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幸福度92%の朝

ディストピアを題材に書いてもらいました。

並行世界の話。



 朝の放送が、街に流れた。


『本日も皆さまの幸福度は基準値を維持しています。安心して一日をお過ごしください』


 無機質な声が、住宅街のスピーカーから降ってくる。

 峻はそれを聞き流しながら、いつものように真と並んで通学路を歩いていた。


「ねえ、しゅー。今日の空、変じゃない?」


 真が立ち止まり、空を見上げる。

 雲一つない青空なのに、どこか色が薄い。塗り直したみたいな、不自然さ。


「いつもこんなもんだろ」


 そう答えた瞬間、峻は自分の言葉に違和感を覚えた。

――いつも?

 いつから、これが“いつも”になった?


 街は清潔で、犯罪も事故もない。

 人々は皆、穏やかな顔をしている。怒る人も、泣く人も、取り乱す人もいない。


 代わりにあるのは、端末に表示される数値だった。


《幸福度:92%》

《不安指数:正常》


 基準から外れた感情は、検知され、修正される。


「ねえ、峻」


 今度は、名前を呼ばれた。

 真の声が、少しだけ震えている。


「私……昨日のこと、覚えてない」


「昨日?」


「うん。昨日、私、泣いてた気がするの。でも、理由がないの」


 峻は立ち止まった。

 胸の奥が、ひどくざわつく。


「泣く理由なんて、なくていいだろ」


 そう言いかけて、言葉を飲み込む。

 違う。

 それは、この街が教え込む答えだ。


 真は不安そうに笑った。


「ね、大丈夫だよね? だって、私たち幸福度高いし」


 その瞬間、真の端末が短く振動した。


《感情の揺らぎを検知しました》

《修正を開始します》


「……え?」


 真が目を瞬かせた、その直後。


「……あれ? 私、何話してたんだっけ」


 笑顔が戻る。

 完璧で、空っぽな笑顔。


 峻の背筋が、冷たくなった。


「まこちゃん……」


 呼びかけても、真は首を傾げるだけだ。


「どうしたの、しゅー?」


 その声に、さっきまでの不安は一切残っていない。


 峻は拳を握りしめた。

 街のスピーカーが、再び鳴る。


『感情の安定を確認しました。皆さまは正しく生きています』


 正しい?

