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機械人形と少女

作者: 月花




洒落た作りの宝石店や小物屋、規則正しく並べられた石畳、3階建てのアパートメント、道行くお洒落な装いの人々、大都市ルティンはルーナが生まれた村には存在しなかったものに溢れて興奮したものだ。


「でも一歩、裏に入ればこんなもんよね」


表通り、都市の入口に面した商工が立ち並ぶ南区、領主が住む城や貴族の邸宅が並ぶ北区は美しく整えられているけれど、東と西、大多数の庶民の居住区のさらに端に押し込められたスラム街は酷く、ゴミや薄汚れた浮浪者で溢れている。

光と影、貧富の差、大都市にはつきものなのだろう。

そのスラム街のガラクタが積まれたゴミの山をルーナは漁っている。

とある目的で西方に存在する打ち捨てられた廃墟都市を目指しているのだが、問題が起きた。

路銀を掏られたのだ。

出発前にはあんなにも都会は怖いところだ、気をつけるんだぞとじっちゃんから心配されたというのに。

うっかり者の自分は村から一番近いこの都市でさっそくやらかしてしまった。


(だって、村は家に鍵だって掛けないし、誰も盗まないし。……いや、ハンスさん家の悪ガキがカボチャ盗んだか)


けれどそれはすぐにばれ(生では食べれないのだから、家に持ち帰った時点ですぐに親にばれたらしい。アホだ)3時間の説教を受けるはめになった。

誰かが何かすればすぐに知れ渡る村ではみんな、家族ぐるみのような付き合いが当たり前で、むしろ旅人やよそ者に対しては厳しいという小さな村特有の排他的な部分があったけれど、ルーナにとっては過ごしやすい村だった。

この都市は華やかだけれど、皆、他人に本当の意味で興味を払わないのでないかと思う。

嘲笑したり、冷めた目で装いを褒め合ったり、罵倒したり、そして大部分が無関心であったり。

それだけではないのだろうけれど、村で暮らしてきたルーナからすればやはり余所余所しいと思う。

泥で汚れた金属の折れ曲がったパイプを手にとって、それを脇に置く。

次に手を取ったのは口が少し欠けた壷、まだ使えるのに勿体ないことだ。


「う~ん、ここは工場からの廃棄物も捨てられてるのか、勿体無い。カザマじっちゃんが見たら絶対、目ぇ輝かせて漁り倒すねっ!」


村で趣味と称して機械弄りを得意としているカザマ老人に、ルーナは女性の身ながら弟子入りしているため、この壊れた日用品と産業廃棄物のガラクタの山には利用価値がありすぎて心躍ってしまうが、そもそもこの場所に来たのは路銀を失ったから、拾ったものを手直しして売って金を調達出来ないかと思ったからだ。

調達出来なければ宿に泊まることは勿論、廃墟都市へ向かうことも出来ない。


「あっ!これはじっちゃん家で見たルドシン社の部品っ!う~、何このフォルム!最高だぞ、こ・い・つぅ!あああぁ!こっちは何これ!この前衛的なフォルムは!何!?何に使ってたのかしら?紡績機?ううん、違うわ……、何かしら……」


年頃の娘がスラム街に一人でいることは危険だが、左右に編んだ長い茶髪の三つ編みを振り乱し、ゴミの山の上にスカートが汚れることも厭わずに座り込み、ぶつぶつと一人で喋りながらひたすら歓喜するルーナの姿は不気味で荒れくれ者たちも遠巻きにした。

鳶色の瞳は爛々と輝き、当初の目的など遙か星の彼方な彼女は、ひたすらゴミ漁りに没頭していた。

うっかり者の上に夢中になったらそれしか見えない。

人並みの容姿だけどせっかく笑うと可愛いのに、というのは機械弄りにしか目がいかないルーナに対する村在住の年頃男性の感想である。


「およ?」


魅力的なガラクタを手にとっては欲しいものをショルダーバッグに詰め込んで、茶色のそれはパンパンに膨らんではち切れんばかりになっている。

ルーナにとって価値があるものとないものを仕分けして、ある程度ゴミの山が減った中にそれは埋まっていた。

打ち捨てられたように投げ出された細い手足、つるりとした白い肌や細い黒髪は泥に塗れて頬に張り付いている。

細い首筋には『music box』の刻印。

閉じていた目蓋が緩慢な仕草で開き、黒曜石の瞳がルーナを見た。


「うそぉ……」


古代のオーパーツ 機械人形オルゴール、現代の機械技術でも作れない人型の歌う機械がゴミの山に埋もれていたのである。











オーパーツ、それはそれらが発見された場所や時代がまったくそぐわないと考えられる物品を指す。

現代の技術で作れるものも勿論あるが、中には現代の技術ではけして作れないものあって機械人形オルゴール、物体を最高の状態で保存するエタニティ石、空飛ぶ絨毯は後者だ。

人と酷似していたが、肌に触れば温かみはなく独特の感触で、表情は僅かに動くものの多彩ではない少年少女の姿を取った精巧な美、首筋にある謎の文字『music box』は機械人形の証だ。

貴族でもある好事家の元に数体、帝都博物館に一体しか存在しないという貴重品で、現代の技術でも細部のメンテナンスは出来るが、材料面でも技術面でも作り出すことは不可能な一品だ。



「よぉーっし、出来たっ!」


ゴミの山に座り込んだ少年姿の機械人形の前にしゃがみこんでいたルーナは彼の膝をぽんと軽く手の平で叩くとにっこりと微笑んだ。

かたわらに置いてあるショルダーバッグから取り出した工具箱のふたを閉じる。


「ねじが緩んでるくらいでよかった~。機械人形の本格的なメンテナンスなんてあたし出来ないし。いや、してみたいけどさ。設計図もないしね。あああ、それよりこの目立たない関節部に、なめらかな動き!たまらん!」


