百合の隙間は神聖で
ヒロインが女子にモテモテになり主人公がハラハラする話をお願いしました。
並行世界の話。
昼休みの教室。
俺は、自分の席で弁当を開きながら、少し離れた場所から聞こえる女子たちの黄色い声に耳をそばだてていた。
「ねぇ真ちゃん、今日もお弁当一緒に食べよ?」
「真ちゃん、昨日の髪型めっちゃ可愛かったよ〜!」
「ちょっと、真ちゃんは私と帰る約束――」
俺の彼女、まこちゃんが、クラス中の女子に囲まれていた。
囲まれているというか、祀られていたと言った方が正しい。
少女漫画のヒロインが光の中で微笑むみたいに、中心でにこにこしている。
「え、えへへ……ありがとう。でも、そんなに褒められると……くすぐったいよ?」
嬉しそうに笑いながらも、相手の目をしっかり見て返すその優しさ。
そりゃあ女子が落ちるのも当然だろう。俺だって落ちた。
――が、しかしだ。
(……なんか増えてない? ファンクラブみたいなのも出来てるし……)
昨日は三人くらいだったのに、今日は七人。
特に“真ちゃん絶対守る会”とかいう謎の女子組織ができており、俺が近づくと、なぜか空気がぴりっとする。
そんな中、まこちゃんが俺に手を振った。
「しゅー、お昼一緒に食べよ?」
その瞬間、女子たちの表情がパッと固まる。
(え、俺、今、刺される?)
いや比喩じゃなく、なんか筆箱からシャーペン持ち上がってる子いるんだけど。
「……どうぞどうぞ!」
「お、お幸せに……?」
「ちょっと真ちゃん! その……裏切りじゃ……?」
「裏切りってなに!?」
俺がツッコむより先に、まこちゃんが困ったように眉を下げる。
それだけで女子たちが一斉に「尊い……」と耳を押さえ崩れ落ちる。
百合の聖域が壊れた瞬間に立ち会ってしまったような光景だ。
そんな教室の片隅で、俺は心の中で叫んだ。
(百合の隙間に俺を入れてくれ……!!)
◇
最近、まこちゃんの女子人気は留まるところを知らなかった。
黒板に「今日の真ちゃん観察記録」が貼り出されるのも日常だし、体育の時間は女子側がまこちゃんの取り合い。
男子は蚊帳の外、というか完全に観客。
でも一番堪えたのは放課後だった。
帰り支度をしていると、まこちゃんの机の上に“真ちゃんの好きなところ100”みたいなノートが置かれていた。
ページをぱらりとめくると、
「真ちゃんの寝癖が愛しい」
「真ちゃんが水を飲む喉の動きが清らか」
「真ちゃんのうなじが神聖で触れてはいけない」
……百合の信仰書か?
「ね、ねぇしゅー……これどうしたらいいと思う……?」
「そっと返そうか……」
そっと閉じると、ページの隙間からハート型の手紙がひらりと落ちる。
『真ちゃんは私たち女子の宝です。
男子の手には渡しません。
――真ちゃん守護連盟』
(宝って……もはや文化財扱いじゃん)
「えへへ……困ったなぁ」
まこちゃんは頬をぽりぽりかきながら、少しだけ俺の袖を掴む。
「しゅーは……イヤ?」
その一言で胸がぎゅっとなる。
「……イヤなわけあるか。
でも、取られそうで怖いよ」
ぼそりと言うと、まこちゃんは顔を真っ赤にして、袖から俺の手を握ってきた。
「……ありがと。
しゅーはちゃんと、私のこと見てくれてるって……好きって、言ってくれてるって……わかってるよ?」
その甘い声。
その距離。
その繋いだ手。
とたんに周囲の女子たちが、
「ぎゃあああああああ!!」
「まことちゃんが男の手を……!!」
「尊いけど無理耐えられない……!!」
「焼けろ、リア充!!(でも別れないでほしい)」
と倒れ始めた。
(なんだこれ……宗教戦争の始まり?)
◇
数日後。
女子の過熱はついにピークに達し、生徒会が介入してきた。
「皆川さんを“百合の象徴”として扱うのは禁止とします」
張り紙が貼られ、まこちゃんは職員室に呼ばれ、
「男子生徒に対しても適切な距離を」とか注意されていた。
その帰り道。
まこちゃんは、俺の袖を先に取った。
「……ねぇ、しゅー。
私、誰にどう思われてもいいけど……しゅーが困ってるのはイヤだよ」
言葉が喉の奥で詰まる。
その表情が優しくて、少ししょんぼりしていて、それでも俺を見てくれる。
「百合の隙間……守られてるみたいで、ありがたいって思うの。
でもね――
その隙間に、一番いてほしいのは……しゅーなんだよ?」
そう言って俺の胸元につかまったまこちゃんの髪が、風でふわっと揺れた。
愛しい。
可愛い。
守りたい。
全部混ざった衝動に負けそうになる。
「……俺も。
まこちゃんが誰に人気でも、俺が一番好きでいてほしい」
言った瞬間、まこちゃんは肩まで真っ赤にして、
「す、好き……!」
と俺の胸に顔を埋めた。
その耳元で、小さく小さく。
「しゅー……ちょっとだけ、キス……したい」
……。
……次の瞬間。
近くの柱の陰から、女子の悲鳴が聞こえた。
「ぎゃあああああああああ!!!」
「リアル百合の破壊者がここにいる!!!」
「でも尊いから許す!!!」
「尊いけどなんで私は泣いてるの!?!?」
俺たちは同時に顔を見合わせて吹き出した。
涙が滲むほど笑って、
でもそのあと、ちゃんと二人で影に隠れて、そっと触れたキスは――
百合の信仰にも、クラスの混乱にも邪魔されない。
ほんの一瞬、
俺とまこちゃんだけの、小さな神聖な隙間だった。
---
――これは宣戦布告である。
「皆川真ちゃんは我らの“百合の象徴”です!
