2・語彙のたとえファンタジー風、そして本当の悩み
さて、語彙の豊かさはあこがれるところでしょうけれども、そこに思いをはせる前に、少しその悩みについて整理してみようと思います。
作者様は執筆中の一作品の中で悩まれているのでしょうか。
それとも書くたびにいつもお悩みなのでしょうか。
題材が法廷ものの推理など専門性が高いために説明的になりすぎたり、選択したジャンルが初挑戦のために自分の筆がうまく動いてくれず語彙に悩む、といったこともあるかと思います。
そうではなくて、たったいま書いている作品について悩み、別の作品を執筆しても悩み、結局常に語彙に悩んでいる構図なのかもしれません。
およそ小説はその長短にあわせて使用できる言葉の総量が大体決まってしまいます。
また、書こうとしている題材にふさわしい言葉の群れがどうしても存在します。
歴史、推理、戦争、恋愛、ファンタジー、SF、etc.…またはこれら複数の組み合わせによって、使う言葉もあれば使われない言葉も当然でてきます。
2018/4/19の活動報告に書いた「作品に使用する言葉について」と同じことですが、たとえば「バサードエンジンのトラブルによって、恒久的に1Gの加速を余儀なくされる宇宙船」というSF設定作品の言葉が、「海道一の弓取り」の異名を持つ徳川家康の伝記ものに出てくることはあまり考えられません(もちろん、「戦国自衛隊」のように、自衛隊の重火器が戦国時代にタイムスリップしたならば、現代兵器の用語が戦国時代を舞台にした小説に出てきても不思議はありません)。
つまりある程度ではありますが、作品中で出せる言葉の傾向は絞られてきます。また、絞ることでその題材が作品中生き生きと輝き、読者の感情移入を誘い深めていきます。
このような傾向のなか、作者様が知っている言葉の総量や、執筆している言葉の総量、つまり作者様が実際に使えている言葉の総量によって、さらに言葉が絞られていきます。
ファンタジーにたとえてみますと、
・小説の長短…小説大陸
・題材、ジャンル…歴史国、推理国、戦争国、恋愛国、ファンタジー国、SF国
・ジャンルに関係ない言葉…中立地帯
・作者様の語彙…訪れた国と中立地帯
のようになるかと思います。
小説大陸は長短に応じた広さがあります。狭いほど語数の少ない短編、掌編となります。
大陸にはさまざまなジャンル国があり、国に属さない中立地帯もあります。大陸の広さによってこれら国と地域の大きさが変わります。
旅人である作者様は大陸を旅し、目的地の国を目指します。
ジャンルをまたがる場合には複数の国が訪問先となります。またそのジャンルにこだわらない言葉を集めるため、中立地帯にも訪れます。
しかし、旅人には旅費、時間、体力、気力といった資源がありますから、国のすべての都市、町、土地を網羅できません。訪問先を絞っておとずれることとなります。
訪れた場所をもとに書き記す旅行記が、すなわち完成した小説です。
旅行記には訪れたことのすべてを書き記すことはできないでしょう。訪れて語彙を獲得したとしても、表現するときには印象に残っていなかったり、忘れたりしてどこかしら取りこぼしつつ、とくに印象に残ったことを書き残すことになるでしょう。
この旅行記をどのようにして面白おかしく、読む人が楽しめるように提供するかが勝負なのですから、語彙を増やすだけではなかなか難しく、むしろ使える言葉をどうやって使ったら面白くなるのか練り上げる作業のほうが近道のように思われます。
上記のたとえのように、言葉はさまざまに制約され、決してのべつまくなしに使いまくれるわけではありません。
ところが、芥川龍之介のように、自在に語彙を操る人がいます。
好きな小説家がいろいろなジャンルに挑戦しているのをみるでしょうし、膨大な知識を読みやすく理解しやすく披露する方もいらっしゃいます。
一方、掌編小説のようにごく短い文章で大変面白い作品を残した方もいらっしゃいます。
こうした人たちの作品は、語彙そのものの豊富さもさることながら、しっかり説得力があったり、読んでいて「面白い」「怖い」など感情移入を促す表現力に富んだ魅力ある文章だったりと、語彙の使いこなしの豊富さがとくに際立っているように思われます。
このように考えると、作者様がお悩みなのは、使える語が増やせない悩みより、どうしたら語を使いこなして表現の幅を広げ、より読者の興味をひきつける文章が書けるか? に尽きるような気がします。




