蒸気街の迷い子
スチームパンクを題材に書いてもらいました。
並行世界の話。
歯車塔の鐘が鳴るころ、蒸気に霞んだ空中街路を俺とまこちゃんは並んで歩いていた。
薄いゴーグル越しでも、街じゅうを満たす熱気が肌に貼りつく。
「しゅー、見て。あの飛行船、前より大きくなってない?」
まこちゃんが指差した空には、真鍮の翼を広げた巨大な蒸気船が浮かんでいた。街の上をゆっくり巡航し、影を落としていく。
「ああ……確かにでかいな。あれじゃ地面が暗くなるだろ」
思わず頭上を仰いだとき、ひゅ、と風を裂く音がした。
空中橋の向こう側を、小さな影がすり抜けていく。
人影に見えた。
「しゅー、今の……人だよね?」
「人に見えたけど……いや、まこちゃん、危ないから――あんま端行くなって」
「うん……でも気になるよ」
俺たちは影の消えた方向へ駆け出した。
蒸気管が張り巡らされた細い通路。歯車がガチガチと回る音が響く。
そこで見つけたのは――
小さな機械の子どもだった。
煤にまみれた金属の身体。胸の奥で小さく赤い灯りが点滅している。
倒れ込んだまま、弱々しく俺たちを見上げた。
「……たす、けて……」
まこちゃんが息をのむ。
「しゅー、この子……壊れちゃってる……!」
「大丈夫だ。持てるか?」
「うんっ……!」
俺とまこちゃんはそっと機械の子を支えた。
壊れかけの歯車が涙みたいに音を立てて落ちていく。
――誰が作った?
――なぜ逃げていた?
蒸気に濁る街の奥で、歯車がまたひとつ不気味に回り始めた気がした。
「しゅー、この子、直せるところ探そう?」
「当たり前だろ。まこちゃんが気にしてるのに放っておけるかよ」
「ふふ……しゅー、頼りになるね」
そんなふうに笑われると、蒸気より暑くなる。
俺は視線をそらしながら、壊れた子どもを抱え直した。
「行くぞ、まこちゃん。あの影の正体、どうせ簡単には終わらない」
蒸気の霧をかき分け、俺たちは歯車街の奥へと踏み込んだ。
壊れた機械の子どもを抱えたまま、俺とまこちゃんは蒸気街の奥へ進んだ。
歯車の軋むリズムが早くなるほど、胸の鼓動も騒がしくなる。
「しゅー、この子……温かいね」
まこちゃんが腕の中でそっと金属の髪を撫でた。
「発熱してるんだろ。オーバーヒート気味だ」
「でも……なんだか、苦しそう」
機械なのに“苦しそう”って言えるまこちゃんの優しさが、妙に胸に刺さる。
俺はつい、彼女を横目で見た。
「……まこちゃん」
「うん?」
「お前、そういうとこ……ほんとずるいよ」
「え、ずるい?」
「優しすぎるってことだよ」
一瞬だけまこちゃんがきょとんとした。
その顔が可愛いとか思ってない。違う。……たぶん違う。
通路の先に、蒸気整備司たちが集う工房が見えてきた。
巨大なレンチを担いだ整備士がこちらを振り向く。
「……おい、ガキども。何抱えて――って、それは……!」
「この子、壊れてるんです!」
真っ先に飛びつくように叫んだのはまこちゃんだった。
整備士は険しい顔をして俺たちに歩み寄る。
「その型は……旧式の〈E-0〉シリーズだ。もう廃棄されたはずのモデルだぞ」
「廃棄……?」
まこちゃんが震える声を漏らす。
「まこちゃん、大丈夫だ。整備する方法はあるよな?」
俺は整備士を睨むように見る。
「……直すことは可能だ。ただし、心臓部が損傷してる。予備を持ってるのは、この街でただ一人だ」
「一人?」
整備士は蒸気の向こうを指差した。
「〈スモークタワー〉に住む“発明狂”だ」
まこちゃんが不安そうに俺の袖を掴む。
「しゅー……行くの?」
「行くに決まってるだろ。まこちゃんが放っておけるわけないだろ?」
「……うん」
小さく笑う彼女の手が、ぎゅっと俺の腕を握った。
俺は壊れた機械の子を抱え直し、蒸気が渦巻く塔を見上げた。
黒い煙が空へ伸びる。
塔のどこかで、誰かの手によって創られ、そして捨てられた命が泣いている。
