春の陽だまり
今回はちょっと小休止的な、同居人達の騒がしいけど楽しそうな日常です。
同居人達が雅希に代わって料理をしようとするが生活力ゼロにそんなことは出来なくて台所が修羅場と貸していた…!跳ねる油、米に投入される洗剤、キリキリと痛む雅希の胃!果たして台所の運命や如何に⁉︎
「うわっあっちぃ!」「まさちゃんー!油がファイヤーしたよっカッコイー!」「ふぁいやー」
桜も満開になり、春の暖かさが心地よい正午。普通ならピクニックにでも行きたいところだが…我が家の台所は修羅場と化していた。
唐揚げに挑戦しているらしい榛樹は油をぼんぼん飛ばし、魚を焼いている伶織と花之介はなぜかフライパンから火を吹かせている。
「あーもーばか!!ほらはる鳥肉を投げて入れるな!れお、はな!なんでファイヤーするんだよ⁉︎とりあえず火を止めろ火をっ!」
なんでこうなったのかと言うと、遡る事数日前。テストやら家事やらの過労で俺が倒れてしまったわけで。それで榛樹達が負担を減らそうと決起し、こうして家事をやっているわけだが…
(恐い…なぜこうも自活力がゼロなんだ…)
不安過ぎて台所の周りをウロウロとしてしまう。この同居人達を放っておくとこの家を耐用年数を全うすることなく失うことになりそうだ。
(気持ちは嬉しいんだけど…)
家事に奮闘している幼馴染達に目をやると、伶織が生米になぜか食器用洗剤を入れるところだった。
「待て待て待て。これは何だね、れおくん」
「はい先生!洗剤です!」
なぜか嬉しそうに答える伶織に戦慄し、よくここまで生きてこれたものだと逆に感心してしまった。だめだだめだ、注意しなければ。
「い、いやいや!米に洗剤ぶっこむやつがあるか⁉︎」
「だってーはながお米は洗わなきゃだめって」
「水で…っ水で洗ってください…」
(だ、だめだこいつら…てかはなは多少料理出来るはずなんだけど)
俺が料理する時よくじっと横から見ているし、手伝いも伶織と榛樹とは違ってちゃんとやる。以前にはお粥も作ってくれていたはずなのだが。そう不思議に思ってそちらを向くと肝心の花之介は…寝ていた。立ちながら寝ている。それも凄く安らかな顔で。
(なぜだ…なぜ立ちながら寝れる)
立ちながら寝るなんて芸当をしてみせるのはうちの子ぐらいなんじゃ無いだろうかと一抹の不安を覚えてしまう俺なのだった。
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(や、やばい…まじでこのままだと台所に致命傷が…っ)
以前に俺へのありがとう会というものを開いてくれた時、皆で料理を作ってくれた。その時は多少形が崩れたりやたらしょっぱかったり何故かやたら硬かったりとしたが…それなりに食べれた。何より嬉しかったので頑張ってくれたというだけで俺にはものすごいご馳走だったのだ。…だが、その時もこのようなヴァイオレンスな事になっていたかと思うと胃がキリキリと痛くなる。あの時は花之介が頑張ってくれたのだろうか。
(どうする俺…こんな時どうやって危険を回避する…⁉︎…はっ…そうだ!)
「い、いやーまさきさんも一緒にお料理したいなー」
「ん?まさもしたいの?」
「う、うんうんっ!みんなも手伝ってくれると嬉しいなーっ!!」
ヤケクソ気味にそう叫ぶと、榛樹と伶織が顔を見合わせ、すぐに満面の笑みでこちらを向く。
「仕方ないなーまさちゃんがそこまで言うなら一緒にやってもいいよ!」
「うんうん!まさがそんなにオレ達と料理したいなら仕方ないもんなー」
「ワーウレシイナー」
(いよっしゃああああああああ!!!!!!!)
つい隠れてガッツポーズをしてしまう。そう!これこそが俺の作戦、名付けて!『こんだけハラハラするならいっそ乱入して主導権を握ってしまえ作戦』っ!