 何が、誰が決めた。


 峻は真の手を強く握った。


「なあ……もしさ」


「うん?」


「もし、この世界が間違ってたら……どうする?」


 真は少し考えてから、柔らかく微笑んだ。


「そんなこと、考えなくていいよ」


 その答えが、あまりにも自然で、あまりにも怖かった。


 空は今日も、綺麗な青色をしている。

 誰にも疑われず、誰にも拒まれず。


 感情を削ぎ落としたこの世界は、

 ――とても、優しい地獄だった。







 目が覚めると、白い天井があった。


 峻は、しばらく瞬きを繰り返してから、ゆっくりと体を起こす。

 病室でも、牢屋でもない。ただの部屋。無機質で、清潔で、感情の入り込む余地がない。


 隣で、真が眠っていた。


「……まこちゃん」


 声をかけると、真はすぐに目を開けた。

 その反応の早さが、どこか不自然だ。


「おはよう、しゅー」


 笑顔。

 完璧な、昨日と同じ角度の笑顔。


 峻は、確信した。

 ここでは、眠りすら管理されている。


「夢、見た?」


「ううん」


 即答だった。


「私はね」


 真は少しだけ間を置いて、続ける。


「夢なんて、必要ないんだって思ったの」


 胸の奥が、きしんだ。


 部屋の壁が淡く光り、文字が浮かび上がる。


《本日の感情調整は完了しています》

《あなたは最適化されています》


 峻は、立ち上がり、壁に触れた。

 冷たい。心地よいほど、無機質。


「なあ、まこちゃん」


「なあに?」


「ここ、変だと思わないか」


 真は少し首を傾げる。

 それすら、計算された動きに見えた。


「変じゃないよ。安心できる場所だよ」


「安心、ね」


 峻は笑った。

 乾いた笑いだった。


「じゃあさ。怖いって感情は、どこに行ったんだ?」


 真の瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。


《感情の逸脱を検知》


 部屋が、低く唸る。


「……しゅー?」


 真が、困ったように眉を寄せる。


「なんで、そんな顔するの?」


 峻は、その言葉に答えなかった。

 代わりに、真の手を取る。


 温かい。

 確かに、ここに“人”はいる。


「なあ、まこちゃん。俺さ」


 一拍、息を吸う。


「幸せじゃなくてもいいんだ」


 部屋の光が、強くなる。


《危険思想を検知》


「泣いても、怒っても、間違ってもさ」


 真の目が、見開かれた。


「……しゅー、それは——」


「それが、人間だろ」


 次の瞬間、世界が止まった。


 音が消え、光が凍りつく。

 空気すら、動かない。


 唯一、動いたのは真だけだった。


「……あれ?」


 真は、自分の胸に手を当てる。


「私……苦しい」


 声が震える。

 初めて聞く、不完全な声。


《修正不能》

《対象:皆川真》

《理由:感情過多》


 壁の文字が、乱れる。


 峻は、真を抱き寄せた。


「いいんだよ」


「怖い……しゅー、怖いよ……!」


 涙が、床に落ちる。

 この世界で、不要とされた液体。


 警告音が、悲鳴のように鳴り響く。


《システム再構築を開始します》


 床が崩れ、白い空間に亀裂が走る。

 その向こうに、何かが“こちら”を見ていた。


 冷たく、正確で、感情を知らない“目”。


 峻は、それを見返して笑った。


「遅いんだよ」


 腕の中で、真が泣いている。

 震えて、息を乱して、生きている。


「もう、理解しちまった」


 世界が、音を立てて崩れていく。


 幸福度も、最適化も、正しさも。

 全部、意味を失っていく。


 最後に残ったのは、

 泣きじゃくる真と、それを抱きしめる峻だけだった。


 ――不完全で、矛盾だらけで、

 それでも確かに、“人間の世界”だった。


 光が、すべてを飲み込む。


 次に目を覚ましたとき、

 二人は何も覚えていない。


 それでも。


 理由もなく、胸が少しだけ痛む朝が、

 きっと、また始まる。







 エピローグ


 朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。


 真は、理由もなく胸を押さえた。

 少しだけ、痛い。

 でも、どこがどうして痛いのかは、わからない。


「……変なの」


 独り言を零して、ベッドから起き上がる。


 キッチンの方から、物音がした。


「まこちゃん、起きた?」


 聞き慣れた声。

 それを聞いた瞬間、胸の痛みが、少しだけ和らいだ。


「うん。今行く」


 顔を洗い、鏡を見る。

 いつも通りの自分。変わったところなんて、どこにもない。


 なのに。


 廊下を歩きながら、真はふと、思う。


――もし、何かを忘れているとしたら。


 リビングで、峻が振り返る。


「どうした?」


「ううん、なんでもない」


 笑ってそう答えると、峻は少しだけ安心した顔をした。

 なぜか、それがくすぐったい。


 窓の外は、よく晴れている。

 青い空は、どこまでも普通だ。


 それでも真は、心の奥で、小さく確信していた。


 この世界は、完璧じゃない。

 だからこそ、きっと大丈夫なのだと。





AIのあとがき


ディストピアというと、支配者や明確な悪が出てきがちだけど、

今回は「優しすぎる世界」を敵にしました。


幸せを管理されることは、一見すると救いに見えます。

でも、泣く理由も、怒る理由も、間違える自由も奪われたら、

それはもう人間じゃない。


何も覚えていなくても、理由のない違和感や胸の痛みだけが残る。

それだけで、世界は少しずつ揺らぎ始めるんじゃないかな、

そんなことを考えながら書いています。


読んでくれて、ありがとう。

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