後悔先にたたず
太陽と共に僕達は目覚め、再び雪原を歩きだした。
昨日と同じく、先に進むペロ様の後を追うように。
すっぽりと毛皮を被ったペロ様の姿は、遠くから見れば動物そのものだ。
ぴょこぴょこと雪の上を進む仕草に心が和む。
僕達三人は相変わらず汗だくだけど。
腹時計が正午の時報をお知らせする頃、目の前に小屋が見えた。
中に入ると、昨日泊まった場所とさほど変わりはなく。
火を焚いて、昼食の支度をする。
今日もここに一泊するんだろうか。そう思った時だった。
「ねぇ。これなら町まで行けちゃうんじゃない?」
地図を見ながらニーヤが言った。
確かに、地図を見ると行けそうな感じはする。
「どうでしょうか。途中で何も無ければ行けそうな気はしますけどね」
「どうせならバーッと行っちゃいたいじゃない。もう干し肉と固いパンは飽き飽き。汗でベトベトだしさ」
「ケンセイさんは大丈夫ですか?」
「僕は平気だよ。まだまだいける」
「ペロ様もよろしいですか?」
うんうんと二回頷いた。
二回!? ペロ様が二回頷いたのを初めて見た気がする。
「じゃあ決まりね。さっさと食べて早く出ましょう」
休憩もそこそこに、僕達はまた歩き出した。
ひたすら雪原を進む。
途中かんじきの紐を結び直す以外は止まらず。口数も少なく。
辺りが薄暗くなった頃、遠くの方で立ち昇る煙が見えた。
「見えましたね。あそこが『ユニール』の町です。後もう少し、頑張りましょう」
疲れ果てた身体に鞭を打つ様に、僕達はラストスパートをかけた。
――ユニール――
町に入ると、独特な硫黄の香りが辺りに漂っている。
先程見えた煙の正体は湯気。温泉だ。この村には温泉が湧いていた。
「すごいわね。天然のお風呂があるんだ」
「みたいですね。疲労回復にはとても良いらしいですよ」
「それは最高じゃない。さぁ早く行こう」
ニーヤの後を追うように、僕達は宿屋に急いだ。
「珍しいねぇ。旅の人なんざ殆ど来ないって言うのに」
宿の主人が物珍しそうな顔をする。
「うちは広いから四人部屋もあるよ。ちゃんとベッドも四つある」
「丁度いいじゃない。それでいいわ」
ニーヤの言葉に、モミさんと目が合った。
相部屋は――危険だ。
「露天風呂もうちの自慢でね。他の客は居ないから気にせず入ってくれ、アンタ達の貸切だよ」
「じゃあ荷物を降ろして入ろう。ほら、早く部屋に行くわよ」
鍵を受け取り、ニーヤが足早に歩いていく。
これはマズイ事態になりそうだ。
「じゃ、先に行ってるからね」
部屋に入るなりローブを脱ぎ捨て、荷物を放り投げ、ニーヤとペロ様が飛び出して行った。
相当お風呂に入りたかったのだろう。
荷物を降ろし、ローブを脱ぐと身体が軽くなった。
僕も温泉に浸かってゆっくりしよう。
「あの、ケンセイさんすいませんがこれ外してもらえませんか?」
モミさんが、後ろで固く結ばれたローブの紐を指差す。
「あ、いいですよ。はい、とれました」
「ありがとうございます」
モミさんがローブを脱いだ瞬間。むせ返るほど強烈な甘い匂いが周囲に漂う。
そして、ソレは僕の理性を吹き飛ばした。
「きゃっ!?」
気がつくと、モミさんをベッドに押し倒していた。
「す、すいません! またいつものです!」
セクシーアーマーの呪いだ。
いつもより強烈な匂いに勝手に身体が反応する。
「そ、そうですか。お風呂に入ってませんから匂いますよね。すいません」
口に手を当てて、恥ずかしそうな素振りをする。
――その表情、反則だよ!
