呪われた装備
部屋の中は、余計なものが一切ない簡素な室内。
二つ並んだベッドはそこそこ離れてる、これなら大丈夫そう――ってなにが大丈夫なんだ……。
「私と一緒の部屋ですいません。迷惑じゃないですか?」
「め、迷惑だなんてそんな。僕の方こそ迷惑じゃないかなって思うよ」
「それなら良かったです。少しお話もしたかったんですよ、異世界のお話も聞きたいですし。とりあえずお風呂に入ってゆっくりしましょう、準備してきますね」
そう言うと、彼女は奥の部屋に入っていった。
お風呂、か。この世界にもお風呂とかあるんだな。まだまだ分からない事だらけだ。
知りたい、もっとこの世界の事。そして彼女の名前も。
「そういえばケンセイさん。その剣、さっき私が拾った時は刀身がありませんでしたが。魔力を込めて使う物なんですか?」
戻ってきたモミさんが、僕の腰の柄を指差して言った。抜いてみるとやはり刀身はない。
「僕にもよく分からないんですが、何でも女性の――」
言葉に詰まる。女性の前でそんな事言っていいんだろうか。それを聞いた彼女はどんな反応をするだろう。
変態ソード、いやセクシーソードか。これは中々説明の仕様がない。
「わ、分からないんですよ。どうやって使うのか全く」
とっさに嘘をついてしまった。言えないって絶対。
折角信用してくれているんだ。わざわざ余計な事を言って不信感をあおるわけにはいかない。
「そうなんですか。じゃあ一緒に色々試行錯誤していきましょう」
「あ、うん。ありがとう」
ああ、モミさんの優しさが辛い。罪悪感さえ覚える。
「お風呂の準備が出来ました。ケンセイさんお先にどうぞ」
「いや、モミさん先に入って下さい。僕は後でいいですよ」
「遠慮しないで下さい、大丈夫ですから。でも……私が浸かったお風呂に入りたいって言うなら別ですけど」
「お、お先に入らせていただきます」
笑顔で何て事言うんだ。やっぱり変態だと思われてるんじゃないだろうか。
あれ、って言うかこの鎧どうやって脱ぐんだ? 身体にピッタリはまって外れる気配がないぞ。継ぎ目らしき場所も見当たらないし。
「どうしました?」
「いや、鎧の脱ぎ方が分からなくて」
「ちょっと見せてもらえますか? あら、これは不思議ですね。継ぎ目もありませんし」
ち、近い。いい匂いもするし。しかも鎧の上から触られてるのに、肌を直接触られている様な感触だ。
それにしても、やっぱりモミさん胸大きいな。
ガジガラで会った彼女程じゃないけど、柔らかそうで――。
「あんっ」
「ふぁっ!?」
ななな、何をやってるんだ僕は!? 身体が勝手に! 手が勝手にいいいいいい!
「すすす、すいません! すいません!」
謝るしかない! 土下座だ土下座、ジャンピング土下座だ。
何て事をしでかしたんだ。頭を撫でるのとは訳が違う。死んでしまえ僕、頭を割って死んでしまえ!
「け、ケンセイさん大丈夫ですから。そんなに頭を打ったらお怪我をなさいます。顔を上げてください」
頭なんて上げられるわけがない。折角モミさんが信用してくれていたのに。もうダメだ。変態のレッテルを貼られて僕は生きるんだ。
この鎧の所為か? 絶対そうだ。呪われた装備だって言ってたし。
くそっ、とんだ餞別だ。悪意しか感じないぞ。
「ペロ様の時もそうでしたけど、もしかして身体が勝手に動くんですか?」
「そ、そうなんです! 僕は決してやましい気持ちじゃないんです! 剣と同じく呪われた装備だと思います!」
「剣と同じく……ですか?」
……しまった。知らないって言ったんだった。もう言い逃れは出来ない。
「じ、実は――」
「そうだったんですか。女性の精を力に変える剣、ですか」
「すいません、知らないって嘘ついたりして。正直に話していいものか分からなくて」
「気にしないで下さい。多分これは『魔装具』ですね」
「魔装具ですか?」
「ええ、魔力が込められた特殊な道具です。人間には造れない、魔族専用のアイテムですね。性能は良い反面、何らかの呪いがかけられているパターンが多いんですよ」
「じゃあ外れないって事ですか?」
「そうですね。完全に外すのは不可能かもしれません。でも鎧を解除する方法はあると思うんですよ。ちょっと失礼しますね」
そう言うと、彼女の手が紫のオーラに包まれた。何かの魔法だろうか。僕の身体を探るように、彼女が手をかざす。
「あっ」
何かに気付いたように彼女が声を上げる。
「何か分かりました?」
「え、ええ。分かりましたけど……。その……」
言葉を濁して俯く。何だ、嫌な予感がぷんぷんする。
「も、もしかして外れないとかですか?」
「い、いえ、そういうわけではないんですけど……」
何だ、一体どうしたって言うんだ。
「め、目をつぶってもらえますか!」
「目ですか? 分かりました」
彼女の言う通り、目をつぶる。
「じゃ、じゃあ失礼しますね」
「ふぁっ!?」
「す、すいません! 我慢して下さい!」
股間に感じる、手を覆うオーラの温かさ、指の感触。鎧で隠れているはずなのに、刺激がダイレクトだ。
触られている! これは触られている!
「ま、まだですか! 色々とやばいです!」
「も、もう少しの辛抱です!」
そ、そんなに撫でないで。優しすぎる――。
その時、すっと身体が軽くなった。目を開けると、身体を包んでいた鎧が外れ、左腕に腕輪がはまっていた。
「あ、とれましたね。この腕輪は何でしょう?」
「多分それが魔装具です。鎧の元ですね」
へー。こんなにコンパクトになるのか。いやはや何とも不思議な感じだ。
「あの、み、見えてます」
モミさんが恥ずかしそうに目を背ける。
ん? 見えてる? ……見えてる!?
自分の姿を見て驚いた。パンツ一丁ならぬ、腕輪一丁。股間には決して光らないセクシーソードが戦闘態勢だ。
「ああああああ! すいませんすいません!」
僕は脱兎の如く風呂場に逃げ込んだ。