ペロリン亭
――港町シードラ――
町の中に入ると、多くの人々で活気に溢れていた。お店の数もムルアラットとは比べ物にならない程。
大通りから伸びる道には、所狭しと並んでいる屋台の跡。
本日の営業は終了いたしました、って感じかな。昼間はもっと賑やかなんだろう。
「食事はどこにしますか? ニーヤ」
「そうね――ペロリン亭に行きたいな」
「ペロリン亭ですか、いいですね」
二人の会話から察すると、前も行った事ある店のようだ。
ペロリン亭。なんか妖しい名前だな。ピンクのネオンで装飾されてそうな店名だ。
「皆はこの町に良く来るの?」
「頻繁には来ませんけどね。私とニーヤは何度か来てますよ」
「あれ、じゃあペロ様は初めてなの?」
ペロ様がコクンと頷く。
「一応神様だからね。村からあんまり出れないんだよペロは」
村から出れない――それも何だか寂しい気がした。
大通りから路地に入り、少し歩いた町の外れ。目的の建物に到着したが、明かりが点いてない。
「お休みでしょうか?」
「折角来たのに休みってどうなの? 失礼じゃない?」
……どうすればその考えになるのか。ニーヤの頭の中を覗いてみたい。
「あ、何か奥に明かりが見える」
ニーヤが鍵穴から店内を覗く。
「おーい。開けなさいよー。居るんでしょー」
店のドアを、まるで借金取りの様に叩きながら騒ぎ出す。
どれだけ執着するんだよ。閉まってるなら普通諦めて次に行くだろ。
木製のドアが割れてしまうんじゃないかと思う程。薄暗い暗い路地に、ニーヤのドアを叩く音が響く。
「い、いい加減やめたほうが――」
さすがに止めた方がいいと思った瞬間――店のドアが勢いよく開いた。
「うるせぇんだよ! 休みだってのかわかんねぇのか!」
店から現れたのは、目に涙を浮かべた、乱暴な言葉遣いの女性。
めっちゃ怒ってるじゃん。泣くほど怒ってるよ。
「いるんなら早く出て来てよ。こっちはもうお腹ぺこぺこなんだから」
「に、ニーヤじゃないか!? アンタ――ぺ、ペロ様……」
そう言った瞬間、女性の目から涙が零れだした。
「なんだいなんだい。誰が来たってんだ?」
店の奥から、一人の男が出てくる。
「ぺ、ペロ様!? おい! ペロ様だ! ペロ様がいるぞ!」
男が叫ぶと、さらに数人の男女が現れた。
「なんだって!? ペロ様! ペロ様だ!」
「ペロ様だ! 生きてたぞ! ペロ様が生きていた!」
「ペロ様! ペロ様!」
皆一様に涙を流し、床に伏せ頭を垂れる。その光景に驚き、僕はしばらく固まっていた。
「頭を上げなさい」
ペロ様が口を開く。出会ってから数えるほどしか聞いていないペロ様の声。
青みがかった髪を月明かりに照らされ、凛としたその姿は、本当に神様みたいだった。
「お腹すいた」
……そして、普段の少女に戻った。
「ほら、そんなとこに座ってちゃ邪魔よ。アタシ達もうお腹空いて死にそうなんだから」
「ニーヤじゃないか! モミもいるぞ!」
「こうしちゃ居られないわ! 私皆を呼んでくる!」
「宴だ! 宴の準備をしろ!」
店から飛び出す者、テーブルを並べ始める者。怒涛の展開に全然着いていけない。
「さぁ、入りましょうケンセイさん」
モミさんに促され店内に入ると、蝋燭が規則的に並べられていた。
「『鎮魂の儀』です。テヘペロに伝わる、死者を弔うものですね」
お葬式みたいなものかな。だからさっきの女性が泣いてたのか。
「じゃあここはテヘペロ村と関係のあるお店ですか?」
「ええ、テヘペロ料理を出す酒場なんです」
だからペロリン亭か。じゃあこの中に居る人達は、村の人なんだ。
「それにしても、ペロ様って本当にすごいんだな」
「そりゃあ神様だからね」
話を聞いただけじゃピンと来なかったけど。
大の大人が彼女に頭を下げる姿を見て、やっと実感した気がする。こんなに小さくて可愛いのにな。
「あ、あの男! ぺ、ペロ様の頭に触っている!」
「何ですって!? ああ! ペロ様の身体に男が触れているわ!」
し、しまった! また手が勝手に!
店内が騒然とする。重罪を犯した者を見るような視線。
あれ、僕殺されちゃうんじゃないか?
その時、ペロ様がゆっくり手を上げる。
「いい。かまわない」
その一言で、店内は静かになった。
「ペロ様が良いって言うんならいいか」
「それにあの男、すごい鎧だし、名のある戦士かもしれん」
「そうよ、ペロ様の隣にいるのがニーヤとモミじゃなく、あの男なんだから」
何か、過大評価されているような気がするんだけど。なにはともあれ助かったらしい。
「あ、ありがとうペロ様」
彼女は静かにコクンと頷いた。
「名のある剣士だって。アンタに名があるなら変態剣士よ」
う、それは否定出来ないかもしれない。
「その鎧は立派ですものね。インパクトは絶大ですよ」
「鎧に負けないように腕も磨くことね」
白銀に輝くセクシーアーマー。もっと強くなって、この鎧が本当に似合う男になるんだ。
そして彼女に見せたい。あの森で出逢った、名も知らぬ魔女に。