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4.なまはげと死神

「俺は落語とゆうたら、この大喜利しか知らんかったわ」


古びた食堂で三人並んでラーメンを食べていると、ブラウン管のテレビが5代目園楽の馬面を映している。誰もが知る人気番組・笑点だ。

歌丸と楽太郎のいざこざに、ラーメンを食べる他の客がゲラゲラ笑っている。釣られるようにマリアも小さく笑った。

山形の魚介の風味たっぷりの醤油ラーメンを食べ終えた景が、お冷やのお代わりを飲みながらのんびりと話す。


「大抵の人はそうだよね。テレビの影響か、落語より大喜利のが有名だよなあ」

「やっぱ、落語とはちがうん? 大喜利って」

「落語は落語なんだけどね……。寄席のときに大看板となるトリがいない場合や、"怪談噺"みたいので終わるとき、それに代わる最後の演目としてあったらしいんだけど……」

「カイダンバナシ?? カイダン、って2階にのぼる?」


マリアは食べかけの麺を止めて、ポカンとした表情をしている。たしかに日本語は同音異義語が多くて、日本語ネイティブじゃないと難しいかもしれない。


「家にある階段じゃないよ。幽霊とか死神とかのお話のことを怪談噺っていうんだ」

「ユーレイはわかるヨ、オバケね!――でも、シニガミ、分からない。シニガミって何?」

「死神ってのは、そうだなあ……」


ラーメンの汁を飲み干して、俺は頭の中でマリアの問いの答えを探す。

脳裏には髑髏(しゃれこうべ)が鎌を持って浮かんでいるが、俺のボキャブラリーではマリアに上手いこと説明できそうにない。


「今持ってきてるMDだと……、さっき笑点の司会してた園楽の死神があるから聞いてみようか?」







『……このろうそくは、みんな、人の寿命だよ……』


山形を抜け秋田を走り始めると、オーディオのMDは一周して、再び『死神』を流し始めた。マリアは"死神"を理解したらしく、怪談噺に聞き入っていた。

聴きやすい、はっきりとした園楽の声が、スピーカーから漏れる。

今にも消えそうなろうそくの火。消えればおめぇは死ぬ、と園楽が死神の声色で語る。

――でも、俺たちはまだ死にたくはない。


北上するにつれ、雪は重たくなっていくようだった。ハイエースのワイパーは悲鳴を上げながら、まるで白い獣の舌のように降りかかる雪を必死に払う。

スタッドレスタイヤだというのに、アイスバーンの路面で滑り、車のお尻が揺れるたびに心臓が浮く。


「秋田も、雪が多いな……」


俺の声は、自分でも掠れて聞こえた。助手席の景は黙ったまま窓の外を見ている。

後部座席のマリアは毛布にくるまって、小さく震えていた。


『……金で命を売ったんだ。もうじき死ぬよ』


俺たちのろうそくの長さはどのくらいだろう?

死神の洞穴に並ぶ3つのろうそくの火が、頼りなく揺らいでいるような気がする。


落語の死神のオチは噺家によって様々だ。まだまだ新しいオチを考えられる余地がある落語だなんて言う人もいる。

園楽の死神だと、ろうそくを灯そうとして、緊張で手が震え「あぁ、消える」と言って男自身も消えてしまうオチだ。

他には上手くろうそくを灯したのに、自分のため息やくしゃみで消えてしまうオチや、死神を追い払った男が医者として成功するが、最後は死神に寿命を告げられるオチ、あとは死神を追い払うオチもあった気がする。

出来れば俺たちは、死神を追い払うオチになりたいものだが。





午前二時すぎ、道の駅の看板が雪煙の中にぼんやり浮かんだ。俺の身体はバキバキで、眠気もしんどい。景の方を見ると、肩をマッサージしており、マリアもまぶたを擦っている。


「ちょっと休もう。マリア、寒いやろ?」

「……ん、トイレ、行く……」


駐車場に車を滑り込ませる。

外は吹雪で、街灯の光すら届かない。

俺がドアを開けた瞬間、風が雪と一緒に車内に飛び込んできた。


『息をするんじゃないよ……消えるよ?』


白い息が呼吸と共に夜空に消える。

空気がひんやりとして、マフラーを車から取り出そうと座席に手を伸ばしていたため、人影が近づくのに気づくのが遅れた。ナタのようななにかが俺の首筋に突きつけられる。


「……動くなよ、兄ちゃん」

「なんだよ……。なまはげみたいだな」


恐る恐る顔を見ると、ザンギリ頭に赤ら顔のコワモテ男だ。秋田の場所柄、なまはげにそっくりだが――その声は東北弁ではなく、関東の、どこかで聞いたことのあるヤクザ口調だった。分かりやすい追っ手だ。

