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戦国澄心伝  作者: Ryu Choukan


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第五十一話 澄斎夜行・将門護送

 日がすっかり沈むころ、練兵場からはすでに人影が消えていた。城外の風は昼間より一段と冷え込み、旗の影は夜の中でひとつの暗がりへと畳まれている。


 澄斎の灯りは、その夜、いつもより少し遅れてともった。


 中庭の老松には薄く霜が降り、井戸の縁は誰かに磨かれたばかりで、石肌がしっとりと濡れている。阿新は井戸端に蹲り、大根を洗っている。阿久は廊下で干し菜を整え、弥助は軒下で木刀を握りしめ、澄心の基礎の足さばきを何度も繰り返していた。


 この数年、柳澈涵のもとで、佐吉の帳簿は年ごとに分厚くなり、弥助の読める文字も増え続けている。立ち木に向かって立ち込めを打つときですら、先生から教わった心法を口の中で反芻せずにはいられない。「足は地に沈め、腰はゆるめ、目は定める。」


 家の中では、暖かな灯りがともっている。


 佐吉がその日の帳簿を閉じ顔を上げると、柳澈涵が奥の間から姿を現した。すでに旅装に着替え、腰の刀もきちんと佩かれている。


 「先生、お出かけで?」


佐吉は立ち上がり、眉をひそめた。


「一晩出るだけだ。」と柳澈涵。「明け方には戻る。」


「何かご用意を?」


「干し飯を少々。あまり侘しくないやつを。」


柳澈涵は笑みを浮かべた。「今回は物乞いに行くわけではないからな。」


そのとき、入口から足音が聞こえてきた。


木下藤吉郎が戸を開けて入ってくる。背後には、選りすぐった精鋭の足軽たちが数名。鎧は簡素だが、隅々まで整えられている。そのさらに後ろには、刀傷の残る顔をした幸蔵がいた。賭場で働くときよりも軽めの短甲をまとい、腰にはやや大振りな野太刀がぶら下がっている。柄巻きは粗いが、その握りは揺るぎない。


「先生。」


藤吉郎はまず膝をつき、額を土につけるようにして頭を下げた。「御上様の仰せにより、この木下、少人数ながら護送の役目を承りました。」


幸蔵も拳を合わせ、真顔で言う。


「もし先生にあの日お目こぼしいただけなければ、俺たち一味、とっくに土の下でした。こうして役目をいただけるとは、ありがたい限りで。」


かつて彼らは、ある者の命を受けて夜半に柳澈涵の命を狙った。暗殺に失敗し、一歩間違えば雇い主に口封じされるところだったところを、柳澈涵が城外の山中へ数日身を潜めさせ、その後、旧事は不問とし、逆に清洲で賭場を開く筋道を与え、耳目として使う道を示した――幸蔵の胸中では、それは決して返しきれぬ恩として刻まれている。


「お前の手勢は?」


柳澈涵が藤吉郎に問う。


「足軽十名。槍も刀も扱えます。」


藤吉郎は即答した。「ただの道中であれば、十分に事足りましょう。」


柳澈涵は頷く。


「よろしい。」


佐吉は門口まで見送りに出て、堪えきれずに言った。


「先生、どうか、お早いお戻りを。」


「お前はこの家を守れ。」柳澈涵は振り返り、彼を一瞥した。「この家は、お前たちの根でもある。」


これ以上言えば蛇足になる。佐吉はただひとつ返事をし、柳澈涵、藤吉郎、幸蔵がそれぞれ馬に跨るのを見送った。十に満たぬ数の馬蹄が重なり合い、冬の夜風の中へと消えていく。


城門の外では、夜霧が濠の上に薄くまとわりついている。


夜番の足軽が火鉢の炭をかき立て、腰に織田家の木札を下げた旗を認めると、警戒を解いて城門を開けた。


先頭を行く藤吉郎の手綱さばきは実に安定している。彼にとって、清洲から西へ延びる道の一本一本は、この二年のあいだに隅々まで踏み固めた馴染みの路だ。それでも今夜は、少し勝手が違う。――これは単なる往復の伝令ではない。一枚の駒を、自分の手で盤面から送り出す旅である。


「先生。」彼は声を落として言った。「あちらは、本当に受け止めてくれますかね。」


「受け止めるかどうかは、あちらの話だ。」


柳澈涵は隊の中程に位置しながら、遠くに浮かぶ黒い山の稜線を見つめる。「我らはただ、自分が歩くべき一里だけを、きちんと歩めばよい。」


幸蔵はやや後ろに位置し、野太刀を膝の上に横たえ、ときおりその刀背に手をやる。この数年、場を締め、喧嘩を納め、棒や木刀を振るう中で、彼は何度も路上の伏撃や荷駄の強奪を目にしてきた。考えれば考えるほど、この道行きが無事に済むとは思えなくなる。