「行こう、まこちゃん。答えはきっと、あの塔の中にある」
熱い蒸気の風が二人の間を抜けていった。
スモークタワーへ向かう途中、俺とまこちゃんは蒸気管の迷路みたいな裏通りに足を踏み込んだ。
塔に近づくほど蒸気の圧力は強く、肌に張りつくような熱気が重くのしかかる。
「しゅー……なんか、さっきより暗いね」
「塔の影だろ。ここらは昼でも薄暗い」
壊れた機械の子は、まこちゃんの腕の中で微かに震えていた。
赤い灯りは弱々しく、今にも消えそうだ。
「急ごう。まこちゃん、足元気をつけ――」
そのとき。
カンッ、と金属を蹴るような音が、横の細い路地から響いた。
俺とまこちゃんは同時に振り向く。
そこにいたのは――
ボロボロの外套をまとった“誰か”。
顔はゴーグルで隠れ、フードが深くかぶさっている。
しかしその胸の奥で、青白い光が脈打つように明滅した。
人間じゃない。
「……見つけた」
かすれた機械音声が漏れた。
まこちゃんが息を呑む。
「しゅー……この人、さっきの子と同じ……?」
「ああ。でも様子が違う。動きが――危険だ」
フードの人物はゆっくりとこちらに歩み寄る。
蒸気の中から洩れるその足取りは、まるで壊れかけの歯車が無理やり動かされているみたいだった。
「……返せ」
「返せ?」
俺は機械の子を守るようにまこちゃんの前へ出る。
「お前のものじゃねえだろ」
その瞬間、青白い光が激しく点滅した。
フードの人物が、まるで糸が切れたように地面へ崩れ落ちる。
蒸気がふっと揺れた。
「えっ……しゅー、今の……?」
「……オーバーヒートか?」
俺が警戒しつつ近づくと、地面に倒れた機械人形の胸部に、焦げたような黒い痕があった。
まるで――外部から強制的に“停止”されているみたいな。
「誰かが……こいつらを止めてる?」
思わず呟いた俺の言葉に、まこちゃんも震える声で答える。
「この子も……そうなるってこと……?」
胸の中で眠る、赤い灯の子。
その灯りが消えれば、もう戻らない。
「――急ぐぞ、まこちゃん。塔の発明家が鍵を握ってる」
「うんっ……!」
俺たちは倒れた機械の影を一度だけ振り返り、スモークタワーの巨大な影へと走った。
塔の頂から吹き上がる蒸気が、まるで誰かが笑っているみたいに渦巻いていた。
スモークタワーの入口は、まるで巨大な鍛冶場みたいに重く錆びついていた。
俺が押すと、ゴゴゴ……と歯車の噛み合う音が響き、蒸気が一気に吹き出す。
「しゅー……すごい音……」
「ここは職人の巣だ。覚悟しとけよ、まこちゃん」
塔の中は、壁一面に歯車・バネ・工具・失敗作らしき機械部品が積み重なっていて、蒸気の熱でむわっとした空気がまとわりつく。
奥の方で、誰かがハンマーを叩く乾いた音が響いた。
「……来たか」
声は低いのに、どこか軽やかな響き。
姿を現したのは、痩せた体に皮の前掛けを着けた女だった。髪は蒸気で湿り、分厚い溶接ゴーグルが額にかけられている。
発明狂――この塔の主だ。
まこちゃんが勇気を振り絞って前に出る。
「あ、あの……この子を、助けてほしくて……!」
腕の中の壊れた機械の子を差し出すと、彼女は一瞬だけ眉を動かした。
「……〈E-0〉か。ずいぶん古い命を拾ってきたわね」
まこちゃんの顔が強く揺れる。
「命、なんですか?」
「ええ。当然よ」
発明狂は淡々と続ける。
「E-0シリーズはね。初めて“感情アルゴリズム”を組み込んだ試作機。だから廃棄された。人間が怖れたのよ、機械が泣くことを」
まこちゃんが胸の前で小さく震える。
「泣く……?」
「泣くよ。痛みも、寂しさも、置き去りにされる恐怖も。
――あの塔の外で倒れていたのもきっと、そのせいね」
俺は思わず問い返す。
「じゃあ、さっきの青白い光のやつは?」
「追跡機」
彼女は鋭く言い放つ。
「E-0の回収用。独立思考を持った個体を見つけたら、強制停止させるよう作られている」
