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戦国澄心伝  作者: Ryu Choukan


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第八十一話 壺口の辞行・観音寺の初望

 永禄八年(一五六五年)早春。小谷の雪は、もうずいぶん薄くなっていた。


 山風はまだ冷たいが、もはや刀のようには刺さらず、ただ壺口城の下で渦を巻くように行きつ戻りつしている。


城下の兵舎は、朝早くからすでににぎやかだった。甲冑を片づける者、槍の柄を整える者、そっと火鉢に炭を一つ足す者。


兵舎の戸口には、何頭かの馬がもう繋がれている。手綱は木杭にしっかりと結わえつけられていた。


「先生、その箱は俺が背負います。」


弥助は、尾張・美濃・小谷とずっと一緒に歩いてきたあの古い木箱をひょいと抱え上げ、背負い紐を肩にかけると、柳澈涵に向かって無理に笑ってみせた。


「今度は、絶対落としませんから。」


「気をつけろよ。先に自分がすっ転ぶな。」


柳澈涵は自分の荷を軽く持ち直し、この冬でもう見慣れすぎた兵舎を振り返った。壁の隅にいつも立てかけてある木盾、火鉢のそばが焼け焦げた床板、そして梁に残るあの煙の筋までが、風の中でかすかに揺れたように見えた。


「澄原殿!」


がなり声が一つ、彼の視線を引き戻した。


海北綱親が大股で兵舎の中から出てきた。甲冑は半分だけ着込み、腰の刀は斜めにぶら下がり、今にもまた山道を駆け出していきそうだ。


「行くと言ったら本当に行っちまうのかよ。もう一回ぐらい俺に斬らせてくれてもいいだろ?」海北は開口一番、笑いながら近づき、柳澈涵の肩を拳でどんと叩いた。


「俺のこの脚も、ようやくお前の刀に慣れてきたところだってのによ。肝心の人間の方がいなくなるとはな。」


「これ以上斬ったら、来年の雪の中は本当に走れなくなるぞ。」


柳澈涵は半身に捻って、その拳を半寸ほど外して受け流した。


「海北殿。」弥助が思わず口を挟む。「先生が言ってましたよ。冬にまた飲みすぎたら、その足が仕返しに来るって。」


「ちっ、このガキ、根に持つなあ。」海北は舌打ちしつつも、弥助の頭をわしわしと掻き回した。


「六角の方で俺の悪口言いやがったら、いつか俺がそっちまで攻め込んで、真っ先にお前からひっぺがしてやるからな。」


兵舎の中から、ほかの兵たちも見送りに出てきた。


後頭部を掻きながら言う者もいる。


「澄原先生よ、今度また来るときは、見張り番してる夜ばっかり狙って鍼を打つのはやめてくれよ。」


半分冗談めかして言う者もいた。


「六角の方は寺が多くて、経も多くて、きっと決まり事も山ほどあるんだろ? 向こうの連中の足を全部治してから戻ってきて、また俺たちを斬るなんて真似は勘弁してくれよ。」


笑い声の中には、本気の名残惜しさが混じっていた。


このあいだに、兵舎の連中はすっかり慣れてしまっていた――


夜中に咳が止まらなければ、誰かが手首を差し出して脈を診てもらうこと。


山道を引きずるように歩いていれば、「もう一冬ぐらいは走れる」とふくらはぎを捻ってもらえること。


出陣前、海北が顔を真っ赤にして酒をあおっていれば、「今夜は風が強い。酒に風を受けさせるな」と淡々と一言もらうこと。


赤尾清綱の姿もあった。


彼は他の者たちより少し離れたところに立ち、簡素な羽織をまとっている。柳澈涵を見るその目には、初めて会ったときほどの警戒はもはや薄く、その代わりに、落ち着いた年長者の眼差しがいくばくか混じっていた。


