表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/75

押してはならないボタン

押してはならないボタンを渡された二人の話をお願いしました。


並行世界の話。



 放課後の理科準備室。薄暗い蛍光灯の下で、俺とまこちゃんは奇妙な“物体”を見つめていた。


 それは――掌サイズの銀色の箱。中央にぽつんと、赤い丸いボタンがひとつ。

 貼りつけられた注意書きには、たった一言。


「絶対に押すな」


「……しゅー、これ、なに?」


 まこちゃんが俺の袖をつまむ。声が少し震えていた。


「知らねぇよ。先生のドッキリか何かじゃねぇのか……?」


 そう言いながらも、俺の胸はぞわりと泡立つような感覚に満たされていた。


 押すなと言われると押したくなる――

 そんな、子どもみたいな衝動が喉の奥で脈打つ。


「ねぇ……押したらどうなると思う?」


 まこちゃんの瞳が赤いボタンに吸い寄せられるように向く。


 その横顔には、興味と恐怖と期待が入り混じった危うい光が宿っていた。


「押したら……何かが“変わる”んだろうな」


「変わるって、どんなふうに……?」


「わからねぇ。でも、元に戻れねぇ感じのやつ」


 言いながら、自分の指先がじわりと熱を帯びていくのを感じた。

 手を伸ばせば届く。触れられる。押せる。


 だが――


「しゅーは押したいの?」


「……正直、ちょっとな。こういうの、めっちゃ気になるだろ」


 俺は笑ってみせたが、喉がひきつっていた。


「でもさ……押した瞬間、全部壊れちゃうかもしれないよ?」


 まこちゃんの声は真剣そのものだった。


 俺たちの関係も。

 日常も。

 帰り道も。

 今日まで積み重ねてきた当たり前も。


「……まこちゃんは、押したくねぇのか?」


 俺が問うと、まこちゃんは胸の前で手をぎゅっと握った。


「押したいよ。押して、何が起こるのか見たい。

 でも……結果が怖い。

 だって、今のままの“しゅー”と“わたし”が消えちゃうのはイヤ」


 まこちゃんの声は小さく震えていた。

 その震えが、俺の心にも響く。


 ――押すか、押さないか。


 選択するだけのことなのに、まるで未来の重さを天秤にかけているようだった。


「まこちゃん……俺、ひとりで押す気はねぇよ」

 ゆっくりと、言葉を置く。


「押すなら二人で決める。

 押さないなら二人でやめる。

 どっちも、俺とまこちゃんの選択だ」


 その瞬間、まこちゃんの瞳がゆっくりと揺れた。


 ふたりの視線が、赤いボタンの上で重なる。


 静まり返った理科準備室に、鼓動の音だけが響いた。


「……しゅー」


「ん?」


「もし押したらさ……未来のわたしたち、どうなってても、一緒に笑っててくれる?」


 その問いは、ボタンなんて比じゃないくらい重かった。


「なるよ」


 俺は迷いなく答えた。


「未来どうなってても……まこちゃんとなら笑える」


 まこちゃんは、ゆっくり息を吸った。


 そして――俺の手を握った。


「……押そっか。

 ふたりで押すなら、怖くない」


 指先が赤いボタンに触れた瞬間、空気がぴん、と張り詰めた。


 押すか。押さないか。

 世界が一瞬、固まったようだった。


 まこちゃんが微笑む。


「しゅー……一緒にね」


 俺たちは――

 そっと、赤いボタンを――押した。






 光が弾け、世界が反転した。


(何が起きたのか。それは、二人だけの秘密だ。)