捨てられていたのか、動けなくなってここに埋まってしまったのかはわからないが、この機械人形の膝の関節部のネジが緩んで上手く自重を支えられなくなっていたらしい。

それまで身じろぎ一つせずじっとしていた機械人形だが、ルーナのヒートアップするテンションに嫌がるように身じろぎした。

表情も心なしか引き攣っているように見える。

ルーナは泥で汚れた彼の両頬を包み込んでまじまじと観察した。

カザマじいさんの持っている書物に載っていたオーパーツの一つ、珍しく高価なそれに自分は今、奇跡の邂逅を果たしている。


「ああぁ!その表情っ!すごいなぁ、どうやってんのかなぁ」

「お前、気持ち悪いぞ」


機械人形の唇から出たなめらかだが辛辣な言葉にルーナは一瞬、きょとんとするがさらにテンションが上がる。


「おおおぉぉ!喋った!流暢!なめらか!辛辣!機械人形って喋るんだ!こんにちは、私、ルーナ!」

「……騒がしい娘だな」


疲れたように首を振る機械人形の仕草は妙に人間臭い。


「だが、動けなくてずっと埋まってたのでな、膝を直してくれたのは助かった。ありがとう」

「え、えへへ……ううん」

「俺はアディルト。出来ることは少ないが、礼をさせてくれ」


少年の姿をしているわりには意外と固い口調だったが、感謝されているルーナは人間っぽいなぁ、スゴイなぁとそんなことばかり考えていたので、まったく気にならない。

口調よりも機械人形と喋っているという事実のほうが驚愕に値する。

むしろ手の届かない技術の粋が目の前にあるのだ。

機械を弄るものとして、興奮するなというのが無理だろう。


「えっ!じゃあ、歌って欲しい!」


機械人形の本文は歌を聴かせることにある。

一生に一度、聞けるかどうかわからない歌声を是非、聴いてみたい。

ルーナはそう思って願ったのだが、当のアディルトは渋い表情をおそらくした。

表情の変化がはっきりしないのでわかりづらいのだ。


「すまないが、歌は不得手なんだ」

「はあああぁぁ!眉が寄った!スゴイ!…………え?歌が不得手?機械人形なのに?」


歌うのが役目の機械人形が、歌が不得手とはどういうことなのか。

目の前の少年型はもしかして別の目的のために作られているのか、とルーナの好奇心は疼いた。


「語りならば多少出来るが……」


機械人形の語りも非常に興味深いと思い、それで手を打とうとルーナが口を開きかける前に、少年が悲壮感に満ちた表情で「だが、恩人の願いだ。不得手だが果たさねばならんだろう」と歌い始めた。

歌った曲は古くからこの国で親しまれている民謡、遠くに住む家族に宛てた想いが詰まったそれを少年の高い声が旋律を紡ぎ出す。

その歌声はというと、まずスラム街でゴミを漁っていたカラスが一斉に飛び去った。

次に野良猫が不機嫌そうに尻尾を膨らませながらやはり逃げた。

遠くで犬の遠吠えが聞こえたが、音頭が取れずふにゃふにゃした響きの遠吠えになった。

もはや遠吠えではない。

元の原曲なんて欠片もないだろうという音程の酷さにぽかんと大口を開けていたルーナだったが、歌い終わり「お耳汚しを失礼しました」と華麗な仕草でお辞儀したアディルトに興奮したように詰め寄った。


「スゴイ!下手!どういうこと!?何でそんなに下手!?どういう仕組みなの!」

「……いい笑顔で酷く貶すなんてどこの悪魔だ、貴様」

「悪魔じゃなくて飽くなき探究心に突き動かされる機械弄りの端くれです」

「……まぁいい。ルーナはこのゴミの山で何をやっていたのだ?見たところ、若い娘がいるような場所ではないが?」


泥に塗れても美しい造作の少年が首を傾げると、さらりと黒髪が揺れて太陽の光を弾いた。

造形美に見惚れたルーナだったが、機械人形の言葉にやっと自分の目的を思い出して慌てる。

懐からカザマじいさんに持たされた懐中時計を開いて時間を確認する。


「あああぁぁ!もうこんな時間、早くお金になるもの修理して店で換金しなくちゃ、宿無しだよ!」

「金?」


訝しそうな表情をした機械人形にルーナは小さな村から来て、金を掏られたことを話すと、彼は眉を顰めた。

わお、人間ぽい~とまたもや思考が脱線するルーナ。


「お前、馬鹿なのか」

「……弁解のしようもございません」


警戒心もない、うっかり者という自覚のあるルーナは機械人形の言葉に項垂れた。

いや、機械人形に説教されるなんて本望だ。

もう生涯ないに違いない。

緩みそうになる頬を必死で引き締めたが効果は薄く、アディルトに溜息をつかれた。


「で?お前は俺を売るのか?」

「へ?何で?」

「……何でって」


アディルトの戸惑ったような、呆れたような視線にルーナは本気で困った。

そんなこと考えもしなかったからだ。


「金が必要なんだろう?機械人形は信じられないくらい高値で売れる」

「……だってアディルトは購入者マスターがいるんでしょ?」


何故、ここにいるかはわからない。

けれど機械人形は一般的に誰かに所有されている財産で、それを掠め取れば立派な泥棒だ。


(もっとも、あたしがこれからやろうとしてることもたいして変わらないけどさ)


ルーナにはお金が必要だった。

そのために廃棄都市に行く。

未練がましくルーナは視線の高さがあまり変わらない少年機械人形を見つめた。

本当を言えば機械人形という機械弄りからすれば垂涎の技術が詰まった存在も、売れば大金になるその価値も、取る手段が限られている彼女にとって魅力的だったけれど、それよりもルーナにとって重要だったのは、アディルトの存在を誰かが待っているだろうということだった。

誰かが待っているなら帰らなくてはならない。

それはルーナにとって当たり前のこと。

ルーナは決めたのだ。

ルーナの旅に誰かを不幸にはしない。


「アディルトは早く帰るといいよ」


未練を断ち切るように少女は機械人形から視線を逸らし、ゴミの山を漁り始めた。

アディルトはその小さな背中をじっと見つめていた。











購入者マスターの元へと戻るかと思っていた機械人形オルゴールは使えそうなものを工具で修理して売りに行ったルーナの後をしっかりとついてきた。

泥で薄汚れているので表通りに出た彼は嫌な意味で視線を引いていたが、泥に薄汚れた少年の意外な美しさに人々はハッとする。

ルーナは慌てて戦利品の部品が詰まったカバンからよれた桃色のスカーフを取り出し、彼の首もとに巻いた。

首もとの刻印や肘や膝、肩などの関節の繋ぎ部分を見られなければ機械人形は人間と酷似しているため、ばれないだろうが、どこか冷たさを感じさせる彼の美貌と可愛らしいピンクのスカーフはミスマッチだった。

