5 凄惨なイジメ
イジメが社会的問題化して久しい。
みんな、つばき組のような極めてつながりの強いクラスならそんなものが起こることはないと思っていた。だが、認識が甘かったと言わざるを得ない。
教員は学生でないと言う点で本質的に部外者なので、ものの数には入っていなかった。
「教員がアテにならない中、僕たち学生が主体となって対処するしかないんだ」
「私たちならイジメに対応できるわ。つばき組には、高いIQと運動能力のある生徒が集まっているし、私たちはクラスメイトを思いやれる心を持っているわ」
「そんな僕たちの間にも、イジメはあったのかもしれない。みんな、心当たりはないか?」
青山はみんなに問いかける。
みんな、眼を閉じて、過去の想起を始める。青山もみんなに続いた。
どんなことでもいい。手がかりになりそうなことを探る。記憶の底から、林場の苦しみの元を見つけだすのだ。
林場とつばき組のクラスのみんなは、いつもうまくやっていたはずだ。つばき組での思い出は完全無欠であった。
だが、その前は?
引っかかりがある。小さな棘のようなものが突き刺さっているように、青山の心を苛む記憶があった。
遠い昔のことだ。
青山はそれに集中して、解き明かしていく。
三年生? いや、あれは青山代兵衛が死ぬ前だから、二年生のことだろう。
まだ、青山は林場とは違うクラスにいた。
林場は、ふじ組にいた。青山は、らふれしあ組だった気がする。
かつての情景が目の前で再現される。学生が走り回って遊んでいる。
昼休み? いや、二十分休みのことだ。
二年生の青山はクラスの窓から校庭を眺めている。
校庭には、林場と、それを取り巻く彼のクラスメートが見えている。
林場のクラスメートが林場を囲んでいた。林場の本か教科書を盗り、林場が取り返そうとすると、それを素早く別のクラスメートにパスしてしまう。
林場が教科書を取り返すのは容易ではない。
まるで、バスケットボールの練習だ。二年生の青山は思った。
こうして、ディフェンスの足腰を強化するとともに、ボールを持つオフェンスを素早くマークして、プレッシャーをかけることは、本番の試合で大きな成果を上げるのである。
だが、林場はバスケットボールの練習をしているわけではなかった。楽しんでいるわけでさえなかった。
そう、あれはイジメだった。
大勢で林場を囲み、彼の所有物である教科書を奪取し、取り返そうとする林場を笑う、イジメだった。
それなのに、当時の自分は、見て見ぬ振りをしてしまった。
青山は戦慄く拳を握った。
悔やんでも悔やみきれない。
もう四年も前のことだ。普通の人なら覚えていないだろう。
だが、とても粘着質の気質の人なら、昨日のように思い出せるに違いない。
林場は、完全に覚えていて、日夜、その光景を頭の中で再現して苦しんでいたに違いない。
なんて苦しかったのだろう。
青山の胸が潰れそうになった。