ニートを働かせるなら強制するしかない
「働け働け~~!! 天帝様はニートが嫌いだぁ~~!!」
「うひぃ~~! 死ぬ、死んでしまうでゴザル~~!!」
「ヒャッハ~~! 叫ぶ元気があるならまだ大丈夫だぁ! 働け働けぇ~~!!」
「ノォォ~~~~!!!!」
晴天の下、多くの若者が鍬を振るい、畑を耕していた。
彼らは同じタイミングで鍬を持ち上げ、地面に振り下ろす。その表情は苦悶に歪み、肉体労働が本意でないことを示していた。だというのに、彼らは耕すことを止めたりしない。否、止めることができないのだ。
「ククク、シャチクリングに逆らうより、受け入れ、自ら働いた方が楽だぞぉ~?」
畑で働く肉体労働者を管理するのは監督業務のモヒカン男。肩には棘付パッドを当て、手には鞭を持っている。耳や鼻にピアスを付けているが、彼はちゃんとしたここの職員である。良く見ればモヒカンはカツラで、制服の一部であることが見て取れた。三下口調は社内マニュアルに則った、業務用定型文だったりする。
ここにいる多くのニートは度重なる警告を無視し、ニートであり続けた社会不適合者たち。彼らを働かせるため開発されたシャチクリングは首にはめられた輪っかで、VRMMOの技術を応用して作られた肉体コントロールユニットだという設定になっている。ちなみにこの技術は、ここまで小型化されていないが現存する技術である。
そう。
強制的に健康的で正しい社会生活を送らせる、それが「この「天帝ルーム」と呼ばれるこの世界の目的だ。
朝7時に起きて、朝ご飯を食べ、畑に出て、2時間ごとに休憩を取りつつ8時間労働をする。夕方の5時半に仕事を終え、夜は12時になればベッドに入る。仕事が終わってからの時間は基本的に自由だが、夕飯や風呂の時間は指定アリだ。あまりに遅いと、シャチクリングが肉体のコントロールを奪うようになっている。週休二日で、土日は休み。
一般人にしてみればそこまで厳しい生活ではない。いや。定時退社できることを考えれば、とても“ゆるい”生活だろう。代わってほしいという人間が押し掛けるレベルだ。
しかしこれはニートにとって地獄のような生活だ。彼らにとって起床時間や寝る時間はもっと遅く、仕事にも行かないから常に自由時間。労働時間などで9時間以上拘束されるのは
僅かな労働すら許せないのだ。
そんな彼らシャチクリングに支配されたニート達には救いの糸が、一本ある。
真面目に働くことを誓えば、真なる自由が返ってくるのだ。ただ単に転属するだけであるが、転属すればシャチクリングから解放される。
自由になるには、ニートを辞めて更正するだけ。
ニート達は配属から一ヶ月で、3割が更正を宣言した。
シャチクリングを付けた生活が始まり、一ヶ月が過ぎた。
100人いたニート達のうち約30人が更正を宣言し、自由を手に入れている。
ここで問題である。
100人分の仕事がある職場で、30人がいなくなった。
職場単位の仕事の総量は変わらない。
そうなると、職場は、仕事はどうなるだろうか?
