鬼灯 14
「――――…滝岡!おまえ、何してるっ!」
「落ち着け。採血するだけだ」
「な、何勝手に人の血、とってるんだよ、…!」
いつのまにか、使い捨て――ディスポータブルの透明な手袋をして、隣に来て、関の左手首を掴み、あっさりとシャツとスーツの袖を捲って、さっと拭くとどこに携帯していたのか、注射器をさっくりと刺す滝岡に。
動こうとして、背丈も殆ど同じな上に、細身だが筋肉質でがっしりとした体格の滝岡に、抑え込まれて動けずに血が注射器に取られるのをみつめる。
「…お、おまえな、いきなり、なにを」
云う関に構わず、手首で脈を取り、秒針を見ながら数を数える。
「よし、落ち着け、採血しただけだ」
軽く消毒綿で痕を拭いて、止血用の四角く小さな絆創膏をさっと貼り、頤を掴んで、こめかみを固定し、いきなり目蓋をめくる。
「…―――――!」
次に頤を掴んだまま、くちをひらかせて舌を引き出す。
「……――――!!!」
抗議している関の視線にまったく構わず、滝岡が関の口腔内と舌を観察し、手袋を脱いで取り出していた廃棄袋に入れる。
そのまま流れるように頤を触り、耳から首の下、両肩を触れて、鎖骨の辺りまで確認し、突然、採血した左腕を上げて、脇の下に触れて確認する。
「おいっ!」
関が怒鳴るのにも構わず、反対側も確認して。
「検診さぼってるんだってな?おまえ。おれの送った年一の検診案内も無視したろう」
「だ、…だからって、おまえな?」
それは警察病院でやることでおまえは関係ないだろう!と抗議している関を無視して。
怒りながらも怯んでいる関に淡々と頷く。採取した血液を仕舞って。
「検診ちゃんと受けておかないからだ」
「だからって、人の血をいきなり勝手に取る奴がいるか、…――――!」
背が高く体格の良い滝岡と、痩せてはいるが、同じく背の高い関の二人が睨みあう迫力に。
一課長が脅えながら、そーっと声を掛ける。
「あーと、関君、それに、若先生も?落ち着いて、ほら、――若先生は、今日は鷹城さんの付添いでしょ?」
その言葉に思い出したように滝岡が鋭い視線で鷹城を振り返る。
それに、鷹城が、しまったなあ、と動こうとしていたのを止めて、振り向いてにっこり笑む。
「はーい、お元気?」
「最初から行動してみれば記憶を思い出すんじゃないかだと?」
にこやかにいう鷹城を無視して、眇めた視線を送り、淡々と滝岡が云う。
関が、驚きながら、かなり遠慮したい雰囲気をみせている滝岡に少し引くのに、まったく堪えずに、にっこりと鷹城が見返す。
「よくそーいうでしょ?」
「おまえは、そんなことの為に戻りたいといったのか。何か関に話す必要があるとか、そういう要件があるのかと思えば!」
苦い顔をして腕を組んでいう滝岡に鷹城が笑んでみせる。
明るく微笑むと、意思を曲げない視線で。
「そうですよ?誤解させてすみません。―――でも、真剣なんです。このまま思い出せないなんて悔しいじゃないですか」
ふと笑みを消して真剣な表情でいう鷹城に滝岡が眉を寄せる。
「――――…秀一、」
何か言い掛けた滝岡に。
「で、どっからはじめるんだ?こいつが頑固なのは昔からだろ。こうして時間を食うなら、さっさと終わらせて、おまえの病院に引き取ってくれ」
溜息を吐いて。
片袖を捲られたまま車椅子の背に手を置いて、関が睨むようにしていうのに見あげて鷹城が瞬く。
滝岡が腕組みしたまま僅かに唸る。
背の高い二人に睨まれて。
車椅子に乗った鷹城が、まったく堪えない表情でにこやかに微笑む。
「うん、始めた方が効率的だよね」
「…――――」
「……――――」
関のじとりとした視線と、無言で睨みつける滝岡に。
「あーと、そうですね、あの、…橿原さん?」
周囲の机に置かれたものなどを、いつのまにか勝手に手に取っていた橿原に、関が睨んで怒りかけるが。
鷹城の声に、橿原が手を留めて、唐突に淡々とした声で何かを読んで語るように鷹城をみていう。
不可思議な橿原の視線が、まるで催眠をかけるようにして鷹城を捉える。
感情のつかめない橿原の視線。
「…君が此処へ来たのは、僕の処に出勤してきてから、外出しますといって出て行ったあと、と考えるのが合理的でしょう。それから、此処へ来て、君はどうしましたか?」
淡々とした声が、まるで麻酔をかけるように空間に響く。
「それは憶えていますか?」
問い掛ける橿原に首を傾げて。
「それは憶えてます。…こちらへ来て、資料を見ました。それから、――」
車椅子を動かし、別室に入る手前で車椅子が扉を通らずに動きを止める。
資料という言葉に何か云い掛けた関も難しい顔をしてくちを閉じたままそれを見守る。
しばし、動きをとめていた鷹城が、―――…。
「資料をお返しして、部屋を出ました。部屋にいた人達に挨拶をして、」
視線を流れるように室内に彷徨わせる。
緊張した沈黙に包まれた中で、鷹城が何処か茫とした視線で周囲を彷徨うようにみる。
柱に掛けられた時計に視線が止まり、それから、――――。
「…っ、おい?」
