。
ホプキンス子爵といえば、アルセール王国の南方貴族をまとめる大人物だ。
俺も何度か父に連れられ、夜会や社交の場で挨拶を交わしている。無論、その令嬢であるイザベラ嬢とも顔を合わせた記憶があった。
「確か金色の髪を巻いた、翠の瞳が印象的なご令嬢だ。覚えているぞ」
「……驚いた。クラウス、まさかお前が女子のことを記憶してるなんて」
「お前はたまに俺のことを馬鹿にしているだろう? 些末なことは忘れるか最初から覚えていないだけで、必要なことや価値ある内容は忘れない。ホプキンス家との関係は有益なものだ。わざわざ不興を買って、つまらん火種など必要ない」
夜会でエスコートして、一緒に踊ったこともある間柄だ。
俺に比べれば拙くはあったが、そこそこまともに仕込まれた踊りの技量。貴族の令嬢としてお飾りに収まる器ではないと評価していたが。今回は道を誤ったな。
「どうやら我が家の子猫とは違う子猫ちゃんは、じゃれつく相手を間違えてしまったらしい。その過ちが取り返しのつかないものだったと思い知らせてやろう」
「まさか向こうも、こんなわけのわからない難癖つけられると思ってないだろうに。くわばらくわばら……」
手を合わせているボッシュを引き連れて、俺はさっそく教室を飛び出した。
足踏みする理由も、四の五の言っている時間も惜しい。たとえ顔見知りが相手であろうと、俺は情け容赦などしない男だ。むしろ、ここできっちりとイザベラ嬢を見せしめにしておくことで、はっきりと周囲にも喧伝してやろう。
「あいつは俺の獲物だとな。くっくっく、はーっはっはっは!」
高笑いが廊下に響き渡る。おお、いいな、この反響。
日中は他の生徒がいるせいでなかなか音が落ち着かないが、人気のない放課後ともなると俺の美しい高笑いがよく響く。癖になりそうだ。
放課後、悪くない! 放課後も捨てたものではないな!
「イザベラさんでしたら、すでにお帰りになりましたよ?」
その勢いのままイザベラ嬢の教室を訪ねて、たまたま残っていた生徒にビビりながら言われた。そりゃそうだ。放課後だから、うちのクラスと同じで他のクラスの生徒も帰る。道理だ。うむ、まったく。
放課後ガッデム!!