紙風船
「I love you.」
「…急にどうしたの」
真っ白な部屋の中でベッドに寝ころびながら、彼女は窓の外を見てそう呟いた。
「ね、I love you.を訳してみて?」
僕は彼女につられるように外を見ながら答える。
「…さぁ、分からないな。君はどうしてそんなことを聞くんだい?」
「…嘘つき。」
小さくそう呟いたようだけど、その声は夜の街を走る車の音にかき消された事にする。
彼女は上体を起こすと、そんな事気にもせずに僕の方を見てニヒヒと笑った。
「特に意味なんてないよ。それより、あなたみたいに長生きしてても分からない事なんてあるんだ」
「そりゃあもちろん」
ふーん、と返事をして枕元にあった折り紙で何かを折り始める。
「I love you.を愛してるって訳すなんて、浅はかだよね」
「…どうして?」
どうやら折っていたのは紙風船のようで、フゥと息を吹き込むと白色の風船ができあがる。
「どうしてもなにも、そう感じてしまうんだよ」
彼女はその風船を僕の足元に放ると、また同じものを折り始めた。
ふーん、と返事をしながら足元に転がってきたものを拾う。
綺麗に膨らんだ紙風船だけれど、少し強く掴むだけで簡単につぶれてしまいそうだ。
そこから会話はなく、部屋には折り紙の、カサカサという乾いた音しかしない。
黙々と作業に没頭する彼女と、できあがっては床に放られる紙風船をなんとなく見つめる僕。
どれくらい経ったのか。
それほど時間が過ぎていないようにも、とても長い時間が過ぎたようにも感じる。
ただ分かるのは、窓の外は静かで、街全体が眠りについているのだということだけ。
「フゥーーー」
彼女が最後の1つと思われる紙風船を完成させた。
床の上、ベッドの上に散らばった紙風船は一体いくつあるのだろう。
「はぁ、満足。」
「…君のやりたかった事はコレなの?」
コレと言いながら紙風船を持ち上げる。
「うーん、正確にはやりたい事のために必要なこと…かな」
いまいちピンとこない僕を見てニヒヒと楽しそうに笑うと、彼女はボフッとベッドに寝ころんだ。
「人情紙の如し…って伝えたかったの、私が嫌いなあの人たちに。まぁ、分かるとも思わないけど。
でもいいの、自己満だし。…ありがとね、待っててくれて。」
僕は彼女のもとに1歩ずつ近づく。
「ねぇ。」
彼女のすぐそばまで辿り着く。
「…私、死んでもいいわ」
「…そういうのは、I love you.って言われてから言うもんじゃないの?」
「ほら、やっぱり嘘つきだ」
僕はそう言って笑う彼女に向かって、手に持った大鎌を振り抜いた。
――――――――――――――――――――
―――――――――――――――
――――――――――
何も音のしなくなった部屋で黒いノートを取り出し、彼女の写真の載ったページに多くバツをつけ
窓を開け、黒いマントを翻して夜の空へと飛び立つ。
「…月が綺麗ですね」
彼女の頬を一筋の涙が伝っていたのを見て見ぬふりをして。
読んでいただき、ありがとうございました!