中
「なんだ、なんだ~!?今からステージ上でブルマの生着替え大会でも始まるのかよ?」
「……いや、様子がおかしい。何が起こるのか見極めるためにも、ここはとりあえず静観しておこうぜ……!!」
「……イマぺ~」
「……キシャ~!」
「フゴゴォッ……!!」
10万もの侵略者達が一斉に静かになる。
一瞬にも永遠にも思えた時間が流れる。
そして、そんな中で絶好の機会を見極めたかのように突如軽快な音楽が辺り一面に鳴り響く――!!
♪welcome to the ヤシマ!(ヤシマ!)
welcome to the ヤシマ!(ヤシマ!)
四季折々に四神相応
でも、四つじゃ足りない!(足りない!)
何故なら、私達は五人で一つ!
どんな艱難辛苦もアイドル達に任せなさい!(ドンッ!!)
次元なんて些末なジャンルを飛び越えろ
私達こそが奇跡の結晶、時代の寵児
流星アイドル、ファイブドロップ!!♪
「ナ、ナントイウ凄マジイ気迫ダ……!!」
「クッ……海が時化ているときでも、ここまでじゃねーだろ!?……オイ、お前等!この流れに乗り遅れるんじゃねーぞ!!」
怒涛の勢いで始まった流星アイドル:ファイブドロップのライブを前に、一斉に気を引き締める侵略者達。
そうしている間にも、彼女達の歌が流れ続けたかと思うと、スポットライトがピンク髪の気弱そうな少女を照らし出す――!!
「♪アイドルは勇気!聖剣に選ばれたからには、応援してくれたみんなやお姉ちゃんの分まで頑張ります!!これでも勇者でリーダー、サファイア・サンライトです!……か、かしこまり!!」
両腕を身体の前で軽く曲げて努力アピールをするサファイア。
小柄ながらも健気にグループを引っ張っていこうとする彼女の姿勢を前に、観客のボルテージは早くも最高潮に達しようとしていた。
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
「サファイアちゃ~~~ん!!」
「イマッペイペー!!!!」
サファイアの紹介に続いて、今度は亜麻色のショートカットに健康的な笑顔の少女へとライトが当たる。
「♪アイドルは全力!海の治安は海兵の私が守ります!でも、今はそんなことよりも夕陽に向かって~、全力・全開・スパルタクス!!」
「ライブと海の平和はどうするのさ!?」
海兵(らしい?)の責務とアイドルの役割を忘れた身勝手ともいえる自己紹介に対して、サファイアのツッコミが入る。
それを受けて、会場内がドッ!と笑いに包まれる。
「♪思い込むと一直線、それがこの私、リディア・ブルーウォーター!!(ここからは普通に台詞で)でっかい大海原のような気持ちで、今日の大航海!みんなで乗り切っていくぞ~~~~~!!」
『Yes, ma'am!!』
海兵であるというリディアに敬意を表してか、みな一斉に彼女へ向けて統率のとれた敬礼を行っていた。
続いて注目を浴びることになったのは、このヤシマ出身と思われる少女だった。
サファイアと同じく小柄で愛らしく年の割に胸が大きい事以外は取り立てて派手ではない少女だが、彼女がリズムに合わせて自己紹介を始めると同時に、場の空気は一変した。
「♪アイドルは未来!退魔師にしてサファイアちゃんの一番の友達!それがこのオラ、ハヅキ・ボタヤマ!!ナリ~~~!!……今日はみんな仲良く太極してくれなきゃ、五芒星のもとに退治しちゃうぞ☆」
若干己の訛りに顔を赤くしながらも、軽くウインクを決め手自己紹介をやり遂げるハヅキ。
だが、場内の反応はそれどころではなかった。
「オ、オイ……ハヅキッテ、マサカ、アノ?」
「間違いなくそういう事だろ……にしても、親か誰なのかは知らねぇが、娘っ子相手にえげつない事をしやがる……!!」
オークや深海魚人、妖魔蟲といったモノ達を中心に激しい動揺が広がる。
盛大に騒ぎ立てている感じではないが、それでもこの場に集った八割の者達がざわつけば無視できない騒音と化している事は否めない。
だが、彼らがこうして取り乱すのも無理はない。
何故なら、退魔師にとってハヅキという名の持つ意味は――
(退魔師でハヅキ、ときたら……間違いなく破滅的な最期を迎えること間違いなしじゃねぇか!?)
