滝岡家の犯罪防止計画 その2
その2です
瀬川と別れた後。
ふらりと傷心を慰めようと食堂に立ち寄った永瀬が、そこで優雅にお茶をしていた秀一を見つけて。
かくして、文句をいうべくその前に陣取って両手に顎をおいて、ぶーたれてみせているのだが。
対して、のんびりとお茶を手にして、つーんと向こうを向いてみせているのは鷹城秀一。その向かいで、あきれながらテーブルに行儀悪く肘をついて秀一を眺めているのは集中治療室専門医師である永瀬だが。
「それにしてもさー」
「何です?」
つーん、と他所を向いている秀一にあきれた顔で。
「いーや、わざと誤解させるように言葉選んでたろー?容赦ないなーとおもってさ」
「そんなことは、…。相手を叩き潰すなら徹底的にというのが戦略的には基本でしょう?」
「そこまでいうかー?まったく」
「だって」
とかいう秀一を前に永瀬が思い出すのは。
瀬川を淡々と怒らせることとなった原因の経緯だが。
にこやかに、華やかに麗しい笑顔で秀一が案内してきた女性をみて。外科オフィスの休憩コーナーでお茶を飲もうと、カフェコーナーで抹茶入り昆布茶を入れていた永瀬が大きく眉を寄せていた。
鷹城秀一の華やかな美貌がにこやかに愛想を振り撒いている相手は、頭の先からつま先までブランド品に包まれた実に華やかな印象の女性だ。
――惜しむらくは、秀一ちゃんと一緒にいると、よーほどの美女でも負けちまうってことだよなー、…気の毒。
それにしても、またさりげなく秀一ちゃん、いつも常にブランド品じゃなくて仕立てたスーツにシャツとか着てたりするけど、…。革靴にカフスにうわー、…銀鎖の懐中時計何て、フル装備しちゃって、この相手がどんだけ嫌いなわけだよー?
とか、麗しく笑顔で華やかな女性をエスコートしながら入室してきた秀一の服装をうっかりチェックしてしまって内心永瀬が思うことだが。
――やだなー、おれの休憩、これから秀一ちゃんにつぶされるんだー。
脳内で棒読みで考えながら、永瀬が抹茶入り昆布茶を手に休憩コーナーを振り向いて考えるのは。
これまで、色々と経験したなにがしかから思うことだが。
――秀一ちゃん、…。
「あ、永瀬先生。お疲れ様です。こちら、集中治療室専門で診ておられる永瀬先生です。いまから休憩ですか?こちらへどうぞ」
「あー、…ああ、まあなー、…どうも」
秀一が振り撒いている笑顔がいかにも麗しいのに内心永瀬がげっそりしながら席に着く。
「そういえば、永瀬さんは滝岡にいさんの大事なパートナーですよね」
「ん?そりゃまあ、…?」
にこやかに麗しい笑顔で席を勧めながら、相手の紹介もせずにそうくる秀一に軽く眉を寄せている永瀬に畳み掛けてくるのが。
よっぽどいやなんだなー、…まったくー。
あきれている永瀬に実に麗しい笑顔で。
「パートナーって大事ですよね。永瀬さんは、にいさんのことどう思ってるんです?」
にっこり、悪気なんてゼロでーす、と大輪の花でも背景に背負っているような華やかさできいてくる秀一に軽くあきれて。
「滝岡ちゃんかー?そりゃ、おれがいないと滝岡ちゃんは生きていけないだろうけどさー。おれあっての滝岡ちゃんよ?」
「そうですよね。パートナーとしてとっても大事だってにいさんもいってました」
にこにこしながらいう秀一に、美女が幾らか引き攣った顔をしているのを横目に。
「まあさ、滝岡ちゃんがおれのこと大事っていうのは当然よー?おれがいないと、滝岡ちゃんすっ、ごく困るもんね。滝岡ちゃんがおれのこと大事で当然だよー」
自慢気にいって昆布茶をすする永瀬に美女が嫌そうな視線を送る。それに、内心、おれのせいじゃないもーん、秀一ちゃんがいけないんだもーん、と思いながら。
ついつい乗って続けてしまう
「だってさー、つきあい長いしさー。おれが滝岡ちゃんの世話を昔からしてさー。この病院に来たのだって、滝岡がどーしてもっていうからだもんねー。滝岡ちゃんがどーしてもおれに一緒にいてほしいーっていうから、つきあってやってるんだしー」
プライドの高そうな美女を横目に、昆布茶をまったりすすってみせて。
それににこやかに秀一が受ける。
「にいさん、永瀬さんがいないなんて、考えられないっていってましたからね」
「そりゃそーだろ。当然じゃーん。おれがいなかったら滝岡ちゃん、明日から成り立たないよ?おれがいなかったら生きていけないもん」
「にいさんもそういってました」
きっぱり言い切る永瀬に、にこやかに秀一がいうのを訊きながら背中に滝岡が入ってきた気配をとらえて。
――秀一ちゃん、これも計算してたな、…。
滝岡が書類を手に入室してきた気配を背中に。おそらくそれを捉えて、華やかな笑顔で秀一が続けているのに内心あきれて。
