癒しの手は、剣より強く
リア友が考えた能力、マッサージを使ってAIに指示しました。
これは自分のキャラは出てきません。
眩しい光に包まれて、気づいたときには草原の上に倒れていた。
息を吸い込むと、風が甘い。湿った土と草の匂いがする。俺――**篠原蓮**は、異世界に転移していた。
そのことを理解したのは、目の前に立つ少女が、獣の耳をぴくりと動かしたからだ。
「あなた……召喚者、なの?」
琥珀色の瞳がまっすぐ俺を見つめている。
彼女――リュナは村の治療士だという。
そして俺の「特殊能力」が判明したのは、その夜のことだった。
怪我をしたリュナの腕にそっと触れた瞬間、手のひらから淡い光があふれた。
「……え?」
裂けた皮膚が、ゆっくりと閉じていく。
俺の心臓が跳ねた。
◇
翌朝、リュナが言った。
「あなたの力は、“癒しの手”。でも、条件があるの。マッサージとして触れること。ただ手を当てるだけでは効果がないわ」
試しに村の兵士の傷を揉みほぐすように撫でると、確かに光が強くなる。
指先から伝わる微かな鼓動。筋肉の緊張がほどけ、肉が再生していくのが“感じ取れる”。
――能力①《急速回復》。
マッサージという形を介して、生命の流れそのものを修復する。
だが、それだけでは終わらなかった。
リュナの兄である戦士ガルドが言った。
「お前にマッサージされた後、剣が軽く感じた。体が動く。……これは何だ?」
能力②《稼働率アップ》。
筋肉や関節の調整が、極限まで最適化される。
戦士たちは“神の加護を受けた手”と俺を呼んだ。
◇
村を救ったのち、俺は城に招かれた。
女王の侍女に導かれ、王都の大理石の廊下を歩く。
鏡に映る自分の姿に、思わず足が止まった。
――顔立ちが、わずかに整っている。
目の下のクマは消え、髪の艶も増した。
日々、癒しを行うたびに、俺の外見が洗練されていくのだ。
能力③《外見進化》。
癒やし続けるほど、他者に「理想の癒し手」として認識されるように、肉体が変化する。
リュナは笑った。
「あなた……最初に会ったときより、ずっと綺麗な顔してる」
そう言われた瞬間、心臓が跳ねた。
ただの能力のはずなのに、彼女の目に映る俺の変化が――嬉しかった。
◇
やがて、王国は魔獣の群れに襲われた。
俺は戦えない。剣を持ったところで敵を斬る腕はない。
だが、前線の兵士たちの疲労を、俺は指先で取り除いていく。
「もう一度行けるか?」
「……ああ、行ける!」
彼らの体が光を帯び、剣が閃く。
癒しの連鎖が戦場に広がり、疲労を恐怖を超えて、全軍が動き出す。
俺はただ背中を押すだけだ。
触れて、癒して、信じて――彼らが勝つことを。
戦が終わる頃、リュナが駆け寄ってきた。
「あなたがいなければ、誰も生き残れなかった」
その手を握る。温かい。
そしてその瞬間、彼女の傷が淡く光に包まれて消える。
「……ありがとう、蓮」
「いや、俺の方こそ」
彼女の微笑みは、どんな魔法よりも癒やしだった。
――マッサージ限定の回復能力。
戦えないと思っていた力が、世界を動かした。
手のひらに、誰かの命の温度を感じながら、俺は小さく息を吐いた。
この手で、これからも癒やしていこう。
どんな傷も、どんな心の痛みも。
なにより――彼女の笑顔を。
戦が終わったあと、王都は長い沈黙に包まれていた。
崩れた城壁を修復する音と、人々の笑い声。
それがようやく“平和”の音に聞こえる頃、俺とリュナは、郊外の診療所を任されていた。
「ねぇ蓮、今日も患者がいっぱいよ」
「わかってる。今日はちゃんと昼休みも取るからな」
診療所の扉を開けると、そこには兵士、商人、子供たち。
皆が俺の“癒しの手”を求めてやって来る。
リュナは受付をして、包帯を外し、俺に渡してくれる。
その指が一瞬触れるだけで、心臓が跳ねるのはもう慣れたはずなのに――毎回、胸が熱くなる。
◇
夜。
診療所の灯りを落としたあと、二人で残りの記録を整理していた。
リュナが小さくため息をつく。
「……あなたって、ほんと不思議。最初はただの迷い人だったのに」
「今は?」
「今は……誰より頼れる人」
そう言って笑う彼女の横顔が、暖かなランプの光に照らされていた。
俺は何かを誤魔化すように、肩を伸ばす。
「じゃあ、頑張ったリュナにもマッサージ、してあげようか」
「え、わ、私? 患者じゃないのに……」
「疲れてるだろ?」
そう言って、そっと彼女の肩に触れた。
指先が触れた瞬間、淡い光が広がる。
肩の筋肉が柔らかくほどけ、呼吸が深くなる。
リュナの体が小さく震えた。