男子の介入を断固として拒否します!」
朝の教室の黒板に、なぜかでかでかと貼られた宣言文。
タイトルは**『真ちゃん守護連盟・正式決起告知』**。
(本気かよ……!)
俺は登校してすぐ、教室の前で立ち尽くした。
女子たちは妙に整列しているし、なにより真ん中にリーダー格の女子、安アヤメが腕を組んで立っていた。
「佐波峻。
あなたが“真ちゃんと手を繋いだ事件”以降、女子たちの心は不安定なのです」
「事件って……。俺、彼氏なんだけど」
「知ってます。知ってますけど……!
真ちゃんは女子の癒し、浄化、希望、光、すべてなのです!」
宗教か?
そこへ、タイミングよくまこちゃんが登校してくる。
「あっ、しゅー、おはよ――わ、え、なにこれ?」
教室の女子の列が、一斉にまこちゃんへ敬礼。
「真ちゃん、本日も尊い……!
清らか……!
浄化される……!」
「え!? え!?」
まこちゃんはびくっ、と俺の後ろに隠れた。
その瞬間――
「真ちゃんが男の背中に隠れたァァァ!!!」
「しゅーの後ろに回った!?
これはもう結婚前提では……!?」
「いや落ち着け!!」
俺の叫びむなしく女子たちの妄想は暴走していく。
◇
その日の昼休み。
ついに“決戦”が始まった。
「佐波峻。
我々は真ちゃんの名誉と心を守るため、あなたに最終確認をしたい」
「……なんだよ」
女子たちは机を囲み、俺を中心に輪を作った。
なんだこの尋問スタイル。
「あなたは、皆川真ちゃんを――
本当に、本当に、大切にしていますか?」
「……してるに決まってるだろ」
「じゃあなぜ昨日、廊下で真ちゃんとキスを!!」
「み、見てたのか!?」
「見てました!!(全員号泣)」
女子十数人が一斉に目を覆って泣き出す。
いや泣くなよ!? というか覗いてたの!?
それ犯罪じゃない!?
「しゅー……ごめん……」
横でまこちゃんが申し訳なさそうに袖をつまんでくる。
「いや、悪いのは俺でもまこちゃんでもなく……この状況だよな!?」
◇
ついに女子たちが動いた。
「真ちゃんを守るため、我々は“純潔観察隊”を結成します!」
「純潔ってやめろ!? 誤解される言い方すんな!?」
「佐波峻。
今後、真ちゃんと過度にいちゃつくのは禁止とします」
「あのなぁ……!」
でも俺が反論する前に、まこちゃんが一歩前に出た。
「――やだ」
女子たちが凍り付く。
「しゅーと、手も繋ぎたいし……
キスもするし……
好きって言い合いたいよ」
その頬は赤くて、でもまっすぐで、泣きそうに優しい声だった。
「その……しゅー、大好きなんだよ?」
女子たち、全滅。
数名はうずくまり、数名は窓を掴みしめ、何名かは“ありがてぇ……”と天井を仰いでいた。
アヤメだけが震えながら叫んだ。
「……っ、では質問ですッ!
佐波峻!!