(ふふふ…我ながら素晴らしい作戦と作戦名だ…さて、俺が一からこいつらの料理を監督してなんとか形にしてしまおう。)
付け慣れたマイエプロンを着ながら、重大なミッションに生唾を飲み込んだ。
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「唐揚げ作るときはな、油に入れる前に鳥肉を水に付けておくといいんだぞ。あ、それからハンバーグ作るときは1度肉を整形までしたら冷蔵庫に入れて休ませるんだ。」
「へぇーさすがまさ」
「まさちゃんさすが」
榛樹と伶織に説明しながら玉ねぎの微塵切りをしていく。なんとか主導権を握ることが出来、今やここは雅希さんの料理教室になっている。
春真っ盛りで部屋にさす光も暖かく、換気のために開けた窓から時折入る風は程よく気持ちいい。
(なんか眠くなってくるな…)
「まさちゃんーねむいよー」
「あったかいもんな。もう少しで終わるし、寝てていいよ。」
そう言って促すと、伶織は台所横のリビングで寝そべった。そしてすぐに聞こえてくる安らかな寝息。
「俺も眠くなってきた…ってうわ⁉︎」
玉ねぎを切りながらうつらうつらとしていると、突然後ろから抱きしめられる。
「ばかっ離せはる…っ」
「いやだ」
眠い上に料理中で、反射的に振りほどく事をためらってしまった。そんな逡巡している間に彼は頭を摺り寄せてくる。耳元に彼の息が当たり、体の芯がゾワゾワとして落ち着かなくなる。顔が熱くなる感覚。
「まさ」
「み、耳元で呼ぶな…っ」
自分の名前を呼ばれただけなのに妙にくすぐったくて恥ずかしい。心臓が激しく脈を打つ。
「もう少しこのままでいよ?」
「ば、ばかっれおとはなもいる…のに…」
「まさ?どうかした?」
待てよ。嫌な予感がしてバッとリビングを見る。変わらず伶織が幸せそうに寝息を立てていた。でも。
「はな…どこだ…?」
「まさちゃんとはるちゃん…仲良し」
「「うわあああああああああ!!!??」」
背後からの言葉に二人して叫んで飛びすさる。
「は、はははな⁉︎いつからそこに⁉︎」
「ずっと」
(忘れてたあああああこの子立ち寝してたんだったあああああ!!!てか見られた!絶対見られたああっ)
頭を抱えてさっきまでの行動を振り返る。抱きつく男と抱きつかれる男。耳元で名前を囁き、顔が赤くなる男…
「ちょっと俺首吊る用の縄買ってくる」
「まさ落ち着け⁉︎」
どこの量販店に行けばいいだろうか。本気で思案していると榛樹に羽交い締めにされる。
「離してくれはる…川の向こうに呼ばれてるんだ」
「それ渡っちゃだめなやつ!まさっカムバァーーッック!!」
俺たちが押し問答を繰り返していると、花之介が近づきいて来て、抱きついた。
「え?」
「はるちゃんとまさちゃん仲良ししてる。僕も仲良しする」
「は、はな…っ」
(何これなんだこれ!うちの子なんでこんな可愛いの⁉︎)
どこからかズキューンッという音が聞こえた気がする。なんだか無性に目の前の幼馴染が愛しくなって、強く抱きしめ返す。相手は同い年で自分より身長が高い男なのに。
「はなちゃん大好きだよー!…あれ?」
「Zzz…」
「ね、寝てる…っておも!ここで寝るなーっ」
「もーしょうがないな。オレに貸して?」
榛樹が俺の腕の中で寝てしまった花之介を引きずって、伶織の隣に雑魚寝させる。
「まさ、良かったね。」
「ん?何が?」
「はな、オレがまさに抱きついてたのただじゃれてるだけだと思ったみたいだよ」
「あー…そうだな。良かったよ」
本当に生きた心地がしなかった。見られたのが常に半分は寝てる花之介で本当に良かったと思う。
「それよりまさ、はなに大好きって言ったよね。オレには言ってくれないのに。」
「は、はあ?あれはそういうんじゃなくて…ふあぁ…」
言うと同時にあくびが漏れてしまう。先ほどから猛烈に眠気が襲ってきて、抗うのもそろそろ限界だ。
「まさ、眠い?」
「眠い…寝る」
「じゃあオレも寝るわ」
伶織と花之介が寝ている近くに横たわると、こちらも眠たげな榛樹が隣に腰を下ろす。
「まさ、一緒に寝よ?」
「むぅー…」
わざと彼に背を向けると、後ろから手を回され、左手で腹部を抱かれながら右手は俺の右手に重ねられた。背中から伝わる榛樹の温度は春の陽気のように温かく、より眠気に襲われる。なんだか振りほどくのも面倒で、そのまま押し寄せてくる睡魔の波に体を委ねた。
春は、温かくて心地よい。
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読んでくださりありがとうございました!暖かくなってきて、お昼寝の季節ですね。
なんだか同居人達を書いてると花之介がすっかり可愛いキャラになってきてしまったのですがこいつは雅希より身長が高く、器用で頭が地味にいいメガネ野郎です。忘れてました。そのうち挿絵なんかも…描けたら…いいな…