鬼灯 6
病院近くの臨時ヘリポートに滝岡達を乗せた救難ヘリが下りて行く。下で待っていたストレッチャーが、まだ回転の止まらないヘリの許へ走っていく。
「光!」
「透析かけるぞ、正義!」
夜闇の中に光の姿を見つけて滝岡がほっと息を吐く。
「準備は出来てる。おまえが執刀するな?」
「挫滅が酷い。だが、まずは解毒処置が先になる」
ストレッチャーに乗せた鷹城を運びながら光と滝岡が会話を交わす。
秀一を乗せたストレッチャーに永瀬と看護師の瀬川が付添い共に走りながらエレベーターを目指す。
「光ちゃん、バイタル伝えといた通り、かなり悪い。瀬川、頼む。」
「はい、わかりました」
エレベータが降下する間に滝岡が待機している手術室へと指示を送る。その間に光が鷹城の傷を確認する。
眉を大きくしかめて、光がくちを曲げる。
「ったく、何やってんだ!関は!」
「そこか?」
思わずも驚いてみる滝岡に当然だという風に振り仰いで光が睨む。
「当り前だろ!細胞シート用意してある。」
「光ちゃん、森川先生は?」
「待機してる。毒物を疑ってるんだな?」
「そうだ!怪我をして低体温になってるだけじゃおかしすぎる。失血と挫滅による炎症物質の産生だけじゃ説明がつかない」
「確かにな。けど、特徴のある毒物の所見が見当たらない」
鷹城をいま一度みて光が滝岡を仰ぐ。
「正義、傷口付近に噛み痕とかはなかったんだな?」
「見る限りではな。…―――細胞シートに保護液を循環させて、…―――」
呟く滝岡に光が鷹城に屈み込んでいた姿勢を戻し、話し掛ける。確信を持つ強い黒瞳で滝岡を見て。
「正義、俺が助手につく。大丈夫だ」
「…――頼む」
我に返ったようにして滝岡が光を見返し、短く云うのに光が頷く。
「俺がついてる。秀一は大丈夫だ」
「おれだってついてるよーん、と、秀一っちゃん落す訳にはいかないからねー、と、森川先生!これサンプル!血液分析始めて!」
エレベータの扉が開き、そこに待機していた細身に黒縁の眼鏡が印象的な白衣の青年に永瀬が鷹城と関から採取した血液を渡す。
「わかりました」
受取った血液を手に踵を返す森川を見送り、ストレッチャーが手術室へと向かう。
手術室に近い処置室に秀一が横たえられている。瀬川が永瀬の指示に従い処置を施していく。
点滴とバイタルの処置を行い、記録を付けて。
森川の背がその硝子を挟んだ向こうにみえる。分析を行いながら、森川が血液標本を拡大して観察を始める。
顕微鏡からモニタに映し出された血液像を森川が凝視する。
秀一の蒼白い顔が苦しむように眉を寄せる。処置の後経過を観察していた瀬川が、永瀬に連絡を取る。
苦しみながら、夢をみていた。
―――あ、れは…―――。
苦しくても動くことはできない。いや、その苦しむ意識を表現することができる状態ではないというべきか。
手術の準備が整い処置準備室から鷹城の身体が運ばれる。
「血液透析開始、――――。これより、右足首創部の挫滅層を切除、血管を保護して細胞シートで組織置換、及びに筋再建時の保護を目的とした処置を行います」
滝岡が鷹城が眠る手術台の前に立ち、創部のみを露出したシートの前に立ちこれから行う手術内容を簡潔に説明する。
その向かいに光が立ち、滝岡を強い黒瞳で見て頷く。
「メス、…―――」
滝岡もそれに頷き、しずかに切除を始める。
挫滅層が滝岡の滑らかな手によるメスに切除されていく。その創部からの浸出液に、光が僅かに眉を寄せる。
「…――輸液追加、心臓の状態を注意してモニタしてくれ」
光の指示に麻酔医と透析機器を担当する技師が顔を見合わせて頷く。
滝岡の手が滑らかに広範囲の挫滅層を切除していく。静かに動かない視線で創部を見詰め、血管を避け、皮膚に印のついた切除部位を除いていく。
滝岡が手を留める。
しずかに滝岡が看護師に依頼する。
「眼鏡を下ろしてください」
穏やかに落ち着いた声で滝岡が下ろされた双眼の拡大鏡を通して創部を見つめる。
挫滅層は複雑に健全な組織と入り組んだ模様を描いている。挫滅した部位を取り残せば、全体の壊死を招いてしまう。しかし、入り組んだ組織には健全な血流に必要な血管もまた残されている。もしこれらの血管を傷付けてしまえば大出血にも繋がりかねない。
既に失血して低体温に陥り長時間を過ごした鷹城にはそれは致命的に成り得る。
さらに、神経がある。これを傷付けてしまえば、足全体を保存することが出来ても、右足を使って歩行することが出来なくなる可能性がある。或いは、動かせても麻痺が残り、受傷前の行動を行うことは難しくなるだろう。
神経も血管も共に傷付けることは出来ない。
組織の再建に、何れもが必要になる。
だが、複雑に挫滅した組織は、生かして残さなければならない組織と絡み合うようにみえる。
拡大された視野に写る組織にはミリ、否、ミクロンの単位の切除が必要な箇所がある。
既にメスを持ち替えた滝岡が、静かに。
滑らかに、躊躇せずそのメスを切除部位に運んでいく。