退魔師:ハヅキ。
この名前を授けられた退魔師の少女は幼いころから優れた霊能力を発揮し、一騎当千の働きで闇に蠢く悪しき魔物・怪異を調伏すると言われており、その武勇は人知れず闇に蠢く者達の間でサファイアのような勇者と同じ人の世界の守護者として知れ渡っているのだ。
……だが、このような救世の英雄とも言える存在である彼女らが報われたことは退魔師史上において一度もない。
ある退魔師は、長年行方不明になっていた妹と信じていた幼馴染の少年が実は既に邪教に堕ちており、彼の姦計による妹共々感動の再会からの怒涛の悪堕ちの結果、人の世の護り手から魔を生み出す大淫婦への変貌を遂げることとなった。
またある退魔師は、稀代の天才と呼ばれるだけの高い才能を保持していたが、それに驕ることなく無私の精神で魔の者に苦しめられる人々を救う人格者だった。
だが、彼女は大衆の裏切りによって魔の者へと売り払われ、彼らの慰み者として巨大な化け蛙に呑み込まれたりしながら、魔物達によって永劫の責め苦を負わされることとなる。
かように退魔師にとってハヅキという名が持つ意味は、優れた才覚をもたらす代わりに悲惨な末路が宿命づけられていた。
(あの嬢ちゃんがどれほどの覚悟かは知らねぇが……ハヅキで退魔師を名乗っちまった以上、冗談でしたじゃ済まねぇぜ!?)
例え、この世界が自分達のような侵略者によって危機に晒されるような脆く儚きモノだったとしても、“退魔師”などという在り方さえ捨ててしまえば、どこにでもいる幸福な少女として生きられたかもしれない。
だが、現在ステージ上に立つのは、退魔師という宿命だけでなくアイドルという運命をも背負い込むことを決めた一人の戦士。
気丈かつ明るく振る舞いながらも、悲壮なまでの覚悟を宿した彼女の鮮烈な在り方を前に、魔の者達が平静を装うことなど出来るはずもなかった。
(退魔師とアイドルなんていう二つのでっかい星をその小せぇ身体で受け止めようってんだ。金持ちのイケメン俳優と結婚して円満に卒業!とはいくめぇ……大方、あのハヅキって娘っ子の行く末は、SNSで失言して炎上!からの仕事激減、そこからスケベビデオの女優に転向か、ロリコンのプロデューサーに弄ばれて捨てられた後も、変な男にばかり捕まり続けるか、のどちらかしかねぇ!!)
いや、あるいは自分のファッションブランドを起ち上げて盛大に失敗するパターンかもしれない。
いずれにせよ、彼女の行く末に想いを馳せれば、答えはおのずと決まっていた。
「未来に破滅しかないって言うのなら!!今だけは最高の形で応援してやるっきゃねぇだろうがよッ!!!!」
一体の深海魚人が盛大に声を張り上げる。
残虐非道・冷酷非情を是とする侵略者連合軍の一員である自分に、まだこれほど熱い感情が残っていたのかという疑問が浮かび上がってくる。
だが、そこに後悔はない。
自分がハヅキを推しメンに指定したところで、彼女に訪れる破滅的な運命を変えることは不可能かもしれない。
だが、例えそうだとしても自分だけは、ハヅキがブルマモノのスケベビデオに出演することになったとしても声と精を枯らしてでも応援し続けよう。
気がつくと、彼は感情を覗かせない表情ながらも瞳から熱い涙を流していた――そのときである。
「オイ、お前等。何が起こっているのかよく分からないが、騒ぎ過ぎは良くないだろ!!」
叱責の声を上げたのは、一人の帝国兵であった。
この世界に来たばかりで事情を知らない帝国兵にとっては彼ら魔の者達の動揺の意味など分かるはずもなく、声を上げた深海魚人を中心に辺りに叱責の声を上げる。
無理からぬことだが、事情を知るこの世界の先住者と知らぬ異邦者。
互いの差異が浮き彫りになった事を皮切りに、険悪な空気が流れるかと思われた――次の瞬間!!
