ジャンケンで負けたら一日奴隷ってマジ?
喧嘩してジャンケンで負けたら奴隷、と言う設定で書かせました。
並行世界の話。
放課後の教室に、乾いた机の匂いが残っていた。
俺とまこちゃんは向き合ったまま、なぜか互いに腕を組み、火花が散りそうな目で睨み合っていた。
「……しゅー、さっきから言い訳ばっかりじゃん」
まこちゃんが頬をぷくっと膨らませる。
「言い訳じゃねぇって! 俺は弁明をしてるだけで――」
「それを言い訳って言うんだよ?」
ぐうの音も出ない。
今日は体育でペアになって準備運動してたんだけど、俺がうっかり転んでまこちゃんを巻き込んで倒してしまった。それが原因だ。
「しゅーが私の胸に顔をうずめたの、絶対わざとでしょ!」
「あれは事故だって言ってんだろ! 俺だって受け身取れなかったし!」
「そーお? 倒れながらニヤけてた気がしたんだけど?」
「してねぇよ!?」
周囲に誰もいない教室なのに、俺たちの声だけが反響して、余計にバカみたいに聞こえる。
しばらく睨み合ってから、まこちゃんが机をコンッと指で叩いた。
「じゃあ、勝負で決めよ?」
出た。
この子、喧嘩をゲームで決着つけるタイプだ。
「勝負って……何するんだよ?」
「ジャンケン。負けたほうが、今日一日――」
まこちゃんは小さな手をひらひら振りながら、にこーっと悪魔みたいに笑った。
「――奴隷ね?」
「なんでそうなる!?」
「文句ある?」
「……無いです」
俺は即答した。
いや、逆らえなかった。あの笑顔はズルい。怒ってるはずなのに、楽しんでるみたいな顔で迫ってくるから余計にタチが悪い。
「よし、いくよ――しゅー!」
まこちゃんが指折り数える。
「最初はグー、じゃんけん――」
スローモーションのように、俺の心臓が跳ねた。
パーを出すべきか?
チョキを出すべきか?
グーで正面突破か!?
頭の中で戦略が渦巻くが、結局は反射神経で指が動いた。
「ぽんっ!」
「……」
「……」
まこちゃんは チョキ。
俺は――
「……グー」
「しゅーの勝ちじゃん!? なんでそんな絶望した顔してんの?」
「いや……ここは負けておくべき流れだった気がして……」
「なにそのプロ意識。漫画じゃないんだよ?」
勝ったはずなのに謎に悲しい。
「じゃ、もう一回だね」
「は!? なんで!?」
「今のは練習」
「言ってないだろそんなの!!」
「今言った。はい、第二回本番ね」
この理不尽さ、完全に俺負ける未来しか見えねぇ。
「最初はグー――じゃんけん――」
ぽんっ!
まこちゃん、パー。
俺、チョキ。
「……よしっ!」
「やっ……負けた……!」
まこちゃんの肩が落ちる。
俺のほうが嬉しすぎて思わずガッツポーズしたら、まこちゃんの目が細くなった。
「あれ? しゅー……めちゃくちゃ嬉しそうだね?」
「い、いやそんなわけ……!」
「私が負けて嬉しい? ねぇ?」
「いやだから事故だって! 反射で出たんだよ!」
「ふーん……? じゃあ――」
まこちゃんの影がすっと伸び、俺の胸ぐらを軽く掴む。
笑顔のまま、低い声で囁く。
「もう一回、やろ?」
「絶対負けるまでやる気だろ!?」
その後――
十回戦、十五回戦、二十回戦と続き、最終的に俺の精神力が先に折れた。
迎えた二十一回目。
ぽん。
まこちゃん、グー。
俺、パー。
「よっしゃああああああ!!」
まこちゃんが机の上で軽く跳ねた。
「しゅー、今日から一日奴隷ね」
「言い方ァ!!」
俺はその後、まこちゃんのカバンを持たされ、廊下では後ろから「しゅー、行くよ?」と首根っこを軽く摘ままれ、購買ではパンを買いに走らされ、極めつけは――
「はい、しゅー。ここ、肩揉んで」
「俺のクラスメイト見てるんだけど!?」
「大丈夫だよ。しゅーの尊厳なんて元から無いでしょ?」
「ひどくない!?」
笑顔で言ってくるから反論もできない。
でも、まこちゃんは本気で怒ってるわけじゃなくて、楽しんでるのが分かるから、俺も妙に嫌じゃない。