機械人形自体、マイナーな貴重品で庶民には周知されていないが、ばれれば間違いなく売られるだろう。

アディルトは平然としていたが、何故かくっついてこられたルーナがひやひやした。

換金して、宿までついてきた彼を仕方なく同じ部屋に泊まらせることにした。

二人の汚れ具合に嫌な顔をした女将に手渡された濡らした布で泥を拭った彼は元の美しさを取り戻していた。


「戻らなくていいの?」

「元々、戻る場所などない」

「へ?」


さっさと夕食を取って、ベッドに座って部品を整理していたルーナは、椅子に座っているアディルトに声を掛けたが、彼は硬質な声音でそう言って首を振った。

どういうことだろう、購入者マスターは亡くなったとか、没落したとか何かあったのだろうかと考えたが、ルーナの逞しい想像力は機械弄り以外では発揮されない。

さっさと諦めて部品整理を再開させる。

大きいものは持って帰れないが、小さいものならば大丈夫だろう。


(帰りにもう一回来よう)


今度は違うゴミ山のガラクタをカザマじいさんの土産にしようと心の決めている。


「ルーナは何故、村からこの都市に来た?この都市が目的ではないだろう?」

「何でそう思うの?」


褒められた行為ではないがルーナは問いを問いで返した。

機械人形が不快そうに顔を顰めるのでついつい心躍ってしまう。

ああ、一回分解してみたい。

そんなルーナのヨコシマな思いを知ってか知らずか、アディルトは「宿に泊まったから」と簡潔に答えた。


「村からこの都市に出てきて働き口を探すなら、住み込みのものを探すはずなのに迷いもせずに宿に泊まると言った」

「……すっごいなぁ。機械人形の思考回路って推理まで出来んの?ますます興味深いっ!」


にこにこと笑ったルーナだったが、やがて笑顔は寂しげなものになり息をついた。

部品整理をしていた手も止まり、視線は自然と俯いてしまう。


「村がね、すっごく平和な村なんだけどね」


20戸くらいしか存在しない小さな小さな家族ぐるみの付き合いの村だ。

その小さな村をルーナは心から愛している。

村から出ずに、村の男と結婚して、たまに夫の目を盗んで村の役に立つものを発明して、子供を産んで、老いて、そうやって生きて行くのだと思っていた。


「領主様が3年前に代替わりしたの。それから税の取立てが2倍に膨れ上がったわ」


200年前の直系の王族、イグニート王の暴走から少しずつこの国の歯車はずれてきた。

帝都の政治も地方の政治も腐敗し乱れきっていて、それは傍流の王が治める昨今でも変わらない。

官僚も貴族もいつ国が諸外国から脅かされてもいいように、贅を溜め込むことに必死だ。

大陸の覇権を争っていたはずのこの国は、イグニート王を最後に直系の王族がいなくなってから弱くなった。


「今年は大雨で麦が流されて出来も悪くて、領主様に無理ですって、これじゃあ冬を越えませんってお願いしたの。……けど年末までに規定の額を揃えなきゃ、家財道具も家も売れそうな子供も若い娘も差し押さえるって」

「権力がある分、夜盗よりも性質が悪いな。だが、時代がそういう時代だ。諦めるしかない」


淡々と言ってのけた機械人形にルーナは反発した。


「……諦めることなんて出来るわけないじゃないっ!」


ルーナを愛おしいんで、見守って、時に叱って諭してくれたみんなは、家族のようなものだ。

諦められるはずがない。

誰かが売られるなんて嫌だ、ずっと一緒にいたい。


「みんな、ずっと一緒だったんだから」

「永遠なんて存在しない」

「壊れなきゃ、ずっと存在できる機械人形あなたがそれを言うの?」


現在は秋の初め、年末まであと少ししかない。

騒然とする村人たち、逃げることを考えた者たちもいたけれど、逃げる先など存在しない。

農民はどこへ行っても今の時代、搾取されるしかないのだ。

それでも諦め切れなかったルーナは、両親とカザマじいさんにだけ目的を教えて村を飛び出した。

反対する意見など聞かなかった。

心が折れてしまいそうだったから。


「それで?ルーナは諦めないために何をするために、どこに行く?」


ルーナの激昂を余所に冷静なアディルトだったので彼女は段々と冷静になる。


「200年前の王様、イグニード王が治めてた廃墟都市へ。イグニード王が残した遺産を探しに」

「あの王の城の宝は賊や佞臣が持ち去ったのでは?」

「まだ残ってるかもしれないじゃない!」


王がめちゃくちゃにしたという廃墟都市、未だに賊がたむろして危険だという噂だけれどルーナは決めたのだ。

アディルトはじろじろとルーナを見つめて首を傾げた。


「ルーナでは無理だな。諦めれば?」

「諦めないってば!」


機械人形を睨みつけた少女を見て、アディルトは驚いたように数回、瞬きをした。

この構造も非常に気になると欲望がもたげるのをぐっと抑えて、ルーナは明日に備えて寝ようと決めベッドの上の部品を片付けた、そしていつものように下着一枚になろうと服に手を掛けたところで動きが止まる。

