ワーワルツの闇『ドラーシュ』
「うわっ!? 何すんだよっ!?」
全身に感じる、水の冷たさに目が覚める。
こんな事するのはニーヤしかいない――だが目の前に立っていた人物を見て、僕は言葉を失った。
人、などではない。その容姿は、明らかに人間のものではなかった。
全身を緑色の鱗で覆われた、ワニの様な生き物。間違いない、こいつは魔物だ。
ここは何処だ? 洞窟みたいだけど。寝てる間に連れ去られたのか。
迂闊だった。平和ボケしていた。
ワーワルツは僕が居た世界と違う。それは十分に分かっていたはずなのに。
「いつまで寝てる。コッチに来い」
腕には頑丈そうな手枷がはめられている。殺されてないって事は何か理由があるはず。
逃げるチャンスは必ず来る。とりあえず今は大人しく従おう。
モンスターの後を着いて、洞窟の中を歩く。
このまま走って逃げれば――いや、逃げ切られる保障はない。普通は逃げられないように前を歩かせるはず。悠然と前を歩いているっていう事は、後ろを歩かせても逃げられる心配が無いって事なんだろう。
それにしてもこの洞窟、一体どこまで広がっているんだ。入り組んでいて、出口も分からないし、これはやっかいだな。
しばらく進むと、開けた場所にでた。
鉄格子の付いた穴の前で立ち止まり、モンスターが南京錠の鍵を開ける。
「中に入れ」
僕が穴の中に入ると、モンスターは鍵を閉めてどこかに行こうとした。
「おい! 僕をどうするつもりだ!」
何も言わず、その場を立ち去って行く。
くそ、これじゃあ逃げようが無い。どうすればいい。どうすればここから出られる。
必死に考えているその時だった。
薄暗い穴の中、背後に気配を感じる。
「誰かいるのか!」
「は、はい!」
暗闇から女の声がする。良く見ると、そこには三人の女の子がいた。
「君達は、人間……だよね?」
「そうです。私達も捕まってここに入れられました」
暗闇に目が慣れた頃、彼女達の姿を見て驚いた。
僕より少し若そうな少女達。三人とも洋服はおろか、下着すら着けていない。身体は土にまみれ、黒く汚れていた。
「ふ、服はどうしたの?」
「全部捕まった時に取られました。ここに入れられる人は全員裸です。貴方が鎧を着けているのが不思議なくらいです」
そうか、僕の鎧は外せないから諦めたんだ。
おかしいな、でも何で剣があるんだ。刀身がなかったからそのままにしたのか?
いや、捕まえた人の服を全て取るような奴等だ。刀身が無くてもそのままにはしないだろう。
まてよ、もしかして――。
「そっち行ってもいいかな? 人目に付きたくないんだ」
「は、はい。いいですよ」
色々と見えちゃってるけど、なるべく意識しないように。
ってか今はそんなの気にしてる場合じゃない。彼女達の間に入るように身をひそめる。
「ちょっと腰の剣を抜いてみてくれないか? 抜くくらいなら手枷ついてても出来るよね」
「これですか?」
「そうそう、ゆっくり抜いてみて」
「分かりました、じゃあ抜きますね」
彼女が剣に手をかける。
――やっぱり、そういう事か。
「あれ、抜けませんよ」
「うん、ありがとう。助かったよ」
彼女が不思議そうな顔をする。
セクシーソードは僕にしか抜けないんだ。こんな事でもなきゃ気付かなかったな。
だけどこれは助かった。どんな時でも鎧と剣は無事だって事だ。
ありがとう魔女。こんな時でも僕は貴女に助けられているよ。
「ところで、君達はいつからここにいるの?」
「私は三日前からです。その人は一昨日、その人は昨日です」
僕の質問に、手伝ってくれた女の子が答える。
連れて来るのは一日一人なんだろうか。それともたまたまなのか。
「君が来た時は誰か他に居たの?」
「いえ、誰も居ませんでした。多分売られた後だったんだと思います」
「売られた? 魔物が魔物に人を売るの?」
「いえ、買うのは人間です。あの魔物は人に人を売るんです」
彼女の言葉に驚愕する。人が? 人が魔物と取引をするというのか?
「ど、どういう事なんだ?」
僕の言葉に、彼女はとても驚いた顔をした。
「知らないんですか? ドラーシュの事を?」
「ドラーシュ? それは何の事?」
「これを見て下さい」そう言って、彼女が背中を向ける。
「こ、これは……」
彼女の背中には、手のひら大、焼印の痕がくっきりと付いていた。
「ドラーシュの焼印です。この焼印を捺されたものは、死ぬまで奴隷として生きなくてはなりません。一部のお金持ちや貴族に売られ、その後はどうなる事か……」
「こ、こんな非道い事を……。同じ人間が加担してるっていうのか!」
怒り、憎しみ、悲しみ。感情がこみ上げてくる。
目の前の少女達。背中に捺された焼印。僕は溢れ出す涙を止める事は出来なかった。
「ご、ごめんね。突然泣いたりして」
突然泣き出した僕に、彼女達も少し戸惑っている。
「い、いえ、いいんです。それにしても、本当に知らないんですね。ワーワルツの人なら皆知ってるものだと思ってましたけど」
「そうなの? 皆もここに来る前から知ってたの?」
「それなりの年齢になれば皆知ってると思いますよ」
他の二人も頷く。じゃあニーヤ達も知ってるのか。だけどそんな事一言も――いや、当たり前か。
聞いてもいないし、わざわざ言う事でもない。
彼女達は魔王を倒すっていう大きな使命の為に旅をしているんだ。彼女たちが魔王を倒せば、こんな酷い事はもう起こらなくなるんだろうか。
僕には何が出来る。今の僕に出来る事――。
「お願いがあるんだ。三人で僕を挟むようにしてくれないか。僕からは君達の身体に指一本触れない、その代わり出来るだけくっついて欲しいんだ。恥ずかしいのは分かっているけどお願い出来ないかな?」
「わ、分かりました」
彼女達は少し戸惑いつつも、僕の要求に応えてくれた。
「ありがとう。僕が絶対に君達を助けるから、とりあえず今日は休もう」
少しでも休んで身体の疲れを取らないと。こうしてれば剣にも力が溜まるはずだ。
僕が必ず助け出してみせる。彼女達に囲まれ、静かに目を閉じた。