表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BOYS BE ETC   作者: 小村計威
3/5

有馬煜の事情 其の三

「でね、有馬。実は転校生が来たんだよ」


「へぇ、転校生か」


「男女共に彼への注目度は高いんだ。かっこよくて、スポーツ出来て名家の出身という血統書付き。非の打ち所がないんだよ」


 そんなことを言ったら菊花、お前もだろと、ぼくは言いたくなったがそこはぐっと堪えた。名家の出ではないにせよ、美少年で成績優秀、スポーツもそこそこ出来ておまけに父親はOFの生みの親。その転校生がどれ程のスペックかは知らないが、菊花のステータスはとても高いと個人的には思う。


 OFを拒絶し、政府に反旗を翻した兄を持つ僕。そして有馬奇跡を公衆の面前で絞首刑にした政府の重役を父に持つ菊花。僕等は埋められない溝を見て見ぬ振りをしながら友達ごっこを続けている。


「名前は?」


「え?」


「名前だよ。転校生の。なんて言うの?」



「名前は桜花鐘オウカショウ、自衛隊が軍事支援を始める前からこの国の為に戦い続けた桜花家の跡取り息子なんだ」


「あぁ、何かの資料で名前だけは見た気がするな」


「有馬ってそう言う情報どうやって手に入れるのさ、普通は閲覧禁止だよね?」


「何にも抜け道ってのがあるのさ。勿論一つ間違えば速攻で施設に送られるレベルだけどね」


「ははは……結構笑えないや」


「世の中には目に見えない物が沢山あるんだよ菊花。見えない物、見えない様に隠されてる物を見て感じる権利がぼく達にはあると思うんだ」


「そうやって今の世の中の流れに逆らっても結局は辛い目に遭うだけだよ、有馬」


 この眼差しだ。この眼差しだけがぼくが菊花との心の距離を感じてしまう原因。何もかも知っているようで見透かすような瞳の色。綺麗に濁り淀んでいるその眼差しは小説なんかでよく出てくる死んだ魚のような眼、と言うやつだろう。


 こう言う時ぼくは咳払いを一つする。


「かもね」


 菊花の眼から濁りが消え、にっこりと笑う。


「とにかくあまり無茶はしちゃダメだよ。有馬はただでさえ複雑な環境に置かれてるんだからね」


「はいよ」


 思い返せば、ぼくが不登校になったのは有馬奇跡が殺されてから少し経ってからだった。兄さんが生きてる間はフランス革命前夜の様な雰囲気が全世界にあった。


 情報の公開、閲覧の自由が世界を優しく包み込み。ありとあらゆる難病もOFを利用する事で早期に見つけ出すことが出来、そして第三次世界大戦以降発展した医療技術により多くの命が救われて来た。


 あらゆる管理システムがOFを主軸にくるくると動き出すと、いつしか人々は個々ではなく、一個の集合体という感覚に陥いってしまったらしい。


 わたしはわたし。あなたはあなた。それで良かったしそうあるべきだと心の底からそう思うが、残念ながら人類の感覚は麻痺してしまった。


 わたしはあなた。あなたはわたし。その優しが偽善か否かをテーマにして論じる気は更々ないが、なんだか生ぬるくそして息苦しい枠組みが気が付けば自由を奪っていった気がする。


 ぼくがぼくである為の意味や大切にしている価値観や感覚。そういったものを一つ一つ剥がされていって最後にはプライバシィなんて物は存在しなかったんですよ。なんて事になるのではないかとさえ思う。



 誰もが自分を守る場所として心の壁があるとしたら、今の世の中はその壁の中にすら優しさという暴力を振りかざしながら我が物顔で入り込んで来ようとする。そしてそれをいつしか人々は当たり前のように受け入れてしまい、日常化して今に至る。


 やっぱり有馬奇跡の行動、生き方は正しかった。風雲児だったんだ兄は。優しい世界の違和感に気付き抵抗し続けたその結果、政府が無視する事自体不可能になる程の大きな武装集団に成長していったのだから。


 ヴォルフガングズ。それが兄さんが率いた狼の群れ。情報管理されたこの時代にサイバー攻撃と神出鬼没のゲリラ戦法を用いて政府の処刑執行官クリーナー達を打ち負かしては政府の重要拠点を殲滅する。完璧な安全を提供しますと唄う政府の管理下に置かれていても俺達みたいにセキュリティを喰い破れる人間がいるんだぞ、と。狼達は雄叫びをあげてその牙と爪をなるべく深く突き立て喰い込ませていった。