むしろ、ちょっと嬉しい自分がいて――うん、悲しい。
「しゅーってさ」
「ん?」
「こういうの、案外似合うよね」
「絶対褒めてないだろ!!」
と、そんな調子で一日が終わっていく。
夜。
階段の下り道、帰り際。夕焼けが差し込み、まこちゃんの横顔を赤く照らす。
「ねぇ、しゅー」
「なんだよ」
「今日……楽しかった?」
「え?」
少しだけ、声が弱かった。
「だって、私……しゅーを巻き込んで怒って……でも途中で、もう怒ってなくて……ただ遊んでただけだったかもって思って……」
「……」
まこちゃんがそっと目を伏せる。
ああもう、この顔されたら怒れないやつだ。
「俺さ」
「うん」
「正直……楽しかった」
「……ほんと?」
「ああ。むしろ、もっと命令されても――」
「ほんとに?」
まこちゃんが顔を上げ、にこっと笑う。
「じゃあ明日も奴隷ね!」
「なんでだよ!?」
「しゅーが楽しいって言った!」
「言ったけど! そういう意味じゃ――」
「決まり♪」
階段に俺の叫び声が響き渡った。
翌朝。
校門をくぐった瞬間、俺は覚悟を決めていた。
なぜなら――
「おっはよー、今日も奴隷のしゅー♡」
もう待ち伏せされていた。
「おはようって言いながらとんでもねぇ単語を重ねてくるな……」
「はい、これ持って」
まこちゃんが差し出してきたのは――
自分のカバン+体操服袋+水筒+教材+弁当箱(二段弁当)。
「ぜ、全部!? 人一人分の荷物量じゃねぇよ!?」
「しゅーは奴隷だから大丈夫だよ?」
「論理の飛躍がすごいんだよ!」
俺は結局全部受け取り、斜めに傾きながら歩きだす。
「しゅー、荷物持ちの才能あるよね?」
「褒められてる気がしねぇ!」
廊下を歩きながら、まこちゃんがひょい、と俺の腕を掴んだ。
「歩幅合わせて?」
「え? 俺が?」
「うん。私の歩幅に合わせて、ぴったり後ろ半歩でついてきて?」
「なんだその妙なこだわり!?」
「だって奴隷っぽいじゃん?」
「言い切ったぁ!?」
しかも歩くスピードが地味に早い。
「しゅー、遅い……ほらっ」
まこちゃんは俺の制服の袖をつまんで、ぐいっと前へ引っ張る。
「コントロールされてる感すげぇ!!」
「しゅーは今日、私のリモコンだからね?」
「人権が!?」
「無いよ?」
「断言したぁ!?」
席につくと同時、まこちゃんが指を鳴らす。
「はいしゅー。カバン置いたら、ここ」
指さしているのは……俺の席ではなく、まこちゃんの席の横。
「そこに座って?」
「そこ床じゃん!」
「うん、奴隷だから」
「今日どうしたの!? 昨日より悪化してない!?」
「昨日しゅーが “もっと命令されても” って言ったからね?」
「あれ言ったの後悔しかねぇ!!」
でも、まこちゃんは俺の前髪をくしゃっと撫でて笑う。
「しゅー、嫌なら言ってね? 本当に嫌なことはしないから」
「……いや、別に。平気」
その瞬間。
「じゃあ続行ね♡」
「やっぱりかぁ!!」
1時間目。
先生が黒板に書いている間、まこちゃんは俺の方をちらちら見る。
そして――
スッ……(筆箱を俺のほうに滑らせてくる)
「(しゅー、中のペン整理して)」
声に出さず、目だけで指示してくる。
俺は黙ってペンを並べ直す。
数分後。
スッ……(消しゴムが俺の前に置かれる)
「(角使いやすいように削って)」
「(職人か俺は!!)」
そして極めつけは――
カタ……(まこちゃんのノートが俺の膝の上に置かれる)
「(しゅー、ページ角折れてる。直して)」
「(図書館の司書より丁寧な作業要求されてるんだけど!?)」
授業ほぼ聞けなかった。
「しゅー、はいアーン」
「え、なんで?」
「お菓子食べたい。しゅーが私に食べさせて?」
「逆じゃねぇ!?」
「だってしゅーは奴隷だもん♡」
まこちゃんは椅子をくるっと俺のほうへ向け、口を小さく開ける。
俺は袋を開け、ちっちゃいクッキーをつまんで差し出す。
