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第二章。単騎特攻

 どれくらい歩いただろうか。

 こみ上げる何かを堪える様に、不自然な痙攣と共に、彼女が僕の肩に歯を立てたのは何回目だろうか。

 僕は、昔地方の駅で見た弁当売りの事を思い出していた。

 来る日も来る日も弁当をぶら下げ、笑顔を運ぶ素敵な仕事だ。

 今ではその数は激変したが、売店にはない温かさがあった。

 股間に感じる温もりに、そんな事を思い出していた。

「ふぅ……五回はイったっす……」

 何処に行ったのかは知らないが、その報告は多分いらない。気にしたら負けだ。

 途中でおんぶに切り替えようと思ったが、その提案をする時間も惜しむように足を動かした。

 それほど、僕は焦っていたのだ。


 今までは、腕輪状態でも呪いは発動していた。

 目の前どころかゼロ距離でフェロモンを巻き散らかすディーナスに、多少の興奮はしても、欲情にかられて変態行為をしようなんて気にはなっていない。

 状況証拠から推測しても、セクシーアーマーが解除されたのは、その作者であるアミルが囚われているからで間違いないだろう。

 それを踏まえると、腕輪状態でもまだ存在しているのは、アミルが生きているという事だ。

 だが呪いすらも発動しないとなると、思ったより状況は深刻なのかもしれない。

「ディーナス――ちょっと走るぞ」 

「えっ!? い、今走られたらやばいっす―― うひひいいいいいいい!」

――どうか間に合ってくれ。

 最後の力を振り絞るように、遠くに見える城を目指した。



 辿りついた魔王城の入り口は、不気味にも静まり返っていた。

 しがみつくディーナスも白目をむいて静かになっていたけど、放って置いて問題はないだろう。

「ん~? 人間かぁ?」

 城から出てきたのは、人目でソレとわかるくらい異様な形態をした魔族。

 シミターを握る手に力が入る。

「んん? いや、すまんかった。人間じゃねぇな? こんなとこに人間がいるわけねぇ。それにしてもお前珍しい格好してるなぁ。何処の生まれだ?」

 腫れ物に触るような物言いに、若干緊張が柔らぐ。

 僕に前からしがみ付いているディーナスの顔は相手から見えない。

 どうやら僕がディーナスと一体化した生物だと勘違いしているらしい。

 目が悪いのか、知能が低いのか分からないが。だがこれはチャンスだ。

 大して強そうでもない。先に仕掛ければ――勝てる。

 だけど――出来るか?

 魔物だからと言って、敵意のない相手を殺せるのか?


「お前ら! 何をしている!」

 背後から聞こえた叫び声に身体がすくむ。

 振り向こうとした僕を、ディーナスが小声で制した。

「――振り向いちゃダメっす」

 目の前にいる魔物の表情から察するに、どうやらあまり歓迎できるような相手ではなさそうだ。

 そして地面を踏みしめる足音は、一体じゃない。

「あっちが合図したら、振り向きざまに切りつけるっす。肩の高さで、水平に」

 その口調に、もうおどけた雰囲気は無い。

「分かった」

 シミターを握る手に力を込め、彼女の合図に神経を澄ます。

 背後の足音が迫る。

「おい、耳が聞こえないの――」

「今っす!」

「はあっ!」

「か――――?」

 遠心力をも力に変えたその斬撃は、いとも簡単に魔物の首を跳ねた。

 だが、驚いたのはまだ他に七体もいるという事。

――多すぎだろ!