 それに同調して一般市民からもヴォルフガングズを応援する人々が現れた。人間は始めの一歩を踏み出すのが苦手だと何かの本で読んだ事があるけれど、一般市民の中にもあった生温い違和感をヴォルフガングズは臆する事なく声を大にして伝えていく。それに背中を押された人々が俺も、私もと彼等に続いて反撃の狼煙をあげていく。そこにはもう人種の壁も肌の色も関係ない。同じ意思で集まった世界中の若者達。


 その輪にぼくは加わる事は出来なかったけれど、そういう人達が兄さんを後押ししてくれた事に心の底から感謝していた。


 しかしながら人間は残酷な生き物で、有馬奇跡が処刑されてからヴォルフガングズは消息を絶ち、兄さんを英雄だなんだと祀り上げてた連中は優しい世界の住人に成り下がってしまった。


「有馬奇跡の弟、有馬煜はいるか!」


 唐突に優しい世界の住人達が見てません、聞いてませんと無言を決め込むなか、ぼくと菊花はお互いを見つめ、声の方向に目を向ける。スラリとした長身。長い髪を後ろで纏めた美男子がそこにいた。あぁ、こいつが桜花鐘なんだなとOFを使うまでもなくはっきりと分かった。なんだか不思議な雰囲気を持っている。


「なる程、これは世に言うシカトという文化だな。あいわかった!」


 そういうと一人一人に聞いて回る。有馬煜か?お前が有馬煜か?と。彼は教室を入って教壇を背にし、左手前側から順に有馬煜を探す。残念だな桜花鐘。有馬煜の席は君から最も遠い窓側の一番奥だよ。


 等々ぼくと菊花の座る席に彼は辿り着いた。その眼は輝きと喜びに満ち満ちて、顔は少し紅潮しているようにも思える。


「どちらが有馬煜だ?」


 ぼくだ。と答える


「君に話がある。少しいいかな?」


「ぼくはお前と話す事なんかないんだけれど?」


「だろうな。だが、ここは君にとってあまり居心地がいい場所ではあるまい?」


「……」


「言葉にしづらいか。済まない。少しばかり意地悪な言い回しだったな」


「構わないさ」


 少し間が空いた。その隙にぼくに何の用があるか考える。有馬奇跡に恨みを持つ人間も沢山いるだろう、名家の御子息様も有馬奇跡によってなんらかの被害を受けてわざわざ転校までして弟をリンチにしにきたのか。あるいは、過去ヴォルフガングズに所属していて

兄さんを裏切った事を詫びに来たのか。


 前者ならもう慣れっこだ。あの日以降ぼくは友人だと思ってた連中に集団暴行を受けたり、道ですれ違いざまに罵声を浴びせられたり、ネット上で有る事無い事書かれたりした。うんざりだった。皆消えてしまえと思った。でも皆が消える事なんて現実的に考えて有り得ないから、ぼくが皆の中から消えてしまえばいいんだと思った。


 死のうかとも思った。けどそれは出来なかった。死ぬ覚悟も勇気もなくて、それに気が付いたら学校に行くのも普通に生活するのも嫌になって現実から逃げ出した。


 さて、問題は仮に後者だった時だ。思えば兄さんの件で今までぼくに赦しをこう人間なんていなかった。


 もしも彼が何らかの事情で兄さんと関わりがあり今に至るならぼくは彼に何をしてあげればいいのだろう。また、彼はぼくに何を求めているのだろう。


 結論から言うとぼくに言われても何もしてあげられない。だってぼくは兄さんじゃないからどうする事も出来はしないんだ。死人は喋らない。イタコやシャーマン、または神父様なんかは時折死者と対話しその力を借りるというが、実際の所本当かどうかは分からない。


 そういうわけで、ぼくはこの場の空気を察しこの転校生君の話し相手になる事にしたのだが。






「正義の為に現政府と真正面から対峙し、完璧に管理統制されている政府の機関をハッキング、そして重要なデータを奪い去りその事実を公の面前で突き付け、どれだけ政府が怠惰で愚かなのかを提示し、我々に政府を信頼する事の危険性を唱え続けたミスター奇跡!僕はね有馬煜、君の兄上をとても尊敬しているんだよ!」