「そういえば聞いたんですけど、でも、にいさんも永瀬さんも、パートナーとしては瀬川さんの方が大事なんですって?」
無邪気ににっこり笑んでいう秀一の言葉に思わず永瀬が固まる。
「え、…せ、瀬川ちゃんっ、…?」
思わず素で引きつる永瀬に、にこやかに秀一が。
「滝岡にいさんと、瀬川さん、どっちが大事なんですか?永瀬さん?」
「え、…?え?どっちって、…?滝岡ちゃんと?瀬川、…ちゃ、ん…?」
思わずつい本気で動揺して立ち上がる永瀬に、追い打ちをかけるようににこやかに。
「どちらか選ぶとしたら、どちらを選びます?永瀬さん。にいさんと、瀬川さん」
かなり本気で蒼くなりながら、永瀬が秀一を凝視する。
「…え?どっちか選べっていうの?瀬川ちゃんか滝岡かどっちか、…?」
そして、かくして。
見事に秀一くんの滝岡と見合いしたいという美女撃退計画に利用された永瀬なのだが。
顎を両手にあずけて、永瀬がブーイングを。
「秀一ちゃん、あんな動揺するよーなこというんだもん。それにしてもさ、今回よっぽどだったんだよな?あんな風に追い詰めてさー。おれ、瀬川に今度、豪勢な夕飯おごらなくちゃならなくなったじゃん」
情けない顔でいう永瀬に秀一がしれっとお茶をのんで。
「別に僕は永瀬さんを動揺させようとなんて思ってませんよ?唯、単にうるさい辺りを持ち出して、無理矢理滝岡にいさんと見合いに持っていこうという相手を阻止しただけです」
「…阻止ってー。滝岡ちゃんだって、もしかしたら会ってみたら何かいいとこあるかもしれないじゃんー。会うくらい会わせてあげればさー」
「にいさん、最近はとうとう、見合いで会えばそれだけで結婚を決める気でいるんですよ?それはご存じでした?」
「…いくら滝岡ちゃんでも、そこまでは、―――…そうなの?滝岡。いま?」
「はい、そうです。…まったくあきれるったら、…――ああいういかにもにいさんをATM扱いだけしかするつもりがない相手でも、見合いで一度でも会えばそれで即決するつもりですからね、にいさんは」
憤懣やるかたない、という風に怒っていう秀一に、瞬いて永瀬が見返す。
「マジかよ。…そりゃ、あいつ昔からそういうとこ、横着だったけどなー。…何でだよ?まったく?」
「それは勿論、光くん別居問題です」
「…――あれ、マジなの?光が滝岡の家から出てったっていうの?…続かないだろ、それ?」
「それが続いてるんです。…――院長、…橿原のおじさんが光くんの方向音痴対策に同居人を見繕ってしまって」
「…―――光、の、…?光の方向音痴対策できるって、誰よ?滝岡以外に?えーと、辰野さんじゃないよな?花さん出張中だとしても同居は無理だろ?」
目を丸くして驚いている永瀬に、横を向いて秀一が溜息を。
「辰野さんじゃありません」
「えー?あれに耐えられる奴がいるのかよ?光だって結構、―――」
沈黙する永瀬に、秀一が無言でお茶を手に遠くを眺める。
「心臓血管外科医で、神原さんとおっしゃるそうです」
「…まじで?」
永瀬が思わずいって沈黙する。
「おじさんが考えてることはわかるんですけど、…。にいさんのフォローは、…」
「秀一ちゃん、がんばれ」
難しい顔でうんうん、とうなずく永瀬に、ちら、といやそうな視線を秀一が投げる。
「いいんですけどね?僕だっていつも目を光らせてる訳にはいかないし、…。永瀬さんもそれなりに目を配ってください」
「えー?おれ?おれはむり!無理!秀一ちゃんが今日みたいにきたとき手伝ってやるくらいしかできないよー。第一、おれ、滝岡ちゃん第一にして見守ってるなんてできないもん!それむり、絶対に無理。おれが第一にみてるのは患者さん達だもん。滝岡なんて論外」
「…それはそうでしょうけど」
「そーだよ。第一、滝岡だって一応あれで子供じゃないんだからさー、ほっといてやれば、…」
「速攻で詐欺師に引っ掛かるだろうな。待たせたな、鷹城。永瀬、こいつと滝岡がいつも迷惑かけてすまないな」
高い処から見下ろしていう関の声に永瀬がたらり、とテーブルに懐いたままでいう。
「関、おまえさ、滝岡ちゃんにそーいうのが近付かないように、ボディガードか何か置く訳にはいかないのかよ?」
「…残念ながら、おれが所属してるのは公的機関なんでな。そういう私的業務に人材は割けん」
「真面目に答えるなよー。ったく、もう院長にでも頼むしかないんじゃないかー?あの人ならどうにかできるだろー」
真面目な顔で答える関に永瀬がうんざりした顔でみあげて。
「すまんな」
「あー、でもおじさんに頼むっていうのはいいかも。大体、今度の事で原因を作ったのはおじさんなんだし」
真剣にうなずいている秀一に、関が真面目に止める。