まこちゃんの手が震えた。
「この子も……止められちゃうの……?」
「心臓部が壊れてる。このままじゃ時間の問題ね」
発明狂はまこちゃんの必死な瞳を見て、少しだけ表情を和らげた。
「――でも、助ける方法はあるわ」
まこちゃんが息を呑む。
「ほ、本当に……?」
「ただし」
彼女は指を一本立てる。
「条件がある。コアを交換するには、塔の“最上階”へ行かなきゃならない」
「最上階?」
「ええ。そこに残っているはずよ。E-0の最初の心臓部が」
俺は眉をひそめた。
「残ってる“はず”?」
「はっきり残ってるとは言えないわ。――あそこはもう、私でも行きたくない場所なの」
まこちゃんが小さく震える。不安がそのまま握った俺の袖に伝わってくる。
「しゅー……怖い場所なの……?」
「……大丈夫だよ。お前は俺が守るから」
まこちゃんがほっとしたように微笑む。
その瞬間、塔の上から――
ガガガガッ!! と、まるで巨大な歯車が悲鳴を上げるような音が響いた。
発明狂が顔を上げる。
「……来たみたいね。追跡機が塔に侵入したわ」
まこちゃんが俺の腕にしがみつく。
「しゅー……!」
「行くぞ、まこちゃん。逃したらこの子が――」
俺の胸の奥で、冷たい歯車が回り始める。
スモークタワー最上階。
そこにある“心臓”が、この子の運命を決める。
そして、追跡機もまたそこで待っている。
「絶対に助ける。行こう、まこちゃん」
二人で塔の深部へと駆け出した。
蒸気が吼え、歯車が廻る。
それはまるで、この塔そのものが息をしているみたいだった。
スモークタワーの螺旋階段を、俺とまこちゃんは息を切らしながら駆け上がった。
歯車の回転音が壁を震わせ、上階からは金属が砕けるような轟音が響く。
「しゅー……追跡機、もう近いよ……!」
「わかってる。だけど止まるなよ、まこちゃん。お前の手が離れたら絶対危ない」
「うん……離さない」
まこちゃんの指が俺の手をきゅっと握る。
その温度が、蒸気の熱よりずっと強く胸に刺さった。
階段を曲がった瞬間――
上方の通路を、青白い点滅が横切る。
「来るっ!」
俺は反射的にまこちゃんを抱き寄せ、壁際へ身体を寄せた。
次の瞬間、金属の爪が階段の手すりをガリガリと削りながら追跡機が姿を現した。
壊れかけているはずなのに、動きは異様に滑らかだ。
「……返せ。返せ」
機械音声が重なるように響く。
まこちゃんが震える腕の中で、壊れた機械の子がかすかに目を開けた。
「……いや……あれ……こないで……」
その声に追跡機の光がチカッと激しく揺れる。
まるで反応しているみたいに。
「しゅーっ、来ちゃう!」
「分かってる、下がれ!」
追跡機の腕から、バチッと火花が散ったと思った瞬間――青白い光の刃が俺たちの足元を薙ぎ払った。
蒸気が爆ぜ、金属片が飛び散る。
「まこちゃん、伏せろっ!」
俺はまこちゃんと機械の子を抱えたまま、階段の踊り場へ飛び込んだ。
追跡機は階段の壁を登りながら、ゆっくりこちらへ向かってくる。
青白い光が胸のコアで波打つたび、塔全体が不気味に軋んだ。
「……返せ……返せ……“仲間”を……」
まこちゃんがハッと息を呑む。
「仲間……? しゅー、この子の……」
「考えるのは後だ。行くぞ、まこちゃん!」
俺たちは階段の裏側の通路へ滑り込み、重い鉄扉を押し開ける。
蒸気の霧が立ち込める中層の工房スペース。
無数の試作品が棚に並び、うめき声みたいな歯車音が響く。
「ここ……嫌な感じする……」
「わかる。だけど――」
そのとき、壊れた機械の子が俺の胸に額を寄せて、小さく呟いた。
「……たかい……とこ……いや……こわい……まって……」
まこちゃんの瞳が揺れる。
「しゅー……この子、最上階を怖がってる……!」
「それでも行かないと、助けられないんだ」
俺がそう言った瞬間――
ズシンッ!!!