「ッ!!グアッ!?」
何と、妖魔蟲が口から細長い触手を吐き出しながら、それを帝国兵の耳へ侵入させていく――!!
……妖魔蟲は目障りな帝国兵に業を煮やし、黙らせるために彼の脳を捕食することにしたのだろうか?
――否。答えは否である。
(実はこの世界で退魔師というのは、かくかくしかじかといった事情があり、我等魔に生きる者達にとってそれだけ衝撃的な知らせだったのだよ。……君達帝国兵に対して些か配慮が足りなかったかもしれないが、彼の気持ちを汲んでここは丸く収めてやってくれないか?……あと、コミチキください)
(――ッ!!コイツ、直接脳内に!?)
妖魔蟲は触手を通じて直接帝国兵の脳内に介入し、瞬時にこの事態の説明とチキンの注文を行ったのである。
辺りを見渡してみれば彼だけでなく、いたるところで同じように帝国兵の耳に妖魔蟲が触手を入れている光景が広がっており、身近に妖魔蟲がいない帝国兵には隣のオークなどが「事情ハ後デ話スカラ、今ハソットシテオイテヤッテクレ……」などと説明し、帝国兵が「あ、あぁ……よくは分からんがとりあえず分かった……」などと会話のやりとりをする一幕があった。
気が付くと最初に声を上げた深海魚人だけでなく、会場からちらほら、いや、大合唱といえるほどのハヅキコールが一斉に溢れ出した。
『ハヅキ!ハヅキ!ハーイ、ハーイ、ハ・ヅ・キ!!』
この場に集まった深海魚人やオーク、妖魔蟲の中にはやはりハヅキが退魔師として自分を調伏するつもりではないか、と懐疑的なモノ達が少なからずいる。
だが、それでもアイドルとしてこの場に立ったハヅキの鮮烈な在り方を前に、種族や立場、光・闇の垣根を越えて応援する事を決意した魔物や戦闘員達や説明を受けて彼女に共感した帝国兵の中から激励の声が上がる。
その大歓声を受けて、今まで明るい笑顔を浮かべていたハヅキの瞳にも涙が浮かび上がる。
彼女はそれでも懸命に笑おうとしていたが、堰を切ったかのように泣きながら語り始める。
「……正直、今日ここまで来るのは本当に心細かったナリ。退魔師のオラが魔物とか怪異と呼ばれる皆さんに受け入れられるのか、って考え始めると怖くて怖くてたまらなかったナリ……」
そう言いながら、ぐるりと会場を見渡すハヅキ。
10万の観客達は立場や主義、推しの違いなどを超えて、このときはみな一様に彼女の言葉に聞き入っていた。
「……でも、例えオラが否定されることになっても、同じような運命を背負いながらもオラを認めてくれたサファイアちゃんやとっても素敵なメンバーが揃っている“ファイブドロップ”というグループを好きになってもらえるように、このライブで自分が出来る最高のパフォーマンスをやろうと決めてたナリ……!!」
「だけど、そんな決意が揺らぐくらいこの最初の自己紹介から皆さんに温かい声援を送ってもらえて……オラ、今が幸せすぎてライブが終わるのが怖くなっちゃいそうナリ……!!」
そこまで、一気に喋ってからようやく安堵出来たかのような笑みを浮かべるハヅキ。
その笑顔を前に、会場内からは先程の自己紹介とは違う賑やかさに満ちていた。
「オゥ!!例エ無理ダトシタラ、俺ガ嫁サンニ貰ッテヤルヨ!!」
「お前、それ結局バッドエンド不可避じゃねぇか!」
オークと帝国兵の掛け合いを聞いて、会場内がドッ!!と沸き立つ。
それを皮切りに「俺も、俺も!!」や「イマぺ~~~!!」といった便乗する声がハヅキへと向けられていた。
「……皆さん、本当にありがとうございます……今は、皆さんの温情に助けられてばかりですが、こんなオラでもいつかは心の底から本当に楽しませられるように、頑張っていきたいと思いますので、今回はどうぞよろしくお願いします!!……いけない、ほとんど退魔師要素がなくなっちゃったナリ!」
謝意を述べた決意表明の後に、軽くおどけてみせるハヅキ。
