私の彼氏はクリスマスデートには向いてません
今日はクリスマス。町はイルミネーションで飾り付けられて、幸せそうな音楽が流れている。
いつもならこんな町に嫌気が差してくるところだけど、今年の私は違う。なんてったって、今年は私にも彼氏がいるんだからね!
彼と過ごす初めてのクリスマスは、まさかのお家デート。張り切って飾り付けしたんだから、楽しんでいって欲しいなあ。
それにしても遅いなあ。そろそろ来るはずなんだけど……。
時計を見た瞬間、インターホンが鳴った。あ、来たかな?
「はーい」
『開けてくれmy sweet honey! 早く!』
「え、どうしたの!?」
『いいから! My sweet honey! 早くしてくれ!』
「え、ちょっと待ってちょっと待って! 何があったのか教えて!?」
『それを説明している暇は無いんだ! 早く開けてくれmy sweet honey!』
「ずっと発音がネイティブなのが気になる! いやいや、何があったのか話してくれないと困るよ! どうしたの!?」
『いや、スマホの充電が無くて』
「しょうもない理由! そんなことなら焦らせない方が良かったよ! 急がば回れって言葉知ってる!?」
とりあえず玄関を開けた私は、最愛の彼を出迎える。彼は誠くん。大学に入ってできた、初めての私の彼氏。ちょっと変なところはあるけれど、とっても優しい彼氏なんだ。
「やあハニー、どういうわけか知らないけど外が寒いね」
「ああ冬を知らないタイプの人!? 日本には冬っていう寒い季節があるんだよ! 覚えておいてね!」
「それよりハニー、早くパーティーを始めようじゃないか! 僕はもう楽しみで楽しみで、いつも通りにしか寝られなかったよ」
「いつも通り寝られてはいるんだ! なんでいつもより多めに寝ようとしたのか知らないけど、楽しみにしててくれたのは嬉しい! ほら入って入って!」
「お邪魔します。ところでお邪魔しますって言葉は変じゃないか? 招かれた客なんだから、邪魔をするわけじゃないだろう? ちょっとそれについてディベートを」
「早く入ってもらえる!? 玄関でダラダラしないでね!?」
靴を脱いで上がって来た誠くんは、部屋に入ると早々に大きな箱を取り出した。え、プレゼント? 早くない? いや楽しみにはしてたけどさ。
「ねえ誠くん、プレゼント交換はもうちょっと後でも……」
「実はこの箱に今日届いた新型の掃除機が入ってるんだ。本当は家で開けたかったんだけど、思ったより時間が無くてね」
「じゃあ家に置いて来なよ! なんで1回ここまで持って来ちゃったの!?」
「まあまあ、この箱の存在は気にせず、パーティーを始めようじゃないか! ほら、チキンも持って来たんだよ」
「え! ありがとう!」
さっすが誠くん! チキンは頼んでなかったけど、ちゃんと持って来る辺りができる彼氏だね! 私も飾り付けに精一杯で、食べものは用意できてなかったからなあ。
「じゃあ早速チキン食べようよ! どこのお店で買って来たの?」
「買って来た? いやいや、買ってはないよ。知り合いが譲ってくれてね」
「え? 知り合いが? チキンのお店で働いてる人?」
「いや? 祭りの屋台で働いてるよ」
「んん? ちょっと待って誠くん、どんなチキン持って来たの?」
「どんなって、こういうのだよ。成長するまでに少しかかるかもしれないけど」
「ひよこじゃん! がっつりひよこじゃん! ここからチキンの状態にするまでに時間がかかりすぎるよ! むしろそこまで育てたら愛着湧いて食べられないよ!」
「じゃあ早速名前を付けようじゃないか。南蛮でどうだい?」
「せめてフライドチキンにしなよ! なんでここまで来てチキン南蛮にするの!?」
「ああすまない、南蛮(予定)にしておこうか」
「確かにこの状態じゃチキン南蛮にはできないけど! 育てる前提なのやめられる!?」
ええー、じゃあこのパーティー、ご飯無し? いやいや、まだ大丈夫だから。ピザとか頼めば何とかなるから。時間はかかるかもだけど、ひよこが育つのを待つよりは早いはず。
「じゃあ今からピザ頼もうよ! 誠くん、何ピザがいい?」
「待ってよマイハニー。僕がいつ他の食べものを持って来ていないと言った?」
「え、持って来てるの? なら早く言ってよ! ピザ頼むところだったよ!」
「もちろん持って来てるさ。僕を舐めちゃいけないよ。舐めるのはナイフだけにしないとね」
「周りにサイコパスしかいなかった人生!? もうちょっと舐める例え無かった!?」
「え、じゃあお札を数える時の指先とか」
「ああお札数える時指先舐めるタイプなんだ! ごめんそれはちょっと嫌かも!」
まさかの嫌な部分が見えてしまったけど、それは一旦いいや。それよりも、誠くんが何を持って来たのか見ないと! ちゃんとクリスマスっぽいもの持って来たよね?