鷹城が視線を向けた先に、思わずくちに仕掛けて。関が、くちの前に人差し指を示してみせる橿原に、目を剥きながらくちを噤む。
鷹城の視線が、そこにとまる。
「…―――――」
一人で電動車椅子を動かし、滑らかに壁際に近付いていくのに、関が手を離して難しい顔で見守る。
鷹城の手が、壁際にあるコーヒーメーカーに伸びる。
「水が切れてたんで、汲みにいくことにしました」
橿原が関にコーヒーメーカーのピッチャーを渡す。
「俺ですか?」
顔をしかめて、それから部屋を出ていく鷹城に慌てて従う。
「…それにしても、何だって、――――コーヒーメーカーの水換えるくらい、入り浸っていたってのか?」
ぼそり、と呟きながら、ピッチャーを手に関がついていく。
廊下を行く鷹城の車椅子と、それに従う関、橿原、滝岡の三人を行きあう人々が驚きながらみていく。
「えーと、給湯室で水を汲んで、」
鷹城の言葉に橿原が頷くのに、関が顔を顰めて給湯室に入ってみせて。
「はい、水は汲めました、で?」
関がいうのが聞こえているのかどうか。
車椅子を回転させて止め、鷹城が何かをみつめるようにして動かずにいるのを見つけて。
関が屈み込んで云う。
「おい、行くのか?行かないのか?俺はもう、――おまえには病院に、」
「関」
そして、突然鷹城が顔を向けて来るのに、関が驚いてピッチャーを持ったまま身体を引く。
「な、何だよ?」
「いえ、いま何ていいました?」
「…何って、行くのか行かないのかって、…だから、おまえ、もう病院にだな」
「そこ、一課の部屋ですよね」
「そうだが?」
まったく関の言葉をきかずに、元来た部屋を指していう鷹城に、眉を寄せて応える関に。
車椅子を操作して出入り口に戻っていく。
外回りから戻って来た斉藤と山下が、関達に気付いて足を留める。
「先輩、戻ってたんですか?」
「よう、関、お、水汲んできたのか?珍しいな、おまえがそういうことに気がつくなんて」
珍しそうにいう斉藤に関が眉をしかめる。
「いや、…これはだな」
「先輩、…鷹城さん?もう、退院ですか?――病院にはいかなくていいんですか?」
「これから行くんだって、…はやいとこ終わらせて、」
問い掛ける山下に関がいう。
それをみつめて、――――。
「――秀一?」
滝岡が呼び掛けるのを隣に、一課の入口に立つ三人を鷹城が見つめる。
―――村へいくんですか?
ああ、これから行って来る。
でも一人で、
証言を取って来るだけだ、
―――――…。
「証言をとってくるだけだ、…確認作業だよ!…美人でしたものね、先輩、…関係ないだろ、…でも、高槻香奈でしたっけ、美人でしたよね、」
「おい?」
「秀一?」
「鷹城君」
突然平板な声でいいはじめた鷹城に、ぎょっとして関が振り向き、滝岡が名前を呼び、橿原が穏やかにその名を呼ぶ。
蒼白な顔で、鷹城がつぶやくようにくちにする。
「…思い出しました。…僕は、彼女に会いにいったんです。…―――――……
高槻香奈、…」
茫然としている鷹城に、関が車椅子の両脇に手をついて迫る。
「おい!そいつはどういうことだ?おまえ、…聞いてたのか?いたのか?それで高槻香奈に会いにいったのか?…―――どうしてだ?」
必死にいう関の声が届いているのか、茫然と鷹城がいう。
「…そうです、見つかると怒られるので隠れて、――――それから、…―いま何の事件で証言を必要としているのか、きいて、…」
関が立ち去るのを待ち、一課の人間をつかまえて殺人未遂から、事故に切り替わる予定をきいて。
うわごとのように、くちにする。
「…また、…また現れたとおもって、…八年前、」
「関さん、滝岡君」
語尾が途中で切れて、目を閉じて頭を垂れて意識を失いそうになっている鷹城に橿原が指示する。
「…―――おい!」
関が慌てて倒れて来る鷹城の身体を支え、瞳を閉じて睫毛が瞼に貼り着いたようにあけられなくなり、薄い汗を蒼白い肌にかいている鷹城の身体を背凭れに凭れかかるようにしてやる。
冷静に滝岡が脈を計り、目蓋を無造作にあけて眸を確認し、点滴を操作して関に椅子の背凭れに頭を支える位置に座らせるよう指示をする。
脅えたようにして関がその蒼白な顔をみる。
「滝岡君、病室の手配はしてあるのでしょうね?」
「勿論です。…――斎藤さんか?そうだ。例の患者を連れていく。準備頼む。バイタルは転送中の通りだ。では、失礼します」
途中で携帯を取り出し、滝岡が病院に指示をして、車椅子に取り付けたデジタルのバイタルデータを記録する装置と、鷹城の手首にリストバンドのようにして取り付けられている測定器のデータを滝岡が確認しながら一礼する。
そして、橿原の隣に立ち、口許を手で隠すようにして、小声で何か云う。
「わかりました。あなたははやく彼を転院先まで運んでください」
橿原の言葉に、意識を失った鷹城を見て滝岡が頷く。
蒼白な面を車椅子のヘッドレストに預け、薄い汗を掻いて身動ぎもしない鷹城が連れられて行くのを動けないようにして関が見送る。




