ドワーフは愛でるもの
「ケンセイ。先に――おるぞ」
何度目か分からないアミルのそんな言葉に、僕は剣を抜いた。
「分かった。アミルは休んでてよ。僕がやるから」
「言うではないか。なら任せるとしよう」
僕のビックマウスに苦笑を浮かべながら、彼女は背もたれに身体を預ける。
こんな台詞を吐けるのも、強精リングのおかげだ。
弱点の消えたセクシーソードのチートっぷりは、戦闘を楽しくも感じさせる。
これはチーレムが流行るわけだ。なんて一人納得しつつ、前方に魔物を確認して馬車から降りる。
しかし、魔物が僕を見る事は無かった。
その視線は、前方に転がる小さな物体に注がれていた。
「あれは……何だろう……?」
距離をつめると、その姿はクリアになる。
コテンと地面に転がっているのは、小さな生き物だった。
背中に背負った籠からこぼれたのか、キノコを撒き散らせて。
人型ではあったが、人では無い。
完全なる二頭身のソレはちゃんと衣類を身につけていて、デフォルメされたマスコットキャラクターのように愛らしい。
『これは愛でるモノだ』と直感が告げている。天命かもしれない。
駆け出した僕は、すぐに魔物を一掃した。
「大丈夫?」
魔物を一掃して声をかけるも、反応はなかった。
ペロ様よりも頭一つ小さいその体躯は、だからといって子供というわけではなさそうだ。
目立った外傷も見当たらない。
そのぷっくりしたほっぺたに、思わずつつきたくなる衝動が湧き上がる。
そして、僕はソレに逆らうことをしなかった。
「えい」
「ふにゅ」
鳴いた。
いや、勘違いかもしれない。幻聴かもしれない。
「えいえい」
「ふにゅにゅ」
二度つくと、二度鳴いた。どうやら息はあるらしい。
「大丈夫?」
そう問いかけた僕を見て、
「 」
再びコテンとその場に転がった。
「……何してるの?」
「死んだふり」
それはまさに死んだふりだった。
そこまで堂々とフリをされたら、逆に攻撃出来なくなるのではないかと思うほど、清々しい死んだフリだ。
実際こうやって無事でいるわけだし。
「もう魔物は居ないから大丈夫だよ」
「う?」
むくりと起き上がると、おもむろに周囲を見渡した。そして「お前が居るだろ」とでも言いたげに僕を指差した。
「い、一応助けたつもりなんだけどね」
「おたすけまん?」
確かにマンではある。おたすけまんかどうかは分からないけど。
「おたすけまんこ?」
不穏な単語が聞こえたのは気のせいだろうか。
「おまん――」
「うん! おたすけマンだ! おたすけマンです!」
反射的に慌てて口を抑えた。その必要があったかどうかは定かではないが、間違っているとは思わない。
「何をしておるのだ」
いつのまにか隣にいたらしい。御者台からアミルが見下ろしている。
その瞳がどこか冷たいのは、謎の物体と戯れている僕を批難しているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「――ドワーフか」
「これが――ドワーフ?」
どこまでも可愛らしいソレは、僕のドワーフ像を簡単に打ち砕く。
鼻も大きくはない。顔に皺一つ無い。
老人と言うよりは子供だ。
ドワーフ自体、確か魔族ではなく妖精の類だった気もするが、まさに妖精と言えるだろう。
「うまさん。どこいくの?」
ドワーフはぺたぺたと触りながら、馬に話しかけていた。
まさか動物と意思疎通ができるのかと感心したが、どうやらそんな事はないらしい。
馬は気にする様子もなく、黙っていた。どちらかといえば鬱陶しがっているようでもある。
ドワーフは僕を指差して、口を開く。
「きみ、きさま――。おま、おま――」
言葉を探すように、首を傾げながら、
「おまん――」
「ストップストップ!」
僕は再びその口を抑えた。
「おまえ。どこいくの?」
「えっと――」
何て答えようか迷った僕は、アミルに助けを求めた。
「決まってはおらぬ。何処か休める場所を探しておったのだ」
「なるほど。ではむらに行くのです」
ドワーフは器用に僕の身体を駆け上がり、首に腰をすえた。
その行動にペロ様を思い出す。彼女も肩車が好きだったっけ。
アミルに視線を移すと、彼女は無言で頷いた。
決して恐ろしくもないし、好戦的にも見えない。
ドワーフが物を盗んだのは勘違いじゃないのかと思える程愛らしく、純粋そうなドワーフに、僕はすっかり癒されていた。
少しだけ距離を取るように身を離したアミルの態度にも気づかずに。