第四十話 菩提山の密議・半兵衛、城奪りを決す
数日後。美濃・菩提山城。
冬の雪はまだ残り、山麓の田は凍りついた灰色を帯びている。菩提山の小さな山城に竹中家の居館があり、その主曲輪は四方を山林に囲まれて、ひっそりと立っていた。今夜、その一室には灯が一晩中消えずにいた。
竹中半兵衛は書案の前に独り座し、前には二つのものが広げられている。一つは古びた美濃国の地図、もう一つは新しく届いた一通の手紙。
紙は上等とは言えないが、筆致は整い、澄んでいる。柳澄斎の書き物に馴染みのある者なら、一目でそれと分かる筆だ。
「去秋、稲葉山中腹・小寺茶室の一局、竹中殿は黒、我は白を執る。
黒、先手を取り、白は勢いを借りる。
今年の美濃の局もまた然り。
龍興殿、すでに国を失う心久し。
もし一城をもってこれを示さずば、昏きを放ち置くに等し。
ただし、城を奪うは最も疑いを招きやすし。
奪いて久しく居れば、諸侯、その貪りを疑う。
奪いてすみやかに返せば、天下、その明を知る。
我が竹中殿に望むところは、一城の主にあらず。一国の明人たらんことのみ。」
半兵衛の指先は「明人」という二文字の上で長く止まった。
目を閉じると、去年の晩秋、稲葉山中腹の小寺の情景がありありと浮かぶ。小さな寺、低く垂れた樹々の影、茶炉の上で静かに沸き立つ湯気。茶室の畳の向こうに、柳澄斎が膝を揃えて座り、窓からの淡い光に白い髪の輪郭だけが浮かび上がっていた。
あの一局で、自分は黒番を握りながら、じわじわと地形を解かれ、気脈を吸い取られて敗れた。終盤、盤の隅で柳澄斎が短く添えた一言──
「君、もし明らかならずんば、明、君の下にもあり。」
その時は高遠な言葉としか思わなかったが、今になってみれば、あれは鋭い刃を穏やかな布で包んで差し出されたような一言だった。
外では風が強さを増し、紙障子がぱたぱたと鳴る。
「半兵衛殿。」
戸口から控えめな声がした。
「安藤様がお着きです。」
「岳父上をお通し申せ。」
安藤守就が室に入ってきた。甲冑を脱ぐ暇もなかったのか、肩にはまだ霜がついている。
「龍興殿、またも本丸で宴だ。今日は夕刻の祈祷すら放り出しておる。」
守就は冷笑しながら言う。
「今しがたも兵は何人必要かと聞かれた。酒席を賑やかすためにな。」
半兵衛は柳澄斎の手紙を折り畳み、袖に収める。
「岳父上。兵は──城へはお出しにならずとも結構。」
守就の眉がぴくりと上がる。
「ほう。」
「その代わり、西美濃各所より兵を二千ばかり、別にご用意願いたく存じます。」
半兵衛は静かな声で続ける。
「龍興殿の酒席に赴くためではなく、城下の辻、兵糧蔵、井口町の要所を、先に押さえるために。」
視線を岳父の顔に上げて止める。
「稲葉山城は──この竹中が、自ら取りに参ります。」
守就は一瞬呆然とし、それから低く笑い出した。
「ようやく、そこまで踏み出したか。」
その笑いには、晴れがましさと同時に、遅すぎたという悔いも含まれていた。主家に対しても、美濃という国に対しても。
「よかろう。」
守就は力強くうなずいた。
「西美濃の各路から二千をかき集めよう。城下はこの安藤守就に任せるがいい。おまえは城内で動け。」
「龍興殿は──。」
半兵衛は目を伏せる。
「どの支城に身を潜めるか、殿ご自身にお選びいただきましょう。」
その言葉を聞いたかのように、屋根の外で風が一きわ強く鳴り、軒先で枯れ葉がかさりと舞い上がった。




