鬼灯 9
蒼白い貌をしてベッドに横たわる鷹城を前に、滝岡が腕組みをして座っている。個室のサイドテーブルに書類とラップトップを広げて仕事をしていた手を止め、いまは難しい貌で幾つもの管や計測機器につながれている鷹城の姿と、そのバイタルを示す数値を見ながら、白衣のまま殆ど動かずにいる滝岡に。
「――――…」
滝岡が振り向いて、コールを示すPCのサインをみる。手許の端末で確認して、返答を返し再度意識のないまま動きのない鷹城をみる。
白を基調とした病室に、沈黙と機器の動作する音だけが響いている。静けさが支配する中に、滝岡が視線を書類へと戻し手術前の患者に関するカンファレンス用のデータをチェックし始める。
手許に置いた端末には、別の病室――管理されたICUでのベッドを映した画像がライブで流れてきている。その画像でもバイタル――患者の脈拍、血圧等の数値――を表示する装置の数値は読み取れるが、画面の右上にはそれらの数値がリアルタイムで刻々と変化しながら表示されている。
ICUで眠る患者達の数値と画像を表示した端末を横に置いて、滝岡は仕事を続けていた。
山懐に近い集落の一角で、家々の僅かに並ぶ辻の端に立ちながら、
関が携帯を取り出し、睨むようにして見つめていた。その番号を押そうとしたとき、着信があり思わず見つめる。
「橿原さん?」
通話に出た関が思わず内容を繰り返す。
「鷹城が、意識を取り戻した?はい、いまからいきます」
通話を切り関が駆け出す。
「あーと、…よくねたっ、…っていったら怒られそうだよね?」
「――――…」
無言で腕組みをした滝岡が座ったまま見返すのに、目を覚まして軽口を叩きかけて。
鷹城がそーっと後ろに逃げようとして、繋がれている管に気付いて動きを止めるのに、にっこりと座った視線のまま滝岡がくちを開いて。
「良く起きたな?元気そうで何よりだ。血圧も脈拍、酸素もいまの処問題はない。だからといって、いまチューブを外して起き上がろうとしたら、このままICU送りにするぞ?」
「…た、滝岡にいさん、…過激、っていうか、どうしたの?こんな処に、…」
病室を見回していってから、これはまずいかも、と気付いてくちを噤んだ鷹城だが。
――えーっと、まずい、か、…な?
「秀一」
立ち上がり、低い声でベッドサイドから見下ろしていう滝岡に引いてみて。
「えーと、…僕はその、どうしたんでしょう?」
「…―――おまえな、…」
まだ顔色は悪いものの元気な表情でいう鷹城に滝岡が額を押さえて大きく溜息を吐く。
ええと、と鷹城が見あげている前で、滝岡が踵を返して書類の傍に置いている端末をちら、とみてから手許に別の端末を取り出して。
「…先輩、これますか?ええ、秀一が目を覚ましました。例のデータは森川先生からは、…回してください。はい、…」
聞こえてくる会話に、鷹城が目を瞬かせて、えーとと考える。
「ええと、その、永瀬さん?どーして?それに森川先生って、確か血液専門の先生?」
「…――それに、毒性評価が得意でな。確かに森川先生の専門は血液だが、よく覚えてたな?」
「…それはねー、何となく。あのひょろっとして背の高い眼鏡かけた先生だよね?」
「確かにその通りだな。…先輩、」
「やっほー、秀一っちゃん目を醒ましたって?…ったく、はーい、診察するからおとなしくしてー」
「…あ、あのっ、」
有無をいわせずに永瀬が鷹城をベッドに押し戻して、顔を固定してまぶたをめくり、顎の両脇から首の下を押さえるようにふれ、次にくちを開けて舌を出させてライトで確認。両肩まで触れて、手首で脈を測り、血圧などバイタルを見る。
その間に滝岡が森川先生から送られてきたデータを読み終わり、腰に手を当てて難しい顔で鷹城の前に立って睨む。