「それで誠くん、食べものは何を持って来たの?」
「ああ、クリスマスと言えばこれというものを持って来たよ。桃の缶詰なんだけど」
「桃の缶詰じゃん! 誠くんの中のクリスマスって何!?」
「え、クリスマスと書いて桃狩りって読むよね?」
「ごめん私とは文化が違う地域で育ったんだね!? クリスマスとか初めて聞いたよ! あと流してたけど缶詰だから桃狩りすらしてないじゃん!」
「何を言ってるんだいマイハニー。これはちゃんと僕が桃狩りに行って採って来た桃を缶詰にしてもらったものだよ」
「無駄に手間かかってる! ごめんねなんかクリスマスっぽくないとか言って!」
私が頑張って飾り付けた部屋の真ん中に、ポツンと1つだけ乗る桃の缶詰。うん、もうピザ頼もう。ピザさえ頼めば全てが解決する。桃の缶詰はそっと持ち帰ってもらって。
初めて彼氏と過ごすクリスマス、桃の缶詰を食べて体を冷やしてる場合じゃないよね!
「誠くん、やっぱりピザ頼もう! 何ピザにする?」
「待ってよマイハニー。ピザなんて無くてもクリスマスは楽しめるさ。さあ、ベッドへ行こう」
えっ……? た、確かにそれもクリスマスの醍醐味だけど! 性なる夜をついに経験しちゃうの私! どうしよう、初めてなんだけど……! 大丈夫かな、痛くないかな……。
ドキドキしながら、誠くんと2人でベッドに座る。誠くんは私の腰に手を回して、そっと囁きかけてきた。
「マイスイートハニー、今日という日は記念すべき日になるよ」
「うん……!」
「全てを僕に任せてくれればいいさ。僕のことを釈迦だと思ってくれていい」
「仏教なんだ誠くん! 神に任せるとかは聞いたことあるけど!」
「マイスイートハニージンジャー、こっちを向いておくれ」
「ジンジャー足さないでね!? 喉痛いのかなとか思っちゃうからね!?」
ゆっくりと誠くんの顔を見上げると、私の視界は一瞬で白く染まり、顔に衝撃を受けた。
「ったあ! 何するの誠くん!」
「何って決まってるだろう? クリスマスの夜と言えば、敷き布団投げさ」
「せめて枕投げよう!? 敷き布団投げるのはもうほぼ空き巣だよ!」
「空き巣なんて失礼だね。僕はただ留守の家に忍び込んで、家の中を荒らすだけさ。ものを盗んだりはしないよ」
「もう十分空き巣だよ! 警察に電話しようか今から!」
「まあまあ、そんなことよりも大事なことがあるだろう?」
「多分無いよそれより大事なこと!」
とんでもない人を彼氏にしちゃったな私……。どこまで本当なのか分からないけどね。ボケであることを信じよう。
「それで、大事なことって何?」
「もちろんこれさ! プレゼント暴漢!」
「そんなプレゼント要らないよ! 交換じゃなくて!?」
「ああ間違えてしまったよ。プレゼント交換をしよう。僕から渡していいかい?」
「え、いきなり? 待ってね心の準備が……」
「僕が用意したのはこれさ!」
「話聞いてもらえる!?」
誠くんは聞く素振りも見せず、大きな袋を取り出した。え、サンタさんみたいじゃん! あんな大きい袋、何が入ってるんだろう?
「さあマイハニー、これが僕からのプレゼントだよ」
「ええー! 開けていい?」
「開ける? いや、これは開けないよ。今から僕がこの中に入るからね」
「え……? ああ! その袋に入るってことは、誠くんがプレゼントってこと?」
「うーんそれは少し違うかな。よく見てごらんよハニー。これは袋じゃないよ」
……はい? 袋じゃない? こんなに大きな白いものが……? ちょっと待って、よく見たらこの袋なんかテカテカしてる! ゴムみたいな質感……。
「え!? 風船!?」
「そうだよハニー。バルーンパフォーマンスって聞いたこと無いかい?」
「あるけど! 今からそれやろうとしてるの!?」
「もちろんさハニー。さあ、よく見てるんだよ」
そう言うと誠くんは頭だけ出して風船の中に入り、陽気な音楽に乗せて飛び跳ね始めた。
ええ……? 私これどういう気持ちで見たらいいの……?
「どうだいハニー! 僕のパフォーマンスは!」
「え? あ、ああ、すごいね……」
「そうかい! あと8時間はやるからね! よく見ておいておくれ!」
「うんもうあと8秒ぐらいでいいよ! 8時間も頑張らなくていいからね!?」
その瞬間、誠くんが入った風船がパァンと大きな音を立てて弾けた。
誠くんは一瞬きょとんとした顔をしてたけど、ハッと思いついたように口を開いた。
「ベリーワレテマス!」
「メリークリスマスみたいに! 全然上手くないよ!?」
「安心しなハニー。予備がある」
「もういいって誠くん! もう十分だって!」
そのまま誠くんは予備の風船に入って、夜が明けるまで飛び跳ね続けていた。ある意味貴重な経験だよね、初めて彼氏と過ごすクリスマスでバルーンパフォーマンスされたの……。
……あ、私のプレゼント渡し忘れた。