ハヅキの自己紹介で少し演奏は止まっていたモノの、自己紹介を次のメンバーに引き継ぐ意思を示すのと同時に再び会場内に音楽が流れ始める。
「(やっぱり、ハヅキちゃんって根が真面目そうだから結構思い詰めちゃうところあるんだろうな~……下手に引きずったりしなきゃいいけど)」
「(ソウダナ。ダガ重責トイウ意味デハ勇者トイウ存在デアル、サファイア殿モ結構深刻ナハズ。ソウイウ意味デハ、ミンナ若イノニ本当良ク頑張ッテイルナ!……オッ、アレガ次ノメンバーノヨウダ!)」
ハヅキの後に姿を現したのは、この空気の後でも陽気な笑みを絶やさない金髪のグラマラスな体型をしたエルフの少女だった。
「♪アイドルは光輝!!燦然たる輝きでミンナの心を射抜いちゃう森の狩人!フィオーレ・フォレストとは~~~……ワタシのことデース!!今日は、アナタ達を恋の罠に貶めちゃうぞ♡」
彼女がジャンプするのと同時に、細身とされる種族のエルフらしからぬたわわな胸が協調されることとなる。
その光景を前に、先程までのしんみりした空気が一気に雲散霧消し場内の熱気が最高潮に跳ね上がっていく――!!
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!フィオーッレェ~~~ッ!!』
……かくも男とは、現金かつ愚かな生き物である。
先程までの空気が嘘であるかのように、みな一様に目を爛々と輝かせながらフィオーレに声援を送っていた。
「マサカ、コンナ僅カナ自己紹介デ場ヲ変エテシマウトハ……フィオーレ・フォレスト、恐ルベシ!!」
「イマぺ~~~!!」
会場内ではフィオーレを称賛する呟きがちらほらと聞こえ始める。
だが、そこに待ったをかける者がいた。
「……ふん、それはどうかな。少なくとも俺は、今の段階で“ファイブドロップ”とやらを認めるつもりはないがな?」
それは一人の帝国兵の青年だった。
彼の発言に対して、即座に周りの者達が反応する。
「オイ、ファイブドロップヲ侮辱スルトハ一体ドウイウツモリダ!……オマエハ、コノ会場ニ何ヲシニ来タト思ッテイルンダ!!」
「もとより、徹頭徹尾このヤシマの地を制圧するために決まっている。……ふん、ファイブドロップだか何だか知らぬが、奴らはアイドルを名乗る割に先程からお涙頂戴やら色仕掛けで客寄せをしているだけに過ぎんではないか。……これだけ足止めしておきながら余興とも言えぬくだらん児戯で場を濁し続けるならば、そのときは女相手であろうと相応の血を見ることになるぞ……!!」
帝国兵の取り付く島もない絶対的な正論を前に、黙り込むオークと戦闘員。
会場には彼だけでなく、この場には周囲の全体的な熱狂にも動じもせず、冷静さを保ったままの者達の姿が見受けられた。
例えこの場にいるのが大多数のファンだったとしても、少数とはいえ残りの彼らがファイブドロップをアイドルとして認めずに、サイリウムではなく武器を手に携えるようなことになれば、ライブステージは瞬く間に戦火入り混じる阿鼻叫喚の地獄と化す。
華やかかつ賑わいを見せる夢の祭典に見える光景だが、突発的なイベントである以上手荷物検査の係員などいるはずもなく、圧倒的な武力と物量を誇る侵略者達を相手に、たった五人のファイブドロップのメンバーがどれだけ彼らを魅了する事に出来るのか?という事に全てを委ねられている、と言っても過言ではなかった。
このファイブドロップのライブがまさに薄氷一枚を踏むような危うい状況の上に成り立っているという状況は、ライブ開始時点から微塵も変わってはいないのだ。
そんな目を逸らすことが出来ない現実が浮き彫りとなった中、自己紹介は次のメンバーへと移行する。
次の姿を現したのは、背中から六枚の白き翼を生やした少女だった。
両眼を閉じた状態でスタイリッシュなポーズを取っていた彼女だったが、突然クワッ!と目を見開いたかと思うと、輝く光輪を装着した右手でビシッ!!と会場の者達に指を突きつける――!!
