第二章。葛藤
「ただいま――っと」
宿に戻り部屋へ入ると、ニーヤがベッドの上ですやすやと寝息を立てていた。
部屋だけ聞いてすぐ無神街へ行ったから分からなかったけど、どうやらニーヤと同室らしい。
彼女を起こさぬよう浴室を覗いてみると、大量の湯気が立ち込めていた。
彼女がお風呂に入ったのは多分相当前だろうから、これは僕のために沸かしてくれたんだろう。
その心遣いがたまらなく嬉しい。
寝ているニーヤを起こすのも申し訳ないから、モミさんに鎧を解除してもらおう。
そう思った時に、ふと思い出す。
『強力な魔力を注いだ魔装具は変態する』
僕のセクシーアーマーは変態した。
だったら、僕にも魔力があるんじゃないか?
どうして生き返ったのか、未だに理由は不明だが、死の淵から甦ると共に、魔力を手に入れた――とか。
だったら、自分でも鎧を解除できるはず――。
――我が身に宿りし力よ。
気分は大魔法使い。
掌に精神を集中させるように、そのまま股間へ。
撫でる。さする。こする。
撫でる。さする。こする。
撫でる。さする。こする。
「アンタ……何してんの?」
「あ……」
ベッドから身を起こしたニーヤ。完全に見られていた。
股間を激しくまさぐる姿――恥ずかしいなんてもんじゃない。
女の子だったら走って逃げ去るレベルだ。
「どうせ魔力でもあるんじゃないかって試してたんでしょ」
僕の行動はお見通し。そんな様子で彼女がベッドからおりる。
「あ。うん……」
「そんな都合いい話があったら世界は魔法使いだらけよ。ほら」
呆れ顔で、僕の股間に手を伸ばす。
重なる身体。優しい刺激が全身を包む。
魔装具の呪いに負けぬよう、直立不動。
「ほ、ほら解除したわよ。さっさとお風呂行って来なさい」
直立不動のセクシーソードから目を逸らすように、すぐさま振り向いてベッドにダイブするニーヤ。
「あ、ありがと……」
この呪い――やっぱり辛いです。
腰を曲げながら、小走りで風呂場へ向かった。
夜になり、四人で食事をとった後、再び部屋へ。
特にする事もないので、僕達は早々にベッドへと潜り込む。
セクシーソードにエネルギーが溜まっている事は、ナギさんの店で確認済み。
その為、僕は自然に、空いているベッドに入った。
彼女達と一緒に寝るのは、セクシーソードのエネルギーを充電するため。
寝てる間に少しでも、フェロモンを多く吸収するため。
エネルギーが十分な今、一緒に寝る理由はない。
極々単純で、自然な行動。
「ねぇ。何でそっちに寝るわけ?」
だけど逆に言えば――とても不自然な行動だった。
「あ、いや……たまには別々に寝たほうがいいかなぁ……と。ほ、ほら、ニーヤも疲れてるだろうし……」
「ふ~ん――」
つりあがった赤い瞳から放たれる眼力は、見る者を震え上がらせる――主に僕を。
「ねぇ、セクシーソード抜いてみてよ」
「えっ!?」
「アンタ栗花の森から帰って来る間、ペロと一緒に寝てたわよね? ペロとアンタが一緒に寝た時って、剣の力も弱いよね?」
「う……ま、まぁ……」
女性の精を力に帰るセクシーソード。
確かに、ペロ様はあの見た目だからか、それとも神の血を引いているからか、理由は分からないけど、剣に力はあまり溜まらない。
だが、今は違う。
ナギさんの家で、『全力』で溜めてきた。
「はぁ。もういいわ」
ニーヤは大きくため息をつくと、僕に背を向けるようにベッドに横になった。
助かった――と胸を撫で下ろす様な雰囲気じゃない。
重苦しい、気まずさが漂う。
「アンタはさ――」
ニーヤが何処か寂しそうに、
「アタシと一緒に寝るの――嫌だったりするの?」
呟くように言った。
「そ、そんな事ないよ! 逆に、ニーヤの方こそ嫌じゃないかなって……」
セクシーソードのために添い寝をしたり。
セクシーアーマーの呪いのせいで落花狼藉されたり。
僕は彼女達に迷惑ばかりかけている。
「アタシは、嫌だなんて一度も思った事はないよ」
「そ、それは――」
どういう意味か――何て聞けなかった。
鈍感系主人公なんてジャンルがあるが、そんな奴はフィクションの中にしか存在しない。
対話し、触れ合った相手がどう思っているかなんて、動物でも分かる。
それでも、僕はこんな時、どんな言葉をかけていいのか知らない。
どんな態度をとればいいのか――分からない。
「ゴメン。ちょっと意地悪した」
先に口を開いたのはニーヤだった。
「別にアンタがサキュバスと何しててもアタシには関係ないのにね。わざとアンタを困らせるような事言ってさ――ホント、自分が嫌になるよ」
その言葉は、僕の心に深く突き刺さる。
誰よりも気丈な彼女に、そんな言葉を言わせた自分が恥ずかしくて、情けない。