「道中、気をつけてな。」


赤尾はそう一言だけ告げた。


「六角の方の山は、ここよりも雑だ。」


「肝に銘じます。」


柳澈涵は深く一礼した。


遠藤直経は、彼らを壺口の外の関所まで送る役目を負っていた。


道すがら、ここ数日の辺山の様子をもう一度話して聞かせる。


ただの報せというより、半ばは念押しのようだった。


「六角の旗がどの峠に立っていて、どこには旗がなくても人がいるか。向こうに着けば、一目でわかる。」


壺口城下の狭い山道を抜けると、視界は一気に開けた。


振り返れば、小谷城はちょうど山腹の薄い霧に半ば隠されている。主郭の灯が早春の淡い光の中にぼんやりと浮かび、壺の中にうずくまる獣のように、目は開いているがまだ完全には目覚めていないようだった。


「弥助。」


「はい。」


「今の景色を、覚えておけ。」


「うん。」


弥助は真剣な顔で振り返り、大きくはない三つ巴の旗印、決して高くはない城壁、それから城下の兵舎の屋根から立ち上る炊煙の筋を、目に焼きつけた。


ふいに、鼻の奥がつんと熱くなる。


「先生、俺たち……また戻ってこられますか?」


「山は動かん。」


柳澈涵は笑った。


「人が生きてさえいれば、道はいくらでもある。


ただ、次に戻ってくるときには、この壺の中身は、もう別の水かもしれん。」


数日前、本丸の雪庭にて。


浅井長政は廊下に立っていた。淡い青の狩衣の上から軽い甲冑をまとい、手には茶碗を一つ捧げている。茶の面には、まだほのかな湯気が揺れていた。


庭の雪はほとんど掃き払われ、薄く残った白の下から、砂紋を描いた石庭の模様が露わになっている。


「澄原殿は、出て行くと?」


その一言は、静かな声で問われた。


柳澈涵は庭の縁で身をかがめ、深く礼を取る。


「浅井の山水を一冬お借りしました。兵も、民も、この小さな城の脈も、拙者の目と手にはすでに刻まれました。これ以上留まれば、歩くとき、足が知らず知らずこの城の方へ偏ってしまいましょう。」


雨森弥兵衛は一段下がったところに座り、袖の中の指先がかすかに止まった。


この日が来ることは、とっくに感じていた。


ただ、それがこんなにも早いとは、思っていなかっただけだ。


「この紙は、本来ならお前がその言葉を口にした日に渡すつもりだった。」


雨森は袖の中から、実にきちんと折り畳まれた一枚の紙を取り出し、机の上に置いた。


柳澈涵が広げる。


紙には雨森の字が並んでいる。筆致は落ち着き、重い。


――家臣帳に名を記さず。


――家紋を与えず。


――いつの日か浅井が尾張と刃を交えるときは、その前に小谷を離れること。


「重くもなく、軽くもない掟ですな。」柳澈涵は読み終えて、ふっと笑った。


「誓紙より軽く、誓紙よりも重い。」


「無視してもよい。」長政は言った。


「浅井というこの壺は、小さすぎてな。“どこにも属さず、何もかも見えている”ような者を、そう何人も入れておけない。お前さえ留まる気であれば、私も、お前が見ているものに目をつぶるふりはできる。」