じっとアディルトがこちらを見ていたからだ。


「…………何?」

「お気になさらず」

「いや、気になるんだけど」


相手は機械とは言え、少年の姿を取っている以上脱ぎづらかったルーナは皺になるのを覚悟してそのままベッドに入った。


「皺になるんじゃないか?」

「うっさい」


眠る必要がないという機械人形を残してルーナは夢の世界に旅立った。











翌日、都市から出発したルーナには当たり前のようにアディルトがくっついてきた。

薄汚れた衣服はそのままだが、ルーナは懐具合に余裕はなかったが、仕方なく外套を彼に買い与えた。

ついてくる以上、彼が機械人形オルゴールだと知れれば、かなりの面倒になること間違いなしだからだ。

それに首に巻いていたピンクのスカーフがどうしても彼に似合わなかった。

なので立て襟の首元が見えない黒い外套を彼に買い与えたのだが、これがまた似合うとルーナは彼を見ては満足していた。

辻馬車で移動したいが先立つものがなく、仕方なく次の街までは徒歩。

その先の村を経由して山を登り小高い山地に廃墟都市は存在する。

時間がないのでこのまだるっこしさにはとにかく焦れるが、ないものは仕方ないと苛立つ自分を抑えつけるためにルーナは強く自分の頬を叩いた。


「よしっ!今日も行くぞ!」

「やはり、俺を売れば早いのでは?」


勢いをつけたのに隣から早速勢いをそがれることを言われルーナは眉を寄せた。


「だから!私はそれをしたくないの!そんなの泥棒と同じじゃない!」


アディルトにはきっと購入者マスターがいるのに。

歩き出すルーナの後姿を見つめて、不思議そうにアディルトは首を傾げて歩き出した。


「墓泥棒も同じことだろう?何が違う」


ぐっと言葉に詰まったルーナは悔しさを振り切るように歩いた。

立ち止まるわけにはいかなかった。


「同じよ。けど、私はどうしても村の皆を助けたい。村のためじゃない、ずっと一緒にいたいっていう私の我儘よ。我儘だから出来るだけ迷惑が掛からない方法がいいと思ったの。昔の王様の宝だったら貰っても誰も飢えないでしょう?」

「確かに」


面白そうにアディルトが笑った気配がした。

本当に人間っぽい、機械人形とはみな、こんな感じなのだろうか。


「でも悪い方法だとはわかってるわ」

「一つ語ろうか」


覚悟を決めたにも関わらず、罪悪感にしゅんと項垂れたルーナにアディルトは唐突に言った。


「え?」


不思議そうにこちらを見たルーナにアディルトは拳を突き出すので、彼女は目を白黒させた。

黒い瞳はルーナの反応を窺うような楽しげな光を宿している。


「え?え?何?何なの?」

「本当に騒がしい娘だ」


表情が豊かではないので満面の笑みを浮かべることはない、けれど少年はかすかに口元に笑みを湛え、手の平を開いた。

そこには可憐に咲いた白の花。

ガーディルというこの辺にも自生している小さく可憐な花で祝福の花として有名だ。


「え?ええ!?どうして!?」


ルーナは押し付けられた一輪の花を呆然と受け取って、我に返りアディルトの手の平を掴んだ。

種も仕掛けも見当たらないひんやりとした機械人形の手だ、おそらく。

他と比べようもないから何とも言えないけども、おそらく。

手の中から花が現れたことも、もうガーディルの花の季節は終わり綿毛についた種が舞っているということも、何もかも謎すぎてルーナは目を白黒させた。


「ええええぇぇ?どういうこと」


アディルトの手を引っくり返したり、押してみたりするルーナの素直な反応に彼はかすかに笑っていた。


「ただの手品だ」

「ネタ晴らしは!」


気になって仕方ないルーナだったが彼はにべがない。


「なしだ。さてルーナ、歴代の王家の人間は程度の差があれ、魔法使いだということを知っていたか?」


足を止めないアディルトの問いに、ルーナは貰った花を受け取ったまま頷いた。

花のいい香りがして思わずにっこりと微笑んでしまう。

先ほどまでの落ち込んだ気分は驚きで一掃されてしまった。


「一人一人固有の魔法が存在しているが、200年前のイグニート王以来、王は魔法の力が弱い傍流の王族が立ったため、国の内も外も掌握出来ず、貴族の傀儡と成り果てて、諸外国の脅威に晒されているというわけだ。最近のはわからないが、そよ風を起こす魔法、宙に数センチ浮くという魔法、植物を成長させる魔法といった国防には役に立たない脆弱な魔法の王族が歴史上で多数存在する。暴走の限りを尽くして国内を混乱させたイグニート王だったが、その魔法は歴代の誰よりも強かったため、どう災難が降りかかってくるかわからないと近隣諸国は戦々恐々だった。国防という点ではピカイチだったわけだ」


国を治めるのに必要なのは力だけではないが、ないよりはあったほうがマシだろう。

とはいえ国内を混乱させたイグニート王が国防としてピカイチというのはとんだ皮肉だった。

アディルトの話は続く。

200年前のイグニートの魔法は取り替える能力。

彼はあらゆるものをその等価に関わらず、取り替えることが出来た。

王宮に飾ってある花を飛んでいる鳥と交換してみたり、大臣のかつらを罷免書に変えてみたり、戦場で敵国の大砲を銅像に変えてみたりもした。

だけど彼の魔法は形あるものだけを取り替えるに止まらず、魂などの形ないものも取り替えることが出来た。

居場所さえ把握していればお手の物だった。


「王は強欲だった」


イグニート王は何でも欲しがった。

魔法の力は誰よりも強かったけれど、我慢が利かない子供のように何でも欲しがり、親の権力に強請るのではなく能力で奪い取る。

綺麗な宝石は石ころと、国内の有力貴族の美女はワイングラスと、戦艦は鼠と入れ替わった。

逆らうものは彼の魔法の餌食になった。

王はたった一人の弟のものを特に欲しがった。

彼が大事にしていたもの、好きな女の子、優秀な部下、そして彼の体さえも。

そうして色んなものを取り替えて奪った王には、最終的には自分しか残らなかった。

先王も先々王もその妻たちも家臣たちもイグニート王の恐ろしさに逃げ出した。

王はその時点で狂っていたのかもしれない。

その後も帝都で様々な取り替えが行われ、空から船が降り、馬車が家に突っ込み、人や家畜の魂が入れ替わり、ついに軍部による反乱が起きた。

激しい内戦や王の魔法により荒れに荒れた帝都は人が寄り付かない場所となり、王はついに討たれてあっけなく死んだ。


「イグニート王亡き後は、彼の父の妹の子供が王となったが、脆弱な魔法しか持たない彼には貴族を抑えることも、諸外国を抑えることも出来ず、徐々に国は荒れていきましたとさ」

