職務
朝食をあらかた口に放り込んだ後、身支度を済ませ、男は黒い革張りのソファにどっかりと座り込んだ。ガラスのテーブルにおいてあるノートパソコンを開き、昨夜見たものと同じ写真を表示させる。
少女はそのおぞましい写真の映る画面を事も無げにのぞき込む。そして真剣な顔で何かを考え込み始めた。
男は問うた。
「やっぱり、これは…」
少女は言った。
「切り裂き、ジャック。」と。
切り裂きジャックと言えば、かの有名な連続殺人事件である。
1888年、ロンドンのイーストエンドで街娼五人が殺害された。被害者はメスのような鋭利な刃物で喉を掻き切られ、過度の遺体損壊を加えられた、残虐極まりない事件。 連続殺人の起源とも称されるこの事件だが、貧民街でまともな聞き込みができるはずもなく、決定的な犯人の見つからぬまま捜査打ち切りとなった。
その事件の名を聞いただけで察した男は、我が意を得たりとそれを肯定した。
「模倣犯だろうな。露骨すぎる位に一致してる。」
そう。その風化しつつある事件と、今回男が調査する事件はあまりにもあまりな位似ている。現代日本版切り裂きジャックとでも形容できよう。
「まず被害者だ。本物は娼婦、こいつは売春行為に手を染める学生にターゲットを絞ってる。今までに確認されたもので二人、後三人襲う予定があると見て間違いないだろう。」 情報の確認と整理、共有を男は淡々と続ける。「次に犯行日時。一件目八月三十一日。二件目九月八日。ロンドンの本物に倣えば次が九月三十日、犯行声明がその三日前だから、まだ時間的余裕はあるな。」
「でも…!」
我慢できないといった風に抗議した少女に、男は諭すように呟いた。
「分かってる。被害者の親にとっちゃ、娘が売春してた上に、それを殺されたときた。早く早くと解決を願って然るべきなんだよ。全く、胸糞悪いな…。」
場に重苦しい沈黙が立ちこめる。 少女も、やるせない表情で俯いていた。
昨日の晩に、問題の依頼が届いた。それ故にこの探偵事務所唯一の探偵であるこの男は朝から忙しく働いているのであるが、微かにどこか眠たげだ。
夜に殺人事件の話を聞かされて安眠できる人間など、まずいないだろうから当然だ。
この男にとっては特に。
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次話からはもうちょっと文量増やします。