几帳の向こうから、軽い咳払いが聞こえた。


浅井久政は雪庭には姿を見せなかったが、ずっと聞いていたのは明らかだった。


「留めてはおけん。」


几帳の奥からの声は淡々としている。


「尾張の手は、いずれ近江にまで伸びてこよう。この男が向こう側に立つなら、すでに浅井も小谷も、あまりにもはっきり見すぎておる。」


「父上。」長政は振り返り、一礼した。


「だがまあ、自分から出て行くと言うのなら、それでよい。」久政は続けた。


「そうなれば、あやつが負っているのは、せいぜい杯一つ分の借りよ。」


柳澈涵は身をかがめ、正面からきちんと礼をした。


「浅井一城という壺の恩、今後どこかで浅井と敵対する者に出会っても、その一刀分ぐらいは、せめて余計には振るわぬようにいたしましょう。」


雨森は思わず笑った。


「誓書より、よほどわかりにくい言い方だな。」


「わかりにくいものほど、長く覚えてもらえる。」柳澈涵は言った。


「浅井殿、久政公、雨森殿。本日のこの礼を、私は“道の上”に記しておきます」


長政は茶碗を置き、自ら手を伸ばして彼を支えた。


「道中気をつけてくれ。いつか本当に小谷のこの壺が、お前の目に“戻るに値する”と映ったなら、そのときは前もって文を寄こしてくれ。酒を用意しておく。」


「そのときは、きっと清い草鞋も何足か余分に用意しておかれたほうがよろしい。」柳澈涵は笑った。


「山を駆け回る者が、前より増えているでしょうから。」


その日以来、小谷の城内を吹く風は、どこか一段と硬くなったようだった。


だが、柳澈涵が去るこの日の朝だけは、壺口の上から吹き下ろす風は、奇妙なほどに穏やかだった。


浅井の地を出て、さらに南へ進むと、山は次第に低くなり、水面は次第に広がっていく。


数日後、一筋の川が山口の外で大きく広がり、対岸に翻る旗印は小谷のものとは異なっていた――


細長い菱形を輪のように重ねた六角家の家紋が、関所の門の梁に掲げられ、風にあおられて激しくはためいている。


「六角の門口まで来たな。」


護衛の浅井方の使者は、道中の疲れを一度しまい込み、背筋をしゃんと伸ばした。


「ここから先は、“声を小さく、歩みを慎重に”だ。」


六角の関所は決して高大ではなかったが、きわめて整然としていた。


門の両側に立っているのは、粗末な木柱ではなく、簡素な彫りの石柱である。その表には仏名が刻まれ、柱の上には家旗が差してある。兵たちの甲冑はきちんと手入れされ、腰に巻いた組紐にさえ乱れは見えない。


「どこから来た?」


番兵の武士が文書を受け取り、じっくりと目を通す。


「小谷……浅井……」


視線が「澄原龍立」の名で、一瞬だけ止まった。


「六角家臣・蒲生家配下。」


随行していた武士のひとりが前に進み、深々と頭を下げた。


「定秀殿の命にて、ここにお迎えに参りました」


「蒲生殿だ」


柳澈涵が小声で弥助に言った。


「先生、前にも言ってたあの人ですね。」


弥助も同じく小声で返す。


「六角にも、“米も人も仕切る”人がいるって。」


関を越えると、道の様子は浅井側とはがらりと違っていた。


山はさほど高くはないが、幾重にも重なっている。道端には小さな堂や石塔が増え、盛んに香が焚かれているところもあれば、戸を固く閉ざしているところもある。


さらに進むと、かすかな鐘の音が聞こえてきた。


「観音寺だ。」


案内役の武士は、少し誇らしげに言った。


「六角殿のお城は、あちらにございます。」


林を一つ折り曲がると、視界がぱっと開けた。


なだらかな斜面に立つ大寺院が目に飛び込んでくる。幾重にも重なった楼閣、朱の梁と白壁が交差し、そのあいだには、いく筋もの家旗や吊るされた甲冑が差し込まれている。


仏塔と物見台が向かい合ってそびえ、経蔵と兵舎は、回廊一つ隔てただけだ。


「先生、ここ、なんか……」


弥助はぱちぱちと瞬きをする。


「お坊さんが鉄兜かぶってるみたいです。」


「間違ってはいない」


柳澈涵は、その「寺にして城、城にして寺」の観音寺城を見上げながら、心の中にゆっくりと言葉を浮かべた。


――文治の城。


――経巻の上から、甲冑がかぶさっている。


城下に到着した初日、二人は城下の清らかな小さな屋敷に泊まることになった。


翌朝早く、迎えが来た。


「六角殿がお呼びです」


観音寺城内の一つの偏殿。


軒先には風鈴が下がり、微かな風にあわせて、かすかに音を立てて揺れている。室内は質素な畳。壁には六角義賢自筆の墨跡が掛けられ、几帳の上には、きちんと整えられた筆架と茶器が並んでいた。


