鬼灯 15
「関さん」
車椅子を見送り、茫然としていた関が、穏やかな橿原の言葉に我に返ったように瞬く。
それだけで、先に既に地下室への階段を降り始めている橿原の背に、はっとしたように関が目を見張り、一度閉じて首を振る。
関が息を吐いて踵を返す。そのまま無言で後を追っていく関に、斉藤が山下の肩を叩く。振り向いた山下が頷き、地下の資料室へと下りていく橿原と関を、斉藤と山下が追い掛ける。
斉藤が無言で地下資料室―――つまり、過去の事件の記録を保管している部屋へと迷いなく入っていく長身の背を二人分見送って。
ふと、足を留めて隣の山下をみる。
「な、普通に考えて、こいつはまずくないか?」
「何がです?」
疑問に思っていない山下を、斎藤がしみじみと見詰める。
「いや、そのな、…。関はうちの刑事だからいいぞ?けど、…―――橿原先生って、法医として協力とかもしてもらっちゃいるが、―――まずくないか?」
「…―――斉藤先輩」
「おまえにそう呼ばれると不吉なんだが」
「法医として以外に事件解決に関して、橿原さんに課長がお願いとかしてるのって、いまさらですよ?」
「…クールだね、おまえさん、…。」
「それと、鷹城さんにほいほい情報話してたの、斉藤先輩じゃありませんでした?今回の件。先輩が何処へ行ったか、いってたでしょ」
「…―――」
無言になる斉藤に山下があっさりと背を向ける。
「お、…おいっ、…―――くそっ、」
斉藤が慌てて山下の背を追って。
橿原が地下第一資料室の扉の傍で、一同を前に淡々とくちにする。
「―――八年前の事件で、毒が使われた事件、もしくは今回の事件と同じように、事件として最終的には処理されなかったものを探してください。その事件の周辺に、同じ名前があるはずです。斉藤さんと関さんは資料を、山下さんは神奈川に合わせて、近接する首都圏も含めてデータから読み出してください。まずは、東京二十三区から」
資料室に立つ関、斉藤、山下に橿原がいう。
「――けして犯人や容疑者といった目立つ部分にではなく」
橿原がしずかに言葉を切り、かれらを見る。
「その周辺に、高槻香奈、という名前が」
関が無言で棚から資料を取り出し、斉藤が受取る。山下が資料室の端末を操作して、検索条件を打ち込み始めて。
手分けして三人が資料を探し始める。
「はい、滝岡です」
病院の携帯通話可能区域で、滝岡が通話を受ける。
「滝岡君ですか?鷹城君の、―――」
「わかりました」
通話を切り、滝岡が鷹城の眠る病室の方へ顔を向ける。
「…あった、高槻香奈、…。今回と同じような証人です。―――――――……証言っていってもたった一行ですが」
「こっちにもありました!八年前で、東京都、小料理屋で起きた毒草混入事故の件で、」
「橿原さん、…こっちにもあるんですが、…何なんですか?これは?」
蒼褪めた顔をして斉藤が調書から顔をあげる。
関、山下、斉藤が互いに顔を見合わせる。
山下が検索画面のヒットに顔を向ける。
「まだあるようです。…こちらにもみつけました」
「全部事故ですか?山下、おまえのは」
「…こちらも事故です、…何なんですか?これは」
厳しく眉を寄せて山下が答える。
関が手を止める。
「こっちも、事故になってますが、…鷹城の名前があります」
「鷹城君の?みせてください」
「現場に居合わせたようです。…証言をしてますね。…料亭で、」
関が差し出す資料に橿原が目を通す。
「もう少し詳しく調べてみましょう」
何処か堅い声でいう橿原の言葉に茫然としながら関が一度大きく首を振る。
「よし、やるぞ!」
得体の知れない何かの呪縛を切るように、声を上げた関に斉藤と山下が頷く。
