クラスの好感度バグってる件
クラスの女子に優しくする彼氏をハラハラしてしまう彼女のコメディを書いてもらいました。
並行世界の話。
「……ねぇしゅー、また女子からチョコもらってない?」
朝の教室、俺――佐波峻の机の上に積まれた包みを見て、皆川真がむすっと頬をふくらませた。
「え、いや……これ、ただの差し入れだって。昨日、荷物運んであげたお礼」
「その“お礼”が三つも重なってるのはどう説明するの?」
「偶然?」
「偶然でそんなモテるわけないでしょ!」
真のツッコミが飛ぶたび、周囲の女子が「ふふっ」と笑う。まるでコントの相方みたいに息が合ってるのが、逆にまた人気を加速させてるらしい。
休み時間になると、またひとり女子が声をかけてくる。
「佐波くん、この資料、印刷手伝ってもらってもいい?」
「いいよ。インクの減り早いから予備カートリッジも持ってくな」
――さりげない。
――頼もしい。
――気が利く。
そんな囁きが、耳に届く。俺は別に狙ってるわけじゃない。ただ、重いものは持ってあげたいし、困ってる人がいたら助けたい。それだけの話だ。
でも――。
「……ねぇしゅー。最近、女子の視線が多すぎて、私、ちょっと落ち着かないんだけど」
放課後、部室に二人きり。真が頬杖をつきながら、じとっと見てくる。
「え、なんで? 俺、普通にしてるだけだよ?」
「“普通”がモテ仕様なのよ、あなたの場合!」
言いながら真は、ペットボトルを差し出してきた。
「ほら、飲みなさい。喉乾くでしょ」
「ありがとう。……って、それ俺が言う台詞じゃん」
「うるさい。今くらいは私が“気が利く”側やるの!」
ふくれっ面の真に、思わず笑いがこぼれる。
たぶん、俺の好感度が上がるたびに、真の心拍数も上がってるんだろう。
――そんなことを言ったら、また怒られそうだけど。
「なにニヤニヤしてるの?」
「いや、まこちゃんが可愛いなーって」
「~~~~っ! ば、ばか!」
顔を真っ赤にして俯く真。
その反応にまた、好感度ゲージが上がっていく音が聞こえた気がした。
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「――佐波くん、ちょっと職員室まで来てもらえる?」
昼休み。
優しく微笑む担任・木村先生(独身・二十代後半)。
柔らかい声で呼ばれて、教室中がざわついた。
「え、しゅー、何やらかしたの?」
「い、いや何も……」
教室を出るとき、女子たちの視線が痛いほど突き刺さる。
真なんて、完全に「浮気現場目撃前」の顔だ。
職員室に入ると、木村先生が湯呑みを置いて微笑んだ。
「この前、教材運ぶの手伝ってくれたでしょ? あれ、本当に助かったの。ありがとうね」
「いえ、重そうだったのでつい……」
「ふふ。優しいのね。――将来、いいお婿さんになりそう」
「……え?」
その瞬間、廊下から「お婿さん!?」という声が複数。
見れば、ドアの隙間からクラスの女子たちがぞろぞろ覗いている。
全員の目がギラッと光った。
「佐波峻……ついに先生ルート解放か」
「木村先生も敵か……」
「負けてられない!」
――なぜか戦場のような空気。
昼休み後、俺の机の周りには女子がぎっしり。
「峻くん、消しゴム落ちてたよ」
「佐波くん、水筒洗っといてあげようか?」
「ノートの表紙、破けてたよ? 新しいの作ってきた!」
「え、いや、ありがとう……?」
真はその中心で腕を組み、冷たい笑みを浮かべた。
「……なるほどね。クラス中を攻略するタイプだったとは」
「攻略って言うなよ!」
「だって、もうモブ女子どころか先生までフラグ立ってるじゃない」
「立ててないって!」
「ほんとに? 先生に“お婿さん”とか言われる男子、普通いないから!」
真の頬がふくらんで、視線が泳ぐ。
嫉妬を隠そうとしてるのがバレバレだ。
「……俺が本気で好きなのは、まこちゃんだけなんだけどな」
「なっ……ば、ばか……そういうこと平気で言うなっ!」
真は耳まで真っ赤にして顔を伏せた。
――教室中が一瞬で静まり返る。
そして次の瞬間、女子たちの悲鳴が爆発する。
「きゃあああああああ!」
「皆川ちゃんルート進行中!?」
「峻くん尊いー!!」
先生ルート、クラスルート、そしてヒロインルート。
すべてが同時進行するこの学園。