(奴らが本気で来るなら……そのときこそ、この刀で、あの晩の借りを少しでも取り返してやるさ。)


夜が深くなり始めたころ、一行は尾張西境の小さな宿駅に着いた。


ここは美濃にも近く、近江まではまだ距離がある。本来であれば商人たちが馬を替え、飯をかき込んで通り過ぎるだけの場所であったが、今ではいくつもの勢力が大っぴらにはしたくない会合のため、密かに使う場ともなっていた。宿駅の建物は大きくない。中庭には古い井戸が一つあり、その縁には小さな苔がまとわりついている。


竹中半兵衛は、すでにそこにいた。


質素な直垂に身を包み、その上に古い外套を羽織っている。腰の刀の鞘は塵ひとつなく、側には老僕がひとり控えるのみ。事情を知らぬ者が見れば、どこぞの小城の武士が里帰りする途中にでも見えるだろう。


宿駅の奥の小庭で、彼は枯井戸の傍らに立ち、底に溜まった静かな水面を見つめていた。その眼差しは静まり返っているが、どこか盤面の大勢を見渡す者の色を帯びている。


やがて、馬蹄の音が近づいてきた。


柳澈涵たちは馬から降り、まず礼を述べる。


「お待たせいたした。」


「約した刻より、一刻ばかり早い。」半兵衛は口元に笑みを浮かべた。「柳殿の読みは、時刻よりもいくらか正確なようで。」


「そなたが遅れるようなら、この宿の味噌汁をもう二椀は飲まねばならぬところだった。」


柳澈涵も軽口で返す。


交わした言葉はわずかだが、互いに理解している。この道行きは、竹中をひとまず美濃の局面から外へ引き出すと同時に、自らの目で山の形、道の広さ、伏兵が潜める場所を確かめるためでもあることを。


粗食が小さな卓に並べられた。味噌汁の鍋、数皿の漬物、冷たく硬いおむすび。皆はそれを簡単にかき込み、宿では長居をせず、まだわずかに明るさが残るうちに山へと入った。


宿を離れるとすぐ、山の色はぐっと濃くなる。冬の夜は人の思うより早く訪れ、林を渡る風は一陣ごとに強さを増し、梢をざわざわと鳴らした。


「この先、二つ山の尾根を越えれば、近江の境です。」


藤吉郎が振り返って言う。


「今はまず、今夜を越えることだけを考えよう。」


柳澈涵は前方の暗い山骨を仰ぎ見る。「二つ目の山の中腹、その曲がり角……おそらく、そこが一番怪しい。」


竹中半兵衛がわずかに顔を向ける。


「柳殿は、すでに先の先までお見通しというわけですな。」


「そなたが稲葉山であの三月のあいだ、誰の飯を奪い、誰の道を塞いだか――それを一番よく知るのは、そなた自身のはず。」


柳澈涵は淡々と言う。「口で罵るだけで済ます者もいれば、刀に記しておく者もいる。」


半兵衛は小さく笑った。その笑いには軽さがほとんどない。


「では、今夜その刀に記されている名が誰のものか、見届けるとしましょう。」


山道は次第に狭くなり、星明かりも雲に遮られて、その残り火のような光だけが、崖の縁に辛うじてしがみついている。道の脇の木々の影は濃く、ほとんど人を呑み込まんばかりだ。


藤吉郎は知らず知らずのうちに歩みを半歩ほど緩め、指先で手綱を小さく引きながら、十人の足軽を前後二つに分けて護衛の形を組み直す。幸蔵は屈強な二人の手勢とともに列の中段を固め、竹中と老僕は隊列の中心。柳澈涵はやはり真ん中に位置し、その視線を山の中腹と木々の影のあいだにゆっくりと巡らせている。


風が、ふと途絶えた。


最初に消えたのは、山鳥の声だった。さっきまで時おり聞こえていた鳴き声が、いつの間にかぴたりと止まっている。


幸蔵の背中の筋がすっとこわばり、手は自然と柄にかかった。


「先生。」彼は声を潜めて言う。「仕掛けるなら、多分前のあの曲がり角だ。」


それは山の尾根が折れる地点で、道は岩壁と深い谷との間を這うようにして、わずかな隙間を縫っている。馬二頭がやっと並べるほどの幅。その先には、緩やかな斜面に大小の石が転がる乱石林が見える。


「竹中殿、隊の真ん中へ。」


柳澈涵が声をかける。「老殿には、後段をお願いしたく。腰を据えて、尻を押さえていてくだされ。」


老僕は慌てて返事をし、少し後ろへ下がって馬の手綱を強く引き寄せた。半兵衛は笑みを収め、柳澈涵と幸蔵のあいだへ歩を移す。


夜の気配が一段と濃くなり、山道全体が、誰かにそっと締め上げられたように感じられた。

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