優しい『大丈夫』
「今回のドラーシュはどうだ? この前のはすぐにくたばってしまったからな」
「それはアンタの使い方が悪いんだぜ。俺らのせいじゃない」
「わしは優しく扱ってるつもりなんだけどな」
鍵を開ける音。鉄格子が開く音。
「まぁ売れれば何でもいいけどよ。おい、女共。出て来い」
モンスターの足音が近づいてくる。
「あ? 何お前ら固まってるんだ。ほらさっさと――」
「ぐはあっ!?」
モンスターの腹部。眩い程の光を放つ刀身が、深々と突き刺さる。
そのまま上に突き上げると、モンスターの身体が二つに裂けた。まるでスポンジでも斬るかのように。
「ひぃっ!? な、何でわしに剣を向ける! や、やめろ! わしは違うんだ! こいつらに脅されて仕方なく買ってたんだ!」
丸々と太った、見るからに上等そうな服を身にまとった男。
「か、金ならあるぞ? 好きなだけやる! 全部やる! そいつらもくれてやる! な、頼む。同じ人間じゃないか?」
「何処に人間がいるんだ? お前は人間なんかじゃない、魔物にも劣る、クソ野郎だ!」
男の首が胴体から離れ、噴水の様に血が噴き出した。
飛び散った生暖かい血液が、白銀の鎧を赤に染める。
僕が初めて魔物を、そして人間を殺した瞬間だった。
洞窟の中を散策し、彼女達の洋服と金貨のつまった袋を見つけた。
ワーワルツの通貨価値は分からなけど、多分さっきの男の分を合わせると、結構な金額になるんだろう。
全て回収して洞窟を出る。眩しい太陽と肌で感じる風は、無事に生還した僕達を祝福してくれている気がした。
「本当にありがとうございました!」
「僕の方こそありがとう、君達が居なかったら僕もどうなっていたか分からないし。そうだ、宿屋を知らない? 僕はそこから来たんだけど、道が全然分からないんだ」
「じゃあ一緒に行きましょう。そんなに遠くありませんから」
「ありがとう。じゃあお願いするよ」
宿に向かって歩き出す。
ニーヤ達はどうしてるだろう。先に行っちゃったかな。
まぁそれならそれでも仕方ないか。お金も手に入ったし、一人でも頑張ろう。
そう思いながら、森の中を歩いていた。
「この先を抜ければ宿屋ですよ」
「へー、そうなんだ。あ、本当だ」
森を抜けると、見慣れた宿の裏手に出た。
「すごいね。よく道が分かるもんだ」
「あれが見えましたから」
彼女が指を指した。
宿の煙突からもくもくと煙が上がっている。
「ははっ、気付かなかったよ。どうりですんなり来れたわけだ」
僕が笑うと、彼女達も笑いだす。声を出して、僕達は笑い合った。
取り戻した自由を噛み締めるように。
「ケンセイさん!」
モミさんの声がした。宿の方から三人が走って来る。
待っててくれたんだ。そうだよな、彼女は置いて行く様な人達じゃなかった。
「アンタどこ行ってたのよ! ちょっとそれ……。その血、怪我してんの!?」
「あ、僕のじゃないんだ……」
全身にこびりついた血。そうだ、僕は人を殺したんだ。
――殺人者、人殺しだ。
「人を、殺しちゃったんだ……」
言葉にしたら、目頭が熱くなってきた。
人殺し。その事実が重くのしかかってくる様。
一筋の涙が頬を伝った時。ニーヤが僕の頭を、そっと抱き寄せる。
「大丈夫だよ」
いつもとは違う、優しいトーンで放った彼女のその一言で、全てが許された気がした。
ニーヤの優しさに、僕は静かに泣いた。
食堂に入り、三人に事情を説明する。
「そうだったんですか。それは大変でしたね」
「迷惑かけてごめん」
「いいんじゃない。結果的にアンタがこの子達を助けたんだし。アタシ達が責める理由もないもん」
「そうですよ。ケンセイさんは何も悪くありません。ところで貴方達は何処から連れて来られたんですか?」
モミさんが彼女達に尋ねる。
「私達は三人とも大陸の方から連れて来られました」
「じゃあ一緒に行きましょうか。私達も行き先は同じですから」
「私達はもう帰る場所がないんです……、両親も殺されてしまって。だから大陸に戻っても行く所が……」
そうだったのか。両親を殺され、彼女達は戻る場所まで奪われたのか。
魔物と一部の人間の所為で。
「行く所がないんですか、それは困りましたね」
「あ、僕に提案があるんだ――部屋を長期で借りたいんだけど、これでどれくらい借りれるかな?」
後ろで話を聞いていた宿のマスターに、洞窟で手に入れた金貨をテーブルに出して見せる。
「こ、こんなにですか!? いやもう一年でも二年でもお好きなだけどうぞ!」
金貨の袋を見て、マスターが目を丸くする。
あれ、そんなに大金なのか?
「それでマスター。もちろん部屋代はしっかり支払うけど、手が足りない時は宿の仕事を彼女達に手伝ってもらうってのはどうかな? 手伝ってもらった時だけ、少しまけてくれるって事で」
「そんな事でいいなら、逆にお願いしたいくらいですよ。こんな宿でも中々忙しくてね。それにこんな可愛い子が居てくれたら、お客さんも増えるってもんです」
「よし、じゃあ決まりだ。これは君達にあげるよ。しばらくここに居て、もし何処かに行きたくなったら行けばいい。宿だから色んな人も来ると思うし、新しい出会いが新しい道を作ってくれるかもしれないしね」
彼女達は、驚いた様に顔を見合わせる。
「ほ、本当にいいんですか? こんな大金」
「ああ、いいよ。君達の好きに使ってくれ」
……思い出した。そういえば僕は元々無一文なんだ。
全てニーヤ達に頼りっきりで一銭も払っていない。先にお返しをするべきではないのか?
「か、勝手に決めちゃったけど、いいかな?」
「いいんじゃない。アンタが手に入れたお金、アンタが好きに使えば」
「いや、でも僕また無一文になっちゃうけど」
「私もいいと思いますよ。ペロ様もよろしいですよね?」
ペロ様がコクンと頷いた。
「皆ありがとう。じゃあそういう事で! とりあえず何か食べよう! もうお腹空いて死にそうだよ。マスター、料理を適当に持って来て下さい。もうお腹いっぱいで動けなくなる位沢山!」
「分かりました、待ってて下さい。腕によりをかけて作りますよ!」
マスターが奥に戻ってしばらくすると、厨房からいい匂いが溢れ出す。
言葉に表すなら、それは幸せの香り。食堂を包む幸せの香りに、皆の顔がほころんだ。