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BOYS BE ETC   作者: 小村計威
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有馬煜の事情 其の二

 OFオープンフロンティア、通称OF(オーエフ)はあらゆる情報を開示し、互いを認識、理解し合う為に使われる万能ツール。その昔、どの国でも盛んに名刺交換なる物が行われていたらしい。


 これは自分が何者で何処から来たかなど、あらゆる情報の詰まった紙ベースの情報リソースの中で最も代表的なアイテムだった。その渡し方、貰い方にすらマナーがあり、それができるか出来ないかでお互いのステータスを把握する事が出来るのという側面も併せ持っていた為に大人の嗜みとして当たり前の物だったらしい。これも所謂絶滅した文化(デッドメディア)として扱われる物。


 今ではお互いにOFを使えばその程度の物なら閲覧可能になってしまっている。


 ぼくの眼の前を歩く女学生。ぼくはOFを起動する。といっても、何かのスイッチがある訳ではなく意識として、起動する。というだけ。


 例えるならゲームなんかでそろそろ本気出すと、自分に言い聞かせるような物。あくまでも意識するだけ。たったそれだけでぼく、有馬煜という人間は本人だとOFの管理システムにより認証され、目の前を歩く女学生、丹羽幸タンバサチの名前、性別、生年月日、出身、在学中の高校等がぼくの網膜に投影されるのだ。



 丹羽さんはそれを知る由もない。後に自らOFにアクセスをかけていつ、何処で、誰に情報を開示したのかを確認する事は出来る。そしてこれは行き過ぎた行為、プライバシーを逸脱した行為とはされないのが昨今の僕達が生きる現代というわけだ。


 政府の調べによれば、OFの情報開示を悪用した犯罪は起きていない。もっと言うなら起こりようがないとの事。何故なら僕等、OFを使う使用者ホルダーは政府の監視下にしっかりと置かれているからだ。


 見えない所で観られている。この感覚に拒絶反応を起こした人々がオーウェルだ、ビッグブラザーだと騒ぎ立てる事は稀に、ごく稀にある。そういった人達はある日突然姿を消す。そうして気が付いたら戻って来る。


 彼等はもう一九八四年のスローガンを掲げ反対運動を起こしたりはせず、ルドヴィコ療法を施された後のアレックスの様に政府に対して反抗的な態度や行動を起こそうとするだけで拒絶反応を起こし、のたうちまわる。


 つまりは、反対運動も叛逆も全くもって無意味という訳だ。ぼくはそれを引きこもっている間に学んだ。幼い頃からアナログの有用性を把握していたからこそ、政府の網にかからないギリギリの範囲で知識を詰め込み、そしてそれを鎧として纏う事でぼくはぼくを見失わずに済んだし、見捨てる事もなかった。


 要するに大切なのはOFを介するのか否かであり、仮に介さないのであればこのご時世においてのありとあらゆる省略されたいくつもの工程をこなさなければならない。そんな事をするのは恐らくぼくと兄さんぐらいだろう。


 急ぐか、とぼくは口に出したのはホームルームが始まるまであと五分になってからだった。





 校門までたどり着く。ぼくは久し振りに校門に触れる。次の瞬間に認証システムが立ち上がり、網膜認証を求められる。大変窮屈ではあるが9.11以降の社会では個人情報保護とテロ対策が同時に、そして急激に進歩した。


 なので、もう二度とぼく達の住む街に旅客機が突っ込んだり、地下鉄で有毒物質が撒かれたり、愚かにも核兵器を撃ちあったりはしない。というより出来ない。


 この無機質な校門への網膜認証も、OFでの情報開示や読み取りや閲覧も、全て平和の為の代償なのだ。もちろん拒否権はない。


「有馬煜君、おはようございます」


 校門がぼくがぼくである事を承認するだけでは飽き足らず挨拶までしてくれる。なんて親切なんだろうか。そしていつから機械は機械としてではなく人間の様に話す様になったのだろうか。


 ぼくは校門をくぐり、教室へと向かった。


 自分のクラス、自分の席。ぼくはいてもいなくても変わらない様で、誰からも認識されていないのではないかと思った。そう思うと校門の方がここにいる連中よりもまだいくらかあたたかみがあるのではと錯覚をおこしてしまう。


 ホームルームも葬式の様に厳かに行われ、有馬煜が久しぶりに登校した事に対して何かを先生が言う事は無く、生徒達にいじめられる事もなかった。ぼくはそれでいいと思った。


 誰も気にしないでくれれば、楽に学校生活を送れる。そう思っていた。そう思っていた。




「有馬、この前は購買部のたまごロールパンが余りに美味しいと評判になってたらしくてね!最近美人だって話題のなんとかってアナウンサーが取材に来たんだよ!凄いよね」



 ぼくが不登校になる前から仲の良かった唯一の友人、菊花凌キッカリョウ。この学校の男子生徒の中でおそらく一番背が低い。その容姿は女の子にしか見えない。いつだったか二人で007の新作映画を観に行った時にカップル割引を受けた事もある。


 そこは古い映画館で今でも人間のスタッフがチケットを販売していた。僕達はそのレトロな雰囲気が好きで良く利用していたが、何回目からかカップル割が適用されなくなっていた。それが理由ではないが、最近はめっきり行かなくなってしまっている。



「そうか、なんとかってアナウンサーがねぇ」


「そうなんだよ!なんとかってアナウンサー!確かにうちのたまごロールパンは尋常じゃない美味しさだとは思ってたけど、まさか大々的に取り上げれるとは思わなかったなぁ」


「菊花、落ち着きなよ。ぼく登校初日なんだ。ゆったりと過ごしたいんだよ」


「あ、ごめん、有馬。ほら、久し振りに会ったから有馬が居なかった間に何があったか話しておかなくちゃって思って……」


 僕がため息をつくと小さな美少年は戸惑いの表情を浮かべながらこちらの様子を伺っている。ぼくはポンと頭を叩き、仕方なく彼の溜め込んでいた話を聞いてやる事にした。










 


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