「……すっごい。歌は下手だけど語りは上手いのね!」


ルーナは感動していた。

機械人形の知識の量と語りは、機械として一線を画している。


「全然褒めてないぞ、ルーナ」

「え?すっごく褒めてるけど」

「どこが」


肩を竦めるアディルトにルーナはまとわりついてにこにこと笑った。


「機械人形ってスゴイのね!語りも出来て、手品も出来て、歌は下手だけど、多芸だわ」


おそらく胡乱な表情をしている少年は、褒められてる気がまったくしないとぼやくと足早に歩いていく。


「あわわ、待って待って!」


ルーナは慌ててアディルトを追った。











彼は廃墟都市へと進む間、やむなく野宿になった時、たくさんの話をしてくれた。

勇者カインの冒険譚、賢者アルトリウスの竜退治といった少年が読むようなお話や、奇人メーティル女伯爵の調薬の話、隣国ワグナス侵攻など実際にあった出来事の話など、初めてルーナが聞く話ばかりで彼女は心躍らせた。

アディルトの話す内容も彼の存在もルーナにとって、とても興味深かった。

最後の村を出発してしばらく歩くと、気づいたことがある。

彼はけして家族が主体になる話をしなかったのだ。


(記憶媒体にないのかしら?)


ルーナがそんなことを考えていると目の前に大きな廃墟都市が見えたきた。


「わぁ……」


思わず歓声を上げて足を止めて凝視した。

山地の上にいくつも立ち並ぶ家々は壊れ、住宅地に戦艦が縦に突き刺さったり、それまで規則正しく並んでいるのに家が一軒だけ土地からすっぽりと消え去っていたり、家々の間には伸び放題の草木が生い茂っていた。


「盗賊には気をつけたほうが無難だな」

「そだね。でもやっとここまで来たんだ!長かったよね!」

「途中からは馬車を利用できたから早いほうだと思うが?蒸気機関を使えれば一番早いのだろうが」

「高いも~ん!でも帰りは使えたらいいなぁ!時間ないし」


二人で旅を続けている間に季節は冬の到来を告げた。

長かったような気がするけれど、あっという間のような気もすると感慨深く思うルーナはコートの前を掻き合わせて、都市に足を踏み入れた。

舗装されていた筈の道は荒れ果ててデコボコとしていて、歩きづらかった。

本当は盗賊の存在も人の気配がしない廃墟都市もルーナにとっては怖いが引き返せない。

引き返すつもりもない。

ざっと土と靴裏に擦れる音がしてルーナは、横に立つアディルトを見上げてへらっと笑った。

アディルトがかすかに訝しげな表情をするのがわかってルーナはまた愉快になる。


「何だ?」

「何でもな~いっ!」


前を向いて坂の上の王宮を目指す。


(一人じゃなくてよかった)


機械人形だけれど、でも心強い。

かすかな表情の変化が手に取るようにわかるようになったことが面映く、心躍る。


(きっと宝は見つかる気がするっ!)


一人じゃ無理だけど、二人なら可能な気がする。

盗むことを思うと心は重くなるけれど。


「あれ?一人と一体、かなぁ?」

「何を言ってるんだ。ほら周囲に警戒しろ」

「はぁい。でもさあ、アディ、見た事ない植物いっぱいあるねぇ。これ何だろう」


警戒しろと言った直後にすぐに他に興味を向ける相変わらずのルーナに、アディルトは呆れた視線を向けるが、彼女は意に返さないで青い木の実を拾った。

それを少年に手渡す。


「さあな、この樹木の果実だろうが……」

「種から機械油に使える油、取れないかなぁ」


機械油は機械装置の機能を一定に保つために安定した物性が求められるため、植物性油、動物性油の一部しか適応しない。

木の実を少年に預けたまま歩き出す少女の思考は相変わらず機械弄りに染まっていた。

アディルトは手の平の木の実に視線を落とすと、それを外套のポケットに入れて少女の後を追う。

その様子を陰から見ていたものがいたのだが、全く二人は気づかなかった。










辿りついた王宮の中はやはり荒れて金目のものは根こそぎやられていた。

壁に貼っていた金箔すらも刃物でこそぎ取られ、竜の石像は宝石が嵌め込んであっただろう目の部分だけ存在しない。

酷い物は石造の頭をかち割って持ち去ってしまっているものもある。

ルーナはきょろきょろとしながら城内を見てまわったけれど、目ぼしい物は何一つなかった。

汚れた壁や土に塗れ踏み荒らされた床、壊された調度品、割れたガラスに石材、引き裂かれた布、そればかりが目に入る。


「ないねえ」

「……そうだな」


二人だったらきっと見つかると思っていたルーナも段々不安になってきた。


(諦めきれないからここに来たけど、無駄だったのかな。アディが出会った時に言ってたとおり)


時間を無駄にしたのかもしれない。

これなら覚悟を決めて皆で逃げればよかったのかもしれない。

もしかしたら新天地があったかもしれないのに。

ルーナの頭の中には、~かもしれないという仮定ばかり浮かんでは消えて、後悔が心に圧し掛かってきた。


(どうしよう、どうしよう……)


ここが駄目だったらどうすればいいのだろう。

目の前が真っ暗になって、“……アディを売ればいいじゃない”と心の中で囁いた悪魔の声は間違いなく自分の声でルーナは愕然とした。


(そんなこと……、でも村の皆が)

「ルーナ、行こう。王の寝室へ」


手の平が体温のないルーナよりも若干大きな手の平に包まれて引っ張られた。

真っ暗になった視界が戻ってきて、ルーナの手を引くアディルトの外套に包まれた背中が見える。

ルーナは顔を歪めて泣きそうになった。


(そんなこと出来るはずない。だってあたし、アディが好きだから)


ポロポロと瞳からは涙が流れ、俯いた視界の中で茶色の三つ編みと彼の足が動いている。

涙で視界は不明瞭になった。


(馬鹿だ、あたし)