六角義賢は上座にどっしりと座っていた。


世に聞く「驕慢な大名」という像とは、少し違った。


顔つきは、どこか疲れ気味の書生に近い。


だが指先には、確かに刀を握ってきた者の薄い繭が刻まれている。


「澄原殿」


義賢は、目を通していた文書を畳み、視線を柳澈涵に向ける。


「尾張から浅井へ、浅井からここへ。足で歩いた道筋は、まだ覚えているか。」


「ええ。」柳澈涵は一礼して答える。


「名は違えど、石は大して変わりません。」


殿内には、三人の重臣が控えていた。


ひとりは、やや白髪の混じった穏やかな顔つき――蒲生定秀。


ひとりは背が高く、目つき鋭く、腰の刀の柄からして、並の武将ではないとわかる三雲家の武人。


もうひとりは、その中間の年恰好で、城下と兵舎を常に走り回っている中堅武士といった風。


「浅井では、兵舎に“鍼も打てて刀も振れる先生”が一人増えたと聞いている。」


義賢は前置き抜きに切り出した。


「城下が乱れた折にも、何度か手を出したそうだな。」


「ただ、旗印を口実に好き放題やる者が目に余っただけです。」柳澈涵は淡々と答える。


「浅井の地のことは、浅井の人間が自分で片をつけるべきです。私はただ、何本かの刀を、一時だけ握りにくくしただけです。」


「三雲。」蒲生がふと横を向いた。


「何か聞き取れたか?」


「三文字だな。」三雲は冷ややかに言った。


「『不站队どこにもつかない』。」


柳澈涵は、口元だけで笑った。


「どこにつくかつかないかは、足の問題です。今日ここへ呼ばれたのは、先に手を診るか、先に脈を診るか、どちらを見たいからでしょう。」


六角義賢は手を軽く上げて合図した。


「まずは脈だ。」


「尾張も、浅井も、近江の風は、ここ最近あまり穏やかではない。病人を多く看る者なら、もう少し別のものまで見えるかもしれぬ。」


彼は手首を几帳の外に差し出した。


柳澈涵は近づき、指先を、その寸口・関上にそっと置いた。


――やや弦、虚をはらんでいる。


――明らかに、身体よりも心を使いすぎた脈。


「六角殿、夜分は目が覚めやすいですか?」柳澈涵が尋ねる。


「うむ。」


義賢は、うなずいた。


「目覚めてから、いくつもの道筋を思い浮かべては、なかなか眠れぬことが多い。」


「それは、“頭だけが先に歩き、足が歩かない”病です。」柳澈涵は手を離した。


「考えすぎて、歩きが少なすぎる。そうやっているうちに、考える道筋そのものが、いずれ混線します。」


三雲は思わず、冷笑を漏らした。


「うちの殿は、そんなに動いていないってのか。」


「動いているのはお前たちだ。」柳澈涵は一瞥をくれて言った。


「足を使い、刀を担いで走り回っているのはそちら。殿はここに座って、お前たちが立てる砂煙を見ている。」


蒲生は微かに笑い、話を引き取る。


「では、私の病は?」


自ら手首を差し出した。


その下の脈は、緩やかさの中にざらつきを含み、明らかに過労が色濃く、脚の疲労の気が表面まで浮いている。


「あなたのほうが、六角殿より重い。」柳澈涵は言った。


「足を使いすぎて、胃に入りすぎて、心に抱えすぎている。倉の帳簿も、城下の揉め事も、そして今日この部屋の空気までも、全部自分の背中に背負っている。」


「治しようはあるか?」蒲生が問う。


「倉の帳簿を、何冊かに分けることです。」柳澈涵は言った。


「一冊は銭、一冊は米、もう一冊は人の心。あなたは今、その三冊を一緒くたに書いている。眠れるはずがない。」


平井はその様子をじっと見ていたが、思わず吹き出した。