「…あ、あの、にーさん、にーさんは背が高いんだから、そーいう風に立つと患者さんに対して威圧的っていうか、よくないとおもうよ?」
「…確かに普通の患者さんならな。吐け、おまえ一体何をしていて、どんな毒を飲んだ?心当たりを吐け」
睨み付ける滝岡に引いて、一応いってみる。
「…その、それって飲まされた方にきく?っていうか、その、…僕、毒飲まされたの?…毒?」
「…―――、先輩、お願いします」
大きく溜息を吐いて滝岡が場所を交替して後ろに下がる。どさり、と椅子に座る音に滝岡の方を見ようとして、鷹城がその前に交替してやってきてにこにこ笑顔で顔を寄せてきた永瀬につまる。
「あ、あの、…永瀬さん、顔色わるいですね、いつもですけど」
「そのとーり、おれは、肝臓壊したからね、…でも、いまそのおれと同じくらい秀一っちゃんも顔色悪いよー」
「う、うん、そうなのかな?で、毒って?」
顔色の悪い上に無精ひげが浮いてきている永瀬に鼻の先が付くくらいまで迫られて、できる限りベッドに後退しながら鷹城がいうのに。
にっこり、迫力のある笑顔で永瀬がいう。
「秀一っちゃんー、心当たりはないのかなー?飲まされた毒物とかー、場所とかー、時間とかー、相手とかー。手がかりになるものがほしーんだけど。毒物特定すんのに」
「…―――えっとっ、」
引いている秀一に、後ろの方から滝岡が声を掛ける。
「最後に食事をしたのは何時だ?吐け。経口摂取したという可能性が高いそうだが。飲み食いをしたのは何時だ?仕事上の秘密とかいわずにさっさと吐け。ちゃんとこちらも守秘義務がある以上、診療以外に情報はもらさん。さっさとしろ」
「…声が座ってるんですけど、滝岡にーさん、…って、ごめん!ほんとーにごめんっ、…!」
ふら、と立ち上がった滝岡が座った眼で見据えて見下ろしてくるのに鷹城が動く範囲で手をあげて留めようとして。
「…あれ?もしかして、僕、足動かない?っていうか、」
「動かすな!固定してるんだぞ!人の苦労を無にする気か!」
足を動かそうとして半身を起こして右脚に触れようとした鷹城を滝岡が大音声で怒鳴りつけて素早くその右脚の動きを封じる。
「…に、にーさん、…声大きいってば、…ごめん、」
「滝岡、いまのはおまえ、地声がでかいんだから気をつけろ。病室の外に聞こえてるぞ、きっと。何事かと思われる」
鷹城の足を押さえたまま、しばし返事をせずに滝岡が沈黙する。緊迫した気配から、随分と間をおいて、漸く肩から力を抜いて、それでも手は離さず、目を閉じて滝岡が首を振る。
「…―――、…すみません、」
「いーって。おまえさん、が一番しんどい処を担当したからな、…秀一っちゃん、しずかに、しゃべるなよ?それから動くな」
どうどう、と滝岡の肩に手を置いて永瀬が手を離してベッドサイドに戻るように促す。
それに従って、大きく息を吐いて目を閉じてしばし書類を置いた机に手をおいて目を閉じている滝岡をみて。
「…ええと、その、――僕、そのもしかして、何かあった、…あった、んだよね。…ごめん」
「…―――」
無言で視線をあげて睨む滝岡に、即座に謝って。
それから。
永瀬とその後ろに座って意識して声を出さないように抑えている滝岡を見比べてみて。
多分、いま永瀬さんと同じくらい顔色悪いんだろうな、と思いながら。
そーっと、出来るだけ爆弾発言にならないように注意しながら発言してみていた。
「…――そのー、僕、…あの、何があったか、まったく心当たりがないんだけど、…僕、その、何がどーしてここにいるのか、…心当たりが、」
「何だって!」
振り向いた滝岡が、立ち上がって大声で叫ぶのを。