 蓋を開けてみればただのヴォルフガングズフリークでした。なんだか少しホッとした。


「こんな所で正気か?下手したら危険思想の持ち主として処刑執行官クリーナーに連れていかれるぞ」


「ふん、くだらないな。例えルドヴィコ療法を施されたとしても自身の個性を失ったりはしないさ」



 アレックスの様にはならない。そんな事は今の政府になってから絶対にあり得ないのだが、この青年は危険性を知った上で冗談を言える程の胆力と反社会的思想。そして端正な顔立ちと育ちの良さの内側に馬鹿みたいに尖った牙と爪を隠し持っているようだ。


「お前がどれだけ抵抗しても無駄だよ、電気けいれん療法(ロボトミー)って手段もあるんだから」


「オレンジの次はカッコーかい有馬煜。マクマーフィは残念だった」


 趣味は合うようだ、そう思った。


「映画が好きなようだね、悪いけど兄さんの事なら何も分からない。お前に話す事もないよ」


「少しは期待していたんだがな……君なら有馬奇跡の真実を知っているのではないかと我々の間では沢山の憶測と希望が入り混じりってある種の都市伝説みたいな物が一人歩きしているんだよ」


「へぇ、どんな?」


「例えば有馬奇跡は生きているんじゃないか、みたいな物さ」


「なにを根拠にそんな事を?兄さんの首が飛ぶ映像を見てないわけじゃないだろ?」


「無論見た。だが、生きていてほしいという気持ちが大体を占めているんだよ。この国には英雄を死なせたくない、忘れたくないと思う人達が多いと言うことさ有馬煜」


 平安時代の源義経、戦国時代の真田幸村みたいにね、と彼は付け加えた。


「願うのは勝手だけど、それじゃあ何も変わらない。そんなに兄さんを思っているのなら第二、第三の有馬奇跡にお前達の中から誰かがなれば良いだろ?」


「非現実的な発想だ。バットマンの素性も志も知らないままにケープを纏ったところでバットマンにはなれないだろ?なれるとすれば彼の背中を見て生きてきた人間だけだ」


「そうとも限らないじゃないか、現にロビンはナイトウィングになったり、いろんな原因はあったもののヴィランの手先になったりもしているんだから。それと、バットマンは主役ヒーローじゃない。彼は黒子ダークナイトだよ」


「確かに一理あるな。しかしどちらにせよ生半可な人間では主役は愚か、黒子にすらなれはない。いや、なろうとしないと言った方が正しいかもしれない」


 まるで君もなろうとしない人間だろ?と言われているような気がして苛立ちを覚える。


「簡単に話をまとめると、ぼくは兄さんの事については恐らく君達オタクと同じくらいしか知らないよ。何故殺されたのかって事と、本当に死んだ事以外は何も知らない」


「遺体は確認出来たのかい?」


「いや、政府が遺体を回収して戻って来たのは遺骨と、兄さんの骨だと証明する何点かのデータだけだよ」


「鑑定には?」


「出してない」


 鑑定になんて出す気力も余裕もぼくにはなかったんだよ転校生。ぼくらの両親はOFが世界に伝染していった頃に行方不明になった。だからあまり記憶もない。兄さんとぼくの二人だけで生きて来たんだ。


 それから一人になった中学一年の多感な時期。突然兄との連絡が取れなくなって入れ違いに姉さんがぼくの身の回りの世話をかって出てくれた。花總蓮ハナフサレン兄さんの幼馴染。今でも多分兄さんのことを好きでいてくれている素敵な人だ。


 有馬奇跡が処刑された映像が全国ネットで流れた時、ぼくと姉さんは心にぽっかり穴が空いて、その穴を埋めようと必死に家族になる努力をしていたんだと思う。


 何が言いたいかと言えば、そんな状態の中坊が遺骨を調べてもらって本当に兄の物なのかを確かめる余裕なんてなかったんだという事。


「さっきから質問ばかりされて居心地が悪いんだけど、ぼくからも一つ聞いて良いかな?」


「構わないとも」


「お前、わざわざぼくに会いに転向して来たの?」


「そうだとも」


「なんで?」


「ふむ、段階を踏んで話をしていきたかった所だが仕方がないか。訳を話そう、簡単に言えばヴォルフガングズを創りたい。世界が政府の思いのままにならないように。そして有馬奇跡の目指したOFに頼らなくても良い世界を創り出す為にも」











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