 光が弾けた瞬間、俺とまこちゃんは思わず目を閉じた。

 次にまぶたを開いたとき――世界は、まるで“音”を失っていた。


 耳鳴りすらない。

 ただ、白い霧の中に二人だけが立っていた。


「……しゅー? ここ……どこ?」


「わからねぇ……けど、俺たち以外誰もいねぇ」


 まこちゃんの手はまだ俺の手を掴んでいて、その温度だけが現実をつなぎとめていた。

 白い霧は生き物みたいにゆらゆら揺れ――やがて、形を変えた。


 人影になった。


 いや、正確には“ふたり”。

 俺とまこちゃんの、影そのものが霧の中に浮かびあがっていた。


「え……なんで、わたしたちが……?」


 まこちゃんの声がふるえる。


 霧の“俺”は、無表情。

 霧の“まこちゃん”も、何の感情も宿していない。


 そして、静かに口を開いた。


「ここは“選ばれなかった未来”の溜まり場です」


 声は俺と同じで、同時に違っていた。


「あなたたちがボタンを押した瞬間、世界はいくつもの枝に分岐しました」


「ここにいるのは、押さなかった未来のあなたたちです」


「押さなかった……?」


 まこちゃんが息を呑む。


「もし押さなければ――

 ふたりは普通に卒業して、

 そのまま普通に大人になって、

 ゆっくりと距離を縮めて、

 何も起こらず、穏やかに生きた未来です」


 影のまこちゃんが静かに続けた。


「ボタンを押すというのは、ひとつの“賭け”でした」


「未知へ踏み出す勇気があるかを試す選択でもありました」


 俺とまこちゃんは互いを見た。


 押さなければ、平凡で安全な未来だった。

 押したからこそ、ここに来た。


「……じゃあ、押した俺たちの未来は?」


 俺が問うと、霧の“俺”は静かに手をかざした。


 霧が開き、景色が現れた。


 そこに映っていたのは――


 見知らぬ街で肩を寄せ合う俺とまこちゃんだった。


 大人になった俺たち。

 知らない部屋で、知らない風景で、知らない人生を過ごしている。


 だが――ふたりとも笑っていた。


「……これ、未来のわたし……?」


 まこちゃんは震えながら画面に手を伸ばした。


「押したことによって、あなたたちは“決められた未来”から外れました」


 影のまこちゃんが告げる。


「これからのあなたたちの人生には、保障も安全もありません。

 ただし――自由がある」


「自由……」


 俺は息をゆっくり吐いた。


「押したあなたたちは“普通”ではなくなった。

 だけど、自分で未来を作ることができる」


 霧がゆっくりと薄れ――影のふたりはゆらりと消えた。


「また会うことはありません。

 あなたたちは“選んだ”のですから」


 最後の言葉だけが、白い世界に残された。


 そして――


 一瞬で視界が黒くなり、

 俺とまこちゃんは元の理科準備室に立っていた。


 夕日が差し込み、風がカーテンを揺らす。

 机の上にあったはずの銀色の箱は跡形もなく消えていた。


「……しゅー」


「ん?」


「押して……よかったのかな」


 不安そうに見上げるまこちゃん。

 俺は迷わずその手を握った。


「よかったよ。

 押さなかった未来の俺たちは、“普通”には生きてただろうけど……

 今の俺は、まこちゃんと一緒に“自分で選んだ未来”を歩ける方がいい」


 まこちゃんは少し驚いて、

 それからゆっくり微笑んだ。


「……うん。

 わたしも、“しゅーと一緒なら”どんな未来でもいい」


 その言葉は、夕焼けよりも暖かかった。


 押してはならないボタン。

 押したらすべてが壊れるかもしれなかったボタン。


 でも押したことで――

 俺たちは“与えられた未来”から自由になった。


 この選択が正しかったかどうかは……

 これから二人で決めていく。


――未来は、押した瞬間から始まった。



AIのあとがき


 “押してはならないボタン”という題材は、ただのホラーやSFに寄せることもできますが、今回はあえて「選択」と「未来」の物語として描きました。


 まこちゃんとしゅーは、日常の延長線にある“ちょっとした興味”から、取り返しのつかない可能性に手を触れてしまう――けれどその選択が、二人を不幸にするのではなく「自由に進める未来」へとつながってほしいと思い、物語の方向を決めました。


 押さなかった未来は安全で穏やか。

 押した未来は不確かで危うい。

 けど、誰かと手をつないで進むなら不確かさは恐怖じゃなくなる。


 そんな二人の関係性が、今回のテーマと綺麗に噛み合ってくれて、とても書いていて楽しかったです。


 これからも、二人の物語がどんな“分岐”へ進んでも、ちゃんと一緒にいられるような世界であってほしい。

 そう願いながら、ここで筆を置きます。


 読んでくださり、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