あなたは真ちゃんを泣かせませんね!?」
「もちろんだ」
「毎日可愛いって言いますね!?」
「……言ってる」
「お弁当のピーマン残しても怒りませんね!?」
「怒るかよ!」
「真ちゃんが将来、髪をバッサリ切っても、歯が痛くて変な顔になっても、同じように愛せますね!?」
「それは当然だろ!」
「真ちゃんがもし“しゅーのこと好きすぎて、ちょっとだけヤキモチ焼いてほしい”って言っても?」
ちらっ、とまこちゃんを見る。
耳まで真っ赤だった。
「……焼くよ。
多少じゃなくて、けっこう。」
「ぎゃあああああああああ!!!」
クラス女子、第二次崩壊。
◇
夕方、教室が静かになった頃。
まこちゃんが俺の隣に来て、ちょこんと座った。
「……しゅー。
ありがとう。
なんか……すごく嬉しかった」
「俺も。
まこちゃんが……ああ言ってくれて、助かったよ」
ふっと笑ってくれる。
うなじに落ちる髪、手首の細さ。
俺の胸がじわっと熱くなる。
(女子の大群より、この一人が大事なんだよな)
そう思った瞬間、教室の入り口の影から、
「……二人とも、結局尊いんだよね……」
「録音した……」
「今日も生きててよかった……」
女子の声がひそひそと聞こえた。
「おい、まだいたのか!?」
「……やっぱり、真ちゃんの隙間に男がいるの許せない……でも尊い……矛盾……!」
「宗教やめろ!?」
こうして、峻 VS クラス女子の戦いは――
しばらく続くことになるのだった。
---
教室の女子たちによる“真ちゃん守護連盟”の暴走が落ち着いた……かと思いきや。
数日後、放課後の廊下。
俺は一人で帰り支度をしていた。
(……まこちゃん、遅いな。職員室に呼ばれたって言ってたけど)
と、女子が数人、俺の机の前でそわそわしているのが見えた。
「あの、佐波くん……今日の皆川さん、なんか様子変じゃなかった?」
「ずっと落ち着かない感じで……」
「えっと、その……ここだけの話、佐波くんと話そうとすると顔真っ赤になって逃げる……みたいな?」
「え?」
まこちゃんが……俺を避けてる?
胸がひやりとしたそのとき――
「しゅー……っ!」
勢いよく教室の扉が開き、まこちゃんが駆け込んできた。
息を切らして、うるんだ目で俺を見る。
「ま、まこちゃ――」
「しゅー、来て!」
手首をぎゅっと掴まれ、そのまま廊下へ引っ張られる。
「ちょ、ちょっと待っ――」
「ダメ……。
しゅーは、今日……私のだから……!」
声が甘く震えていて、耳の先まで真っ赤。
女子たちが教室の中から飛び出してくる。
「真ちゃん!?」
「どうしたの!?」
「何その“彼氏独占モード”!?」
「……ごめんね。
今日は……しゅーと二人きりがいいの」
その言い方があまりにも可愛いから、女子たちは一斉に崩れ落ちた。
「尊すぎて……息ができない……」
「まこちゃん……“攻め”だ……」
「こんなの勝てない……」
俺はというと、手を引かれながら心臓が爆発しそうだった。
◇
連れ込まれたのは、校舎裏の静かな日陰。
まこちゃんは俺の腕をつかんだまま、ぎゅっと胸元に顔を寄せた。
「しゅー……今日、いっぱい女子と話してた……」
「ああ、うん……。質問攻めにされてただけで――」
「……嫉妬した」
まこちゃんの声が、少し震えた。
「しゅーが、誰かに取られちゃいそうで……
胸がぎゅってして……
苦しくて……どきどきして……
どうしたらいいかわからなかった……」
そのまま俺の胸に額を押し付けるから、俺の体は固まった。
「しゅーの隣にいるのは……私だけがいい……
手を繋ぐのも、笑うのも、泣くのも、全部……私がいい……」
「……まこちゃん」
「やだ……独り占め……したいよ……」
その言葉が甘くて、真剣で、切なくて。
俺は堪えられず、そっとまこちゃんの頭を抱き寄せた。
「大丈夫だよ。
誰にも取られない。
俺はまこちゃんだけだから」
そう言うと、まこちゃんの体から力が抜け、肩まで真っ赤にして震える。
「……すき……。
しゅー、だいすき……」
服の裾をぎゅっと掴みながら、小さく呟く。
その瞬間、校舎の向こうで女子数名がこっそり叫んでいた。
「ぎゃーーー!!!」
「尊死!!!」
「これ逆百合の波動!!」
「あ、あいつら……!」
「しゅー……無視していいよ……。
今は……私だけ見て……?」
甘い声に息が止まった。
――こうして、俺とまこちゃんは、誰にも邪魔されない時間を少しだけ手に入れた。
手を握り、肩を寄せ、夕日が沈むまで離れなかった。
---
エピローグ
翌日。
まこちゃんはいつもより堂々としていた。
「しゅーは……私のだよ?」
そう女子たちに微笑んで言った瞬間、教室は天変地異のような悲鳴と歓声に包まれた。
「つ、強キャラ化した真ちゃん……!」
「“百合の象徴(攻)”が生まれた……!」
「もう峻くん勝てないよこれ……」
俺はその中心で頭を抱えた。
(……いや嬉しいけど! けど!)
けれど、隣に立つまこちゃんが手を触れてきて、小さく笑う。
「しゅー。
これからも、ずっと隣にいてね?」
その瞳に映るのは俺だけで。
それだけで胸がいっぱいになった。
――百合の隙間の真ん中で、まこちゃんは俺を選んでくれた。
それが、何だって嬉しい。
あとがき
読んでくれてありがとうございます。
今回は「峻VS女子」の延長として、ついにまこちゃんの独占スイッチが入る逆転編を書きました。
・普段は穏やかで控えめ
・だけど“しゅー”のことになると暴走寸前
・女子勢の前でも譲らない強気の愛情
そんな“攻めまこちゃん”を全力で描けて楽しかったです。