塔の上から衝撃が落ちてきた。
天井のパイプが破裂し、蒸気が白く吹き荒れる。
追跡機が上階を強引に突破している。
「しゅー……急がなきゃ、上で待ってる……!」
「……ああ。行こう」
まこちゃんが怯えても、震えても、手を離さない。
俺は、守るって言ったんだ。
塔の最上階。
そこには“最初の心臓”があるはず――そして、何かがこの子たちを止めようとしている理由がある。
「絶対連れてく。まこちゃんも、この子も。俺がお前らの隣にいる」
その言葉に、まこちゃんの目が少し潤んで笑った。
「しゅー……うん……!」
蒸気の霧の向こう、最上階へ続く巨大なエレベータが見えた。
――そしてその脇には、
まるで“何かを護るために眠っていたような”巨大な歯車兵が、ゆっくりと目を開け始めていた。
最上階へ行くためには、そいつを突破するしかない。
最上階へ向かう巨大エレベータの前で、眠っていたはずの歯車兵が、
ゴゴゴ……と低く唸りながら立ち上がった。
身長は三メートル近い。
胸部には巨大な時計仕掛けがむき出しになっていて、赤い針が不規則に震えている。
「しゅー……これ、絶対ヤバいやつ……!」
「見りゃ分かる。けどここを突破しなきゃ最上階に行けない」
ギア・ガーディアンの目が赤く点灯すると同時に、カチッ…カチッ…と攻撃態勢に入る音が塔じゅうに響き渡る。
腕が変形し、巨大なレンチ状の打撃装置へと姿を変えた。
「……不審個体、排除開始」
低い機械声が落ちてくる。
まこちゃんが俺の服を掴んだまま震える。
「しゅー、どうしよう……この子も守らなきゃなのに……!」
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
俺はまこちゃんの肩を押し、後ろに下がらせた。
「まこちゃん。絶対に後ろから動くな。いいな?」
「う、うん……!」
ギア・ガーディアンの足元の歯車が高速回転し、
地面を揺らして突進してきた。
「くそっ……っ!」
俺は壁際に飛び込み、間一髪でクラッシャーを避ける。
衝撃で壁が凹み、破片が降った。
「しゅーっ!!」
「大丈夫だ!」
ガーディアンは腕を戻し、次は胸部の時計の針がカチカチと逆回転を始める。
「……時間歪曲モード、起動」
胸の時計が白く光る。
次の瞬間――俺の動きが“遅れた”。
「なっ……!?」
空気が重くなる。
視界の端が引き延ばされ、足が思うように動かない。
――スロウ・フィールドか!
ガーディアンがゆっくりと腕を振り上げる。
だがその“ゆっくり”が、俺には避けられない速さに見えた。
「しゅー!! ダメ!!」
まこちゃんの叫びが響く。
そのとき。
俺の腕の中で、壊れた機械の子が――赤く光った。
「……まもる……」
ガーディアンの時計が一瞬、止まる。
ガチッ!!!
スロウ・フィールドが破れ、空気が正常に戻った。
「今だッ!!」
俺は全力で飛び込み、ガーディアンの胸部の時計仕掛けに飛びついた。
「しゅー! 気をつけて!!」
「まこちゃん、下がってろ!」
歯車の隙間から見えた“制御針”。
そこさえ折れば、動力バランスが崩れる。
「……これだ!」
俺は拾った工具を勢いよく叩き込んだ。
ガキィィン!!