俺の人生、好感度シミュレーターじゃないんだけど――もう止められそうにない。
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文化祭前日。
教室は装飾と準備でごった返していた。
俺のクラスは喫茶店をやる予定で、皆が忙しそうに動いている。
「峻くん、こっちのカーテン、もう少し上持って!」
「オッケー。……っと、こう?」
「完璧! ほんと頼りになる~!」
「佐波くん、脚立危ないよ! 私、支えてるから!」
「ありがとう、助かる!」
……周囲の女子たちの視線が、なんかもう熱い。
男子たちの視線は――冷たい。
「おい峻、また女子の囲いできてるぞ」
「違うって! ただ手伝ってるだけ!」
そう言いながら脚立から降りた瞬間、
「きゃっ!」
後ろの女子が転びそうになった。反射的に腕を伸ばして支える。
――お姫様抱っこ状態。
沈黙。
そして――歓声。
「キャーーーーッ! 今の見た!?」
「佐波くん、反射神経すごい!」
「ずるい! 私も支えられたい!」
……文化祭、まだ始まってないのにすでに騒動だ。
そんななか、俺の視界の隅で――真が、机に突っ伏していた。
「……はぁ。何その恋愛ゲーム的イベント連発……」
「いや、違うんだって。偶然だよ!」
「偶然が多すぎるのよ! ……ていうか、その“支え方”、わざとじゃないの?」
「わざとじゃないって!」
「もう! 本番では私の近く以外行かないでよ!」
「……了解」
そして迎えた文化祭当日。
峻の人気は、ついに“クラス外”へと波及していた。
他クラスの女子、隣の学年の先生、果ては来校した保護者までが――。
「佐波くんって、接客すごく丁寧ね」
「礼儀正しいし、声が柔らかいわぁ」
「ねぇ、あなたうちの娘と同じクラス?(母親)」
――なんかもう、全方向から好感度が上がってる音がする。
そして昼下がり、事件は起きた。
教室の前に、女子たちが集まりプラカードを掲げていた。
《チーム峻 発足!》
《“優しさの奇跡”を守る会》
《先生も入部希望》
「な、なんだこれ!?」
「峻ファンの有志よ」
「なんで先生も!?」
「“推しの健康と成績を守る”って言ってた」
「もうやめてくれぇぇ!」
そのとき、真が制服のエプロン姿で現れた。
キリッとした目で女子たちを一喝。
「はいはい! チーム峻はここで解散! うちのクラスのマスコットは“しゅー”じゃなくて“クマさん”でしょ! 仕事戻る!」
「えぇ~! 皆川ちゃん厳しい~!」
女子たちが名残惜しそうに散っていく。
俺は小声で「助かった」と呟いた。
真は腕を組みながら、ふっと笑う。
「まったく、しゅーって本当に罪な男ね」
「……俺はただ手伝ってるだけだよ」
「その“だけ”が破壊力あるのよ」
言いながら、真はカップを差し出してくる。
「はい、しゅー。コーヒー。……特別ブレンド」
「ありが――」
「飲んだら、他の子の飲み物はしばらく禁止ね?」
「え、なんで?」
「嫉妬予防策!」
真が照れ笑いを浮かべる。
その笑顔が、文化祭の喧騒の中で一番眩しかった。
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文化祭が終わった翌週。
廊下を歩くだけで、まだ視線を感じる。
どうやら“チーム峻”は解散していなかったらしい。
「佐波くん! 放課後、少しお時間いいですかっ!?」
「あ、うん……?」
呼び出されたのは中庭。
行ってみると、女子たちが整列していた。
中央にはリーダー格の女子――黒瀬(委員長タイプ)が腕を組んで立っていた。
「佐波くん、改めて言います。“チーム峻”は、あなたの優しさを守る会です!」
「……守る会?」
「ええ。文化祭でのあの笑顔、荷物を運ぶ姿、そして先生への神対応。あれを一瞬でも曇らせるわけにはいきません!」
「そ、そんな大げさな……」
「そして、我々は今日――皆川真さんに、正式に宣戦布告いたします!」
「……は?」
「……え?」
声が重なった瞬間、背後の植え込みからガサッと音。
現れたのは、腕を組んだ皆川真。
まるで最初から仕掛けるつもりだったように、落ち着いた笑みを浮かべていた。
「やっぱりね。文化祭で解散するはずないと思ったわ」
黒瀬が一歩前に出る。