「……あったかい」
「手のせいかな。それとも――」
言葉を止める。
彼女がゆっくり振り向く。
目が合った。
琥珀色の瞳が、光を映す。
「ねぇ、蓮」
「ん?」
「あなたの手……私だけのものに、しちゃだめ?」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
俺はゆっくりと彼女の頬に手を伸ばす。
触れた瞬間、光が柔らかく瞬いた。
癒しの力が――今だけは、誰かを“救うため”ではなく、
ただ“愛するため”に動いていた。
リュナが目を閉じる。
俺はそっと抱き寄せた。
彼女の鼓動が、俺の手のひらに伝わる。
その温かさが、何よりもリアルで、愛おしい。
◇
その夜、風が静かに窓を揺らしていた。
リュナの髪が光に溶けるように流れ、彼女が微笑む。
「……ねぇ蓮。あなたの力って、ほんとは“回復”じゃなくて、“優しさ”なんじゃない?」
「優しさ?」
「うん。だって触れられるだけで、心が楽になるもの」
その言葉が、胸に残った。
癒しは、ただの能力じゃない。
想いがあるから、届く。
俺は彼女の手を握り返し、そっと言った。
「これからも、ずっと癒すよ。――リュナのことを」
その瞬間、彼女が少しだけ涙ぐんで笑った。
光が、二人を包んだ。
異世界に来て初めて、俺は「帰る場所」を見つけた気がした。
---
それは、突然だった。
夜の王都。
空を裂くように赤い閃光が走り、遠くの塔が崩れ落ちる。
石畳を走る人々の悲鳴。
俺は診療所の扉を蹴り開け、リュナの手を掴んだ。
「リュナ、避難を――!」
「だめ、城下に怪我人が出てる! 行かなきゃ!」
彼女の瞳には、恐怖よりも“使命”が宿っていた。
その強さが、俺の足を動かした。
崩れた街の中心、魔法陣が脈打っていた。
そこに立つのは、かつて俺が救った王国魔術師――ザミエル。
だが、その瞳は黒く濁り、狂気に染まっていた。
「貴様の“癒し”が世界を歪めた! 弱き者を延命させ、自然の淘汰を妨げた!」
ザミエルの杖が宙を裂く。
漆黒の炎が、俺たちを包もうとした。
リュナが叫ぶ。
「蓮っ!!」
瞬間、俺は彼女を抱きしめ、背中で衝撃を受けた。
焼けるような痛み。
視界が揺れる。
――だが、不思議と、怖くはなかった。
「まだ……終わらせない」
俺は震える手をリュナの頬に当てた。
指先が、光り始める。
癒しの光――だが、今までとは違う。
全身が燃えるように熱い。
心臓が悲鳴を上げる。
リュナの涙が落ちる。
「もうやめて! その力、あなたの命を削ってる!」
「いいんだ……リュナを、守れるなら」
光が爆ぜた。
周囲の瓦礫が浮き上がり、壊れた街が修復されていく。
癒しの力が、“世界そのもの”を包み込んでいた。
ザミエルが膝をつき、杖を落とす。
「馬鹿な……そんな力が……!」
そして静寂。
全てが終わった時、俺はリュナの腕の中に崩れ落ちた。
身体の感覚が薄れていく。
光が、瞼の裏で瞬いていた。
「蓮っ、いやよ、行かないで!」
その声が、遠くなる。
――それでも俺は笑った。
「リュナ……最後に、もう一度……君の顔を、触れさせてくれ」
彼女が頬を寄せる。
俺の手が触れた瞬間、淡い光が弾けた。
次の瞬間、リュナが息を呑む。
俺の胸に、再び鼓動が戻った。
「……あれ?」
「蓮!? 嘘、治ってる……!」
癒しの力が、今度は“自分”にまで巡ったのだ。
リュナが笑いながら泣いている。
俺はその涙を親指で拭った。
「生きてる……お互い、ね」
「うん……ほんとに、奇跡だよ」
◇
数日後。
瓦礫は片づけられ、王都は再び光を取り戻していた。
俺たちは診療所の前に立ち、夕陽を眺めていた。
リュナが俺の腕に寄りかかる。
「ねぇ蓮、これからどうするの?」
「旅に出ようかと思う。もっといろんな人を癒したい」
「なら、私も一緒に行く」
「え、診療所は?」
「あなたがいないと、ここは半分空っぽなの」
そう言って笑うリュナの手を、俺は握った。
その指先が、静かに温かい光を灯す。
――もう戦いの光ではない。
人と人とをつなぐ、優しさの光。
夕陽の中、俺たちは歩き出した。
癒しの旅路。
痛みと涙の先にある、ほんの少しの幸福を探して。
風が頬を撫でる。
リュナの髪が揺れる。
俺は小さく笑って、つぶやいた。
「この手がある限り、何度でも癒せるさ。君のことも、世界のことも」
そして、彼女が答えた。
「うん。私も、何度でもあなたを好きになる」
――光が、二人の影を包んで消えていった。
それは、確かに“ハッピーエンド”だった。
好きな話ですね。




