第四話だ! これでいったん一区切りだぞ!
人類史にも類を見ない天才的発想で、俺が今後の学友候補三人を説法した翌日。
当然だが、前日にどんな出来事があったとしても学び舎には足を運ばなくてはならない。向かう教室にどれだけ顔を合わせづらい顔があったとしてもだ。
男にはもちろん、貴族たらんとすれば引けない場面はいくらでもある。
これもまた、その一つだ。
「む、アルタイルの奴め。もうきているな」
いつものようにボッシュと連れ立って教室へやってくると、すでに最前列の座席に我が物顔で座るアルタイルの姿が見えた。
「いや、我が物顔もなにもアルタイルの席だし」
「すまし顔が気に入らんのだ。学院運営のための資金援助もできない貧乏男爵家の分際で……と」
入口で話していると、アルタイルが気配を察した顔でこっちを向いた。普通にしていても漏れ出す高貴なオーラが尋常ではない俺なので、見つかるのは仕方ない。
が、俺を見つけたアルタイルの氷の表情が少し強張ったのには胸が疼いた。
「――――」
お互いに、昨日のことを思い出していたはずだ。しかし、先にぷいと顔を背けたのはアルタイルの方だった。ふふふ、睨み合いはどうやら俺の勝ちらしい。
――さすがに、あの別れ際に見せた昔のアルテミスには戻らないみたいだが。
む、なんだかよくわからんが胸がモヤッとした。
「おい、クラウス。いつまでもアルタイルを睨んでても仕方ないだろ」
なかなか入口から進まない俺に、隣のボッシュが文句をつけてくる。
ボッシュの後ろには三バカも続いており、昨日の気まずさを引きずるこいつらとしては、アルタイルと関わり合いになるのはまっぴら御免だろう。
だがしかし! 衆愚のそんな弱腰な発想は俺には何の関係もない。
「く、クラウス様?」
及び腰の連中の声を無視して、俺はのしのしとアルタイルの席へ向かう。
顔を背けていたアルタイルが、大いなる俺の足音に気付いて振り向いた。一瞬、眉をピクリとさせた奴の前で、俺は大きく回した腕を尊大に組む。
「昨日の件、奴らには言い聞かせておいた」
「……そうかい。それで? 君も謝る気になったとでも言うのかい?」
「謝るだと? 俺が何を誤る。勘違いするなよ。確かに俺は奴らに説教をしたが、それはあくまで半端な真似をするなと戒めただけだ」
「半端な真似……?」
怪訝な顔をするアルタイルに、俺は仁王立ちのまま厳かに頷いた。
そして俺たちのやり取りを不安げに見ている、背後の三バカを顎で示してやる。
「情けないが、昨日のことは奴らの不手際。ラズベリーにとっても大きな痛手だ。しかし! それをそのままにしておく俺だと思うな。昨日のあいつらはお前にとって、路傍の石ころも同然のクズだったかもしれん! だが、明日……いいや! 今日からは違うぞ! 奴らは俺の友として生まれ変わるそのために、血のにじむような努力にも耐え切ると誓ったのだ! 次にお前と相対するとき、そこに怠惰な豚は存在しない。奴らはお前の前に、獰猛な獅子として立ち塞がるのだ!」
「ええ――!?」
後ろで三バカが、俺の未来予想図に『なにそれ初耳!』みたいな顔をしているが、知ったことではない。というか、そのぐらい覚悟してもらわねばならん。
ラズベリーに与し、俺の学友となって覇道を歩むとはそういうことだ。
「――――」
ふふん。さすがのアルタイルも石ころが毛虫になり、蛹から羽化して敵対者となる展開には度肝を抜かれたようだな。
やたらと無計画に美の要素を詰め込まれた暴力的な美顔が、俺をまじまじと見つめ返している。そして奴は急に、感慨深げに一言。
「君はどこも変わらないな、クラウス」
「馬鹿を言え。背も伸びたし、修めた知識と運動神経は以前と比較にならん。その上、昔から飛び抜けていた美貌に男らしさをブレンドして磨きがかかった。お前こそ相変わらず、目の付け所が腐っているぞ」
「……そうかもしれないね」
ふいっと、胸を張る俺からアルタイルが視線を外した。
