表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/144

剣聖は二度死ぬ

――何を書いていいのか分かりませんが。

 とりあえず、お父さん、お母さん。申し訳ありません。

 この手紙を読んでいる頃には、僕はもうこの世に居ないでしょう。

 お腹を痛めて生んでくれてありがとうございました。

 一生懸命働いて育ててくれてありがとうございました。

 不思議な感じです。僕は貴方達の事が嫌いだったのに。

 最後とも思えば少しは寂しくなるものです。

 十八年の人生はとても短いように思えるかもしれませんが。

 短さゆえ、この先の人生がとても長く感じられてしまいます。

 その長さを思うと、とても耐え切れるものではありませんでした。

 僕は誰も恨んでいません。別に誰かに追い込まれたわけでもありません。

 自ら、この命を絶ちたいと願うだけです。

 今までありがとうございました。

 最後まで迷惑をかけてしまう事をお許しください――

                       

                       剣聖けんせい


 遺書を書き終えると、不思議と涙が溢れてきた。

 泣いたのは随分久しぶり。何で涙が出るんだろう。別に悲しいわけじゃない。怖いわけじゃない。

 机の上には空になった瓶。ドアノブからぶら下がったタオル。

 ゆっくりとドアへ向かい、腰を下ろす。

 この暗くて辛い人生もやっと終わりだ。このくだらない世界にさようなら。

 輪廻転生というものがあるのなら、次はもっとましな人生に――。


――始まりの森――


 ここはどこだろう。天国かな。何にも分かんない、知らない場所。

 流れる川、生い茂る草木。森の中みたいだけど、一体どうすればいいんだ。

 そう言えば、死んだらどうなるかなんて考えてなかった。眠ったまま、意識が完全に消えてしまうだけだと思ってた。

 何だよこれ、何だよこれ。


「ん? 人間か? 何でこんな所に人間がおるのだ」

 背後から聞こえた人の声に振り返ると、一人の女性が立っていた。

 白銀に輝く髪。宝石の様な紫に光る瞳。黒いドレスの様な服からは、細くてしなやかな手足が見える。

――天使だ。僕はそう確信する。

 翼はないし、頭の上に輪っかは無いけど、彼女の美しさは人間のソレじゃなかった。


「て、天使ですよね?」

 僕の言葉にキョトンとした顔をして、彼女は笑い出す。

「天使? 余が天使だと? あっはっは。これは愉快な話だ」

 天使じゃない? じゃあ一体誰なんだ。

「ああ、腹が痛い。ところで、お前は何故こんな所に居るのだ」

「それは僕が聞きたいですよ。一体此処は何処なんですか? 天国じゃないんですか?」

「天国? 何を馬鹿な事を言っている。此処はガジガラだ」

 ガジガラ。彼女が放った聞きなれぬ地名。僕が最初にこの世界で覚えた名前だった。とりあえず彼女に状況を説明する。


「ふむ。しかし余りにも荒唐無稽な話だな。余の理解の範疇を遥かに超えておる」

 信じられない話、それはお互い様だった。

 今立っているこの場所、ガジガラ。この世界で『魔界』と呼ばれる場所らしい。どっちかと言えば天国より地獄。

 彼女の話は、僕にとっても理解し難いものだった。


「……そうだ、もう一回死んでみればいいのかもしれない」

 何となく、僕はそんな事を口にした。何故なのか分からない。頭が混乱していたんだろう。

 死んだはずなのに生きてる。ならもう一回死ねばいいじゃないか。ふとそう思った。


「一度死んでもまだ足りぬと言うのか。哀れな人間だな」

 そう言って彼女が手を高く上げた次の瞬間、右肩に激痛が走る。吹き出す血。地面に落ちていく自分の腕。痛みをかき消すように叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

「痛いのか? 死にたいのなら我慢せよ」

 彼女の足が、僕の膝を踏みつける。骨が砕ける音、肉が千切れる感触。声にならない叫びを上げ、地面を這いながら、必死に彼女から離れる。

「どうして逃げるのだ。死にたいのだろう」

 彼女は逃げる僕の背中を踏みつけると、片手で僕の髪を掴み、放り投げた。

 近づいてくる彼女の姿。もう痛みさえ感じない。

 自室で感じたものとは比べ物にならない――全身で感じる死の恐怖。

「た、助けて……」

 彼女の口か何かを言っている様だったが、意識はそこで切れた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