「おまえな?院長に頼むのだけはよせ。あの人が、どれだけあいつで遊んでると思ってるんだ?」
「…それはそうだけど」
「…滝岡ちゃん、遊ぶと面白いからなー」
両手でくちもとを覆って、天井を眺めていってみる永瀬に、軽くあきれた視線を関が送って。
「さ、いくぞ。此処で遊んでる時間はない」
「…永瀬さん、本当に僕達これからしばらくにーさんに構ってられなくなるから、できればちゃんとみておいてっ!」
秀一が手を振っていうのに、やる気なく手を振って。
「むりー」
あきれて関が溜息を吐きながら秀一の肩に手を回して前を向かせて。
「とりあえず、あいつが詐欺に引っ掛かったらすぐに証拠をみつけて立件できるように準備しておこう」
「…にーさんが詐欺に引っ掛からないっていう前提はないんだよね、…」
「ある訳ないだろう。いくぞ」
「…はーい」
秀一と出て行く関を永瀬が見送って。
「まあでも、ちょっと目を離した程度でそんな詐欺に引っ掛かるひまあるかー?」
あきれてつぶやく永瀬だが。
見事に、その後、結婚詐欺に引っ掛かって忙しい事件の後に関と秀一がその詐欺師を捕まえて立件することになり。
さらにその後。
「おじさんってちゃんと考えてたんだなー」
「まあな、…。あの人もたまには物を考えているんだな」
「何の話ですか?お二人とも」
処は関の家にあるカウンター。白木のカウンターに出された酒の肴を前に、しみじみとうなずいている秀一に。
包丁を拭いて、わさびの茎をぬたあえにした小鉢を不思議そうに訊ねる神尾の前に出して関がうなずく。
「いえ、院長もたまにはまともなことをするものだと」
「…院長さんが、――まともなこと、ですか?」
ありがとうございます、と前に置かれたぬたの小鉢をみていう神尾に関が深く頷いているのに。
首を傾げている神尾に、遅れてきた滝岡が声を掛ける。
「すまん、待たせた。神尾」
「いえ、それほどでは。今日は忙しかったですね」
微笑んで隣に座る滝岡を見て云う神尾に、微笑み返して。
「そうだな。そちらも、忙しかったんじゃないか?いつも的確な分析をしてくれてたすかる。ありがとう。今日は関が飯を食わせてくれるそうだから、好きなものをリクエストしてくれ」
「僕の分析が役に立っているのならうれしいです。関さん、こんなことをいってますが、いいんですか?」
うれしそうに微笑んで応えて、次に関をみていう神尾に滝岡も関をみる。それに肩を竦めて。
「こいつは何かいってますが、こちらは好きなものを作らせてもらいますよ。実をいうと忙しいときいてたので、作っておいたものがあるんです。まずはこの鯛の酒蒸しからどうぞ」
「うわ、…きれいですね、…」
「おれには?関」
「うるせえ、ほら、とろろのすりおろしにこっちは鯛の身をすり下ろしてあわせて蒸した椀だ。とっとと食え」
「うわ、こちらもきれいですね、…ふわりとして」
「神尾、わけて食おう」
「いいですか?」
「いいさ、どうせこいつの処で行儀だの格好をつけても始まらないからな。ほら、神尾」
「―――…」
滝岡がふわりとした白い泡のようなとろろ――長いもと鯛のすり身を蒸したものを陶製のさじにすくってくちもとに向けるのに、神尾が疑問もなくそっとくちをあけるのを。
それに、滝岡も何の疑問もなく神尾のくちもとにさじを運んで。
「…――えーと、ぼく、ちょっと席を外そうかな、…これ、向こうに持っていって食べるね!」
「おまえな、…ま、好きにしろ」
突然席を立ちながら、するめの細切りに昆布を和えた小さな鉢を手に出て行く秀一を関があきれて睨んで。
「おいしいですね、…。こちらも食べてみますか?滝岡さん」
「ああ、…?」
鯛の酒蒸しを今度は神尾が箸にとって、ひとくち滝岡のくちもとへ。
…―――おれも逃げよう。…
関がそして、少しポリシーに反するんだが、と思いながら後に続く椀物と飯椀をカウンタの客側にそっとおいて。
敵前逃亡する関に、まったく気付かない滝岡と。
あれ?どうしたんだろう?何か用事でしょうか?とか思いながら、席を外して逃亡する関を見送る神尾。
二人を置いて、カウンタから逃れながら。
――あの人も仕事をすることはあるんだな、…。
と、しみじみ思う関がいるのだった。
ともあれ、これで滝岡が詐欺被害にあって、犯罪者を増やす心配だけはしなくてすむようになったな、と。しみじみと市民の平穏を守る警察官である関は思っていたりとするのだった。
かくして、何事もなくすぎていく関家の夜である。―――
なべて世は、こともなし、…?
了
橿原さん…院長は本当に何かを考えているのでしょうか?
(時系列では、 さらにその後、のあとに、First Contact(滝岡と神尾の出逢い)がはさまっています)




