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第八話だ! 末広がりというヤツだ! めでたいな、俺のように!



 ラーミア嬢との話し合いを終えて寮に戻ったのは、もうすっかりとっくりと日が暮れてしまったあとのことだった。


「遅かったな、クラウス」


 自室に戻り、制服をゆるめていた俺の下にボッシュが遠慮なくやってくる。

 ノックなしで入ってくるのなんてこいつぐらいなので大して気にもしていないが、よくよく考えるとちょっと気安すぎる気はするな。


「お前、将来の右腕候補とは言っても気安すぎるぞ。もう少し、俺という存在に気を遣った行動を心がけろ。上着だけでなく、下着まで脱いでいたらどうする」


「そんな事態に遭遇しても別に……あ、いや、やっぱりそうだな。落ち着いて考えてみればその通りだ。今後は気を付けるよ。オレ自身のためにも!」


「やけに力強い断言だな。まあいい」


 今日の昼の休憩時間以降、ボッシュの態度が変な感じになっている気がする。

 何か悩みでもあるのだろうか。もし何かあるのなら、まあ学友として相談に乗ってやらないこともない。色々、ボッシュには頼っている自覚が俺にもある。たまにはきちんと貸し借りを清算してやらないと、余計なしこりを残しかねないからな。


「それはそれとして、わざわざ部屋を訪ねてきたぐらいだ。頼んだことの収穫があったものと、そう期待していいんだろうな?」


「苦労したんだぜ? アルタイルの受け取った手紙を盗み見ろなんて言われても、アルタイルはすぐに部屋に戻ってなかなか出てこないしさ」


「もったいぶるな。成功したんだろう。聞かせろ」


「聞くも涙、語るも涙、涙、涙の物語がそこにはあったんだけどさぁ」


 色々とうっとうしいボッシュの話を聞き流し、肝心な部分だけつまんでやる。

 部屋に速攻で閉じこもったアルタイルに対して、ボッシュは三バカをうまく使って部屋からおびき出すことに成功したらしい。最初はアルタイルに関わることを渋っていた三バカだったが、俺の名前を盾に脅して言うことを聞かせたそうだ。

 別に構いはしないのだが、手段の選ばなさと俺の名前の有効利用っぷりがすごい。こいつひょっとして、俺より俺をうまく使ってるんじゃないか。


「で、アルタイルをおびき出して、その隙に部屋に忍び込んだってわけさ」


「忍び込んだか……いや、待て! アルタイルの部屋に入ったのか!?」


「ああ、もちろん。もらった手紙をわざわざ持ち歩くような奴なんていないし、部屋にあるもんだと漁るのは当然だろ?」


 ぐぐ! 確かに正論だ。

 アルタイルの性格なら、もらった手紙を机に置いて内容を吟味。返事をしたためるぐらいのことをしないとも限らない。

 だが、それは同時に部屋の中で気を抜いているアルタイル=アルテミスの本質に気付かれかねない諸刃の剣でもある。仮にボッシュがアルテミスの秘密に気付いてしまったとしたら、悲しいが俺は学友を一人失うことになる。


「……その、アルタイルの部屋で何か妙なものを見かけなかったか?」


「妙なものって? 時間もなかったし、手紙の確認で手いっぱいだったよ。何か見られちゃマズイものをアルタイルが隠してる確信があったのか?」


「確信というわけではないが……」


「なんだよ、怪しいな。何かあるなら聞かせてくれないと困るぜ」


 マズイ、こいつぐいぐいくる。

 しかも不必要に勘働きがいいものだから、俺の発言の裏を読むのが異様にうまい。このままだと、特に勘繰る必要のなかったところからボロが出てしまう。

 少なくとも、ボッシュの発言からアルタイル=アルテミスの部屋には、女性物の下着が散乱しているようなことはなかったらしい。


 今さらだが、落ち着いて考えるとアルタイルは下着はどうしているんだろうか。まさか下着まで男物にしているなら潔いが、想像するのはちょっと厳しいな。下着ぐらいは女物にしていてほしいが……いかんいかん、そんな話じゃない。


「じー」


 ボッシュが目を猫のようにして、好奇心いっぱいで俺を見つめている。

 何かうまい一言で誤魔化さなければ。そしてあわよくば、その一言がアルタイル=アルテミスの情報に繋がるものであればなおいい。そうだな。よし、こうしよう。


「そのだな、ボッシュ」


「ああ」


「アルタイルの部屋は、いい匂いがしなかったか? こう、いい匂いだ」


「…………」


 女というものは、どういうわけだかいい匂いがするものだ。

 これは香水や化粧とは無関係に、フェロモンが関係あるのではないかと思う。俺も社交界の花たちと夜を楽しんできた男だけに、その手の匂いには敏感だ。

 自分から女の部分を消しているアルタイルであっても、自室にこもる匂いまでは誤魔化せまい。


「……いや、しなかった」


 そんな意図を込めた質問に、ボッシュの奴はなぜか苦い顔でそんな風に答えた。

 今度は逆に、俺の方が奴を疑わしく思う番だ。なぜ、そんな顔をする。


「本当か? いい匂いだぞ。思わず、自分の雄々しい気持ちが刺激されるような」


「してない」


「本当に本当か? 嘘をつく必要はないぞ」


「してないって言ってんだろ! お前、どれだけそこを深く追及するんだよ!」


「過剰に否定するところが怪しいな……自分に正直になれ」


「これ以上なく正直だよ! 正直なオレの気持ちだよ! 信じてくれ!」


 ここまで必死で否定する以上、どうやら本当に感じなかったらしい。

 まあ、男生活も長引けば生まれは女子でも案外、匂いもどうにかなったりするのかもしれない。ここはひとまず、ボッシュの鈍感さのおかげでアルタイルの性別が露見しなかったことに安心しておくとしよう。