景が助手席から降りてくる。両手を上げて、静かに笑っていた。


「なまはげさんも、お仕事ご苦労さんですわ」

「うるせえ。銃はどこだ」

「持ってますよ。でも、預かりモンなんで、ここで渡すわけにはいかへんのですよ」

「……死にてえのか?」


ナタの冷たい刃が、俺の首筋にぴったりと食い込む。

息を吐くたびに白い息が刃に当たって、チリチリと凍る音がする。

男の吐息が耳元で熱い。タバコと安酒とどこか血なまぐさい匂い。はっきり言って嫌いな匂いだ。

なまはげと景が睨み合っているとき、俺は後部座席のマリアが俺を助けようと動き始めたのを見えた。つい、声をあげる。


「っ、マリア、出てくるなっ……!!」

「――な、女……!?」


マリアが車窓を開けて自分のブーツを投げようと、大きく振りかぶる。その動きになまはげがマリアに視線を移した、その一瞬の間――ズシャッ!っと雪を蹴る音がした。雪煙が爆発的に舞い上がって、なまはげの視界を一瞬だけ奪う。

景が、ハイエースの影から雪面を滑り込みながら、男の足首を刈りにきた。



「――っ!」


なまはげの体が一瞬浮く。

ナタが俺の首から離れた。わずか三センチ。

その三センチが命の分岐点だった。俺は咄嗟に肘を後ろに突き刺す。

肋骨に命中。男が「ぐっ」と息を詰まらせる隙に、景の右ストレートが顎を捉える。それと同時にマリアのブーツがなまはげの両眼に命中して、ぐらりと体を揺らす。


「ろうそくの火、消したろか?」


景の右肘が男の脇腹にめり込む。

ゴキッ、と肋骨が鳴る音がした。

男が「ぐっ」と息を詰まらせる瞬間、景の左手がナタの柄を掴んで捻り上げる。刃が雪空を切り裂く。

俺は後ろに飛びのいた。マフラーが裂けて、白い毛が舞う。


「てめえ……!」


なまはげがナタを振り回す。

横薙ぎ。雪が一直線に裂ける。

景はそれを紙一重で屈んでかわし、逆に男の膝の裏に蹴りを入れた。

雪に膝をついたなまはげの顔が、街灯に照らされて歪む。


「銃は渡さへんて、言うたやんか」


景が懐から何かを取り出す。

――俺たちの木箱に入ってた新型改造拳銃。

消音器付きの黒光りするやつだ。男の目が血走る。


「てめえ、それ山本さんから盗んだ……!」

「ちゃうわ。預かっただけや」


景が銃口を男の眉間に突きつける。

しばらく無言が続いた。

吹雪の中で、二人の呼気から立ち上る冷たい煙が、長く、高く、白く揺れる。

まるでろうそくの灯りのようにゆらゆらと。

息をしたら、火が消えてしまいそうな儚さがあった。


「――走れ」


景の低い声に、なまはげが一瞬、凍りついた。


「今すぐ走れ。次会うときは、死神が枕元におるときや」


男がゆっくりと後ずさる。

ナタを握った手が震えている。雪がその刃に積もり始める。景とにらみ合うが、なまはげのほうが分が悪いのは明らかだった。


「……覚えてろよ」


捨て台詞を吐いて、男は吹雪の中へ消えた。

足跡はあっという間に雪で埋まっていく。俺は首に手をやる。

薄く血が滲んでいた。熱い。



『……火が、消えた……』



影が完全に消えた瞬間、景の膝が崩れた。拳銃を握ったまま、雪の上に片膝をつく。

肩で息をしている。

手が、細かく、止まらないほど震えている。俺は駆け寄って肩を掴んだ。熱い。震えが伝わってくる。


「景……!」

「……大丈夫や……ちょっと、震えが止まらんだけで……はは……」


マリアがハイエースから飛び出してきて、景の背中にしがみつく。震えを止めるように抱きしめた。

マリアの方が涙を流しているが、景の方が泣いているようにも見える。俺も抱き合う二人の背中に手を重ねる。


「ケイ……! ケイ……!」

「マリア……おおきに、な……」


雪が、三人分の体温を奪っていく。

ふと、俺は首に手をやる。指先に血がべっとりと付いていた。

でも、生きてる。俺の首はつながっていた。



「……行くぞ。死神は、まだ待ってくれとる」


景が立ち上がる。

拳銃をコートにしまい、震える手を握りしめて、いつもの笑みを無理に浮かべた。吹雪が唸る。


街灯の光が、雪煙の中で歪む。俺たちはハイエースに乗り込み、エンジンをかける。

日本海が、黒く静かに波打っている。

MDは、ドサリと倒れる園楽の音をさせ、最後のサゲを流し終えていた。

後ろで、なまはげの足跡は、もう完全に消えていた。ただ、雪の上に落ちたナタだけが、

赤い血の粒を乗せて、ぽつんと残っている。エンジン音が吹雪を掻き分けて、北へ。


死神が待つ方角へ。




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