こんなことに今更気づくなんて。

アディルトの歩みは迷いなく複雑な道筋を進んでいったので、もはやルーナには覚えられなかった。

埃を被った豪奢なベッドがある部屋は重厚なカーテンは裂かれ、カーペットがあるはずなのに剥ぎ取られ無残にも床はむき出しの状態で、割れたガラスが散乱している悲惨なありさまだった。

大きな机の引き出しは開けっ放しで、中には書類やペンなどが乱雑に入っているだけだった。

ここにもやはり金目のものは見当たらない。


「ねえ普通、宝は保管庫とかにあるんじゃないの?」

「そんなとこにある宝はもう持ち出されてる。それにあいつは本当に大事なものはそんなところに隠さない」

「え?どういう……」


アディルトの言葉を不思議に思ってルーナが問いかけようとした時、彼は突然少女を乱暴に引っ張って背に隠した。


「わわわっ!?」


突然の乱暴な行為にルーナは目を白黒させて声を上げる。


「誰だ?」


少年が入口に向かって鋭く誰何すると、粗野で粗末な身なりの男が武器を携えて部屋に入り込んできた。

そしてルーナとアディルトの顔を見比べるとにやにやといやらしく笑う。

男の正体を察してルーナは真っ青になった。


(と、盗賊!?)

「若い嬢ちゃんがいるから売っぱらえば金になるなと思ってついてきたが、そこの兄ちゃんもお綺麗なツラだから十分、金になるな。俺ぁついてるわ」


アディルトは腰ベルトに引っ掛けた護身用ナイフを鞘から抜きさった。

街で購入したものだが、ここに至るまで使ったことはないから彼の実力は未知数だ。


(どどどどどうしよう、どうしようっ!アディ、機械人形だから強くないよね!?どうしようっ!レンチで殴る!?ドライバーをぶっさす!?あああああ!どっちも射程短いぃぃぃ!)


何か出来るだろうか、どうすればいいだろうかと慌てふためくルーナだったが混乱するばかりで何も思いつかない。

焦れば焦るほど思考は上滑りする。

男はにやにやとか弱い動物をいたぶるように笑った。


「やるか、その細腕で。出来れば傷つけたくないんだがなぁ、商品価値が下がるし」

「ルーナ、離れてろ」

「でっ、でも!」

「大丈夫だ」


心配で離れることを渋ったルーナだったが、ちらりとこちらに視線を向けたアディルトの瞳に気圧されて、渋々だが彼から離れて後ずさった。

割れた窓ガラスを避けてルーナが壁を背にして立つのを確認してアディルトはナイフを構えて上体を低く落とした。

正直、間合いが違う剣にナイフは相対しづらいのだろう。


「手加減しねえといけないのはつれえなぁ」


切りかかってきた男の剣筋をナイフで器用に受け流しながら、体格のわりに重量が重いアディルトはじりじりと押し返す。

意外だが、アディルトは刃物の扱いに慣れていた。

だが、男も極力傷つけないように手加減しているのだろうが、やはり武器の性能の差が存在しているのだろう。

じりじりと彼は押されていった。

ルーナは焦った。

何かしなくては間違いなく負ける。


(どうしよう、どうしよう!)

「うらあ!」


首元まできっちりと閉めた外套の首筋が盗賊の剣によって切れ、そこから見えた刻印に男は目の色を変えた。

歓喜の表情をいやらしく浮かべ、その場には盗賊の笑い声が響く。


「こいつは……驚いた。機械人形か」


男は珍しく機械人形を知っていたらしい。


(最悪だ)


こうなったら男は何が何でもアディルトを逃がさないだろう。

ルーナは青褪めて、何か出来ないかと周囲を窺ったけれど何もない。


(割れたガラス……、脆いから駄目だ。机……どう使うってのさ、あたしの馬鹿!)


アディルトの持っているナイフを力任せに跳ね飛ばすと、男はアディルトの片腕を引っ掴んだ。

掴まれたアディルトが大人しくなったものだからルーナの焦りはさらに増して悲鳴を上げる。


「アディ!」

「これで俺も億万長者だ!」


盗賊が歓喜の声を上げた。


(ど、どどどうしよう!どうしようっ!それなりに重さがあって、えっと今なら相手の両手が塞がってるから、えっと、えっと、出来れば投げれるような……あっ)


ルーナは工具箱や都市で拾った部品を入れた肩が外れそうなくらい重たいショルダーバッグに気づいてそれを肩から慌てて外した。

これならそれなりの重量もある。

遠心力を利用すれば細身のルーナにも何とかなる。


「アディ、避けてっ!」

「!」

「あぁ!?何だぁ……」


紐部分を両手で引っ掴んで遠心力を利用して、ルーナは方向だけに気をつけて投げた。

当たらなくてもこれを避けるために二人が離れればと思って投げたのだが、バッグは見事な放物線を描いて男の顔に当たった。

かがんだアディルトは上手く避けたのでホッとしたルーナだったが、男が結局、剣も機械人形も離さなかったので、彼女は慌てた。


(意味、なかったあああ!)

「このアマ!てめえはぶっ殺してやる!機械人形だけで稼ぎは十分だ!」

「ひぃ!」


鼻血をだらだらと流しながら凄まれてルーナは悲鳴を上げ後ずさった。

恐怖心で足がガクガクと震えてへたり込んでいると、場違いなほど淡々とした静かな声がその場に響いた。

アディルトの声だ。

ルーナは彼を見つめた。


「どうしようか考えていた」

「あ?」


重たいバッグの投擲を顔に受けた男が剣を握った方の袖口で鼻血を拭って、訝しげな表情でアディルトを見下ろした。

少年は肩を竦めて抑揚のない口調で続けた。


「諦めて捕まってもよかったが、そうなると早々後ろ手に縛られれば困るし、近くにいるルーナが巻き込まれるからな。だがこんな汗臭い方法を取るなんてルーナに毒されたかもしれん」