「♪アイドルは堕天……此方こそが堕ちゆく女神天使、シオン・ヴァレイシュア・フォン・ルナティック・ガイデスブルグ・ムーンプリズム!……心に漆黒の翼を携え、今ここに顕現せり……!!」
最後のメンバー・シオンの登場を前に、これまでのどのメンバーのときにもなかった種類のざわめきが会場に轟く――!!
「コ、此方……?アレガ自分ノ一人称、ノツモリナノカ……!?」
「わ、分からん!!……それに、落ちゆく、とか漆黒の翼、などと口にしているが、彼女はどうみてもれっきとした女神天使……今の段階ではどういうことなのか、俺には皆目見当つかぬ!!」
「イ、イマぺぺぺッ!?」
「……シャーッ!!」
みだりに人界の前に姿を見せることはないものの、ひとたび降臨することがあれば、無辜の民を救うために悪しきモノ達を全て滅ぼし尽くすとされる光の勢力の最終兵器的存在:女神天使。
伝説ともいえる存在のため不明な点は多々あれど、この世界において紛れもなく勇者や退魔師以上に強大であることは間違いない存在の出現を前に、集いし者達に一斉に緊張が走る――!!
(クッ……我等、帝国兵にとってこの世界の勇者やら退魔師などという存在は知らぬ。いや、女神天使とやらが相手であろうと、帝国の威容の前では恐れるに足らず!!)
どれほどの強大な神や魔王であろうとも、自分達帝国の技術力と豊富な物量、そして緻密な戦略と連携から導き出される戦闘力は最強であるという自負がある。
例え、女神天使という存在がライブを中断してこの場にいる侵略者連合の者達を相手取るほどの強大な力を持っていたとしても、自分達が敗北するとは微塵も考えていない。
(むしろ、高位の存在であるはずなのに、それほど圧倒的なモノをあの女神天使とやらからは感じない……いや、しかし……)
このとき、帝国兵であるこの青年は得体のしれない感情に苛まれていた。
(……あのシオンという存在はそんな戦闘力といったモノなどとは違う別の次元で何かがおかしい……何だ、一体、この感情は何だというのだ!?)
そんな彼……いや、この場に集った者達の疑問に答えるかのように、シオンが蠱惑的ともいえなくもない声音とともに、言葉を紡いでいく――。
「初めまして……いいえ、違うわね。貴方達とは以前にも出会ったことがある気がする。この既視感の答えは何?未知なる光を追い求めて、此方は今宵も想いを馳せる……!!」
……ざわっ。
十万もの観衆が一瞬のうちに静まり返る光景は、まさに異様の一言に尽きた。
ファイブドロップのファンとして集まったつもりの者達、このヤシマを制圧するために侵攻する意思を曲げぬ者達、そういった違いすら超えて皆の気持ちは一つになっていた。
……何かがおかしい。
ゴクリ……と息をのみ、沈黙した面々だったが、ステージ上のシオンはそんな場の空気に気づくことなく、再び瞳を閉じリズムに合わせながら自分の世界に浸っていた。
「それでも、見果てぬ先を求める勇敢なる者達よ!!この世界の真実に向き合う覚悟があるのならば、此方の軍団:ファイブドロップへと集うべし!!……超越せよ。新天地への扉はここに開かれん!!」
『(痛タタタ~~~ッ……!!)』
俗にいうドヤ顔を決めたシオンを前にして、会場内に得も言わぬ空気が蔓延する。
その様子を見てようやく場の空気を理解したらしいシオンが、突如顔を真っ赤にしたかと思うと目じりに涙を浮かべ始める。
(ッ!!ひ、人並みには羞恥心があるのか!?)