「しかし、やっぱり、ほら、考えてみるとまずくないか?いま、俺達は、事故で終わらせる為にもう、だから、上も手仕舞いに仕掛けてた事件をその、――部長は勿論、知らないだろ?課長だってまだ、―――それに、だから、いま扱ってる事件に関してなんていうか、」
「黙って調べてください、斉藤先輩、手が止まってますよ」
「…あのな?山下、――前から思うけど、おまえ、一応、おれ先輩なんだけど」
「知ってます」
情けない顔でいう斉藤に視線を向けず山下が云う。
「おまえなー、…しっかし、よし、これ読んだ」
読み終わった資料を、積み上がる山に置いて、斉藤が腕を組んで上に伸ばす。その隣で、淡々とプリントアウトした資料を読みながら山下が云う。
「現在の事件の始末に関してですが、その件の責任者は課長ですから、最終的には全部、課長に背負ってもらいましょう」
端正というか、婦警達には童顔でかわいい!とかいわれて騒がれている山下の整った顔をしみじみ斉藤が眺める。
「…――おまえって、鬼畜」
「はい」
あっさり流す山下に斉藤が目を閉じて俯いて、ついでに机に突っ伏す。
「いーけどな…、関は関だしな、…鷹城さんは暴走してるし、鷹城さんが暴走してちゃ、関止めてくれる人がいないし、橿原先生は――…―――」
ぐちってから、斉藤が無言で資料を繰る関をちらとみて。
大きく手をあげて、あきれた顔でいう。
「――こーしてるのもあきたんで、当時の話を訊きに所轄へいってきます」
小学生よろしく、手を挙げたまま斉藤が橿原をみていうのに。
「お願いします」
短くいう橿原に、ほら、と斉藤が山下を呼ぶ。
読み込んでいた資料から顔をあげて、山下が軽く眉を寄せる。
「僕もですか?」
「一応、二人行動が基本だろ?基本だけど大事だぞ?まあ、―――もう基本が何か解らない状態な気がするけどな」
「わかりました」
淡々と多少あきれた視線で山下が斉藤をみて立ち上がり、資料を揃える。
「では、橿原さん。僕達は、資料の裏を取りに回りますので」
「よろしくお願いします。ご苦労様ですね」
おっとりという橿原に、斉藤が何か云い掛けて、山下にスーツの袖をひっぱられて、あわてて出ていく。
斉藤と山下、二人と擦れ違いになり、資料の山を台車に積んで押してきた西が第一資料室の入り口で残っている関を見て眉をしかめて橿原を見る。
無言で橿原が指示した通りに、気付かずに資料を読み込んでいる関の前に、第二資料室から運んで来た資料の山を積み上げていく。
「関さん、これもお願いします」
「…―――」
無言で頷く関をみて、橿原が山下の開いていった資料検索画面に向き合う。
「訊いてきましたよ、橿原さん」
「先輩、…――」
資料の山に突っ伏して寝ている関をみて山下がくちを閉じる。
斉藤も心配そうに眉を寄せてみてから橿原に向き直る。
「橿原さん、…当たってきましたがね。これは一体、何なんです?」
顔を顰めて、いやそうにいう斉藤に。揃えた資料を橿原に渡しながら、山下が軽く溜息を吐いて視線を伏せる。
淡々と、何を思うのか不明な橿原の声が地下室に響く。
「――――もしかしたら、我々は前代未聞の犯罪者を目の前にしているのかもしれません」
橿原が、視線を苦しそうに眠る関に向けて。静かに橿原がくちにするのに。
斉藤と山下もまた、酷く冷たい汗をかいて眠る関をみる。
意識を失ったように寝ている関の眉が、僅かに苦しげに動く。
眠っている鷹城の蒼白い顔を横に眺めながら、滝岡が眉を寄せる。静寂に浸された病室には、薄青い闇が降りていた。
当直の看護師の代わりに、病室に待機しながら。
殆ど動かず息をしているのか確かめたくなるような鷹城の寝顔に、思わず眉を寄せて視線を逸らす。瞳を閉じて腕を組み仮眠を取ろうと椅子の上で姿勢を変えた滝岡の耳に、その音が届いた。
瞳を開け、静寂の中、病室の向こう、―――廊下から微かに響いた音に耳を澄ませる。