「それで遠回りになったが、手紙の内容は確認できたわけだな?」


「ああ。実物を確保するのは無理だった。アルタイルもまだ読みかけだったみたいだし、そこは勘弁してくれ」


「三バカの稼げる時間にも限度がある。それは仕方ない。内容は?」


「確保できなかったから書き写してきた。ちょっと字が走ってるけど」


「お前、すごいな」


 折り畳んでいたメモを差し出すボッシュに感心し、俺はその内容に目を向ける。

 そこには可愛らしい丸文字で、そこそこ長い文章がつづられていた。


「お前、字が可愛いな!」


「待て待て、違うって! それはオレが可愛い字を書いたんじゃなく、あくまで書いてあった字に似せただけだ。臨場感が出るかと思って」


「お前、すごいな」


「クラウス、片言しか喋れない奴みたいなコメントが続いてるぞ」


 やかましい。と言い返しつつ、メモを確認した。

 多少の読みづらさはあるものの、内容自体はいたってまともなものだ。最初は恋文かと疑ったものだが、どうやら文面からして文通の申し込みのような形。

 ラーミア嬢の引っ込み思案なところを見れば納得だが、これでも勇気を雑巾のように限界まで振り絞った結果と言えるだろう。


「よし、確かな収穫だ。よく頑張ったぞ、褒めてやろう」


「なんか今日は衝撃的なことが重なりすぎたせいはあるけど、その一言でどっか救われた気はするよ……」


「やけに疲れた顔だな。どれ、俺が手ずからマッサージでもしてやろうか。安心しろ。俺はこれでも実家で100人の整体師の技術を自らの体で盗み、それを実践できるだけの技量を収めている」


「いや! 大丈夫だ! 大丈夫だから、頼むから、指をワキワキさせて近づいてこないでくれ!」


「そんなに拒否されると傷付くな……」


 そこまで本気で嫌がらなくてもいいと思うのだが。そもそも、いずれ上司と仰ぐ相手にマッサージされる機会なんてそうあるはずもない。

 どうやら貴重な機会を逃したようだな。残念だが、「しまった、惜しいことをしてしもうた!」とあとで思ってももうやってやらん!


「しかし、わかっていたこととはいえ文通の申し込みか。これはますます、俺の果たすべき役割の重要性に背筋が伸びるな」


 しみじみと、俺は沸き立つ責任感に胸を熱くする。


「ちょっと待った。今、なんて言った?」


「――? どうした、急に。言っておくが、今さらマッサージの申し込みをされても受け付けていないぞ。お前に無下にされて俺の整体にかける情熱は失われた。もう二度と、他人の体をもみほぐして、心までもみほぐすことはしない」


「その話じゃない。そのあとだ。わかっていたことって言ったか? 文通が!」


「ああ、そのことか。無論だ。なにせ手紙の差出人である、ラーミア嬢から直接に話を聞かされていたからな」


 とはいえ、それが事実かどうかの裏付けにはボッシュの証言が必要だった。

 だからボッシュのやったことが丸っきり無駄だったわけではないのだが、どうも納得いっていない顔だ。ええい、女々しい奴め。


「まあいいよ。それじゃ、今度はクラウスの方の進捗だ。今の話からすると、肝心の女子……ラーミア嬢だっけ? その子とは話せたみたいじゃないか」


「幸いにな。途中でイザベラ嬢にラーミア嬢がかっさらわれたときはどうなるものかと思ったが、そこは俺の華麗な交渉術でどうにか乗り切った。イザベラ嬢も、俺にならこの場を任せられるとさっさと立ち去っていったよ」


「ってことは、ファンクラブの活動自粛に関しての戦いはまだまだこれからか。……となると、話はラーミア嬢にだけ? どう話したんだ」


「遠回しなのは好みではないからな。アルタイルに近付くなと言ってやった」


「うわぁ……」


 もともとラーミア嬢にどこか同情的だったボッシュは、俺のその話を聞いて途端に嫌そうな顔をした。


「可哀想に、怯えてたんじゃないか?」


「俺を前に委縮するのは仕方ない話だ。まあ、いささか目が潤み、肩が震え、膝を揺らして、今にもへたり込んでしまいそうではあった」


「完全に怯えてるよ。失禁してなくてよかった。その子の名誉のために」


「持病で失禁したとしたら俺は不憫には思うが、遠ざけたりはしないぞ?」


「そういう問題じゃない」


 頭を抱えて、ボッシュは何やら困った様子だ。

 そのまま奴は考えを投げるみたいな仕草で、すぐに顔を上げると、


「とにかく、事情はわかったよ。それでラーミア嬢の恋心を挫く……じゃないや。アルタイルに近付くなって言って、どうなったんだ。納得してくれた?」


「ああ、ラーミア嬢の文通を添削することになった」


「……なんて?」


 ボッシュが目を丸くして、阿呆のような面でそう聞き返してきた。

 だから俺は腕を組んで、ボッシュにわかりやすくゆっくり言ってやる。


「ラーミア嬢の、文通を、添削することに、なった」


「……なんで?」


 なんでも何もない。

 そうなったからだ。





すみません。

現状、書いてあるのはここまでです。

続きがいつになるかも完全に未定、申し訳ない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 100人女の子のファンが居るのも納得な紳士度。流石は公爵家。 [気になる点] 続きを見れる日は来るのだろうか [一言] いつまでも待ってます
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