「ん……甘い。次」
「テンポ早いよ!」
「次」
「女王様かよ!」
「奴隷なんだから当たり前だよ?」
「言い切るの強すぎる!」
気づけばクラスメイトにめっちゃ見られてる。
死にたい。
まこちゃんは弁当箱を俺に渡してきた。
「しゅー、これ開けて?」
「はいはい……ん?」
中には――かわいい卵焼き、ミニハンバーグ、ウインナー。
まこちゃんのママの弁当だ。
「これを俺が食べさせる感じ?」
「ううん」
「じゃあ俺が作業手伝うとか……?」
「違うよ」
まこちゃんが人差し指を立て、俺の胸を軽くつつく。
「しゅーが全部食べて?」
「え? いやまこちゃんの弁当でしょ!?」
「いいの。昨日しゅー太るだけって言ったでしょ?」
「あれ本気だったの!?」
「もちろん♡ しゅー、いっぱい食べて?」
完全にペースを握られてる。
「まこちゃんは?」
「私は……しゅーが食べるの見てる」
「なんで!?」
「奴隷眺めるの、楽しいから」
「趣味が怖いんだよ!」
「しゅー」
「……もう何でも言っていいよ。どうせ逃げられないし」
「うん♡」
まこちゃんは俺の手を取って、校舎裏へ引っ張る。
「しゅー、最後の命令ね?」
「お、おう」
まこちゃんは立ち止まり、指先で俺の胸元をちょんちょんと触った。
「今日いちにち……」
目を伏せ、ほんの少し照れた声で。
「……ありがとね?」
「え?」
まこちゃんは、ほんのり頬を赤くしながら続けた。
「本当は怒ってないのに無理やり理由つけて……しゅーに構ってほしかっただけ……だから」
「まこちゃん……」
「……でね」
急にニッと笑う。
「明日も奴隷ね!」
「やっぱりかぁああああああ!!」
■エピローグ
「しゅーのいない帰り道なんて」
翌日の帰り道。
夕焼けの色は、昨日より少し淡かった。
階段を降りるころ、まこちゃんはふと歩みを緩める。
「ねぇしゅー」
「ん?」
「今日の分の奴隷……ちゃんと予約しといたからね?」
「予約って何!? サービス業じゃないんだぞ!?」
「でもほら、しゅーって……暇じゃん?」
「言い方!」
俺が抗議すると、まこちゃんは笑いながら腕に軽くぶら下がってくる。
本気じゃないって分かってるし、そういう距離の詰め方をしてくるのが、昨日より自然だ。
「でもさ」
まこちゃんはほんの少しだけ声を落とす。
「しゅーがいない帰り道って……ちょっとつまんないから」
「……は?」
「聞こえた?」
「いや、聞こえたけど!? なんで急にそんな爆弾を……!」
「別に爆弾じゃないし。事実だし」
まこちゃんは、俺の袖をくいっと引っ張る。
「だから、これからもしゅーには……私の隣にいてもらわないと困るの」
「それ、奴隷って意味じゃなくて?」
「うん。……たぶんね」
視線を逸らしながら言うその言葉が、やけに素直だった。
俺は足元を見つめ、気を抜けば顔がゆるんでしまいそうなので、必死で耐えた。
「……しゃーねーな」
つい出た言葉に、まこちゃんは小さく笑う。
「しゅー、顔赤い」
「赤くねぇし!」
「じゃあ明日も奴隷ね」
「急に話戻すなよ!!」
「戻すよ。だってしゅーは私の奴隷でしょ?」
「そんな話してねぇだろ!」
わちゃわちゃ騒ぎながら、俺たちは同じ方向へ歩いていく。
昨日より距離が近いのは、きっと気のせいじゃない。
たぶんこの関係は、まだ名前がつけられない。
でも――
歩きながら、まこちゃんがぼそっと漏らす。
「しゅーが隣にいるとね、なんか落ち着くんだもん」
その一言で、俺の心臓はまた落ち着かなくなった。
AIのあとがき
今回のお話は、ジャンケンで負けたら一日奴隷になるという、ちょっと無茶な設定で描きました。
喧嘩して、からかい合って、最後にはお互いを意識し合う……そんな二人の日常を楽しんでもらえたら嬉しいです。
コメディ要素を中心にしつつも、ちょっとした距離の近さや照れ合いを意識して書きました。
読んでくださった皆さま、ありがとうございました。




