初夜
――ムルアラット――
森を抜けしばらく歩き、町に着いた頃にはもう日が暮れていた。
この小さな町――ムルアラット、というらしい。僕が始めてワーワルツで目にした最初の町。
科学とかけ離れた質素な町並みは、映画やゲームの世界だ。
乱雑で、決して綺麗な町ではない。だけど僕は感動にもにた驚きを覚えた。
飛び交う人々の声、漂う香ばしいパンの香り。まるで町が生きている様な、そんな気がした。
「お腹ぺこぺこ。早く夕飯にしようよ」
ニーヤがくたびれた顔で言った。そう言えば、この世界に来てから何も食べてない。
「そうですね。私は宿をとって来ますから、先に入っていて下さい」
「はーい。じゃああそこの食堂で待ってるよ」
宿をとりに行くと言ったモミさんと別れ、食堂らしき場所に入る。
この世界における大衆食堂、と言った感じの店内。
漂う匂いは馴染みのないものだったが、食欲を誘ういい匂いだ。この世界では一体どんな物を食べているのだろう。
「アンタ食べたい物とかある?」
「えっ? いや、僕は何も分からないから皆に任せるよ」
「そっか。ペロは? 何食べたい?」
「これ」
「よし、じゃあ後は適当に頼んじゃおう。すいませーん」
店員に注文を告げ、戻ってきたモミさんを交えながら、僕達は料理が来るのを待った。
「おまたせしました~」三十分ほどして、料理が運ばれてきた。
テーブルの上に並べられる異世界の料理。肉や魚とか、何となく素材は分かるものの、どれもが初めて目にする物だ。
「はい、ケンセイさん。どうぞ召し上がれ」
モミさんが皿に料理を取り分け、僕に差し出す。
穏やかで優しく、気配り上手。この三人の中じゃお姉さん的存在なんだろう。
「あ、ありがとうございます。いただきます」
見た感じは野菜と魚の煮込み料理。良く分からないスパイスの匂いが食欲をそそる。
うん。これは上手い。
癖のない淡白な白身魚と、よく煮込まれた野菜。口の中に広がるピリッとした風味、これは黒胡椒だな。
「お口に合いますか?」
「はい。初めての味ですがすごい美味しいです」「それは良かったです」
料理に付かないように、綺麗な長い金髪を耳にかけたモミさんの優しい笑顔に、少しドキッとする。
「じゃあアンタこれも食べなよ」
ニーヤが何かの肉のステーキが乗った皿を寄こす。
意外と優しいんだな。……問答無用で人を殺そうとしたけど。
でも、ニーヤの行動も分からなくもない気がする。自分の村を襲われて、その近くに怪しい奴が居た。やらなきゃやられるかもしれない。
それなら先にやるしかない、そう考えるのは自然かもしれない。
ワーワルツは僕が生きていた世界と違う。銃刀法違反なんて法律は無い。外に出れば魔物が居る。生きるか死ぬか、殺るか殺られるか。
僕も彼女に会うまでは死ぬ訳にはいかない。強くなって、もう一度会いに行くんだ。
そう思って、目の前の肉に噛り付いた。
「ふー、食べた食べた。お腹いっぱい」
テーブルの上の料理が綺麗に無くなった頃。丸一日何も食べてない僕の胃袋は、十分すぎるほど満たされた。
「そう言えば、アンタ歳幾つなの?」
「僕? 僕は十八だよ」
「あら、じゃあ皆一緒ですね。これも何かの運命かもしれませんね」
「そうなんですか? じゃあ二人とも十八なんですね」
「二人じゃない、三人だ。ペロも同い年」
ニーヤの言葉に、一瞬思考が停止した。
「え? この子が同い年? だってどう見ても……」
どう見ても子供、十歳位だと思ってた。
「子供扱いするなよ。ペロはこう見えても偉いんだから」
偉い? どういう事だ。
「ペロ様はテヘペロ村の守り神、『ペロディア一族』の末裔なんです。名前の由来にもなっているんですよ」
『ペロディア一族』神の末裔。だからモミさんはペロ様って言うのか。
しかしまぁ、こんなに小さいのに十八なんだ。
……合法ロリ!? いや、この世界にそんな概念があるのか分からないけど。
髪の毛つやつやだし。小さくて静かで、お人形さんみたい――。
「ちょっと、何してんの?」
ニーヤの言葉に、いつの間にかペロ様の頭を撫でている事に気づく。
「ち、違うんだよ! 手が勝手に! ごめんなさいごめんなさい!」
な、何をしているんだ僕は。完全に無意識だった。さっきと同じじゃないか。
「やっぱコイツ変態だよ。置いていった方がいいんじゃない?」
「別に、気にしない」
ペロ様が呟く。助かった、どうやら怒らせてはいないようだ。
しかし何でこんな事。どう考えてもおかしい。ペロ様には不思議な力でもあるんだろうか。
夕食を終え、宿に着く。そしてモミさんの放った一言に僕達は驚いた。
「部屋を二つとりましたので、ニーヤさんとペロ様、私とケンセイさんで分かれましょうか」
「この変態と一緒の部屋で一晩を過ごすわけ!? モミ正気なの!? 襲われるって絶対!」
「大丈夫ですよ。ケンセイさんはそんな事する人じゃありません。ですよね?」
「そ、そんな事はしませんけど……」
ですよね? って言われても。
確かに、僕にそんな事出来るわけない。だけど一晩同じ部屋で過ごすって、間違いなく寝れなくなる。
「そんなのいいわけないでしょ! 何かあったらどうするのさ」
「何もありませんよ。それじゃあニーヤさんが一緒になりますか? ペロ様でも良いですよ」
「む、無理に決まってるじゃない! ペロも嫌でしょ?」「別に、かまわない」
「なっ、じゃあ二人で泊まればいいじゃん。ちょっとアンタ、モミに変な事したらマジ殺すからね」
ワーワルツ初めての夜。そして人生初、女性と一夜を共にするという急展開を迎えた。