「そっち――行ってもいい?」
「――いいわよ」
ベッドを出て、彼女の布団に潜り込む。
いつもそうしてるように。だけど、いつもとは違う理由で。
彼女の匂い。彼女の温もり。女の子らしい、小さな背中。
単純な距離は、こんなにも近い。
「もう――終わっちゃうね」
僕がワーワルツに来て。
僕達が出会って。
一緒に旅をして、そろそろ四ヶ月。
ここウイリアから、彼女達が生まれ育ったテヘペロ村までは一週間もあれば着くだろう。
そこが僕達の終着点。
僕達の旅が――終わる。
「色々あったけどさ。アタシは楽しかったよ」
その言葉は、まるで別れを惜しむかのよう。
「な、何だよニーヤ。熱でもあるの? あ、もしかして夕食だけじゃ足りなくて、変なモノ食べたんだろ」
冗談を言ってみても、彼女からの反撃はない。
「こ、これからだって、もっと楽しい事あるって。村の復興もするんだろ? 何が出来るか分からないけど、僕も手伝うからさ」
気まずさを吹き飛ばすように言葉を紡ぐ。
でも、彼女の口から出たのはそんな事じゃない。
「その後は?」
これからの予定なんかじゃなく。
「村の復興が終わったら――アンタはどうするの?」
もっと先の、未来の話。
一瞬、返事を濁して有耶無耶にしてしまおうと思った。
逃げ道を作って、楽な方を選ぼうと思った。
だけど、それは出来ない。しちゃいけない。
「ガジガラに――行こうと思ってる」
「そっか――やっぱり行くんだね」
勘のいいニーヤの事。
口には出さなかったけど、やはり僕の心境を察していたようだった。
気軽に行き来出来る距離でもなければ、気楽に生きられる世界でもない。
一度離れてしまえば、次にまた会える保証はない。
彼女達と一緒に、テヘペロ村で暮らす選択肢もあるだろう。きっと楽しく、幸せに過ごせると思う。
それでも、僕はガジガラにいく。
アミルの待つ、魔界へ。
「でも、また戻ってくるよ」
「どうだか。ガジガラに行けば、魔王の座と綺麗な奥さんが居るんだから。きっとアタシ達の事なんかすぐに忘れるわよアンタ」
「だから、それはアミルが冗談で――」
「冗談じゃなかったら?」
――冗談じゃなかったら。
三ヶ月前、僕は魔王を倒した。
全力で、死に物狂いで戦って倒した。
でも、それは僕の実力ではない。
魔界の王。パララ・アミル。
彼女は死にたがっていた。
絶対的な地位と強大な力を持ちながらも、彼女は満たされていなかった。
その心に満ちていたのは、絶望にも似た虚無感。
死を望んだ彼女は、自ら創り出した剣に討たれる事を選んだ。
僕を挑発し、自分と戦わせるように仕向けた。
僕に――自分を殺させた。
人生に絶望して死を選んだ僕に、荒療治でも生きる活力をくれた彼女が、僕と同じように死を望んでいた。
それを知ったのは、彼女の身体から温もりが消え始めた時。
ペロ様の魔法で生き返らせる事が出来なかったら、僕は今頃、罪悪感に押しつぶされて壊れていたかもしれない。
それくらい衝撃的で。トラウマになりそうな経験。
だけど、彼女を責めたり恨んだりはしない。
例え僕を自殺の道具として利用したとしても、最後の相手に選んでくれた事を、今は光栄に思う。
誰も不幸にはならなかった。
結果オーライってやつだ。
ただ、そこからが問題だ。
『魔王を倒したんだから次の魔王はお前だ。それに、自分より強い男の妻になるのが魔界のならわし。余はケンセイの妻となろう』
なんて言い出したから大騒ぎ。
ペロ様の妊娠騒動も相まって、カオスな状況になったのも今ではいい思い出だ。
結局、僕はアミルの言葉を冗談だと思っていた。
今でも冗談だと思っている。
魔王は論外だとしても、あのアミルと僕が釣り合うはずもない。
『月とすっぽん』『提灯に釣鐘』なんてモノじゃない。
『大海とミジンコ』くらいだ。
――こんな時にだけ話題にあがるミジンコさんの不遇さに少し同情する。
でも、もし冗談なんかじゃなかったら。
万が一にも、本気で彼女が言っていたとするのなら。
「冗談じゃなかったら――それが一番問題なんだ」
「どういう事?」
ガジガラに行く理由。勿論アミルに会いたい気持ちはある。
だけど、それは本当の理由じゃない。
彼女には、どうしても聞いておきたい事がある。
多分僕のこれからに関わる。大事な話。
「まぁ――色々とね」
「何ソレ。アンタのくせに生意気ね」
フン。と鼻を鳴らし、軽く肘を当ててくる――地味に痛い。
だけどそれは普段のニーヤらしくて、少しだけ気が休まった。
「戻って来なかったら許さないからね」
そうなるのは、多分まだまだずっと先の話。
「うん。必ず戻るよ」
今はこの幸せを、少しでも長く感じていたかった。




