10 舞い散るは
そして物語は終わる。
青山は林場の親友を自覚していた。
そして、全く同様に、クラスの他の全員が林場の親友を自覚していた。つばき組は、一つの有機体なのだから、当然である。
青山と時同じくして、クラスの全員がそれぞれの方法で選択していた。躊躇う者も、失敗する者もいなかった。
翌朝、つばき組の全生徒の机の上に花が飾られていた。クラスは花だらけであった。
虚無は、明確に感染するものらしい。
こうして、つばき組は完全なものとなった。
つばき組はつばき組の外の事象に徹底的な不信を抱いていたので、クラスの外に被害が広まることはなかった。
いや、一人だけ例外がいた。
その朝、担任の高原先生の教壇の上にも花が飾られていたのだ。
先生は林場の死を、イジメを苦にした自殺だと誤認していた。先生は自分の人生を憂いて、命を絶っていた。どこまでもつばき組を理解していない担任であった。
彼は、つばき組の一員ではなかったので、この事件の哀れな犠牲者と呼べるかもしれない。
『イジメに事を発するクラス全員と担任の自殺』
前代未聞の事件であったので、とんでもないことになった。過激な報道で、駒岐県立六小の名は地に墜ちた。
連日、取材陣が学校を取り囲んだ。のみならず、善良な市民団体が詰めかけ、さらに騒動を規制しようと機動隊までもが押し寄せた。ありとあらゆる騒ぎが起こっていた。
学校は、とてもではないが、学業に勤しめる場所ではなくなっていた。
事件に関して、少数の識者が群集心理について言及したが、それは無視されて放映されることもなかった。
学校で生徒が死ねば、それはイジメによる自殺と決まっているのだ。
外界の騒ぎにも関わらず、つばき組は静けさに包まれていた。
飾られた花から、萎びた花弁が舞い落ちるばかりだった。