奴はそのまま机に頬杖をついて、俺の方を見ないままに、
「君の言い分は聞いたよ。ボクからは君にも、彼らにも言いたいことは何もない。話しかけられるのも、変に絡まれるのも迷惑なだけだ。放っておいてくれ」
「俺に要求を通したいのであれば、自分の方が上だと証明することだな!」
「それならもう何度か証明していると思ったけど」
「これまでとは別にだ!」
怒鳴りつけてやるが、アルタイルの涼しい横顔は微動だにしない。
どうやらこれまでと、俺は鼻息荒くボッシュたちの下へ戻る。俺たちを遠巻きにしていたボッシュは、戻った俺にやけに気取った仕草で肩をすくめてみせた。
「突撃していったこともそうだけど、クラウスは本当にオレの想像に収まらないよ」
「凡人の枠に収まらないからこそ、ラズベリーを名乗る資格を得るのだ。せいぜい、俺を見習ってお前も精進することだな。お前たちもそうだぞ!」
「は、はいぃぃぃ――!」
後ろで呆けている三バカを叱りつける。
真っ白い顔の背筋を伸ばさせてやったが、本当にこいつらわかっているのやら。
今後の学院生活、奴らには手も気も抜ける時間などほとんどない。俺の学友を名乗るために、これまで足りなかった努力は質と時間で埋める以外にないのだから。
「それにしても、前から不思議に思ってたんだけど……ひょっとして、クラウスはアルタイルと前からの知り合いなのか?」
「ふん! そんなわけがあるか。ただずいぶん前に縁があって、親しくしていたようなこともあったというだけの話だ」
「それは十分にオレの質問の要件を満たす答えだろ。そうか。やけに意地を張るのもそのあたりに原因がありそうだな?」
アルタイルとのやり取りから、そこまで当たりを付けてくるボッシュ。
なるほど大した洞察力だが、俺を探ろうとするようなその目が気に入らん。
「ボッシュ。俺はお前に俺の友であることは許したが、小うるさい従者の役目も事情を嗅ぎ回る犬の役目も任せた覚えはないぞ。勘違いするなよ」
「おお、怖い。悪かったよ。少しばかり好奇心が働きすぎた」
「肝に銘じておけ。後ろの連中とは別に、お前には越えなくてはならないハードルが高く設定してある。累積クラウスポイントの獲得に努めろ」
「それ、意識的な努力で稼げるポイントなのか不安があるんだよなぁ……」
苦笑いするボッシュと一緒に、教室の最後尾である自分の席に着く。
そろそろ始業の連絡会のある時間だ。朝の無駄話、もとい超会議も潮時だろう。
と、その直前にふと思い出した顔で三バカの一人が手を打った。
「そういえばクラウス様。昨日のお話ですが……」
「撤回したければいつでもしろ。その代わり、荷物をまとめて実家に帰ったら焼け野原になっていると思え。見送りにはでっぷり太っていたお前の父親が、痩せ細った農夫になっている覚悟も一緒にな」
「うひぃ! そ、そんな不遜なことは露ほども! そ、そうじゃなくてですね……ほら、ラズベリー家の方には敗北は許されないと、そういうことでしたが」
「ああ、当然の心構えだな。それがどうした?」
常勝無敗、それはラズベリーの看板の重さを考えれば必定だ。
そう誇らしげに構える俺に、取り巻きАだかBだかCだかのどれかは難しい顔で、
「いえ、それならそれで……クラウス様も、ファリオンに負けていたようなと」
「負けてない。勝つ途中なだけだ」
「え、いや、その理屈は」
「負けてない。勝つ途中なだけだ」
「…………」
「負けてない! 勝つ途中なだけだ!」
「は、はい! その通りです! ラズベリー万歳!」
両手を挙げて、向こう見ずな発言をした馬鹿がラズベリーを称賛する。
危ないところだ、馬鹿な奴め。開けてはならない禁断の箱を開けようとするなんて、こいつは本格的に命がいらんのか。
そうだ、俺は何も間違っていない。
俺はアルタイルに、アルテミスに負けてなどいない。
――まだ勝っていないだけで、今もまだ勝つ途中なだけなのだから。