まぁ汗はかかないが、とアディルトは何でもないふうに一人ごちた。


「何言って……」


意味がわからず困惑する男に、少年は口元に微かな笑みが浮かべて男の足元を指さした。

ルーナの視線も男の視線もそれを追って男の足元に落ちた。

そこには青い実が落ちている。

何の変哲もないただの木の実、ルーナがアディルトに渡したあの木の実だ。

それが一体……、ルーナは堪らず声を上げた。


「アディ!?」

「ルーナ、役に立った。礼を言おう」


ルーナを見つめて微笑んだアディルトが、男の腕をもの凄い力でもぎ離して足元の実に触れた瞬間、青い実が爆発的に体積を増し、一瞬で立派な樹木となって真上に立っていた男を跳ね飛ばした。

悲鳴を上げる暇すらなかった男は衝撃で骨が折れ、ぐったりと室内の端に意識を失って倒れ伏している。

驚きで声が出ずに座り込んでいたルーナだったが、我に返ると力が入らない膝を叱咤してアディルトの元に駆けつけようとする。

途中ですっ転んだがルーナは必死で這いずって彼の元へと向かった。


「アディ!」


慌てて木のそばにしゃがみこんでいるアディルトの元に駆けつけたルーナは混乱していた。

バクバクと心臓が音を立てて妙に耳につく。


(あれは魔法?それともオーパーツ?)


どういうことなのだろう。

あれは間違いなく人智を超えた力だ。

何がどうなっているんだろう、そこまで考えたルーナの記憶の片隅に引っ掛かったものがあった。

たしか、アディルトがいつか話してくれなかっただろうか?

『そよ風を起こす魔法、宙に数センチ浮くという魔法、“植物を成長させる魔法”といった国防には役に立たない脆弱な魔法の王族が多数存在する』、と。

王ではなく王族と称した彼。

彼は手の平から季節が終わった花を出してルーナにくれた。

ルーナは座り込んで木を見上げるアディルトを見つめた。


「……あなたは誰?アディルト」


王の寝室を知っていたアディルト、でも機械人形のアディルト、魔法を使えるアディルト、―――彼は誰?

アディルトは微かに微笑んだ。

彼に表情のバリエーションはあまり存在しない。

でもルーナには悲しそうな笑顔に見えた。


「お前の願いと問いの答えはすぐそこだ、ルーナ」


アディルトは立ち上がると手慣れた手付きで書架の本を取り出して普通は気づかないだろう微かな棚のへこみを押した。

すると書架が音を立ててずれ込んで、地下への階段が現れる。


「やっぱりな。あいつは絶対、大事なものは手の届く位置に隠すと思ったんだ」


少年は肩を竦めてルーナの手を引いた。











室内にあった油切れのランプを失敬して、ルーナが手持ちの油を差して二人は階段を降りた。

内部は黴臭い臭いが鼻をついて、薄暗い石の階段を慎重に二人は降りて行った。

降り切った先には金属製の扉が存在し、それを押し開けると端に乱雑に積まれた絵画や壷、無造作に放り投げ散らばった宝石、そして中心には20歳くらいの青年が眠るように横たわっていた。

盗賊が現れてからの驚愕の展開にルーナはついていけず、ぽかんと口を開けた。


「え?誰?」


何故、こんな場所で横たわっているのだろうと首を捻っていたが、手を繋いでいたアディルトが硬直していることに気づいて彼を振り仰いだ。

彼の表情は硬かった。


「アディ?」

「…………驚いた。まさかそっくりそのまま残ってるなんて」

「どういうこと?これは誰?」


ルーナの問いに少年はふっと体の力を抜いて、首を振り力なく笑った。


「俺の体だ。イグニート王が様々な物を奪い取った弟“アディルト”の体」

「えええええぇぇぇ!?」


ルーナにはもはやどこから驚いたらいいのかわからない。


(つまりアディルトは王様の弟で、王族で、だから魔法も使えて、でも200年前の人で、でも今は機械人形で?うええええ?何がどうしてそんなわけわかんない事態に)


思考飽和状態で彼女はパンクしそうだった。

彼はルーナの手を引いて、自分の体に近づいて納得したように頷いた。


「ああ、国の秘宝、エタニティ石を使ってるのか。道理で綺麗に保管されてるはずだ」

「んん?それってどっかで」


悩んだルーナはそれが物体を最高の状態で保存するオーパーツであることを思い出す。

確かに眠っている青年の首にはそれらしい石のチョーカーが雑にぐるぐる巻きにされていた。

線の細い美形なのに巻き方がちっともお洒落じゃない。

呪いのアイテムみたいだ。

というかこのオーパーツは本来こういう使い方をするものなのだろうか。

再び驚きがルーナを突き抜ける。


「えええええええええぇぇ!!!」

「ルーナ、うるさい」


アディルトが叫び声ばかり上げるルーナに嫌な顔をしたが、彼女は気にせず少年の胸倉を引っ掴んだ。

正直、それどころではない。


「ちょっと何がどうなってこうなってああなってんの!?説明してよ!わけわかんない!」

「はいはい」


アディルトの説明によると、事の始まりはやはり彼の兄のイグニートが発端だったらしい。

何でも欲しがる困った兄は弟の物を特に欲しがり、面倒で凶悪な魔法でどんどん奪い取っていく。

抗いようのない弟は段々と抵抗するのも面倒になって、諦めが先に立つ、物に固執しないまったく可愛げのない子供になった。

だが彼の不幸はそこで止まらない。

色々な物を奪われた彼は、ついに体までも奪われることになる。


「でも兄の体と入れ替えて、そのまま兄の体のまま俺が逃げ出すのを怖れたんだと思う。俺の体は欲しいけど、自分の体も惜しい。我儘な人だからな。兄は俺の魂を機械人形のネジと取り替えた。そして兄はネジと自分の魂を」


つまりネジと魂を交換した結果、魂は機械人形の中にアディルトの本体の中にはネジが。

そしてそのネジとイグニート王は自らの魂を交換してアディルトの体の中へ。

元に戻りたい時はまたネジと魂を交換すればいい。


「まんまと体をどっちも手に入れたわけだ。そして俺は機械人形になったせいかな、死ねなくなってた」


とうとう耐え切れなくなったアディルトは逃げ出して、100年以上この国を彷徨ったのだが、一方、兄はというと熱しやすく冷めやすい性分なため、早々に飽きてこの部屋に弟の体を捨て置いたのだろう。


