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トライアングルアタック

 お風呂を上がり、廊下に出て風にあたる。

 空を赤く染める、綺麗な夕焼けに見蕩れていると、洞窟で助けた少女が来た。

「おかげさまで綺麗になりました。本当にありがとうございます」

 濡れ髪の彼女の姿は、洞窟で見た時とは別人の様。

 汚れててあんまり気付かなかったけど――結構可愛い。


「良かったね。ゆっくり休むといいよ」

「はい、ありがとうございます。そういえばケンセイさんは異世界から来たって、さっき食堂で言ってましたよね?」

「そうだよ、信じられない話かもしれないけどね。ワーワルツとは違う、ずっとずっと遠い場所だよ」

「良かったらお部屋でお話しませんか? 明日には出て行っちゃうんですよね? 他の二人も喜ぶと思いますし」

 そっか、彼女達とも会えなくなるのか。

「分かった。じゃあすぐ行くからちょっと待っててくれるかな?」

 彼女に告げると、僕は一度部屋に戻った。

「モミさん。ちょっと彼女達の部屋に行ってきます。一応言っておかないと、また心配かけちゃいけないと思って」

「そうですか。分かりました」

 モミさんに言って彼女達の待つ、隣の部屋へと向かった。



 ノックをすると、さっきの少女が出迎えてくれた。

 部屋の中で他の二人がお辞儀をする。汚れを落としてさっぱりとした彼女達は、やはり洞窟で見た時と印象が違う。少し照れてしまうほど、女の子って感じだった。


「本当にありがとうございました」

 彼女達が口々にお礼を言う。

「いや、もういいよ本当に。助かったのは君達のおかげでもあるんだし、君達が力を貸してくれたから、僕達は今こうしてここに居るんだ」

 そう言うと、彼女達は少し照れたような表情を見せる。

 僕も昨夜の事を思い出し、少し恥ずかしくなった。


「ケンセイさんは何歳何ですか?」

「僕は十八だよ」

「そうなんですか? もっと年上だと思っていました。私達は全員十六です」

 同じ位か年下だな、とは思ってたけど、やっぱりそんなものか。

「ケンセイさんは魔王を倒すんですか?」

「いや、僕は彼女達の旅に付いて行ってるだけなんだ」

「ケンセイさんは何の為に旅をしてるんですか?」


 質問攻めである。

 まぁ異世界から来た男ってだけで珍しいとは思うし。

 十六歳って色々と気になる年頃なのかもしれない。

 だけどこのトリプルアタックは少々辛い。


「僕が初めてワーワルツに来た時に、親切にしてくれた人が居たんだよ。その人にもう一度会ってお礼を言いたくてね」

「女の人ですか?」

「そうだよ」

「その人の事好きなんですか?」

「いや、そう言うのじゃないよ」

「じゃああの三人の中で付き合ってる人とか居るんですか?」


――女子高に赴任したイケメン教師が生徒の質問攻めに合う。

 よく漫画でありそうな、そんなシーンを彷彿とさせる光景だ。生憎僕はイケメンではないが。

「い、いや。彼女達とは別に」

「怪しいですね。ね、怪しいよね?」

「うんうん。怪しい!」

「正直に白状して下さい!」

 まずい、彼女たちが連携しだした。

 僕は知っている。女子は連携すると攻撃力を増すんだ。


「いや、そんなんじゃないって本当に――」

「大人しく白状しないとこうです!」

「わっ!?」

 突然、一人が僕をベッドに押し倒した。

 そのまま左腕に座ったと思ったら、もう一人が同じように右腕に座った。

 そして最後の一人が僕の腰の上。見事なトライアングルアタックに、僕の動きは完全に封じられた。

……バスローブ越しだが、はっきりと分かる。両腕と腰に感じる、彼女達の柔らかいお尻の感触。

 あれ、これ下着着けてないんじゃないか?