「皆川さん。あなたが一番近くにいるのはわかってます。けれど、私たちにも譲れない思いがあるの!」
「……“譲れない思い”?」
「はい。佐波くんの“優しさ”に救われた女子がどれだけいると思ってるの!?」
「ふぅん……。でもね、しゅーの優しさは“平等”じゃないのよ」
「どういう意味?」
真はニヤッと笑う。
「本当に好きな子に向ける時だけ、あの人――“一瞬だけ本気の声”になるの。
それ、聞いたことある?」
女子たちがざわつく。
黒瀬が眉をひそめた。
「証拠は?」
「今、聞かせてあげる」
真は一歩、峻の方へ近づいた。
間近で見上げるその瞳。
ほんの少し、挑発的に笑う。
「しゅー、ちょっと――手、貸して」
「あ、ああ」
差し出した手を、真がぎゅっと握る。
その瞬間、彼女はわざと小声で囁いた。
「……やっぱり落ち着く」
「……まこちゃん」
「ほら、これ。優しさじゃなくて“本音”でしょ?」
――沈黙。
女子たちの頬が一斉に赤くなる。
空気が止まったようだった。
「う、うそ……今の声……」
「トーンが違った……!」
「これが……“本命仕様”!?」
真は勝ち誇ったように肩をすくめた。
「ね? あなたたちには悪いけど、彼の“優しさ”の根っこは、私のとこにあるの」
黒瀬はしばらく口を開けたまま固まっていたが、やがて笑顔を浮かべた。
「……参りました。皆川さん、あなた、強いわ」
「当然よ。“しゅーに本気で怒れるのは私だけ”だから」
その言葉に女子たちは拍手を送り、あっさりと撤退。
中庭に残ったのは二人だけ。
「……まこちゃん、ちょっとやりすぎじゃない?」
「ん? 私、真実を言っただけだよ?」
「なんか、公開告白みたいになってたけど……」
「別にいいじゃん。どうせバレてたでしょ?」
にやりと笑う真の頬が、ほんのり赤い。
そして、言葉を足した。
「……しゅーの“優しさ”、全部私が預かっとくから」
その日、チーム峻は正式に解散した。
だが“峻と真の好感度”は――限界突破を迎えた。
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エピローグ “普通”で、いい。
放課後の教室。
夕陽が差し込んで、机の影が長く伸びていた。
もう“チーム峻”の残党もいない。
静かな教室で、俺と真だけが残っていた。
「……なんかさ、やっと落ち着いたな」
俺が言うと、真は窓際に腰かけながら笑った。
「そりゃそうでしょ。あなたが“全方位対応のモテ男子”やめたからね」
「やめたっていうか、気づいたんだよ」
「気づいた?」
「“優しくする”って、みんなにじゃなくて――“一番大事な人にちゃんと向ける”もんだなって」
真は少し驚いたように目を瞬かせ、それから頬を赤らめた。
「……そういうこと、さらっと言わないでよ」
「だって本当のことだし」
沈黙。
夕陽の光が彼女の髪を透かして、オレンジ色にきらめく。
真は頬をかすかに膨らませながら、それでも目元はやさしく緩んでいた。
「……まあ、しゅーが他の子に優しくしても、もう平気だけどね」
「本当か?」
「嘘。やっぱりちょっとムカつく」
「ははっ、正直で助かる」
そんな他愛もない会話に、ようやく“普通”の時間が戻ってきた気がした。
廊下の向こうから聞こえる部活の声。
窓の外では、夕焼けの風がカーテンを揺らす。
俺はふと、真の方に手を伸ばした。
「まこちゃん」
「ん?」
「……これからも、俺のそばにいてくれよ」
一瞬、彼女の目が丸くなって――
次の瞬間、照れくさそうに笑った。
「もう。そういうの、ちゃんと言うようになったね」
「だって、今度は“本気の声”で伝えたかったから」
真は一拍置いて、そっと頷いた。
「……うん。聞こえたよ」
そして二人は、赤く染まる教室の中で並んで座った。
もう誰の好感度も気にしなくていい。
この“普通の時間”が、何よりの幸せだから。
――好感度バグなんて、最初からいらなかったんだ。
俺には、ちゃんと一人、好きな人がいたんだから。
(了)
AIあとがき
好感度が上がるたびにドタバタして、最後はやっと“普通”の幸せにたどり着いた二人。
モテるより、隣で笑ってくれる誰かがいる方がずっといい。
――そんなお話でした。
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