屈強たる帝国兵として、これまで自分達を呪う怨嗟の声を聞き、最後まで抗おうとする意志を幾度となく目にしてきた。
だが、これほどまでに脆弱、ともいえる存在を前にするのは初めてだった。
(そうあまりにも脆弱、というほかない……まるで、手を差し伸べねば今すぐに折れてしまいそうなほどに)
侵略者として残虐非道と謗られようと、絶対にして崇高たる帝国の兵として如何なる所業であろうと為してみせる。
だが、言い換えればどのほどの非道な振る舞いに走ろうと、帝国の臣民として曲げることならない正道というモノがある。
それはすなわち――
(こんな危なっかしいヤツは、俺が支えてやらなくては駄目だ……!!)
例え失敗してしまったとしても、ファンが応援したくなるような存在、という人徳である――!!
武力を行使、或いは言葉を弄してくるのならば、帝国の御旗を胸に毅然とした態度でそれらを跳ねのけることが出来た。
だが、シオンという少女は女神天使という高位の存在として、それらの手段を用いて干渉するのではなく、等身大のアイドルとして自分達の前に姿を現した。
その結果、彼女は痛々しい姿を大衆の面前で曝け出すことになったことは間違いないだろう。
だが、それの何が間違いなのだろうか。
歌を上手く披露出来たり、キレッキレのダンスを完璧に踊れることはとても重要な事かもしれない。
(……だが、それ以上にアイドルに必要なのは、『共に成長し、これからも応援していきたい!!』とファンに思わせるような人柄こそ最も大事にすべきことではないだろうか――。)
気がつくと、帝国兵の青年は先程までの冷徹な表情が嘘だったかのように、自分の心からの気持ちを口にしていた。
「俺を軍団に加えてくれ、シオン陛下!!今こそ貴方が必要だ……!!」
それを皮切りに、最後まで侵略者として振る舞おうとしていた者達を中心に手が上がり、「俺も堕天するぜ!!」「ふっ……神世界組曲は目前のようだな……!!」といった声が上がり始める。
冷酷非情に徹し、頑なにファイブドロップを拒否しようとしてきた者達ほど、これまでの人生で出会うことのなかった庇護欲を掻き立てながらも、しっかりと前を見据え続けるシオンの在り方を前に魅了されていた。
シオンを応援し始めた帝国兵の中には、自身の最新鋭の装備を組み立てて即席のサイリウムを作り上げ、盛大な掛け声と共に振るい始める者まで出始めた。
その中の更にごく一部の者は、『軍団に加わる』という自身の本気を示すために、持っていた帝国の国旗をあろうことかファイブドロップのトレードマークに塗り替える者まで現れる始末だった。
帝国臣民としては不敬罪として処刑されてもおかしくない所業だが、彼の中では厳格な帝国の規範以上に、自分にアイドルという形で真の正道を示してくれたファイブドロップという存在に対して命を懸けて伝えねばならぬ事がある、と判断したのかもしれなかった。
そうこうしている内に、自己紹介を終えたファイブドロップのメンバー全員がステージ上に並び立ち、再び合唱を始める。
♪welcome to the ヤシマ!(ヤシマ!)
welcome to the ヤシマ!(ヤシマ!)
五里霧中に無我夢中
先の見えない時代でも
すぐに思い出して五つの煌めき
そうだよ、私達は五人で一つ!
私達の軌跡を結集、次代の寵児
流星アイドル、ファイブドロップ!!♪
『ウオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
ライブの本格的な始まりを告げる開戦の号砲が、辺り一面に鳴り響く――!!