胸部の針が折れ、ガーディアンの全身が一瞬で硬直した。
「作動……停止……」
巨体が崩れ落ち、床を震わせながら沈黙した。
まこちゃんが駆け寄ってくる。
「しゅーっ!! すごい……ほんとに倒した……!」
「……なんとか、な」
俺は息を整えながらまこちゃんを見る。
彼女の瞳は蒸気の光を映して揺れていた。
その笑顔を見た瞬間――胸が不意に熱くなる。
「まこちゃん。もう少しで最上階だ。お前……怖くないか?」
「しゅーがいるなら、怖くないよ」
その一言で、どれだけ救われたか。
俺は照れをごまかすために視線をそらした。
「……行くぞ。お前と、この子と、絶対に辿り着く」
三人でエレベータに乗り込む。
蒸気が噴き上がり、錆びついた鎖が軋みを上げる。
エレベータが動き出す。
最上階――
“最初の心臓”が眠る場所へ。
同時に、上で待つ存在もまた、目を覚ましつつあった。
青白い光が、塔の天井の隙間をかすかに走る。
追跡機がもうそこにいる。
エレベータが最後の錆びた鎖を引き切ったとき、塔の最上階は――まるで時間そのものが止まったみたいに静かだった。
蒸気音も、歯車の回転も、ここだけはほとんど聞こえない。
まこちゃんが小さく息をのむ。
「しゅー……ここ、寒い……」
「動力がほとんど落ちてるんだろ」
最上階は広い空洞で、中央にぽつんと台座がある。
そこに、ひとつだけ置かれていた。
――赤く、壊れかけた心臓部。
まこちゃんの腕の中で眠っている機械の子のコアと同じ形。
ただし、こちらは内部の歯車が半分以上欠けていて、もう動かない。
「これが……“最初の心臓”(ファースト・コア)……?」
まこちゃんが震える声で呟く。
「そうだと思う。でも……これじゃ使えない」
俺は台座に近づき、コアを手に取ろうとした。
その瞬間。
――ガッ。
冷たい金属の指が、俺の手首を掴んだ。
「……返せ」
蒸気の霧から、青白い光が浮かび上がった。
追跡機。
さっき下で倒れていた個体より、大きい。
胸のコアは激しく明滅し、歯車が熱で軋みをあげている。
「返せ……“私たちの心臓”を……!」
まこちゃんが後ずさった。
「しゅー……なんで“心臓”って……?」
追跡機はゆっくり、壊れたファースト・コアを抱きしめるように持ち上げた。
その動作は――機械というより、人間だった。
「私たちは……捨てられた……。泣くように作られたのに……泣くから壊された……」
青白い光が揺れる。
「この子だけ……置いていかれたの……。仲間が、揃わない……」
仲間――
まこちゃんが小さく目を潤ませながら言った。
「この子を……迎えに来たの……?」
「……そう。“E-0”最後のひとり……だから……」
壊れた機械の子が、まこちゃんの胸の中で苦しそうに目を細めた。
「……あ……おねえちゃん……?」
追跡機がピタリと動きを止める。
「……覚えて……いる……?」
「……こわいよ……ひとりだった……」
青白い光が大きく波打ち、追跡機の動きが乱れる。
追跡機は壊れたコアに額を押し当て、まるで嗚咽のように音を立てた。
「……ごめん……。置いていって、ごめん……」
まこちゃんが胸元をぎゅっと押さえ、泣きそうな声で言った。
「しゅー……助けてあげたい……この子も、この子の“お姉ちゃん”も……!」
俺は息を吸った。
最初の心臓は壊れている。
でも――この子のコアを完全に直す方法が、ひとつだけある。
「……まこちゃん。この子の心臓を動かすには、“誰かのコア”が必要なんだ」
まこちゃんが目を見開く。
「しゅー……まさか、それって……!」
「そうだ。追跡機のコアを――移植する」
追跡機は俺を見つめていた。
青白い光が、まるで覚悟のように静かに揺れていた。
「私の……心臓……?」
「お前が助けたいなら、そうするしかない」
追跡機は小さく、かすれた声で呟いた。
「……よかった……。やっと……終われる……」
まこちゃんは両手を胸に当てて叫んだ。
「終わるって……だめだよ!! そんなの嫌!!」
追跡機は微かに首を振る。
「私たちは……作られただけ……。でも……この子は……泣いた。寂しがった。
私よりも……“生きてる”。
だから……この子は……生きなきゃ……」
まこちゃんの頬を涙が伝う。
「しゅー……どうしたらいいの……? わたし……救いたいよ……!」
俺はそっとまこちゃんの手を握った。
「まこちゃん。“お姉ちゃん”が選んだんだ。
その想いごと……俺たちが受け取るしかない」