「ずっと気になってたし、何か痕跡か、運よく白骨死体でもあれば儲けものだなと思ってルーナについてきたんだが、オーパーツを使ってまで保存しているなんて意外だった」


と首を傾げるアディルトにルーナは怒った。

信じられない所業だ。

酷い、酷すぎる。


「もっと怒りなさいよ!馬鹿っ!そんな酷いことされたんだから!」


涙が溢れてくる。

何故、こんなに悔しいのかわからない。

今更怒っても仕方ない、どうにもならないとルーナにもわかっているのに、彼女は癇癪を起こしたかのように怒って泣きじゃくった。

きっとこれが、家族主体の語りをしなかった理由なのだ。

彼は家族を信用出来ない環境に育った。

それが何故かルーナには悔しかった。

そんな彼女をアディルトは困ったように見つめる。


「おかしいじゃない。家族なのにっ!」

「……ルーナは愛されて育ったんだな。それが言動や行動からわかって、俺は最初の頃、ルーナが少しだけ疎ましかったよ。愛されていることを当たり前に享受しているルーナが……」


彼が少しだけ笑った。


「ショックだったか?」


意地悪な言葉に意地悪な問い、だけどルーナは腹が立たなかった。


「…………ううん。だってアディは最初はって言ったじゃない?今は違うんでしょ?」

「……」


アディルトは微笑んだまま答えなかった。

ふと横たわっている彼の本当の体が気になってルーナは涙を拭ってマジマジと見つめた。

美青年だ。

白銀の髪を持つ物語に出てくるような美青年だが、やはり首に巻かれたオーパーツのチョーカーがどうにもお洒落じゃない。

こんなにぐるぐる躍起になって巻かなくてもいいんじゃないかと思う。


(これって一旦、紐を切ってぐるぐる巻きにしてるのよね。まるで絶対に解けないようにしてるみたい)


自分勝手に何もかも奪って手に入れたイグニート王は一人になった時、どう思ったのだろうか、とルーナはふと思った。


(寂しかったのかな、だからオーパーツを巻いて……)


今となってはわからない、でも悲しい人生だなとルーナは思った。


「アディの体って生きてるの?」

「……一応。オーパーツが保存してたからな」


アディルトの言い草にルーナは顔を顰めた。


「保存てヤな言い方ね、食べ物じゃないんだから。……これって戻れないの?」


少年が肩を竦めた。


「兄がいないから無理だと思うぞ?」

「でも!でもでもっ!もしかしたら方法があるかもしれないじゃない!世界中を探せばあるかもしれない!」

「そうかもしれない」


困った顔で微笑む少年にルーナは顔を歪めた。

肯定はしているけれど、アディルトはそうは思っていない。

それがわかったルーナは悲しくなった。


「何で諦めるのよぉ……」

「それが染み付いてるからな」


ポンポンとルーナの頭をアディルトは優しく叩く。


「でも無鉄砲なルーナを見てたら、少しだけ頑張ってもいいかもって思えた」


その言葉にルーナが少年に詰め寄る前にアディルトは言葉を続けた。


「さて、目的のものはたくさんあるようだから、好きに持っていったらどうだ?多分、絵画は湿気で駄目だけど、他のものだったら大丈夫じゃないか」

「あ……うん」


これで村の皆を助けられるはずなのに喜びはまったくなかった。


(これは泥棒だ)


そう思うと、ずっしりと心が重い。

もう持ち主はいないけれど、同じことだ。


(けどやらなくちゃ……)


そのためにここまできた。

ルーナは立ち上がってのろのろと足を踏み出すと、背後で機械人形が笑った。

思わずルーナが振り返る。


「ルーナはやっぱり嫌なんだな」


当たり前のことを言うアディルトを睨みつけたけれど、彼のせいではないことに気づきルーナは目を伏せた。

じゃあ誰が悪いんだろう。

村人?領主?イグニート王?攻めてこようとしている外国?ルーナにはわからない。


「卑怯なこと、非道なこと……やらなくて済むならそれがいいだろう」


彼は目の前で横たわっている青年の指に身に着けていた指輪を外すとルーナに渡した。


「え?」


驚きで目を瞠ったルーナは指輪と少年を見比べた。

そんな挙動不審なルーナに少年は笑う。


「ルーナにやろう。これは俺の体だから身に着けてるのは俺の物だしな。なら盗んだことにならない」

「ええ!?でも……」


すごく嬉しい、でもいいのだろうかと迷うルーナに、彼が意地の悪い表情をしたのが彼女にははっきりわかった。


「ただし条件がある。俺はまたどこかに不具合を起こして動けなくなるかもしれない」

「う、うん」


出会った時、それが原因で動けなくなっていたのだ。

ルーナは戸惑ったまま頷いた。


「そうなると体に戻る方法を探すのにも支障が出るだろう?」

「! そうねっ!」


アディルトが言わんとしていることがわかってきて、ルーナの頬は紅潮した。

彼は体に戻る方法を探すって言った。

指輪をくれることよりもその事実が嬉しかった。


「だからその指輪の対価に、体に戻る方法を探すのに一緒に付き合ってくれるか?」

「勿論よ!」


少年姿の機械人形の黒い瞳に見つめられてルーナは即答した。

答えなんて決まりきっている。


「それこそお前が言うとおり、世界中まで行く羽目になるかもしれないぞ?村から離れるんだぞ?」

「だって村の人間がバラバラにならないんだったら、いつでも帰省出来るわよ!勿論、アディも一緒よ?うちで父さんや母さんとお喋りして、カザマじっちゃんもアディのこときっと好きになるわ!村の皆は、シャイだから最初はそっけないかもだけど、大丈夫!」


念を押す彼にルーナは笑い飛ばした。


「……そうだな」


かすかに笑ったアディルトからは戸惑った気配がした。

困惑しているらしい。

それが妙に可愛くて、ルーナは声を上げて笑った。








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― 新着の感想 ―
[良い点] 世界観や展開をよく考えて書いたんだろうな、ということがよく伝わりました。 終わりの展開に向けて王族の能力や手品などのフラグを散りばめて、最後に綺麗に回収していたのですごいなぁと思いました …
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