ダウンロード・ビジネス
ここは近未来。いや、もしかしたら現代にも存在するかもしれない。
違法ダウンロード法の適用から幾ばくの時間が経った。
第1回では音楽や動画を範囲の対象にしたものであったのだが、第2回以降、画像や小説、プログラムにまで範囲は拡大。
今回の改正では、同人作品にまで及ぶとされている。
『著作者はもらえる利益を、きちんともらおう』
これが、国の方針であった。著作者に恵みを、違法者に裁きを。二次創作などの類も、本人の了承を得なければならなくなった。ちなみに了承を得るためには、著作利用許可証という書類を、著作者本人またはその親族に郵送を行い、著作者側は著作転用認証という書類を二次創作者に送付しなければならない。
こんな煩雑な方法を取っているため、誰も了承など取りに行かない。故に二次創作の世界はほぼ断絶されたわけである。
パロディやリスペクトに対してもメスが入れられた。文章の引用はOKだとされてはいたものの、あまりにあからさまな引用は違法にあたると決定。同様に許可を取る必要が出てきた。
なぜ、こんなにも著作権関連の取締りに躍起になっているのか。それはこの国がアイデアでものを売っているという事情が関連している。他国に比べ持っている資源は少なく、量より質で勝負を仕掛けている面がある。
「利益をきちんともらおう」なんていうものはある種、この案を正当化させるための建前に過ぎない。
この案の本当の目的は、国民の優れた発想力を徹底的に搾り取り、新たなるビジネスとして展開させることにある。それだけ今の著作物は、他の著作者からの影響をもろに受けた、個性に欠けた作品しかないということだった。
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ここにも一人、この法案によって苦しんでいる人間がいた。
本名は不明、ユーザーネームは白狼。アップロード者の一人だった。
音楽でも、画像でも、小説でも。すべてがこのサイトに置いてある。このサイトの俗称「Uplopedia」の名に違うことのない、膨大なデータがそこにはあった。
当然貪りに来る輩も多く、総アクセスは500万アクセスを突破。ニューススレッドで特集されたことすらもある。白狼はそれを誇りに感じていたし、なおかつアフィリエイト広告によって金も荒稼ぎできていた。ダウンロードのリンク先を広告のリンク先に変更し、強引に会員登録させようとする一面もみられた。
何よりも「神だ」「アップロード早いな」などの賞賛や崇拝の声を聞けることが、白狼の自尊心を高めていた。
しかし、違法ダウンロード禁止法の発足、強化を受けて、「Uplopedia」に訪れる人は少なくなった。
理由は3つ存在する。
1つ目は、当然ではあるもののダウンロード者そのものの減少。捕まれば200万円以下の罰金や2年以下の懲役であるため、うかつに動けないというものがある。第1回では著作者からの訴えがなければならなかったものも、何回かの変遷を遂げた最新版の法律では、訴えがなくとも罪に問われるようになったのである。その影響か、違法ダウンロード法による逮捕者は増加の傾向にある。
2つ目は、このサイトにある画像や音楽も、元々は他のサイトからの違法ダウンロードであったが故に、ネタを仕入れることも厳しくなってしまったこと。アクセス数が伸びなければ、広告で金を稼ぐこともできない。
だが、最も致命的であったのは3つ目。突然現れた大型アップロードサイト「メシア」の存在である。救世主の名を持ったそのサイトは、このご時勢だというのに、最盛期の「Uplopedia」程のコンテンツ数を誇っていた。
「警察とグル」だとか「二次創作で自分のコンテンツを広めたい著作者達が作った」だとか根も葉もない噂が立っている場所である。最も、そう言っている輩も利用しているわけだが。
・・
白狼も複雑な気分であった。
なぜ、ほかのサイトはダメで、あんなにあからさまにアップロードをしているサイトが、未だに続いているのか。閑古鳥の鳴く自分のサイトで、そんな内容のブログを書いていた。