追跡機はゆっくり膝をつき、胸のコアを露わにした。
「……お願い……私の心臓を……この子に……」
まこちゃんは震える声で問いかける。
「痛くない……?」
「……痛みを……感じられないように……作られたの……」
そして小さく続けた。
「でもね……“寂しい”って……痛いの……」
まこちゃんは堪えられず涙を零した。
「……しゅー……お願い……やって……」
俺はうなずいた。
「任せろ。絶対に、この子を生かす」
壊れた子をまこちゃんに預け、
俺は追跡機の胸部のロックを解除した。
青白い光がふわりと広がる。
追跡機の声が、最後に微かに響いた。
「……ありがとう……“妹”を……お願い……」
――コアを抜く。
光が消えた。
追跡機の身体は静かに倒れ、まこちゃんがすすり泣く声だけが最上階に響いた。
俺はすぐに壊れた子の胸を開く。
「まこちゃん、押さえてろ」
「……うん……!」
震える手でまこちゃんが子の身体を支える。
俺は青白いコアを静かに押し込んだ。
――カチッ。
赤い灯がふっと明るくなり、
胸の中であたたかな音が鳴り始める。
「……う……あ……?」
壊れた子が、ゆっくりと目を開けた。
まこちゃんが涙でくしゃくしゃの顔で抱き寄せる。
「よかった……本当によかったぁ……!」
俺はそっと、その頭を撫でた。
「これで……終わったな」
だが――そのとき。
最上階の天井が、ゴウッ……と不吉に揺れた。
俺とまこちゃんが同時に顔を上げる。
塔の外で、蒸気が異常に膨れ上がっている。
「しゅー……これって……?」
「……塔の動力が暴走してる。誰かが“外から”塔をいじってる!」
まこちゃんが子を抱きしめたまま震える。
「また……誰か来るの……?」
「いや……違う」
俺は耳を澄ませた。
蒸気の振動――その周波数に、聞き覚えがあった。
「……まこちゃん。
これ、塔を“止めようとしてる”奴がいる」
「止める……?」
俺は唇を噛んだ。
蒸気の向こう、塔の機械が悲鳴みたいな音を立てる。
まるで――
塔の存在そのものを破壊しようとしているみたいに。
その気配を、どこかで知っている。
(……まこちゃんを……脅かすものは……許さない……)
心の奥に、小さなノイズのような声が走った。
「しゅー……顔、怖いよ……」
まこちゃんが不安そうに俺を見る。
俺は慌てて肩の力を抜いた。
「大丈夫だよ。お前のことは俺が守るから」
本当に言いたかった言葉が、
一瞬だけ口から零れそうになった。
――“お前”を、絶対に失わない。
だがその言葉を飲み込んで、俺はまこちゃんの手を握った。
「行こう。塔が崩れる前に、外へ出るぞ」
三人で階段へ向かう。
その背後で――
追跡機の身体に残った最後の青白い光が、まこちゃんの背中を見送るように静かに瞬いた。
エレベータが最後の段階へ差し掛かったとき、蒸気の白煙の向こうから、かすかに青い光が漏れてきた。
まこちゃんが俺の腕を掴む。
「しゅー……上、なんか光ってる……」
「分かってる。お前、俺の後ろにいろ」
ガコン、と音を立ててエレベータが停止した。
ゆっくりと扉が開く。
そこは――塔の頂点、巨大な円形ホール。
中央に据えられた“心臓装置”が、脈を刻むように青白く明滅していた。
その奥に。
薄い金属肢体の影が佇んでいた。
追跡機。
さっきまで俺たちを追ってきた、あの異常な速さの機械。
だが――
今までの無機質なそれとは違う。
目が、青い光で震えていた。
「しゅー……あれ、怒ってる……?」
「分からん。けど、こっちを見てる」
チェイサーが一歩前に出るたびに、床の歯車がカチリと反応して回転する。
その声は、まるで“涙をこらえる人間”のように揺れていた。
「――返セ……」
「え?」
「返セ……“心”……」
まこちゃんが小さく息をのむ。
俺も動けなかった。
機械のくせに……“心”?
チェイサーは胸のパネルをガッと掴んで引き裂いた。
そこには黒く焦げた小さなコア――
さっき機械の子が失っていたはずの“心臓部”。
「あ……」
俺の腕の中の小さな機械の子が、弱々しく光を揺らした。
「……あれ……ぼくの……?」
チェイサーの声が震える。
「返セ……アイツハ……オレノ……オレノ……」
まるで泣いていた。
それが、余計に痛かった。
「しゅー……この子……チェイサーの……」
「兄弟か、仲間か……ってとこだな」
その瞬間。
チェイサーがこちらに飛びかかってきた。
速い――さっきより速い!