答えは、「残業でカバーする」である。
仕事時間はおおよそ5割増しになり、1日の労働時間は8時間から12時間に延長。そう、今までのはタダの前座。これから真のシャチク生活が始まるのである。
「ふひぃ、ふひぃ……」
「ヒャッハ~~! 働け働けぇ~~! 天帝様はニートが嫌いだぁ~~!!」
定時退社をしていた頃は大丈夫だったケビンの体調だが、残業が続くと疲労が蓄積し、次第に悪化する。
一般的に、月の残業時間が80時間を超えると過労になると言われており、毎日4時間残業すれば88時間の残業と同等になる。
ケビンは今、過労状態だった。
……世間一般で社畜と呼ばれる方々は月の残業時間・休日出勤がが100時間を軽く超えるので、まだまだ楽な方だと言えるのだが。
「もう嫌でゴザル。働きたくないでゴザル……」
「ならば脱ニート宣言をするんだなぁ。ニートを辞めれば楽になるぞぉ~?」
仕事の終わり、終業後の着替えをするケビンは愚痴を漏らした。
するといつからいたのか、上司のモヒカン男が悪魔のごとき誘惑をする。ニートさえ辞めれば、真人間になれば、ブラック企業な畑仕事から解放される、と。
「ククク。天帝グループは巨大企業。天帝リゾートで働けば、仕事帰りにプールで泳ぐこともできる。モチロン残業なんて無くなるぞぉ~?」
「嫌でゴザル! 働きたくないでゴザル!!」
だがケビンの心は鋼の心。圧倒的防御力を持ってニートである自分を守りきる。悪魔の誘惑になど屈しない。
まさにニートの鑑と言える益荒男であった。
「おぉ~。素晴らしい。そんなに残業が好きなのかぁ~。あと20人いなくなれば、残業時間は倍の8時間だぞぉ~? 土曜日の休みも返上だぁ~~」
だが、そんなケビンをモヒカン男は嫌らしい笑顔で攻め立てる。さすがのケビンもこれからを想像して青い顔になった。
そこに、追討ちが入る。
「もういやだ! 俺はニートを止めるぞ! ケビィィン!!」
「馬鹿な! オマエもニートで居続けると誓った仲じゃないでゴザルか!?」
「残業なんてしちゃいけなかったんだよ! ニートで居続けたいというなら、今すぐすべての仕事から残業をなくしてくれ!」
「お前ほどのニートが、なんて情けない!!」
「だったら今すぐ、全ての仕事から残業をなくしてみせろ!!」
ケビンの友人、ニート仲間の一人が脱ニート宣言をしたのである。
すでに彼も疲労困憊。限界など、とうに超えていたのだ。
ケビン必死の説得も通じず、そのまま彼はフェードアウトしていった。
そして、さらに1週間経つ頃には同僚は50人まで減っていたのである。
畑仕事をし始めて二ヶ月が経過した。
ギリギリの仕事量は限界オーバーの仕事量へと変化した。
毎日の帰りは日付変更線をまたぎ、深夜の2時。翌朝、起きるのは7時で固定のために睡眠時間が削られている。いや。睡眠時間はまだ残っているが、自由時間は完全に消滅した。土曜日も仕事をして日曜日は寝て過ごし体力を回復させるのに専念する。生きるために仕事をする人生ではない。ケビンは今、仕事をするために生きる人生を送る羽目になっていた。
普通であれば逃げ出すのが当たり前だが、シャチクリングがあるため、それも叶わない。
ケビンは身も心もすり切れ、まさに精も根も尽き果てんばかりであった。
「残業しちゃだめだ、残業しちゃだめだ……」
「光が、光が見えるよ……」
「残業残業たのちぃなぁ~~」
他の者も、ニートを止めないのではない。
止めるという判断ができなくなるほど、理性が残っていないだけである。
まさに地獄絵図。まさに鬼畜の所業。天帝の御許は、人が人のままでいる事を拒絶するような悪夢の世界であった。
だが、そんな現状が大きく変わる。
「ヒーハー! 喜べニートども!! 人員補充だ!!」
朝礼の時間。
叫ぶモヒカンの後ろには、見知らぬ50人のニートたち。
そう、人員が補充されたのだ。彼らもまたシャチクリングの犠牲者であり、首には見慣れた輪っかが嵌められている。
それからケビンの生活は一変した。
二ヶ月前、ここに配属された当初と同じ生活。
残業の無い、天国のような生活だ。
ケビンは安心した。
これぞ人間らしい生活だと。
二度と地獄のような無限残業などしたくは無いと。
ニートに戻りたい気持ちを忘れていないケビンだが、それでも状況の改善に喜んだ。
だか忘れること無かれ。
歴史は繰り返す。
それから1週間ほど経つ頃から、補充された人員にポロポロとニートを辞める更生者が出始めたのだ。
そう、残業地獄の幕開けである。
「嫌でゴザル! 残業は嫌でゴザル!!」
「ならば「ニートを止めます」と言うんだなぁ~! それだけが、この残業天国から抜け出す唯一の方法だぞぉ~~?」
人が減り、残業が始まれば残業時間の増加は加速する。
それを食い止めたいケビンだが、現実はどうにもならない。
そして再び始まる残業地獄。更に1週間経過する頃にはさらに人が抜けて。限界オーバーの生活に、たった2週間で戻ってしまった。