剣聖は二度死ぬ
――何を書いていいのか分かりませんが。
とりあえず、お父さん、お母さん。申し訳ありません。
この手紙を読んでいる頃には、僕はもうこの世に居ないでしょう。
お腹を痛めて生んでくれてありがとうございました。
一生懸命働いて育ててくれてありがとうございました。
不思議な感じです。僕は貴方達の事が嫌いだったのに。
最後とも思えば少しは寂しくなるものです。
十八年の人生はとても短いように思えるかもしれませんが。
短さゆえ、この先の人生がとても長く感じられてしまいます。
その長さを思うと、とても耐え切れるものではありませんでした。
僕は誰も恨んでいません。別に誰かに追い込まれたわけでもありません。
自ら、この命を絶ちたいと願うだけです。
今までありがとうございました。
最後まで迷惑をかけてしまう事をお許しください――
剣聖
遺書を書き終えると、不思議と涙が溢れてきた。
泣いたのは随分久しぶり。何で涙が出るんだろう。別に悲しいわけじゃない。怖いわけじゃない。
机の上には空になった瓶。ドアノブからぶら下がったタオル。
ゆっくりとドアへ向かい、腰を下ろす。
この暗くて辛い人生もやっと終わりだ。このくだらない世界にさようなら。
輪廻転生というものがあるのなら、次はもっとましな人生に――。
――始まりの森――
ここはどこだろう。天国かな。何にも分かんない、知らない場所。
流れる川、生い茂る草木。森の中みたいだけど、一体どうすればいいんだ。
そう言えば、死んだらどうなるかなんて考えてなかった。眠ったまま、意識が完全に消えてしまうだけだと思ってた。
何だよこれ、何だよこれ。
「ん? 人間か? 何でこんな所に人間がおるのだ」
背後から聞こえた人の声に振り返ると、一人の女性が立っていた。
白銀に輝く髪。宝石の様な紫に光る瞳。黒いドレスの様な服からは、細くてしなやかな手足が見える。
――天使だ。僕はそう確信する。
翼はないし、頭の上に輪っかは無いけど、彼女の美しさは人間のソレじゃなかった。
「て、天使ですよね?」
僕の言葉にキョトンとした顔をして、彼女は笑い出す。
「天使? 余が天使だと? あっはっは。これは愉快な話だ」
天使じゃない? じゃあ一体誰なんだ。
「ああ、腹が痛い。ところで、お前は何故こんな所に居るのだ」
「それは僕が聞きたいですよ。一体此処は何処なんですか? 天国じゃないんですか?」
「天国? 何を馬鹿な事を言っている。此処はガジガラだ」
ガジガラ。彼女が放った聞きなれぬ地名。僕が最初にこの世界で覚えた名前だった。とりあえず彼女に状況を説明する。
「ふむ。しかし余りにも荒唐無稽な話だな。余の理解の範疇を遥かに超えておる」
信じられない話、それはお互い様だった。
今立っているこの場所、ガジガラ。この世界で『魔界』と呼ばれる場所らしい。どっちかと言えば天国より地獄。
彼女の話は、僕にとっても理解し難いものだった。
「……そうだ、もう一回死んでみればいいのかもしれない」
何となく、僕はそんな事を口にした。何故なのか分からない。頭が混乱していたんだろう。
死んだはずなのに生きてる。ならもう一回死ねばいいじゃないか。ふとそう思った。
「一度死んでもまだ足りぬと言うのか。哀れな人間だな」
そう言って彼女が手を高く上げた次の瞬間、右肩に激痛が走る。吹き出す血。地面に落ちていく自分の腕。痛みをかき消すように叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「痛いのか? 死にたいのなら我慢せよ」
彼女の足が、僕の膝を踏みつける。骨が砕ける音、肉が千切れる感触。声にならない叫びを上げ、地面を這いながら、必死に彼女から離れる。
「どうして逃げるのだ。死にたいのだろう」
彼女は逃げる僕の背中を踏みつけると、片手で僕の髪を掴み、放り投げた。
近づいてくる彼女の姿。もう痛みさえ感じない。
自室で感じたものとは比べ物にならない――全身で感じる死の恐怖。
「た、助けて……」
彼女の口か何かを言っている様だったが、意識はそこで切れた。