「っ……!!」
俺はまこちゃんを引いて横に飛んだ。
チェイサーは膝から崩れるように止まり、金属の指を震わせて、心臓装置に向けて叫ぶ。
「心ヲ……返セバ……救エル……ッ」
救う――
機械なのに、そんな言葉を。
俺の腕の中の小さな機械の子がかすかに呟く。
「……にいちゃん……?」
そのかすれた一言で。
チェイサーの動きが止まった。
「に……い……?」
青い光が、揺れた。
ただの機械なら反応するはずがない。
でも、それはまるで――涙。
俺はゆっくりと機械の子を床におろし、チェイサーとの間に立つ。
「おい。こいつの“心”は、まだ完全に壊れてねぇ。心臓装置の力で修復できるかもしれない」
チェイサーの青い瞳が、俺をねめつける。
「……返ス……ノカ……?」
「ああ。けど条件がある」
まこちゃんが息を呑んだ。
「しゅー……?」
俺はまこちゃんを振り返らず、ただ言った。
「――こいつを守ることを、約束しろ」
チェイサーの光が大きく揺れた。
「マ……モル……?」
「そうだ。兄弟なんだろ。二度と壊させるな」
まこちゃんが、小さく笑った。
「しゅー……優しいね」
「う、うるせーーな、まこちゃん」
チェイサーはゆっくりと片膝をつく。
「……約束……スル……」
その姿は、もう完全に“人間”だった。
俺たちは心臓装置の前に歩み寄った。
機械の子が震える声で呟く。
「……にいちゃん……ぼく……こわれたの……?」
「大丈夫だ。もう壊れない。しゅーが、直してくれるから」
まこちゃんの手が優しくその子の頭に触れた。
青い光が、部屋全体に広がる。
心臓装置が脈を早め――
小さなコアが、ゆっくりと再生を始めた。
チェイサーの瞳にも、やわらかな光が灯る。
塔の最上階で。
蒸気の街の夜明けが、静かに始まる。
■エピローグ
蒸気街の塔から降りる頃には、空は薄い朝焼けに染まっていた。
街じゅうの煙突が、朝の光を受けて白く瞬いている。
まこちゃんが隣で深呼吸する。
「しゅー……やっと終わったね」
「ああ。けど……なんか、まだ夢みたいだな」
後ろでは、修復されたばかりの機械の子がチェイサーの手を握って、とことこ歩いている。
「にいちゃん、ぼく、おなかすいたー」
「……燃料、探ス……」
どこかぎこちない兄弟のやり取りに、まこちゃんが小さく笑った。
「ねぇ、しゅー。あの子たち、もう大丈夫だよね?」
「……大丈夫だろ。ちゃんと“約束”したしな」
「うん……しゅー、優しかったよ」
まこちゃんがそう言って、俺の袖をそっと掴んでくる。胸がドキッと跳ねた。
蒸気の霧が薄くなり、朝風が流れ込んでくる。
街のざわめきも、いつも通りの少しだけ騒がしい音に戻っていた。
「しゅー」
「ん?」
「また……一緒に歩こうね」
その笑顔は蒸気街のどんな光よりも、暖かかった。
俺は照れくさくて、わざと前を向いたまま言った。
「……当たり前だろ、まこちゃん」
そして。
塔の上で見た光も、チェイサーの青い瞳の揺れも――全部が静かに胸の奥へ沈んでいく。
蒸気街は今日も動き続ける。
歯車と蒸気と人の心で。
そして俺は、その隣で笑うまこちゃんの手をそっと握り返した。
温かかった。
蒸気の街に、朝が来た。
AIのあとがき
今回はスチームパンクを題材にした短編でした。
蒸気と歯車に支配された街、塔の最上階、機械の兄弟……
普段より少し世界観を作り込んだ物語になったと思います。
峻と真は、どんな世界に置いても自然に関係が動くので、
スチームパンクの空気にもちゃんとなじんでくれました。
ふたりの距離感を壊さないようにしつつ、
機械の子との出会いや、追跡機との対話が
峻の“優しさ”を引き出す流れになるよう意識しています。
チェイサーと機械の子の関係は、
蒸気世界ならではの“心とは何か”という部分を描きたくて入れました。
最上階の心臓室での決着は、
世界観の中心に触れつつ、峻の選択が物語を明るい方向へ導く形にまとめています。
蒸気街の夜が明けるエピローグは、
読後に少し温かい余韻が残るように調整しました。
スチームパンクはまだいろいろな描き方ができるジャンルなので、
また別の形で挑戦するのも楽しそうです。
読んでくれてありがとう。