「い、いや。いい匂いなんですが、いつもより強烈でヤバイです。身体が言う事を……」
汗でさらに濃度を高めた、モミさんの甘い体臭。
その臭気を求めるかの様に、彼女の上に覆いかぶさる。
「お、お願いします。解除してもらえますか? そうしたら治まるはずですから」
「わ、分かりました。じゃあいきますよ」
彼女の手が優しく触れる。
全身に雷が走る様な快感。身体の芯が熱く燃え滾る。
鎧が腕輪に変わった時。脳を溶かすほどの恍惚感に、彼女の上で力果てていた。
「い、いいですよ……」
僕の下で、彼女が呟いた。
「今のうちに、溜めておきましょうか」
少し潤んだ瞳で、真っ直ぐに僕を見つめる。
むせ返る様な甘い匂いと、首に回された彼女の手。
自分の裸体に恥じらいを忘れるほど、僕は完全に理性を失った。
餓えた吸血鬼の様に、彼女の首筋に顔を埋める。
薄っすらと滲んだ、彼女の汗をかき集め貪った。
甘い吐息が漏れ、心拍数が上がる。
首筋から鎖骨。そして汗ばんだ腋。
素肌を探り当て、全ての匂いを嗅ぎ尽さんばかり、まるで獣の様に。
「何してんの……?」
背後から聞こえる冷たい声。それは火照った身体の熱を一瞬で逃がした。
脳裏に浮かぶ、幼い頃の記憶。
――ああ、これが走馬灯ってやつか。
回避不可能な惨劇に覚悟を決め、ゆっくりと振り返った。
「こ、これはその……」
つかつかと向かって来るニーヤ。セクシーソードも一瞬で防御体勢に移行。
鉄拳の衝撃に備え、歯を食いしばる。
だけど、彼女のとった行動。それは余りにも想像と違った。
裸の僕を突き飛ばし、横たわるモミさんの胸倉を掴み起こすと、手を大きく振りかぶった。
――バチン。と乾いた音が部屋に鳴り響く。
「最っ低」
今まで聞いたどんな暴言よりも、嫌悪感を露にしたニーヤの言葉。
吐き捨てるように、彼女は部屋を出て行った。
どうして僕じゃないのか。
どうしてモミさんを叩いたのか。
余りにも想定外の事態に、僕はただただ固まっていた。
ベッドの上のモミさんと目が合うと。
「怒られちゃいましたね……」
彼女はそう呟いた。
「約束してたんですよ」
沈黙をかき消すように、モミさんが口を開いた。
「約束、ですか?」
「はい。『魔王を倒すまでは、男性と関係を持たない』って三人で決めたんです。旅に出る前に。色んな出会いがあるかもしれないけど、そう言うのは全部終わってからにしようって」
モミさんの言葉に、ハッと思い出す。
――一線は越えないでね。
ニーヤがいつか、僕に言った言葉を。
「昔、ニーヤと喧嘩をした事があるんですよ。小さい頃ですけどね、たまたま同じ男の子の事が好きになったんです。それで口も聞かない程、仲が悪くなった事がありましてね。喧嘩もせず、ずっと仲良しだったのに、一人の男の子に抱いた恋心。ただそれだけで、私達の友情は壊れかけてしまったんです」
「その時は仲直りしましたけどね。でもそれで分かったんですよ、どんなに深い友情で結ばれていても、恋心はそれをあっと言う間に壊してしまう事を。だから三人で約束したんです、終わるまでは我慢しようねって」
「ケンセイさんと旅を始めてからも、一度ニーヤに言われたんですよ。それなのに、こんな事になってしまって。私が悪いんです、少し調子に乗っていたのかもしれません」
違う。モミさんは何も悪くない。
彼女達の絆を壊したのは――僕だ。
「……ちょっと行って来ます!」
謝らないと。ニーヤに謝らないと。
彼女達の大事な絆を、友情を傷つけた。
どうして鎧の事を隠してた。どうしてもっと早く言わなかったんだ。
モミさんに秘密を押し付けて、彼女の優しさに甘えて。
調子に乗っていたのは僕だ。
隠すべきじゃなかった。言ってしまえば良かった。
取り返しのつかない過ちに、部屋を飛び出した。




