心無い言葉
稽古は日が沈むまで続き、呼びに来たモミさんと一緒に宿に戻る。
食堂で夕食を食べていると、隣のテーブルから聞こえた一言に、ニーヤの手が止まった。
「そういえば、テヘペロ村襲われたみたいだぞ」
「本当か!? この島にも魔物が来やがったのか。でも何であんな小さな村が襲われたんだ?」
「知らないのか? あの村にはペロディアの子孫が一人居たって話だ。それを狙われたらしいな」
「そう言えば聞いた事あるな。それでどうなったんだ?」
「村は全滅、皆殺しだ。酷い有様だったらしいぜ」
「何て事だ。大陸の方でも魔物が暴れまわってるって話じゃねぇか。物騒な世の中になったもんだぜ」
大陸の方、とは僕達がこれから向かう所だろう。
魔物が暴れまわってるって? この世界はどうなっているんだ。
無事に彼女の所にたどり着けるんだろうか。
「それにしてもよ――」
「ペロディアの子孫だか何だか知らねーけど、そいつ一人の為に村人全滅じゃ、死んだ連中も浮かばれねーよな」
「おいおい、それは無いだろ。一応神様なんだから」
男の心無い言葉に、ニーヤの手が震えている。
「だって死んじゃったんだろ神様。守り神だが何だか知らないけど守れてないじゃないか」
握り締めたニーナの拳の上に、そっとペロ様が手を乗せた。
自分も辛いはずなのに、無言で首を横に振るペロ様の姿に、僕は胸が苦しくなった。
「魔王の軍団が強すぎたんだよ。神様でも敵わなかったんだ」
「神様神様って、疫病神の間違いじゃねーのかよ」
俯いたペロ様が、キュッと下唇を噛んだ瞬間。僕は自分でも信じられない行動に出た。
「あやまれよ」
「あ? なんだお前」
「神様に謝れって言ってるんだよ!」
食堂に響き渡る程の大声で、僕は男に叫んでいた。
身体中が燃えるように熱い、怒りで震えているのも分かる。軽はずみな男の発言が、僕にはどうしても許せなかった。
「お、おい行こうぜ。気分悪くさせて悪かったな兄ちゃん」
もう一人の男が間に入り、二人は食堂を出て行った。
「アタシが我慢してるのに、何でアンタが怒るのよ」
「ご、ごめん。何となく、身体が勝手に……」
その時、ペロ様の手が僕の頭に触れた。
相変わらず無表情だけど、多分ペロ様なりの『ありがとう』なんだ。
「あら、珍しいものが見れましたね」
頭を優しく撫でる彼女の手に、恥ずかしくもあり、嬉しくもあり。
少しだけ、ペロ様と仲良くなれた気がした。
テーブルの上、料理が綺麗に片付いた時。思い出したようにニーヤが口を開く。
「今日の部屋割りはどうなってるの?」
「二部屋取りましたよ。昨日と同じでいいですよね」
「え、何かおかしくない? ここなら三人部屋もあるでしょ? アタシ達三人とコイツ一人でもいいじゃない」
「そ、それだと少し部屋代が高くなるんですよ」
ニーヤの言葉に、珍しくモミさんが少し動揺する。セクシーソードの秘密を知ってるのは彼女だけだ。
さっきのネズミで使ってしまったから、今は刀身がなくなってしまっている。
あれ? って事はまた今夜も一緒に寝るのか?
まぁ今日は流石に寝れるだろう。今でもかなり眠い。お腹が膨れたから余計に眠い。
「そっか。じゃあ今日はアタシが変わってあげるよ。コイツと一緒じゃぐっすり眠れないだろうし」
ニーヤの放った衝撃の一言に、モミさんと目が合った。
「わ、私なら大丈夫ですよ。ニーヤも疲れてるでしょう?」
頑張れモミさん! 負けるなモミさん!
「いいよ遠慮しなくて。ゆっくり休みなよ」
「お、お気持ちはありがたいですけど、本当に大丈夫ですから」
「いいよいいよ。それとも何? コイツと一緒に寝たいわけ?」
あ、詰んだ。詰んだよコレ。
「そ、そういう訳じゃありませんが……」
「じゃあ決まりね」
……どうしよう。どうなってしまうんだろう。
ワーワルツ二日目。想定外の夜はこうして始まった。
「先にお風呂入ってもいいよ」
部屋に入るなり彼女が言った。
「え? いや、僕は後でいいよ。ニーヤ先に入りなよ」
「いいってば、早く入りなよ。鎧脱ぎたいでしょ? 暑苦しそうだし」
簡単に脱げたら苦労はしない。
「ぼ、僕もう少し稽古しようかなって思ってたんだよ。早く強くなりたいし、素振りでもしようかと思って」
「そうなんだ、案外真面目なのね。分かったわ。でも夜は魔物が活発になるから、あんまり宿から離れないでね」
「う、うん、ありがとう。じゃあちょっと行って来るよ」
とりあえずこの場は乗り切った。あとはしばらく外で時間を潰して、部屋に戻る前にモミさんにお願いしよう。
我ながら完璧な作戦――この時はそう思っていた。
宿の外に出ると、心地いい夜風が頬をくすぐる。草むらに寝転がり、空を見上げて驚いた。
満天の星空。そんな表現がしっくりくる光景。まるで夜空に宝石を散りばめたみたいに光り輝く星。手が届きそうな程近く感じる。こんな空を見たのは生まれて初めてだ。
景色に感動する事なんて今まであっただろうか。そもそも何かに感動した記憶が無い。
――両親は今頃どうしてるんだろう。
ふとそんな事を考えた。
僕がワーワルツに来て二日。あっちの世界じゃどれだけ時間が経ってるかは分からない。でも僕の死体はもう見つかっているだろう。
悲しんでいるだろうか。いや、悲しまない訳がないか。悪いことしたな。
でも仕方ないんだ。あの世界に僕の居場所は無かった。
お父さん、お母さん。僕はワーワルツで生きてるよ。
そっちの世界で諦めた、生きるっていう事。ワーワルツで精一杯頑張ろうと思ってるんだ。
この世界で始めて出逢った彼女に、もう一度会うまでは。
心地良い夜風と静けさが、忘れていた睡魔を呼び起こす。
森の奥から現れた影が、僕に近づいた時。僕の意識は完全に夢の中。
身体に感じる振動は、ゆりかごに揺られる夢を僕に見せていた。