確実に病室の外へも響いた大音声を、止めるのも忘れて永瀬もそういって戸惑っている鷹城の顔を真剣に見つめていた。
蒼白い永瀬の顔が、さらに顔色が悪くなる。
「つまり、記憶ねーんだな?秀一っちゃん」
驚愕した顔のまま、ぼそり、という永瀬に。
「えっと、だから、…何があったのか」
「西野、検査室起動させてくれ。CTとMRI、それから脳外の瀧澤さんに、…―――」
端末に向かって矢継ぎ早に滝岡が指示を出していく。
その背で、ベッドに鷹城を押しつけるようにして永瀬が片手を顔の前で広げてみせて。
「はーい、秀一っちゃん。これ幾つ?指は何本でしょうー」
「あの、…五本ですけど?」
「うん、はい、これ追って、――」
次に人差し指を立てて目の前で振ってみせる永瀬に思わず視線で追って。
「よーし、はい、くちあけてー、バランスはいいな。はいすまいるー」
「一体なんですか?」
いわれた通り笑顔を作ってから睨む鷹城に永瀬が質問を流してベッドを留めている箇所を開放する。
動くようになったベッドに鷹城が驚いている間に。
「え、あの?」
部屋の扉が開き、看護師が入って来ると同時に滝岡が無言でベッドの傍に立ち病室から運び出す。永瀬さん、といおうとして反対側で同じく無言で看護師と滝岡と共にベッドを廊下へと押していく永瀬に沈黙して。
無言で右横を同じく押していく滝岡の厳しい表情に。
くちを開こうとして、そっととじる。
――ええと、…ごめん、何か知らないけど、にいさん。
ストレスマックスなのはわかるんだけど、えっと、と何があったのか思い返そうとしている鷹城をベッドに乗せたまま、エレベータが動き出し、検査室へと階を移る。
「そっちはどうだ、瀬川?うん、わかった、頼む」
永瀬がCT等の検査を受けている鷹城の様子を隣にみながら、ICUの瀬川に連絡して通話を切る。
その隣で上がってきている画像を見比べながら、切り替わっていく画像と手許のタブレットに映した画像を拡大してみながら滝岡がいう。
「先輩、頭部外傷はやはりみえない、と思ってもいいと思いますが」
「…だな、一応簡単に入る前にやったが、―――…」
「森川先生にも記憶消失を伴う毒物ということで検索はかけてもらっていますが」
「…簡単にはみえないだろうなあ、…。問題は何の毒かだが、憶えてもいないっていうのはどうにも、―――」
「記憶喪失を伴う毒ですか、…――」
「やめてくれよ。…おれ、神経毒位なんだよ、やったことあるの。これ分析、解るの遅いぞ?」
「…―――そうですね。…いま何れにしても科警研で解析にも回してもらっていますが」
「…だな、殺人未遂ってことで、できるだけはやく解析回してくれたらいいが」
「―――…先輩、」
滝岡が顔を上げて、衝撃を受けた面持ちでみるのに永瀬が肩をすくめる。
「実際、殺されかけたっていうのが事実だと思うぞ?」
「…――――はい、」
ぽん、と肩を叩く永瀬に、滝岡が俯いて眸をとじ、頭痛を堪えるように息を吐く。
「…わかってはいますが、きついですね、…」
「きつくねーわけないだろ?滝岡、―――携帯型の奴、あれで脳みてみよう。血液浄化はやってるから、…後は毒物が特定できれば、…――」
「そうですね、準備します。西野?ああ、すまん。ICUで携行用のテスト用に預かっている機器を使用したい。そう、それだ、頼む」
手配をして、滝岡が検査を受けている鷹城の姿を顔を上げてみる。
手を操作盤においてマイクを起動して。
「ついでに、足先までの全身もとっておいてくれ」
検査技師に操作を頼み、滝岡が装置に横たわっている鷹城をみる。
その肩に手を置いて。
「滝岡」
「…――――」
永瀬もまた共にみる隣で、滝岡が言葉を無くして唯その姿を見つめる。




