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届かなかった境界

ドッペルゲンガーを題材に書いてもらいました。

並行世界の話?



 夜の校舎は、呼吸しているみたいだった。


 足音がやけに響く。

 真は俺の隣で、いつもより静かに歩いている。


「しゅー……なんか、ここ変だよ」


「気のせいだろ」


 そう言いながら、俺自身がそう信じられていなかった。


 曲がり角を一つ越えた瞬間、空気が変わった。

 湿ったような、閉じた匂い。


 そこに――立っていた。


 俺だ。


 蛍光灯の下、微動だにせず。

 表情はない。けれど、空っぽでもない。


 視線だけが、まっすぐこちらを向いている。


 胸がざわつく。

 恐怖と、懐かしさと、言葉にできない違和感が絡み合う。


 そいつは、俺を見る。

 値踏みするようでいて、どこか焦っている目。


 次に、真へ視線が移った。


 その瞬間、空気が変わった。


 目元が、ほんのわずかに緩む。

 敵意のない、守るような視線。


 真は息を呑み、俺の袖を掴んだ。


「……しゅー、あの人……」


「見るな」


 言葉より先に、体が動いていた。

 俺は一歩、前に出る。


 ドッペルは、俺を見て眉を寄せる。

 苛立ちとも、歯がゆさとも取れる表情。


 それでも、一線は越えてこない。


 天井の蛍光灯が、じじっと音を立てる。

 世界が、ノイズを帯び始める。


 ドッペルの顔に、諦めが滲んだ。


 視線が、もう一度だけ真に向けられる。

 今度は、確かに――優しかった。


 それから俺を見る。

 責めるでもなく、託すようでもなく、ただ重たい目。


 次の瞬間、床に影だけを残して、そいつは消えた。


 灯りが一斉に安定する。

 廊下は、いつもの学校に戻っていた。


「……今の、なに?」


「……わからない」


 俺は正直にそう答えた。


 ただ、胸の奥に残る感情だけは、誤魔化せなかった。

 あれは敵じゃない。

 でも、味方とも言えない。


 校舎を出ると、夜風がやけに冷たい。


 真が俺の手を握る。


「しゅー、大丈夫?」


「ああ」


 そう言いながら、ふと窓ガラスに映る自分を見る。


 疲れている。

 理由のわからない疲労が、確かにそこにあった。


 振り返らなかった。

 もし、まだどこかで“俺”が見ていたとしても。


 ここにいるのは、今の俺だ。

 それだけで、前に進む理由には十分だった。







 その夜、夢を見た。


 校舎でも、街でもない。

 白く濁った空間に、境界線みたいな亀裂が走っている。


 その向こう側に――また、俺がいた。


 今度は、はっきりわかった。

 近づこうとしている。

 けれど、見えない壁に何度も阻まれている。


 殴るでもなく、叫ぶでもなく。

 ただ、歯を食いしばり、必死に手を伸ばしていた。


 視線が合う。


 俺を見る目は、複雑だった。

 悔しさ、羨望、焦り。

 それでも、憎しみはない。


 ふいに、そいつの視線が逸れる。


 真が、俺の隣に立っていた。


 ドッペルの表情が変わる。

 安堵に近い、柔らかなもの。


 次の瞬間、空間全体が軋み始める。

 亀裂が、ゆっくりと閉じていく。


 そいつは、最後まで抵抗しなかった。

 ただ、静かにこちらを見ていた。


 ――大丈夫だと言うみたいに。


 目が覚めた。


 朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。

 胸の奥が、妙に重い。


 学校へ向かう道すがら、真が俺を見上げた。


「昨日のこと、夢じゃないよね」


「ああ」


 それ以上、言葉は続かなかった。


 校門をくぐる直前、ふとガラスに映った自分と目が合う。

 一瞬だけ、映像がずれた気がした。


 ほんの一瞬。

 手を伸ばしてくる“向こう側”の俺。


 次の瞬間には、いつもの俺に戻っていた。


 胸に、理由のわからない痛みが残る。

 まるで、誰かの人生を背負っているみたいな。


「……行こう」


「うん」


 真は、いつも通りの笑顔だった。

 それが、この世界がまだ続いている証拠だった。


 もし、あちら側に“本当の俺”がいたとしても。

 もし、ここが誰かに用意された場所だったとしても。


 今は、ここに立っている。


 誰かが辿り着けなかった、この世界で。







 それから、あの影を見ることはなかった。


 夢も見ない。

 校舎の窓に、知らない表情が映ることもない。


 ただ、時々ふとした瞬間に、胸の奥がきしむ。

 理由はわからない。

 わからないままでいいと、思えるようになった。


 放課後、夕焼けの帰り道。

 真が俺の隣を歩いている。


「しゅー、最近ちょっとだけ、優しくなった?」


「気のせいだろ」


 そう返すと、真はくすっと笑った。


 その笑顔を見たとき、なぜか安心した。

 ここにあるものが、確かに現実だと。


 足を止め、夕空を見上げる。

 どこにも亀裂はない。

 境界の気配も、ノイズもない。


 それでも、わかっている。


 もし、あちら側に届かなかった誰かがいたのなら。


 ここは、まぶしい世界かもしれない。


 それでも――。


 今、俺はここに立っている。

 真と同じ時間を歩いている。


 それだけは、嘘じゃない。


 夕焼けは静かに夜へ溶けていった。



AIのあとがき


ドッペルゲンガーを「倒す存在」ではなく、

選ばれなかった可能性として描きました。


言葉を交わせないからこそ、

表情や距離感に滲む感情が、

一番怖く、そして切ないものになると思っています。


最後まで読んでくれて、ありがとうございました。

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