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9 選択の学生



 つばき組は、自分たちの無力さを噛みしめている。

 ごまかす術もなければ、自分を騙す方法もなかった。

 目を閉じても、目蓋の裏で林場の机の花が、燦然と咲き誇る。

 クラスメイトの一人が、この世を去ったのだ。その事実が、ナイフの刃のように生徒たちを刻んでいた。


 クラスメイトが一人欠けても授業は進む。

 集中力を失ったつばき組に対して、様々な学校の教員が怒鳴る、脅す、黒板を叩く、白墨を投げるといったパフォーマンスを行った。

 しかし、どのような演技も、つばき組の生徒の心に虚ろに響くだけで、反応はなかった。

 つばき組の生徒たちの顔は空白だった。全員がガラス玉のような瞳で机を見つめるばかりだった。

 つばき組は優秀で、結束の堅いクラスであった。

 なればこそ、林場の事件は、クラスに埋めようのない創傷を作ったのだ。




 青山は林場の親友を自覚していただけあって、失意も深かった。

 人と話すことはなくなり、職も細くなり、痩せ細った。

 そして、そんな様子の青山に手を差し伸べるクラスメイトの姿もなかった。クラス全員が呆然としていて、他の生徒にかまる余裕も気力もないのだ。

 もはや、クラスの絆というものも、空しい響きしかなかった。


 ある日、出し抜けに林場との最後の情景が、鮮やかに頭に蘇った。

 青山は林場の最期の言葉について、ずっと考えていたが、ついに林場が言っていたことに対する、青山なりの解釈が完成したのだ。

 林場の死は、シニカルなロジックがまかり通る社会に対する、精一杯の反抗だったのだ。

 社会が自分たちに要求している、それはそれは理不尽なモデルになるまいという宣言。

 大切なことは何一つ学べず、どうでもいいことに興味を抱くよう強制し、無意味な知識を詰め込むばかりの教育。

 口を開けば、キモい、死ねよと連発するようなクラスメイト間の会話が流行し、例え本当に死んだとしても、何か他のことのせいにして涼しい顔でいる人間関係。

 学校がこうなのだ。大人になったところで、何も変わらない。

 会社は会社で、社員に、役に立たなくなれば、もう要らないから、どこかへ消えてくれ、という対応をする。そして、社員は社員でヴァイス・ヴァルサだろう。

 この社会の実態は、全くつながりのない人々が、金儲けのためだけに集合しているモノでしかないのだ。

 動物でさえ、群の中では互いに助け合い、生きていくものだろうに。


 かく言う、自分たちはどうなのだ。青山は自問する。

 つばき組は普通のクラスを超越した繋がりを持っていた。一つのクラスにして、一つの有機体として振る舞えた。

 学校生活の中で、楽しいこともあれば苦しいこともある。つばき組は、クラスの中で一つの感情を共有できていた。

 クラスメイト同士、優劣を決めることはしないで、互いの話に耳を傾け、尊重し合った。

 ただ一人のクラスメイトも見捨てず、無視しなかった。


 それなのに……それなのに。

 青山は拳を握りしめる。骨の浮き出た拳が震えた。

 理想のクラスを体現しているとうぬぼれていた自分たちを後目に、林場は死んでいった。

 どうして、林場は、社会への気持ちを、自分たちと共有してくれなかったのだろう。

 自分たちは……つばき組はクラスメイトとして不適だったのだろうか。

 クラスメイトの自殺という重大事に、つばき組というシステムは機能しなかった。

 していないというならば……つばき組が理想のクラスという前提も崩れ落ちる。

 いったい、どうすればよかったのだろう。何が正しいのだろう。

 考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうだった。

 途轍もない苦しみだった。

 そして、最悪なのは、この迷宮には出口がないということを自分で知っていることだった。


 林場の言っていた意味は理解した。彼の採った選択の意味も理解した。

 次は、自分が選択する番だった。さて、どうしたものか。

 青山は、長く苦しむつもりはなかった。長い苦しみに関しては、叔父の死のおかげでトラウマがあった。

 だから、最期は短く、一瞬で、と決めていた。


 その夜、青山は自宅のマンションのベランダに歩み出る。

「全ては塵と灰だ」

 そう呟くと、青山はベランダから身を投げた。

 解放を象徴する自由落下に包まれる。もう、どんな束縛もない。シンプルな、真の自由があった。

 すごい勢いで地面が迫ってくる。






 激突。



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