 しまった。変な事を考えるんじゃない。セクシーソードが発動してしまうじゃないか。


「えっと……。な、何をする気なのかな……?」

 不適な笑みを浮かべる彼女達。

 上に乗った彼女が、おもむろに僕の腋をくすぐり始める。

「や、やめてくれ! くすぐったい!」

「白状しないとやめませんよ!」

 暴れるたびに、僕の両腕がぐりぐりと動く。

 ちょ、そんな顔しないで! もじもじしないで! 爆発しちゃう! 爆発しちゃうよ――。


 その時だった。

 上に乗っていた彼女のバスローブが、振動でするりと落ちる。

 穢れを知らない新雪の様な白い肌、山頂は薄桜色に染まっていた。

 まさに絶景。神様ありがとうございます。

「きゃっ!?」

 驚いた彼女が後ろを向く――背中には痛々しい焼印の痕。

 ワーワルツの闇を象徴する、ドラーシュの烙印。


 僕の視線に気付いた彼女達が身体から降りる。沈黙が重い空気を漂わせた。

「見せてくれないか? 皆の背中を」

 三人は驚いた表情をしたが、すぐにバスローブをめくり背中を向けた。

「触ってもいいかな?」

 彼女たちが静かに頷く。

 ざらざらとした皮膚の感触。痛かっただろう。苦しかっただろう。

 彼女達の悲鳴が聞こえてくる様だった。


「……この焼印はあの洞窟でつけられたものじゃないね」

 ここに来たのは三日前。一番最初に連れてこられた彼女はそう言った。

 洞窟では暗かったし、触れなかったから気付かなかった。

 この傷は三日前に付いたものなんかじゃない。他の二人も同様。多分、あの洞窟に来るもっと前。


「はい、この焼印は大陸で付けられました」

「じゃあ大陸にもあの洞窟みたいな場所があるんだね?」

 彼女はコクンと頷いた。

「それは何処にあるんだ?」

「はっきりとした場所は分からないんです。分かるのは、周りには何もない、海の近くって事だけです」

 まだこの世界には、彼女達と同じ様に苦しんでる人々がいる。

 今も誰かがドラーシュの烙印を捺されているかもしれない。

 彼女達の背中を眺めながら、やりきれない気持ちになった。


「ケンセイさん」

 背中越しに彼女が呟く。

「ん、どうかした?」

「あの、私。ケンセイさんならいいって思ってるんです」

「な、何の事かな」

 含みを持たせた彼女の言葉に、少したじろぐ。

「あの時、洞窟の中で決めたんです。私の初めてをこの人にあげようって!」

「は、初めては洞窟で貰ったよ。その節はありがとうございました……」 

「そうじゃなくて……。私も子供じゃないんですよ、あの時は鎧を着てましたけど、今なら……」 

「私もです! あの洞窟で覚悟は決めたんです!」

「私も、貴方と合体したい!」

 一万年と二千年前から~って。最後のセリフは色々とおかしい!


「ちょ、ちょっと待って! こっち向かないで! 見えてる! 見えてるから!」

「洞窟で散々見たじゃないですか。見ただけじゃない、沢山触ってました」

「そうですよ。ケンセイさんになら見られても恥ずかしくないです」

「私達はケンセイさんにお礼をしたいんです」

 新雪は雪崩が起きやすい。そんな雪山の常識よろしく。

 僕はベッドに押し流され、彼女達に埋もれた。

 確かに初めてじゃない。昨晩彼女達の身体を貪り、大切な初めてを奪った。

 それは紛れもない事実。僕には責任があるのかもしれない。


「分かったよ。だけど三人同時は無理だから一人ずつ。恥ずかしいから、皆目をつぶってくれ」

 そう言って彼女達を起こす。

 大人しく目をつぶる彼女達。僕は優しく、三人の額に口付けをした。


「今の僕にはこれしか出来ない。あんな状況だったけど、君達の初めてを貰って僕は光栄に思う。だけど、もっと大事な初めては取っておいてくれ。君達にいつか大切な人が出来た時に、その人にあげてくれ」

 明日には彼女達とお別れしなきゃいけない、そんな現状。

 僕には出来なかった。一日限りで終わらせるのは、お互い辛いと分かってるから。


「わ、分かりました。ケンセイさんがそう言うなら……。その代わり、昨夜みたいにくっついてもいいですか?」

「ありがとう。うん、じゃあおいで」

 嬉しそうな顔をして、彼女達が僕を囲む。暗い穴の中、そうしたのと同じ様に。

 でも今は違う。闇に怯える事も無い、未来を嘆く事も無い。

 夕日が差し込む部屋で、温かい彼女達の体温を感じながら。

 生きている幸福に感謝を捧ける様に、僕達は一つになった。



 彼女達の部屋から出ると、廊下でニーヤとペロ様に出会う。

「あ、あら、奇遇ね。今丁度夜風に当たりに来てたの」

「そうなんだ。僕はもう寝るよ。クタクタだし」

「そ、そっか。うん、おやすみ」

 ニーヤの顔、何か言いたげな気もしたが、生憎もうそんな元気は残っていない。


 部屋に戻ると、モミさんがベッドの上に座っていた。何故か正座で。

「ただいまです。少し早いけど寝させてもらいますね」

「あ、そ、そうですね! お疲れですもんね! いいですよ!」

 少し挙動不審なモミさん。ベッドの横には、逆さまになったグラスが置いてある。


 布団に潜り込むと、モミさんが隣に入る。

「溜まってなさそうですから、一緒に寝ましょう」

「聞いてましたね? 隣の部屋の会話」

「そ、そんな事ありませんよ! 何となくそう思っただけです!」

 両手を後ろにまわし、モミさんが目を泳がせる。

 バレバレだ。彼女は嘘が苦手らしい。


「でも、ケンセイさんが無事戻って来れて本当に良かったです」

「僕もダメかと思ったんですけどね。良かったです」

 彼女が優しく僕を抱き寄せた。頬で感じる、柔らかく大きな胸の感触。

 いつもなら恥ずかしくて飛び起きそうなシチュエーション。

 頭を撫でる彼女の優しい手と疲労感は、それを心地良いものに変える。 

「おかえりなさい」

「うん、ただいま」

 彼女の胸と、甘い香りに包まれて。僕は安らかな眠りに落ちる。

「……キス、してみますか?」

 はずだった――。


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