…メシアを利用したことは一度もない。自尊心に傷が入るためだ。自分が持っているコンテンツはほかのサイトからの受け売りであるものの、あくまで自分より小さい規模のサイト達から少しずつ拝借しているに過ぎない。
だが、今はそんなことを言っている場合ではないのかもしれない。
一時期は「神」と呼ばれたこのサイトも、今では「メシアのパクリ」「飯屋なう」とろくでもない書き込みがされている。
最新の書き込みには「ゲーマー戦記のOSTまだー?」とある。
ゲーマー戦記は最新発売されたゲームソフト。そのメーカーは著作権に対して非常にうるさい。
発売から1ヶ月程度経っているが、動画サイトにもPV以外は残っていないのだ。
自分が拝借していたサイトも、どうやら法案のメスが入ったらしくどんどん潰されている。お気に入りページを隅々まで検索しきったが、ゲーマー戦記のサウンドトラックは見つからなかった。
このままでは、このサイトの運営にも関わる。泣く泣く白狼は、メシアを利用してみることにした。
・・・
目を疑う光景だった。
そこには何もかもが置かれていた。
これは、著作物の、ノアの方舟と呼んでも過言ではない。
トップページには『汝らに万物を与えん、創造神』と書かれている。随分とイカれてはいるものの、このコンテンツ量では、そうも言ってられない。アクセス数は億に達そうとしている。桁が違いすぎる。
数少ないユーザーの為にも、ゲーマー戦記のサウンドトラックを拝借するしかない。スパムコメント対策用と思われる20桁の数字を打ち込み、サウンドトラック一式をダウンロードすることに成功した。
流石に数十曲のダウンロードだ。ギガバイト単位のデータが移動する。少しは時間もかかるだろう…
ダウンロード完了までの秒数が出る。
同時に、その上部に、文字が書かれた、赤い枠が出現する。
「ビャクロウさん、ですね [×] 」
えっ・・?
[×]をクリックする。
「あなたは違法にサウンドトラックをダウンロードしました [×]」
「あなたのパソコンを検索しています」
うわあああああああああああああああ、待て待て待て待て
ダウンロードをキャンセルしようとする。止まらない。
ピーーーーーーッ
パソコン本体から異常音。ウイルスを入れられたのか…!?
画面には「オナマエ:斎藤一馬」「ジュウショ:愛知県名古屋市…」と出ている。
探索が始まっている!!
は、早くここから抜け出さなくては…
ピンポーン
・・・・
サイバー警察上層部と開発室局長の会話
「なるほど、毒をもって毒を制す、か…」
「ええ、違法ダウンロードの原因は、違法にアップロードしている人間がいるからです。まずはその方々を潰しておく必要があります」
「アップロードデータベース:『メシア』はあらゆるサイトから自動的にコンテンツをダウンロードし、保存しておく、コンテンツの塊なのですよ」
「ダウンロード禁止法でネタを得るのが厳しくなれば、『メシア』から奪いに行かざるを得なくなる」
「小さいサイトが潰れてしまえば、それらからデータを拝借していた大きいアップロードサイトも、同様に動けなくなり、最終的には救世主に頼るわけか…」
「ですが、ダウンロードしたら最期。サイバー警察で極秘開発されたハッキングプログラムによって、個人情報の特定をしていきます。そうなれば、もう逃げられません」
「これからの計画はどうなっているんだね」
「アップローダーを全て検挙できたことが実証できれば、『メシア』は終了です」
「これからは有料コンテンツとして、別の形で順次配布していくことにしますよ」
「…まあ、その前に、『メシア』利用者の一斉取締りがあるがな」
「それはそれは大仕事になりそうですね」
「当然だろう、『メシア』利用者は全国規模でも数百万人だ。罰金が一人あたり100万程度だったとしても、数兆円になる」
「いいビジネスですね」
「全くだ」
こんな陰謀がないことを信じたい。