柳澈涵は彼の方を向いた。


「次はあなたです。」


平井の脈には、はっきりとした「驚」と「虚」が絡んでいた。


戦の後の悪夢。夜中に飛び起き、夢の中で刀を振るい、目を覚ましても、まだ手が震えている。


「何度か夢の中で、血だまりの中に膝をついて、立ち上がれなくなることがあったでしょう。」柳澈涵が言う。


平井の顔色が変わる。


握っていた刀の柄に、無意識に力がこもる。


「夢の中では、もう一度刀を抜こうとしても、刀が手の中にない。」柳澈涵は続ける。


「だから目を覚ましたあと、なおさら強く刀を抱えて眠る。」


「なぜ、それを……」平井は目を見開いた。


「この脈は、浅井のほうにもいました。」柳澈涵は静かに答えた。


「戦が長く続けば、人間は、いつか自分が人間であることを忘れて、刀だと思い込み始める。」


「じゃあ、俺は何なんだ。」平井が低く問う。


「人です。」柳澈涵は淡々と告げた。


「人間は、怖れる。悔やむ。“死にきれなかった”あの瞬間を、夢の中で何度も見直す生き物です」


彼は平井の手首から胸元へ、いくつかのツボを軽く押さえていった。神門から内関、そして耳の後ろの安眠のツボまで。


「今後、酒は少なめに。」


「寝る前に刀を磨くのもやめてください。もし本当に逃げ出すような刀なら、起きていても守りきれません。」


六角義賢は、その一部始終を黙って見つめていた。


蒲生は話をつなぐように、自然と本題へ入っていく。


「澄原殿から見て、六角というこの城の病は、どこにあると思う?」


「腰です。」柳澈涵は言った。


「腰か。」義賢は少し意外そうに聞き返した。


「上には仏、下には商人。そのあいだに人々が挟まっている。」柳澈涵は言う。


「仏は香を求め、商は利を求め、兵は米を求め、庶民は命を求める。そのど真ん中に、あなた方が立っている。誰よりも疲れる。」


「では、尾張は。」蒲生が続ける。「浅井は。」


「尾張の病は“頭”にある。」柳澈涵は答えた。


「考えるのも動くのも早すぎて、いつも他人ばかり見ている。」


「浅井の病は“心”だ。」


「親子で考えていることが違うのに、同じ壺の中で眠らなきゃならない。」


平井はくすりと笑い、三雲は逆に眉を寄せた。


「そう言われたら、この天下に、病のないところなんて一つもないように聞こえるな。」


「もともと一つもありませんよ。」柳澈涵は肩をすくめた。


「病があるかないかじゃなくて、病が出たときに、自分を治そうと思う気がまだあるかどうかが大事なんです。」


ちょうどそのとき、殿外から慌ただしい足音が聞こえてきた。


「定秀殿!」


一人の家臣が殿の外で膝をついた。


「倉廩を預かる長谷川殿が、先ほど倉の前で倒れました。」


蒲生の顔色が変わる。


「病か。」


「病のようでもあり、そうでないようでも。」家臣は答える。


「昨夜まではなんともなかったのですが、今朝になって急に悪寒と震えが出て、頭が割れるようで、目の前が真っ暗だと……。」


柳澈涵と蒲生は、目を合わせた。


「昨夜、『城の薬に気をつけろ』と申し上げましたね。」柳澈涵は低く言った。


「どうやら、誰かがもう二手目に進んだ者がいるようです。」


六角義賢は立ち上がった。


「倉へ行く。」


偏殿の者たちは一斉に立ち上がる。


廊下を駆け抜ける風が、さっきまで漂っていた茶と薬草の匂いを、ひと息にさらい去った。


城の病は、もはや数人の手首の中だけに留まるものではなくなっていた。

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