ニートに全てを
「俺はただ、働きたく無かっただけなのに……」
また一人のニートが、ハロワマンの前に倒れた。
悪の秘密結社「グッバイワーク」が潰えようと、ニートが消えることは無い。新たなニートが現れるたび、ケビンはハロワマンとして戦い続けていた。
だが、そんなケビンを縛るシャチクリングが音を立てて壊れた。
ケビンの中にあるニートが、シャチクリングでは抑えきれなくなったのだ。
「この世界は労働に満ちているのでゴザル……。罪も無いニートが苦しみ、働くことを強要される…………。この悪しき流れは濁流の如く、止まる事を知らぬでゴザル」
新戸ケビンはニートである。
「我が輩がニートを辞め、働くことで一人でも多くのニートを救う礎となるなら。我が輩の屍が、明日のニートを導く灯となるなら」
ニートの形をした魂を持ち、ニートであることに誇りを持っている。
そんな彼だから、そんな彼だからこそ。働かねば生きていけない世界への怒りと悲しみを越え、一つの決断をするに至った。
「後の世のニートのため、三千世界の平和の為! 我が輩、ニートを辞めるでゴザル!!」
その両目から流れる透明な液体は頬を濡らす。
瞼を閉じようと、熱い魂の汗はとめどなく溢れ続けた。
濡れた頬を拭う事すらせず、ケビンは誓う。
それは誇りを失ったと詰られる行いかもしれない。
それは今まで働こうとしなかった自分への裏切りかもしれない。
誰よりもニートであり続け。
誰よりもニートを愛し続け。
その生き様を、胸に抱くのであれば。
「……明日、ハロワに往くでゴザル。見送りは不要。シャチクリングもそのままにすればいいでゴザルよ」
一人の漢が、修羅道という長い旅路を歩み始めた。
「主任! ついに終わりましたね!!」
「ウム。今日は祝杯を空けるぞ!!」
ケビン・脱ニート作戦は、なんとかノルマを破ることなく終わりを告げた。
ケビンが天帝ルームの鬼畜労働に耐えきった段階で暗い雰囲気を醸し出していたケビン対策班であったが、ようやく告げられた終わりに明るいムードが流れ出す。ハイタッチを交わしたり抱き合ったりして喜びを全身で表している。
主任も心地よい疲労感に身を任せ、椅子へと体重を預けた。
「では、ケビンはこのまま両親の所に移送する。みんな、よくやった!」
「「「「はい!!」」」」
新戸ケビンは自宅のベッドで目を覚ました。
今まで使っていたVR世界の寮のベッドから急に自室に戻ったため、違和感は半端ない。だが、それでも誓った言葉は胸にある。習慣通り、いつもの時間に体を起こした。
「おはよう」
「おはよう、ケビン」
「おはよう。ケビンさん」
着替えて部屋を出れば両親が朝ご飯を食べている。
テーブルにはケビンの分も用意されており、それが用意されたばかりであることは簡単に分かった。
メニューは社畜時代に食堂で食べていたのと同じ、ご飯とみそ汁、焼き魚の純和風朝食。母親の用意したそれは食堂の朝ご飯よりも美味しそうだった。
「今日は、ハロワに往くでゴザルよ」
「おお、そうか!」
ケビンがハロワに行くことを告げると、両親は心からの笑顔を見せた。
今のケビンには、その笑顔が喜ばしいものに感じられた。
両親揃っての見送りを受け、玄関を出る。
朝の陽ざしはまぶしく、強い日差しはケビンの肌を焼く。もう夏でゴザルな、とケビンは思った。
現実では久しぶりに外に出たケビンは歩いて駅を目指す。電車で隣町に行き、駅近くにあるハロワへ行くのだ。
「ふぅ……」
ぐに
これでいいのか。そう思わないわけではない。
だが、ケビンは迷いなく駅を目指し――犬の尻尾を踏んだ。
「おろ?」
「グルル……」
犬の散歩中、井戸端会議をしていた御夫人。
飼い犬は大人しく座っていたのだが、あまりの暑さに、力なく尻尾が垂れ下がってしまった。その垂れ下がったタイミングでケビンが足を踏み出してしまったのだ。車を警戒して道の端を歩いていたことが災いした。
「ひっ……」
「グルァァ!!」
「ヒィーーーー!!!!」
尻尾を踏まれた犬は怒り狂い、ケビンめがけて噛みつき攻撃を敢行。当然ケビンは全力で逃げる。
「イィーーギィーーーー!! 助けてでゴザルーー!!」
「ワゥゥーーン!!」
逃げるケビン。
追いかける犬。
二つの影はいずれ一つになり、一人の男の悲鳴が木霊した。
「お外は怖いでゴザルーーーー!!!!」
新戸ケビン、無職の35歳。独身。
只今絶賛入院中。
「もう、絶対にハロワなんか行かないでゴザルーー!!」
その社会復帰への道は厳しいようだ。