「ご主人様! 跳ぶっす!」

「は?」

 次の瞬間、僕の身体は浮いていた。

 僕の肩にまわしていた両腕で胴体を挟み、腰をはさんでいた両足を外し地面を蹴る。

「っ――!?」

 ディーナスが見せた、魔物の頭上を飛び越える鮮やかな後方宙返り。

 その場にいる誰もが、状況を把握できていない。

 把握しているのは、彼女だけだ。


「ちょっと行ってくるっす――」

 着地するなり聞こえた彼女の声は、幻聴かと思うほど、風と共に消えた。

 振り向いた瞬間には、もうその姿は遠く。

 魔物が背後から襲い掛かるディーナスに気づくと同時に、叩き込まれた強烈な蹴りがその生命を刈り取る。

 流れるような足払いでバランスを崩した魔物の頭が、地面と彼女の足に挟まれ凄惨な音を立てる。

 竜巻のような回し蹴りが、無残にも頭部を破砕する。

 戦っている魔物達は、何が起こっているのか分からないだろう。

 いや、戦いにすらなっていない。

 まさに疾風怒濤と言った言葉が当てはまるディーナスの猛攻で、魔物の群れは一瞬で骸と化した。


「うひひっ。ソーカイソーカイ。走るのもいいっすけど、やっぱ足は蹴飛ばしてナンボっすよねぇ」

 目の前で愉快そうに笑うディーナスに、驚きで固まってしまった口から何とか言葉を搾り出しす。

「ディ、ディーナス強いんだな……」

「いやぁそんなことないっすよ。マトモに戦っちゃ分が悪いっす」

 確かに奇襲ではあったが、それが出来るのも実力が伴っているからだ。


「つ、旋風の……メアン……」

 最初に出会った、場内から出てきた魔物が呟いた。

 その目は完全に怯えていて、足をその場に打ちつけたように固まっている。

「おっとおっちゃん! あっちの名前はディーナス! ディーナスよ! りょーかい?」

 指を突き出して注意する彼女に、魔物はただ頷くだけ。

 ってかおっちゃんなのか。見た目で年齢なんて全く分からんぞ。

 ともあれ、彼女が攻撃をしかけないところを見ると害はないらしい。


「そう言えばディーナス、足大丈夫なのか?」 

「ん? あ――」

 あからさまに『しまった』と言う反応。彼女の足を見ると、傷だらけの足はすっかりと治っていた。

「お前もしかしてずっと前から治ってただろ!?」 

「痛いっす! ご主人様と合体っす!」

 再び僕に飛びついてくる彼女。傍からみれば相当間の抜けた行動だろうか、目を点にした魔物に気づく。

「城から出てきましたよね? 中はどうなっているんですか?」

「い、いや。俺は何も分からないんだ。魔王様が襲われたと聞いて、野次馬根性で見に行こうと思ったんだが、あまりにも静か過ぎるもんで、恐ろしくなって途中で引き返したんだ」

「じゃあ敵の勢力は分からずか……」

「正面突破はちっと分が悪い気もするっすねぇ……」


 ディーナスと言う頼もしい味方はいるが、セクシーソードが無い今、僕の戦力など高が知れている。

 魔物の群れに飛び込んだ経験はおろか、マトモに戦った事も数えるほどしかない。

「相手は、一人だ」

 思考を巡らせていると、魔物が口を開いた。

「そ、その様子じゃ魔王様を助けに行こうと思ってるんだろうがだが、お前達が行ってどうなるわけでもない。と、特にメアン。お、お前は無理だ」

「何だってぇ それはちょーっと聞き捨てならないっすね」

 ディーナスが魔物に詰め寄る。魔物は後ずさりながらも、声を振り絞る。

「あ、相手はサフズだ」


『ザフズ』

 その言葉にディーナスの足が止まる。その表情には、明らかな恐怖が張り付いていた。

「ま、マジっすか……。しゃ、洒落にならないっすよ……」

「そ、そんなに強いのか……?」

「ザスズは次期魔王と言われていた淫魔の王(インキュバス)だ。強くないはずがないだろう」

 次期魔王。それがどれだけの実力を持つのか、考えずとも分かる。

 それに――インキュバスだって? 

 僕の想像が正しいなら、異性を魅了する魔力を持つ、男性の淫魔だ。


「ご、ご主人様……。あ、あっちには無理っす……。もし、もしも……」

 ディーナスが泣きそうな顔をしているのは、単純にそいつが怖いわけじゃない。

 怖いのは多分、魅了されてしまう事。

 意思の力で抗える事など出来ないのだろう。

 無条件で虜にされる恐怖。彼女はソレを知っているんだ。


「大丈夫だディーナス。ここからは僕一人で行く」

「そんな! 無理っすよ! 勝てるわけ無い! インキュバスの魅了が効かないからってどうこうなる相手じゃないっすよ! 次元が違いすぎるっす!」

「元々一人で行くつもりだったんだ。覚悟は出来てるさ」

 清々しい程に心は穏やかだった。


 僕は安堵していた。

 僕の選択は間違ってなかった。

 彼女達と来なくて、本当に良かったと。

「それに忘れたのか? 僕は今――魔王なんだぜ」

 魔王の力なんてこれっぽっちも感じないが、ピンチに出てくるんだろう。

 大抵――そんなモンだ。

「ご主人様……」

 ディーナスの頭にポンと手を置いて、軽く微笑む。

「大人しく待っててくれよ」

 最後くらいは、かっこよく決まったんじゃないか。

 そして、魔王城の中に入った。


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